(おーい……)
カインは目を開けて自分の顔を覗き込む男に気づき、その途端にがばっと跳ね起きた。
男の額と自分の額がぶつかった。
(いっ…… てぇ……)
額を押さえてうずくまる男をカインは呆然として見つめた。
「アシュア……」
(やあ。死んでるのかと思ったよ……)
額を押さえてアシュアは言った。
なんでアシュアがいる? ここはどこだ? 見回して余計に混乱した。
何にもない。真っ白で何にもない。霧に包まれてでもいるような感じだ。
「アシュア、こんなところで何やってんだ? リアはどうした」
カインが言うと、それを聞いたアシュアの顔が困ったような表情になった。
(アシュアって…… おれの名前なの?)
「え……」
カインは目を細めてアシュアを見た。しかし冗談を言っているわけではなさそうだ。
(なーんも分からないんだよね。あんた、なんでおれのこと知ってんの? 誰?)
なんだよこれは……。どこに入り込んだんだ……。あの子の夢か? アシュアの夢か?
それともただの自分の夢……?
「何にも思い出せないのか?」
カインはアシュアの顔を覗き込んだ。アシュアは頭を掻いた。
(うーん…… さっき会ったやつは、もうすぐ思い出すって言ってたんだけど……。なんか、聞かなくちゃならないものがあるとかどうとか……)
聞かなきゃならないもの? なんだそれは。
(あんたはなんでおれを知ってるわけ?)
「なんでって……」
カインは戸惑いながらアシュアの顔を見た。
「何年も一緒にいて忘れるはずないだろ……」
(何年も一緒に?)
アシュアはびっくりしたような顔になった。
「おまえ、どうしたんだよ。リアは?ケイナたちはどうしたんだ」
(ケイナ?)
首をかしげるアシュアを見ているうちにカインは妙にイライラしてきた。
「ケイナだよ! セレスもいた! ぼくの名前はカインだ! カイン・リィ!!」
声を荒げるカインを見てもアシュアは弱り切った表情を浮かべるだけだ。
カインはため息をついて額を押さえた。アシュアの石頭。まだズキズキする。
早くここから抜け出さないと。夢なら覚めればいい。どうやったら覚めるんだ。
(おまえの顔見てると、なんとなく懐かしいって感じはするんだけど……)
ぽつりとつぶやくアシュアをカインはじろりと見た。
「ぼくの顔なんかで懐かしがっててどうするんだ。懐かしがってるヒマなんかないだろう。きみは守らなきゃいけないことがあっただろう!」
(え?)
アシュアの目がびっくりしたように見開かれた。
(守らなきゃならないこと?)
「何、能天気なこと言ってんだ。しっかりしろよ。リアはどうしたんだ! セレスとケイナは!」
そう言ってカインは目をそらせてかぶりを振った。
「ケイナとセレスはもう『人の島』に行ってる……」
そしてはっとした。
「きみは? きみもいるのか? 一緒に行っていないのか?」
カインはアシュアの顔を見た。
「アシュア…… どうしたんだ…… 今、きみはどうなってるんだ……」
不安が押し寄せる。アシュア、きみはもしかして……。
「きみは、今、誰と一緒にいるんだ……?」
(誰と?)
アシュアはつぶやいた。
(誰と……?)
視線を泳がせていたアシュアの目が急に輝いた。
(ああ、そうか!)
ぽんと手を叩き、そう言った途端アシュアは身を翻して走り出した。
「ち、ちょっと……!」
カインは慌てて手を伸ばしたが、あっという間にアシュアはいなくなってしまった。
取り残されたカインは途方に暮れた。
どうする。どうやってここから抜け出す。弱り切って顔を巡らせたとき、小さな黒い点を見た。
あれはなんだろう。人の影?
足を踏み出して近づいていった。
少しずつ黒い点が大きくなり、形を成していく。
妙に体が震えた。見てはいけないんじゃないだろうか。そんな気がする。
でも、どうして? どうして見ちゃいけない?
この情景、どこかで見たことがある。
どこで?
心は近づくことを拒否しているのに足が言うことをきかない。
そしてカインは白い地面に横たわる見覚えのある姿を見下ろしていた。
体ががくがくと震える。震えるのに、頭の中は妙に冷めている。
この光景は、もうだいぶん前に見ていたのかもしれない。
心のどこかで分かっていたのかもしれない。
トリは封じ込めてしまったけれど、いつかは思い出せるようにしていたのかもしれない。
そして今は…… 思い出す時期なのか?
どうしてこんなに静かな寝顔なのだろう。
決して放すまいと堅くお互いにしがみつく手。
どうしてこんなに美しいのだろう。
どうしてこんなに幸せそうな笑みを浮かべている?
(なあ、トリ)
声がしたので顔をあげた。アシュアが自分の横で同じように足元を見下ろしていた。
(せっかく助けてもらったんだけど、おれの命って、いっぺん無くなったモンだと思うんだよね)
アシュアは頭を掻いた。
(おれは別にいいからさ、こいつらにあげられないわけ?)
―― 命はひとつしかないよ ――
トリの声がした。
―― きみは誰を助けるの? ――
アシュアは無言で足元を見つめた。
(そうかぁ……)
アシュアはぽつりとつぶやき、顔を歪めた。
(おれの命ってひとつしかねぇんだ……)
そう言ってアシュアは泣き出した。
やめろよ、アシュア……。
カインは自分の心臓のどくどくという音が自分の耳にも響くのを感じていた。
アシュア、やめろ……。命の秤なんて、誰も持ってない……
―― 大丈夫だよ。カイン・リィ ――
姿の見えないトリの声がした。
―― ラストシーンは未来に続く。彼らは時間を取り戻すだろう ――
カインは目を開けて自分の顔を覗き込む男に気づき、その途端にがばっと跳ね起きた。
男の額と自分の額がぶつかった。
(いっ…… てぇ……)
額を押さえてうずくまる男をカインは呆然として見つめた。
「アシュア……」
(やあ。死んでるのかと思ったよ……)
額を押さえてアシュアは言った。
なんでアシュアがいる? ここはどこだ? 見回して余計に混乱した。
何にもない。真っ白で何にもない。霧に包まれてでもいるような感じだ。
「アシュア、こんなところで何やってんだ? リアはどうした」
カインが言うと、それを聞いたアシュアの顔が困ったような表情になった。
(アシュアって…… おれの名前なの?)
「え……」
カインは目を細めてアシュアを見た。しかし冗談を言っているわけではなさそうだ。
(なーんも分からないんだよね。あんた、なんでおれのこと知ってんの? 誰?)
なんだよこれは……。どこに入り込んだんだ……。あの子の夢か? アシュアの夢か?
それともただの自分の夢……?
「何にも思い出せないのか?」
カインはアシュアの顔を覗き込んだ。アシュアは頭を掻いた。
(うーん…… さっき会ったやつは、もうすぐ思い出すって言ってたんだけど……。なんか、聞かなくちゃならないものがあるとかどうとか……)
聞かなきゃならないもの? なんだそれは。
(あんたはなんでおれを知ってるわけ?)
「なんでって……」
カインは戸惑いながらアシュアの顔を見た。
「何年も一緒にいて忘れるはずないだろ……」
(何年も一緒に?)
アシュアはびっくりしたような顔になった。
「おまえ、どうしたんだよ。リアは?ケイナたちはどうしたんだ」
(ケイナ?)
首をかしげるアシュアを見ているうちにカインは妙にイライラしてきた。
「ケイナだよ! セレスもいた! ぼくの名前はカインだ! カイン・リィ!!」
声を荒げるカインを見てもアシュアは弱り切った表情を浮かべるだけだ。
カインはため息をついて額を押さえた。アシュアの石頭。まだズキズキする。
早くここから抜け出さないと。夢なら覚めればいい。どうやったら覚めるんだ。
(おまえの顔見てると、なんとなく懐かしいって感じはするんだけど……)
ぽつりとつぶやくアシュアをカインはじろりと見た。
「ぼくの顔なんかで懐かしがっててどうするんだ。懐かしがってるヒマなんかないだろう。きみは守らなきゃいけないことがあっただろう!」
(え?)
アシュアの目がびっくりしたように見開かれた。
(守らなきゃならないこと?)
「何、能天気なこと言ってんだ。しっかりしろよ。リアはどうしたんだ! セレスとケイナは!」
そう言ってカインは目をそらせてかぶりを振った。
「ケイナとセレスはもう『人の島』に行ってる……」
そしてはっとした。
「きみは? きみもいるのか? 一緒に行っていないのか?」
カインはアシュアの顔を見た。
「アシュア…… どうしたんだ…… 今、きみはどうなってるんだ……」
不安が押し寄せる。アシュア、きみはもしかして……。
「きみは、今、誰と一緒にいるんだ……?」
(誰と?)
アシュアはつぶやいた。
(誰と……?)
視線を泳がせていたアシュアの目が急に輝いた。
(ああ、そうか!)
ぽんと手を叩き、そう言った途端アシュアは身を翻して走り出した。
「ち、ちょっと……!」
カインは慌てて手を伸ばしたが、あっという間にアシュアはいなくなってしまった。
取り残されたカインは途方に暮れた。
どうする。どうやってここから抜け出す。弱り切って顔を巡らせたとき、小さな黒い点を見た。
あれはなんだろう。人の影?
足を踏み出して近づいていった。
少しずつ黒い点が大きくなり、形を成していく。
妙に体が震えた。見てはいけないんじゃないだろうか。そんな気がする。
でも、どうして? どうして見ちゃいけない?
この情景、どこかで見たことがある。
どこで?
心は近づくことを拒否しているのに足が言うことをきかない。
そしてカインは白い地面に横たわる見覚えのある姿を見下ろしていた。
体ががくがくと震える。震えるのに、頭の中は妙に冷めている。
この光景は、もうだいぶん前に見ていたのかもしれない。
心のどこかで分かっていたのかもしれない。
トリは封じ込めてしまったけれど、いつかは思い出せるようにしていたのかもしれない。
そして今は…… 思い出す時期なのか?
どうしてこんなに静かな寝顔なのだろう。
決して放すまいと堅くお互いにしがみつく手。
どうしてこんなに美しいのだろう。
どうしてこんなに幸せそうな笑みを浮かべている?
(なあ、トリ)
声がしたので顔をあげた。アシュアが自分の横で同じように足元を見下ろしていた。
(せっかく助けてもらったんだけど、おれの命って、いっぺん無くなったモンだと思うんだよね)
アシュアは頭を掻いた。
(おれは別にいいからさ、こいつらにあげられないわけ?)
―― 命はひとつしかないよ ――
トリの声がした。
―― きみは誰を助けるの? ――
アシュアは無言で足元を見つめた。
(そうかぁ……)
アシュアはぽつりとつぶやき、顔を歪めた。
(おれの命ってひとつしかねぇんだ……)
そう言ってアシュアは泣き出した。
やめろよ、アシュア……。
カインは自分の心臓のどくどくという音が自分の耳にも響くのを感じていた。
アシュア、やめろ……。命の秤なんて、誰も持ってない……
―― 大丈夫だよ。カイン・リィ ――
姿の見えないトリの声がした。
―― ラストシーンは未来に続く。彼らは時間を取り戻すだろう ――