「「ステータスオープン」」
2人は改めてステータスを確認する。
智成 全(ともなり ぜん)
種族/人間 年齢/26
職業(ジョブ)/賢者 レベル/1
称号/六神の加護(獲得経験値6倍.レベリング必要経験値100固定)
HP/10
MP/10000
腕力/10
腕力抵抗/10
魔力/10000
魔力抵抗/EX(エクストラ)
知性/10000
感知/10
俊敏/10
運/EX(エクストラ)
スキル
・六属性魔法
火、水、風、土、光、闇の初級〜特級魔法を使用できる。
・鑑定
目視したあらゆる対象の情報を看破する。
勇 武仁(いさむ たけひと)
種族/人間 年齢/17
職業(ジョブ)/勇者 レベル/1
称号/六神の加護(獲得経験値6倍.レベリング必要経験値100固定)
HP/10000
MP/10
腕力/10000
腕力抵抗/EX(エクストラ)
魔力/10
魔力抵抗/10
知性/10
感知/10000
俊敏/10
運/EX(エクストラ)
スキル
・必中
必ず狙ったところへ命中する。
・第六感
半径3km圏内の対象を正確に感知できる。
「これは......よくわからねえが......偏りすぎなんじゃねえか......?」
武仁に続いて全が話す。
「僕は魔法特化で、武仁は物理特化と言う感じだな......。これは2人でバランスを取れと暗に言われている気がする......。この加護って言うのは何か効果があるんだろうか? とにかく、この世界のことと、元の世界へ戻る方法と......聞くことはたくさんありそうだ」
「なんにせよ、もっかい案内役(ナビゲーター)に面あ貸してもらうしかねえなあ」
そう言うと武仁はズチを呼んだ。
「おい、ズチって言ったか? 出てこいよ」
再び和太鼓のようなメロディと共に、さきほどとは違い声だけではなく姿かたちもハッキリと顕現したズチは、筋骨隆々で勇ましい出立ちだった。
『お呼びか、武仁殿!』
身にまとう和装は上半身を露わに、腰回りには大きな綱が巻かれており鉄下駄を吐き仁王立ちに腕組みと言う、なんとも圧が凄い神の使いである。
「お呼びか、じゃねえよ。ここはどこだ? 俺らは元の世界に戻れんのか? つうか、何でこんなとこに俺らは落ちてきたんだよ」
そう武仁が言うとズチの表情は少し曇ったが、投げられた問いに一つずつ答えはじめた。
『ここは武仁殿と全殿が住む世界とは時も場所も空間すら相容れぬ世界。この世界では千年に一度、魔物が溢れ出す厄災が起こるのだ。その厄災に対抗する力はこの世界にはなく、六神の加護を受けその力もってこの世界の人々へ力を付与する事が可能な聖人の器と呼ばれる者を異界より召喚し、厄災を鎮め......この地で天寿を全うしたのちに神の使いとして神に支える存在へと昇華される。ただ、此度の召喚はこれまでに類を見ない事象が生じてしまった。武仁殿と全殿は聖人の器、すなわち召喚対象者ではなく、巻き込まれた迷いし落ち人。......これ以上は我にも答える事が出来ないのだ......』
ズチは丁寧に説明してくれたが、2人は終始眉間に皺を寄せ、憤りを隠せない。
この世界で完結しない厄災とやらに異世界人を勝手に巻き込む理不尽、更には巻き込まれて落ちたと言う事実、終いには帰還できず神の使いと化すとは......ならば今ここにいるズチは、そして全の案内役(ナビゲーター)のリンは聖人の器として召喚された存在なのか......?
武仁に続き全も案内役(ナビゲーター)のリンを呼び出した。
「リン、出てきてくれ」
全の呼びかけに応じファンファーレのメロディとともに顕現したリンは、長く白い髪に透き通るように白い肌で浮遊する羽衣に包まれ、正に天女のような姿である。
『お呼びでしょうか〜、全様〜♪』
「今ズチからこの世界について......僕らが落ちた理由もなんとなく聞いたんだが......。リンやズチも元はこの世界とは別の世界から召喚されたのかい? 聖人の器として......」
『はい〜、おっしゃる通りです〜』
全の問いかけに対しリズミカルに返答するリンに、全は続けた。
「勝手に召喚され、元の世界に戻れず、死してなお神の使いとされる......。君たちに憤りはないのかい!?」
少し困ったような表情でリンが返す。
『確かにはじめは受け入れる事にも時間が必要でした〜。しかしこの世界で過ごしこの世界で様々な人と出会い、そして創生の記憶を見た時、この運命も悪くないと感じたのです〜』
「創生の記憶......?」
『はい〜。創生の記憶については神の使いは口外ができないため、厄災の前兆が現れるまでにまずはこの世界を見て回るのが良いかと〜。探されている答えに近づけるかもしれません〜♪』
リンが話終えるや否や、黙って聞いていた武仁が勢いよく立ち上がった。
「俺は頭が悪いからよお、難しい話はよくわからねえ! 巻き込まれたんならとことんやってやるよ! んでサッサと帰る方法まで辿り着けば良いじゃねえか!」
まだ謎は多いが今は進む他道はなさそうだな、と全も深掘りしたい気持ちを飲み込み立ち上がった。
「そうだな! 楽観視はできないが、武仁の意見も一理ある! このままここに居ても進まないな! まずは......やはりここから見えるあの建物に行ってみるか、この世界の情報が必要だ」
腹を括った2人に案内役のズチとリンはあの建物のある場所は城下町カルカーンだと教えた。
人も物流も多く盛んで情報収集やこの世界を知るには打ってつけだと言うことだ。
全と武仁は休憩で広げた荷物をしまうと、まずは街道に出て街道沿いに城下町カルカーンへ向かう事にした。
「なんか冒険って感じだなあ! 納得はしていないが! 憧れの異世界転移! 一度は経験してみたいと思う男のロマン! ステータスオープン!」
全はライトノベルや異世界ものの漫画が大好きなためか、割り切って楽しみ始めた様子だ。
「おっさん、さっきまでは不安ですお家帰りたい、って顔に書いてたくせに良く言うぜ!」
武仁が突っ込むと全は、ステータスウィンドウをながめながら、おっさんじゃない、と主張するのであった。
ほどなくして、城下町カルカーンに到着しようかと言うところまで来て、武仁が急に顔を顰め後方を向いた。
「......なんかいるぞ!」
武仁の第六感スキルが働いたのだろう、目視ではよくわからないがどうやら魔物の気配がするようだ。
「おいおい......まじかよ......」
武仁の第六感スキルを魔物も感知したのか物凄い勢いでこちらに向かってくる何かに驚嘆するのも束の間、立ち塞がったのは巨大な鳥のような魔物だった。
途端、全が叫ぶ。
「......! ふふふ火球(ファイアボール)!!」
全は眺めていたステータスウィンドウからちょうど目についた火属性初級魔法、ファイアボールを唱えると同時に右手を魔物の方へ突き出した。
魔物は瞬時に炎に焼かれ、断末魔をあげる間も無く灰となった。
「......いやいや、初級の火力かな、これ」
全は咄嗟に魔法を使用したが、見るからに強そうな魔物を一瞬で灰にした力に驚愕した様子で少し固まっていたが、武仁はそれを見て声を上げて笑った。
「はっはっはっ! これが異世界か! 面白くなってきたじゃねーか! 次は俺がやるからおっさんは手ぇ出すなよ!」
そう言うと城下町カルカーンの方を向き歩き出した。
「だ、だから! おっさんじゃなくて、全だ!」
と言い武仁を追おうと振り返ろうとした横目に、先程焼き尽くした魔物の灰の中にキラリとひかるガラス玉のようなものが目に止まった。
「......なんだ、これ」
とりあえず拾っておこうと、それを拾い上げるとズンズンと先を進む武仁を慌てて追いかける全であった。
そして城下町カルカーンの門戸へ到着した2人。
冒険者から行商人までズラリと並ぶ、どうやら門兵が城下町へ入る際に身元確認やどのような用向きで城下町へ入るのか、などをチェックしている様子だ。
「おい、俺ら身分証なんか持ってねえぞ......」
そう言う武仁に、全はニヤリと口角をあげたと思ったら門兵に向かってこう言い放った。
「さっきそこの街道で巨大な鳥の魔物に襲われたんだ。身分証はその時に紛失してしまってね。だが僕は魔法が使える、運良く撃退する事が出来たよ。僕らがいなければあれは真っ直ぐ城下町に突っ込んでいただろうなあ......」
全が言うや否や門兵は疑うような素振りで返す。
「そんな嘘八百でこの城門を越えられるほど緩くないぞ。まあ、討伐証明でもあれば別だがなあ。ほら、帰った帰った! 後がつかえているんだ!」
そう言う門兵は全く信用していない様子だが、全は先程魔物の中で拾ったガラス玉のようなものを差し出して見せた。
「鳥の魔物を仕留めた際にこれが落ちていたんだが、討伐証明になるかい?」
門兵は驚いたようで、ちょっと待っていろ、と言い残して城下町から門兵とは明らかに風貌も出立ちも違う青年を連れてきた。
「......ん、これは間違いなくホークアイの討伐証明だな。しかし、にわかには信じられん。が......彼の話が本当なら放置していればこの城下町にも被害が出ていたのは確実。なんせホークアイはBランクの魔物。普段この辺りにはEランクの魔物しか出現しないはずなんだが......。素性はともかく、救われたのは事実......か。......よし、私が後見人となる。2人を通してやってくれ」
そう言うと門兵は二つ返事で通行許可の手続きを進めた。
トラブルはあったが、晴れて城下町カルカーンに入る事が出来た2人、後見人を申し出てくれた青年は事の詳細を聴取し報告するべく、2人を冒険者ギルドと言う場所へ案内した。
青年に連れられて冒険者ギルド、と書かれた看板が掲げられている建物に到着した。
「ここは冒険者ギルド、各地から腕に自信のある奴らがクエストを求めて集う場所だよ。さっきの話、もう少し詳しく聞かせて欲しいんだ。俺は騎士団に報告をしに行かなければならない。一旦席を外すが、俺が戻るまで悪いがここで待機しておいてくれ」
騎士団に冒険者ギルド、全はこの異世界ワードにワクワクが止まらないのだろう。
目を輝かせながら青年に問いかけた。
「騎士団に所属されているんですか?!」
青年は全の勢いに押されながらも答えた。
「あ、あぁ。自己紹介がまだだったね。俺はカルカーン騎士団の副団長、ケインだ。よろしく頼む」
そう名乗ったケインは冒険者ギルドの受付で一通りの説明をした後に騎士団への報告のためその場を離れた。
2人は受付係にしばらく待つように促され冒険者ギルドの中の一番奥のテーブルに着いた。
「おい、おっさん。クエスト? だとかギルド? だとか騎士団? ちょっとわかんねぇ事ばっかりなんだが」
武仁は席に着くや全に問いかける。
「そうか、武仁はこう言う世界観を全く知らないんだもんなあ! いいぞ、教えてやろう! 簡単に言うと、多分こうだ。この城下町カルカーン、高台の方に城が見えただろう? その城にお偉いさん、この土地を納める領主だとかが住んでいるんだと思う。で、そのお偉いさんに支えて城下町を守ったりする、現代で言う警察や軍隊みたいな組織が騎士団って言ったらいいかな。そして冒険者と言うのは、さっき街道に出た魔物なんかを討伐したり、薬草を採取したり、時には探し物を探したり、とにかく色々な依頼を困った誰かがギルドへ出すんだが、その依頼を受ける人が冒険者で、冒険者ギルドは依頼者と冒険者を繋ぐ窓口のような役割を担っているんだ。この依頼の事をクエストと言って、冒険者はクエストを成功させると依頼者からギルドを経由して報酬が貰える。異世界モノは設定によって多少の齟齬もあるだろうがこんな感じだろうか、理解したかい?!」
興奮しているのか、いつにも増して流暢に話す全だが武仁には情報過多だったようだ。
「お......おう。まあ、その辺はおっさんに任せときゃ大丈夫そうだな......」
武仁にそう言われると頼られたと感じた全は張り切って返事をした。
間も無くして受付から呼ばれ、冒険者ギルドのギルドマスターが直々に話を聞くと言う事で上階へ通された。
受付の女性が「お連れしました」と扉越しに発すると扉の向こうから「入ってくれ」と返事がある。
扉を開き部屋へ入ると歴戦の古傷が強者を物語っているような、なんとも迫力のあるギルドマスターが応接用の卓に着いていた。
「待たせて悪かったな! 早速だが座ってくれ、詳しく話が聞きたい!」
促されるまま卓に着く2人、ギルドマスターはワンドと名乗った。
ギルドマスターともなれば堅苦しいのかと思いきや、どちらかと言えば野生的な身なりで驚いたのは女性であると言う事だ。
「ケインから話は聞いたが、Bランクの魔物がここらに出ただけでも驚いたが! まさか! それを狩るやつがいるってんだからこれは会って直接話をしたいと言うもんだ!」
そう言われ、全は討伐証明のガラス玉のようなものを卓の上へ置いた。
「僕は全、彼は武仁と言います。2人で田舎から出てきましたが、ここへ来る途中に例の魔物と交戦しました。武仁が感知系のスキルを所持していたので魔物より先手を打つことができました。慌てて火属性魔法で撃退しましたが、これ以外は灰になってしまい......。その時に身分証を紛失したんだと思います」
場慣れしていると言うのか、それとも知力が高いからなのか、門兵に話をした時といいスムーズに受け答えする全に対し武仁はこれが大人か、と少し見直した様子だ。
しかしワンドは腑に落ちない様子で深掘りする。
「感知スキルは理解できる、それにより先手を打って火属性魔法を放てたのも理解できる! が、こいつはホークアイと言ってBランクの魔物だ! 火属性魔法で消し炭にするほどの威力となると流石に上級魔法でなければ辻褄が合わないぞ!」
これを聞いた全は門兵の時に感じた違和感を思い出す。
そうか、僕らが授かった力がチート過ぎてこの世界で当たり前とされるパワーバランスを前提にすると齟齬が生まれるのか......。
そう解釈した全はワンドにこう返した。
「はい、僕は火属性上級魔法を修得しています。上級を修得するのは僕らの村では凄い事で、更に高みを目指そうと感知スキルを使える前衛(アタッカー)の武仁と旅をしていたところでした」
「なるほど、そう言う事なら合点がいく! ともなれば全と武仁、と言ったかな! 2人は控えめに言ってもBランク冒険者に匹敵する実力だ! その村だけではない、上級魔法を扱える魔法使いは一握り! 身分証の件はこのギルドで冒険者登録をすれば問題ないだろう! 強き者は大歓迎だ!」
そう言うとワンドは先程の受付係を呼び、2人の冒険者登録と討伐証明の買取手続きをするようにと言い付け、書類整理が片付いたら飯でも食おう、別れ際に言った。
2人は受付係の後について再び階下へ降りる。
受付係に案内され冒険者ギルドの受付窓口で冒険者登録をする2人。
「全さん、武仁さん、改めまして。私はカルカーンの冒険者ギルドの受付係マムと申します。早速お2人の冒険者登録とホークアイの討伐証明の買取をさせて頂きますね。まずはこちらをご記入下さい。私は買取の査定に入りますので記入が終わりましたらこちらのベルを鳴らしてお知らせ下さい」
そう言って受付係マムは冒険者登録用紙を2枚カウンターテーブル横から取り出した後、受付窓口奥の部屋へ籠った。
冒険者登録用紙には名前、年齢、職業、使用する武器、出身地を記入する欄がある。
全は職業に賢者とは書かずに魔法使い、使用する武器は魔法と書き、武仁は職業に勇者とは書かずに戦士、使用する武器に剣と書いた。
これはパワーバランスの齟齬を考えた全の提案だったが、2人を悩ませたのは出身地の項目だ。
「......おい、出身地って......日本で通じるのかよ?」
武仁は全に小さな声で聞く。
「僕もそこをどうするか考えていたところだ......」
2人がヒソヒソと話し合っていると、2人の方へ近づいてくる足音が背後でピタっと止まった。
ギルド内は賑わっていて2人は気がついていない。
「待たせたな! ワンドとの話は済んだかい? おっ、早速冒険者登録か。どれどれ......魔法使いと戦士か。......ん? 出身地が空欄だが......」
その声に2人は内心穏やかではなかったが、すかさず全は返答する。
「やあ、ケイン! 実は......僕らの風貌を見て騎士団副団長(・・・・・・)のケインともあれば多少は察しがついていただろうが....,.僕らは隠れ里出身でね......。里の事を口外する訳にはいかないんだ......。ほら、隠れ里、風の噂くらいには聞いたことがあるだろう? 騎士団副団長(・・・・・・)のケインともあれば......」
そう言うとケインは真顔で押し黙ったあと静かに口を開いた。
「......あ、ああ!! 隠れ里か......!? 確かに変わった格好をすると聞いた事があるような、ないような......。まあ、副団長ともなればかなり情報通にもなるからな。ははは! そう言う事ならカルカーンと記入すればいい。備考欄に身元保証人として俺のサインを添えれば大丈夫だ。」
自分で言った手前何も言えないが、ケインは人が良すぎて詐欺に合わないか心配になる全。
武仁もチョロすぎねえかこいつ......と言う眼差しをケインに向けているように見える。
ケインがサインをした事で記入も終わり受付のベルを鳴らそうとしたところでマムが奥の扉から出てきた。
「お待たせしました。......ちょうど登録書類の記入も終えられたのですね。......はい! 不備はありません! ではこちらが全さん、こちらが武仁さんの冒険者証になります。再発行には手数料がかかりますし、無くさないように管理下さいね」
差し出された冒険者証には、名前、職業とは別にDと言う表示がある。
「このDってのは何だ?」
武仁がつぶやくとマムは丁寧に説明をしてくれた。
「はい。そちらは冒険者ランクと言って、冒険者には上はSから下はEまで6段階のランク分けがされており、クエスト貢献度に応じてランクが上がって行きます。クエストはランクによって受けられるものが決まっており、全さんと武仁さんの場合ですと、一つ上のCランクまでのクエストを受けることが可能です。しかし、クエストの失敗が続いた場合は降格、素行が酷い場合は実績に関わらず最悪の場合除籍処分もあり得ますのでお気をつけ下さい」
「なるほどな。つうか俺らは今登録したばかりだろ? ならEランクなんじゃねーのか?」
そう武仁が続けると、マムは待ってましたと言わんばかりに食い気味に被せた。
「おっしゃる通りです! 通常はEランクスタートなのですが、お2人はBランクの魔物ホークアイを討伐されたと言う事で、特別待遇となりました! ギルマスも期待しているようでしたし、お2人のご活躍を楽しみにしております。」
そう言うと横で聞いていたケインは武仁を肘でツンツンっと突き、期待されてるぞ新人と言わんばかりにニヤっと笑った。
「それから、ホークアイの討伐証明の部位は額にある通称第三の目となります。正真正銘本物でした! こちらが今回のホークアイ討伐証明の査定結果になります、ご確認下さい」
そう言い終わるとトレーをカウンターに置いたマム。
トレーには金色のコインが40枚と銀色のコインが5枚のっている。
価値はわからないがとりあえずお礼を伝え、武仁はカバンの類を持っていない事から全が背負っていたリュックにコインをしまった。
ひと段落したところでケインが2人を外食に誘うが、全と武仁のこの世界に来てからの疲れも限界まで来ていた。
全と武仁はケインにお礼もかねて、それは明日必ずと約束をし別れ、ケインに教えてもらった宿屋へ向かった。
この世界に来てどのくらい時間が経ったのだろう。
陽が沈みはじめ、オレンジ色から終わりは藍色へと綺麗なグラデーションとなって空一面に広がり1日の終わりを告げようとしている。
冒険者ギルドを出て左に真っ直ぐ300mほど進むと宿、と書いた看板を掲げた二階建ての建物を見つけた。
2人は宿屋の扉を開け、2人部屋の空きがあるかを宿屋の主人に聞くと「運がいいちょうどあと一部屋ですよ」と宿屋の主人は微笑みながら対応してくれた。
「とりあえず10日間連泊したいんですが、素泊まりでおいくらですか?」
「2人部屋素泊まり10日間だと金貨3枚と銀貨5枚です。よろしければ宿泊名簿にサイン下さい」
全が宿屋の主人に尋ね、主人は金額を掲示した。
全は金貨を4枚払うとお釣りが銀貨5枚で帰ってきた。
2人は部屋の鍵を預かり宿屋2階の一番奥の部屋へ案内された。
部屋に入ると簡素だがしっかり手入れが行き届いているのが伺える。
2人はベッドにそれぞれ腰を下ろすと緊張の糸も切れたのだろう、大の字にそのままベッドに寝そべった。
「ふああああああ、疲れたあああああ!」
「何なんだこの世界は、わけわかんねえ!」
揃って口から出た言葉は2人の心境をとてもシンプルに説明付ける。
「武仁は訳わからない事ばかりだよなあ。慣れるまで僕の異世界知識でフォローするから! 何の因果か......僕らは今日この異世界へ落ちてきた......。......帰るまではよろしく頼むよ!」
「......おう、締め上げるんなら得意だからよお。それ以外はおっさんに任せるぜ......よろしく頼むわ!」
2人はそう話すと元の世界では何をしていたんだ、など他愛無い話でお互いへの理解を深めた。
全は高学歴で大手IT企業の営業マンだったようだが、就職すれば学歴の事ばかりを言われ、まるで自分を見てもらえていないような感覚を抱いた。
どうやら逆学歴コンプレックスを抱えているようだ。
一人っ子の全は学生の頃は親の厳しい教育に疲れ果てると、当時流行っていた異世界もののライトノベルを親の目を盗み読んでは心を潤わせたと話した。
武仁は妹と父と3人暮らし、母は早くに他界し父も体を壊しているそうだ。
高校にはなんとか入学できたが、家計を助けるべくコンビニでバイトをしていたと言う。
勉強は苦手だがスポーツは得意、特に足の速さには自信があるようで、野球は今でも続けているようだ。
貧乏で小さい時はよく揶揄われ、舐められないように気合いを入れているのだと話した。
話し終えると既に疲れ果てていた2人はどちらが先ともなく眠りについた。
ーー翌朝ーー
先に目覚めたのは武仁だった。
湯浴みを済ませ出てきたところで物音に気づき目覚めた全。
「起きたかよ、お前も体洗ってこいよ。んで飯食いに行こうぜ」
「......おはよう、早いな......って、誰!?」
湯浴みをした武仁の髪はリーゼントが崩れサラっと伸びた毛先には水が滴る。
「いや......流石に髪型ひとつで誰とはなんねえだろ!」
お約束を挟んだところで笑いながら全も湯浴みをしにベッドを立った。
しばらくして準備が整うと全は部屋を出る前に武仁にこの世界のお金について話した。
「昨日、宿屋の主人に宿代は金貨3枚と銀貨5枚と言われ、僕は金貨4枚を出したんだ。するとお釣りで銀貨5枚が帰ってきた。と言うことは、銀貨は10枚で金貨1枚だと言うことだ。食事の単価やその際のお釣りなどでこの世界の金銭感覚や価値を見極めよう」
武仁は「そうか......んじゃあ飯食いに行くぜ」と話を聞いているのかいないのか、全を急かし部屋を出るや宿屋の主人に美味い食堂はないかと武仁が尋ねると、宿屋の斜め向かいにある店のボアステーキは絶品だよ、と教えてくれた。
お礼を言うと2人は足早に食堂へ向かう。
食堂の扉を開けるとカランコロン、と扉についたベルが音を立てると同時に「いらっしゃい」と元気の良い声が飛び交った。
食堂は朝だからか人は少なく、武仁は適当に空いていた席に着き、「注文いいか」と店員に言うと全も席に着いた。
宿屋の主人におすすめされたボアステーキを注文し、食事が来るまでの待ち時間に2人はログインボーナスの事を思い出すとまずは全が席を立ち、人目につかないよう食堂横の脇道に入り静かにステータスオープンと唱えた。
ファンファーレのメロディとともにリンの声が聞こえて来る。
『全様〜、おはようございます〜。二日目のログインボーナスとしてスキル・収納と装備・賢者のローブを獲得しました〜。また、顕現を求めない限り私の声は全様にしか聞こえませんのでご安心下さい〜。それでは良き異世界の旅を〜♪』
神の使いであるリンやズチがいきなり目前に現れたら騒ぎになる、そう危惧しわざわざ隠れてステータスオープンした事を、まるで見ていたかのように遠回しに言われた気がして恥ずかしくなる全。
食堂に戻りそれを武仁に伝えると、武仁ははじめから言えよ、と言うと席に着いたままステータスオープン、と小声で呟いた。
和太鼓のメロディとともにズチの声が聞こえる。
『武仁殿! 調子はいかがですかな? 本日のログインボーナスはスキル・収納の修得、加えて装備・勇者の剣(バット)ですぞ! 戦に武具は欠かせませんからな! では、用向きがあれば遠慮なくお呼び下され!』
ズチの声が消えると、食堂の店員がちょうどボアステーキをテーブルに運んで来た。
ボアステーキは熱した鉄板の上で油が弾ける良い音をさせながら、食欲をそそる香ばしい香りを立たせる。
「「いただきます!」」
2人は言うやいなやボアステーキに勢いよく箸をつけた。
口に入れると咀嚼もそこそこに肉汁が溢れ出し、最後はとろけるようになめらか、ジューシーなボアステーキに夢中で箸を進めた。
箸と言ってもフォークナイフであるのは言うまでもない。
あっという間に完食し水をグイッと飲み干すと「ごちそうさま」と伝え店員に代金を支払い2人は食堂を後にした。
「ボアステーキ2人前で銀貨1枚と銅化6枚。銀貨2枚を出してお釣りは銅化4枚だったから......大体分かってきたな!」
と言う全は続けて武仁に説明した。
「どうやらこの世界の金貨1枚は日本で言うと1万5千円くらいの価値で、銀貨1枚は1500円、銅化1枚は150円くらいだね。更に銅化10枚で銀貨1枚となり、銀貨10枚で金貨1枚となる、かな」
この世界の金銭価値も大体把握し、腹ごしらえも済んだところで2人は冒険者ギルドを目指した。
クエストをやってみたいと言う全の意向からだ。
道すがら、2人は今日のログインボーナスについてステータスウィンドウを開きながら話す。
「僕の新しいスキル・収納は......どうやら収納した対象の時間を停止させ保管する、と言うものらしい。容量は......無制限。そして、装備の賢者のローブ。これは......賢者のみ装備可能なローブ、物理攻撃をはね返す、武仁はどうだ?」
「俺も新しいスキルは収納だ。おっさんと同じだな。装備は勇者の剣(バット)、これ良いぞ! まさか異世界に来てバットを手に出来るとはな! 効果は......魔法すら打てる(切れる)んだってよ、武器はいい、腕が鳴るぜ!」
そう聞くと全は武仁に残りの硬貨を半分渡し、もうリュックはいらないな、と収納でリュックをしまった。
冒険者ギルドに到着し受付のマムに挨拶をすると「何かクエストはないかい?」と全が尋ねると、依頼書が貼り出されたボードから好きなものを選び受付に持って来れば受注できると教えてくれた。
2人は依頼書が無数に貼られたボードの前に立ち一通り目を通すと、それぞれ一枚ずつの依頼書を手に取った。
全はDランククエストの3種類の薬草採取、武仁はCランククエストの街道沿いの調査と書かれた依頼書を受付窓口にいるマムに手渡す。
「全さんは採取クエストですね。通常、採取クエストは1種10本でEランクなのですが、こちらは3種類をそれぞれ15本ずつとなりますのでDランクになっています。しかし、採取系のクエストは時間がかかる割に報酬は討伐系や他のクエストと違い低めです。それでもよろしいですか?」
全は自身の鑑定スキルを試したい様で、二つ返事でクエストを受注した。
「武仁さんは調査クエストですね。こちらは昨日出されたばかりのクエストで、知っての通りカルカーン周辺にBランクの魔物ホークアイが出現した事で領主様より出された依頼になります。この辺りでは普段Eランクの魔物くらいしか出現しませんから、何もなければラッキーで高報酬! しかし、昨日の今日ですしまだ出現した原因もわかりません......。万が一、危険なクエストになる可能性もあります。それでも受注されますか?」
武仁は腕試しがしたいのだろう、全に続き二つ返事でクエストを受注した。
「承りました。それではお2人ともお気をつけて!」
マムは依頼内容を受付名簿に写し取ると2人を見送った。
ギルドを後にした2人は、まずは全の採取クエストでその後に武仁の調査クエストを進めようと話しながら歩いていた。
すると後方から「おーい」と声がし、振り返るとケインが走ってこちらに向かって来ているのが見えた。
「はぁ、はぁ......ギルドに行ったら会えるかなと思って、マムに聞いたら入れ違ったと言われてね。追いかけてきたよ」
昨日のケインは騎士団の鎧を纏っていたが、今日は非番だと言う事で腰に剣は携えているものの革の胸当てをつける程度の軽装だ。
銀色の短い髪に、端正な顔立ち、人の良い気質、更には騎士団副団長である。
昨日はそれどころではなく気が付かなかったがケインは城下町で人気があるのだろう、道ゆく女性がキャッキャと話しながらケインに目を止めていくのがわかる。
「クエストに出るんだって? しかも調査のクエストも受けたと聞いた。今日は非番だし、良ければ同行させてくれ」
その申し出を断る理由もなく、彼には恩もある。
それにこの世界での理解者及び協力者も必要だと考えた全は「是非一緒に行こう」と快諾した。
武仁もケインを気に入っている様子で「俺の邪魔はすんなよ」と生意気を言いながら口角を上げた。
城下町カルカーンを出た3人は街道沿いをしばらく歩く。
道中ケインがこの辺りの地理やクエストポイントについて話をしてくれた。
カルカーンから東南に位置する迷いの森林が今回の採取クエストの目的地だと言う。
そう、全と武仁が落ちて来たあの森林だ。
奥に入ればEランクの魔物が出現し、更に奥に入ればDランクの魔物が生息しているが、森林入り口辺りには滅多に現れないらしく薬草の採取ポイントとされていると言う。
それが踏み跡のあった理由か、と全は理解した。
ケインは続けて、カルカーンより東北には水上の街フォンダンがあり、そこから北へ登ると王都ボルディア、東南へ降ると竜の渓谷があるのだと言った。
ケインの話はタメになるものばかりで聞き飽きない。
気付けばあっという間に目的地の迷いの森林に到着していた。
入口から草木が青々と生い茂っている。
「ケイン、道中色々教えてくれてありがとう。採取ポイントに到着したし、ちょっと採取してくるよ。......えーっと、採取対象は......薬草15本、毒消草15本、月見草15本、っと。......鑑定!」
依頼書を再確認してから鑑定スキルを使用した全の目にはゲームでよく見る▶︎(アイコン)と薬草の名前と効能が表示されて映った。
瞬間、ケインが驚嘆しながら全に声をかけた。
「全は鑑定が使えるのかい!? これは驚いた! ちなみに俺のステータスを見る事もできるかい?」
そう言うケインの方を向く全の目にははっきりとケインのステータスも映る。
「そうだね、ケインは職業が騎士、レベルは32だ。全部言うかい? 例えばスキルに直感があるね」
「凄いよ、正解だ! 鑑定なんて大当たりのギフテッドじゃないか! 商人になれば間違いなし、ギルドでも引っ張りだこのレアスキルだよ! だが......俺の直感スキルも......結構イケてるだろ?」
そう言うとウインクしたケイン、全と武仁は今までのケインの立ち回りは直感スキルに後押しされたものだったのかと納得したと同時に、人が良すぎる気質が故の詐欺には合わずに済みそうだなとホッと胸を撫で下ろした。
「じゃあ本番! 奥まで行かずともあらかた終わりそうだし、少し待っててね」
それから全は森に入り目当ての薬草を次々と採取し、遥か向こうから来る荷馬車が通り過ぎようとする頃には採取を終わらせた。
「楽しくなって少し採取し過ぎたかな......。まあ使いどころもありそうだし良いか......収納!」
全は採取した薬草を収納すると「おまたせ」と武仁とケインの元へ戻った。
「次は俺だな」と武仁は張り切ったが、次の瞬間には「街道沿いってどこまで調査すればいいんだ?」と振り返りケインに聞いた。
ケインは「真っ直ぐ進むと小さな村がある。そこまで行って戻れば問題ないだろう」と話した。
城下町カルカーンを背に街道沿いを進む3人。
カルカーンを出てから特に魔物に遭遇する事もなく道行く人もぽつりぽつりとすれ違う程度でのどかなものだ。
「俺の腕試しはいつになんだよ。魔物一匹いねぇじゃねえか」
武仁がボヤくとケインが口を開いた。
「この辺りは普段から割と平和なんだよ。魔物より賊なんかが関わっている事案の方が多いくらいさ。とは言えそれも数えるほどだけどね。だから昨日は本当に驚いた......。領主様が直々に依頼を出すのも当然、何もないに越した事はないし、報酬を貰い実績も積める、良い事尽くしじゃないか武仁!」
そう言い武仁の肩をポンと叩き微笑むケイン、納得の行かない武仁はムスっとしたかと思えば、次の瞬間ニヤっと笑う。
「いるじゃねぇかぁ......! 俺が行くまでそこ動くんじゃねぇぞぉ......!」
第六感スキルが働いたのだろう、そう言うと走り出す武仁。
全とケインは途端に走り出した武仁を追うが、その差は縮まらない。
「はぁ、はぁ......昨日のホークアイ討伐といい、さっきの鑑定スキルといい、全には大概驚かされたが......。武仁もただの前衛(アタッカー)と言うわけではなさそうだね......!」
武仁を追いかけながらケインは全に言った。
「はぁ、はぁ......武仁は僕らの故郷でも一番身体能力が高くて、野生的に感も鋭いんだ......。僕と武仁は無いものを互いに補える良いパーティだと思っているよ......!」
そんな会話がなされているとも知らない武仁は、およそ2kmと少しを走り抜け単身小さな村へと辿り着いた。
村の入り口にはムツノハシ村、と書いてある。
一見すると穏やかな村だが村にいる人々の目は虚で、農作業をするお爺さんも家の前で会話をするおばさん達も走り回る少年少女にさえ違和感を覚えた。
武仁が感知した魔物はどうやら村の奥にいるようで、武仁は2人の到着を待たずに村へ足を踏み入れた。
すると一斉に武仁の方を見る村人達。
武仁は物怖じせずズカズカ村の奥を目指し進む。
「こんにちは、こんな辺鄙な村へどのような御用向きですか?」
「こんにちは、今日は天気が良いですね」
「こんにちは、お兄さんは冒険者ですか?」
村人は一斉に武仁に声をかけたかと思えば、ジリジリと近づいてきており、それはまるで村の入り口を塞ぎ武仁を村の奥へと追いやるかのように徐々に集まってきている。
「気持ち悪ぃな、なんだお前ら? まぁ俺も用があんのはこの奥だからよぉ。わざわざんな事しなくたっていいんだぜ?」
そう言うと村の最奥にある民家まで歩みを進めた。
嫌な気配はこの民家の真裏からするようだ。
武仁は剣(バット)を収納から取り出すと警戒しながら民家の裏手に回り込み、対面したそれに目を疑った。
それはまだ新しい苗木だったが、普通の苗木ではあり得ないギョロリとした大きな目が苗木から伸びた葉についているのだ。
その目は武仁の方を見るや枝を伸ばし、もの凄い速さで鋭く幾度も突いてきた。
地面に刺さった痕跡からして、当たれば貫通必至だろう。
しかし武仁はこれを身軽に避けながら接近し、苗木の前まで来ると剣(バット)を横にフルスイングした。
苗木はその衝撃でボロボロと崩れ落ち、最後にはコロンと目玉だけが残り地面に転がった。
「遅すぎるぜ。肩慣らしにもなんねえ」
そうつぶやくと目玉を拾い、民家の裏手から出るとさきほどまで目が虚だった村人達は正気を取り戻した様で少し混乱していた。
武仁が混乱に乗じて村を出ようとしたタイミングで全とケインが村に到着する。
2人はかなり息を切らしているようだ。
「ははっ! お前らも遅すぎるなぁ!」
そう言うと武仁はまだ肩を揺らしながら呼吸の整わない2人にお構いなく説明しながら拾った目玉を見せた。
「!!!」
それを見るや目を見開いて驚いたケインはまだ呼吸が整わない中で絞り出し言い放った。
「......厄災の芽......だと......!!」
ケインの様子から、それは何か不吉なもので急を要する深刻なものなんだと感じた2人。
「急いでカルカーンに戻った方がいいかな?」
そう全が言うと、ケインは深く頷いた。
「まだ試した事はないけど......転移(ワープ)!」
全が唱えたの闇属性上級魔法の転移は一度訪れた場所に移動できると言うものだ。
3人は瞬く間にカルカーンに戻ってきた。
ケインは転移に驚きながらも、厄災の芽の事で気が気でない様だ。
2人にギルドへの報告を頼むと大急ぎで領主へ報告に向かった。
厄災の芽が果たして何なのか、はっきりしないながらもよほどの事態なんだろうと察する2人もギルドへ急ぎ駆け込んだ。
受付のマムに経緯を説明し厄災の芽を差し出すと
マムは大慌てで「お2人も来て下さい」と言うと2人はマムと一緒に上階のギルドマスターの元へ駆け上がった。
ーー
時は少し遡り全と武仁が迷いの森林に落ちた時間、あの袋小路の地面に突如として現れた底の知れない真っ暗な穴へ飲み込まれたのは全と武仁だけではない。
そう、全に絡んだ中高生3人組だ。
3人は全と武仁とは違う場所へ落ちて来た。
「なんだここ......おい起きろよ、虎(トラ)、龍(タツ)」
先に目を覚ましたのは真中 聖人(まなか せいと)。
全に手を上げようとした彼だ。
「う......ん......。聖ちゃん、どったの?」
次に目を覚ましたのは右京 虎次郎(うきょう とらじろう)。
彼は寝ぼけているようだ。
「......」
最後に目を覚ましたのは左近寺 龍己(さこんじ たつみ)。
無言で辺りを見渡している。
どうやらどこかの部屋の中だ。
とても豪華な室内、3人はそれぞれにベッドで目覚め、見覚えの無いこの空間に戸惑いを隠せない。
聖人が2人に話しかけようとしたがまるで3人が目覚めたタイミングを伺っていたかの様に部屋の扉をノックする音が聞こえ、ガチャっと扉が開くと見知らぬ老人が入ってきた。
「お目覚めですか、聖人の器の皆様。私は聖人の器の皆様を導く者、オダーと申します。皆様まだ混乱されている事かと存じますので順を追ってご説明致します。ご準備が整いましたら部屋の外におります係の者にお声かけ下さい」
そう言うとオダーと名乗る老人は部屋を後にした。
「おい聞いたかよ、聖人の器? なんだそれ! てかどこだここ! 誘拐......!? 意味わかんねー!」
「聖ちゃん、怖いよぉ......!」
「......」
3人はそれぞれに不安を抱える様子だが「爺さんだったし何かあっても3人で行けば大丈夫だろ」と聖人が言うとベッドから出て部屋の扉をを開けた。
部屋の外にはシスターのような格好をした女性が立ち、その顔には目を覆い隠す様に布が垂れており、その布には大きな一つ目が描かれていた。
気味が悪いな、と思いつつも3人は案内されるがままに廊下を進んだ。
「こちらです」と通された部屋は広く、真ん中の床には魔法陣が刻まれており部屋の奥には案内してくれたシスターと同じ一つ目が描かれた旗が大きく掲げてある。
部屋の扉から真ん中の魔法陣までの導線を避ける様に神父やシスターの格好をした人々がズラリと整列し、3人の登場を拍手で迎え入れた。
さきほどオダーと名乗った老人は魔法陣より奥に立っており、3人は進むしかなく魔法陣の上まで進む。
「ここはどこなんだ? それにしても悪趣味だろ、気味が悪い。俺たちをどうしようってんだ?!」
聖人が言うとオダーは答えた。
「改めまして、ここは聖ライガ教会、私は教祖のオダーと申します。皆様は異界よりこの世界へ召喚された聖人の器。言わばこの世界における救世主でございます。丁重におもてなし致しますのでご安心下さい。わからない事や必要な物、全て対応致します。ここに集まる者は皆様をお慕いする者ばかりです。本日は聖人の器である皆様のそのお力を鑑定するべくこちらのお部屋にお越し頂きました」
オダーが言い終わると聖人は「異世界転移じゃん」と湧き上がった。
「それでは鑑定させて頂きます。鑑定!」
真中 聖人(まなか せいと)
種族/人間 年齢/16
職業(ジョブ)/聖人の器 レベル/1
称号/雷神の加護(経験値2倍.レベリング加速2倍)
HP/1000
MP/1000
腕力/1000
腕力抵抗/1000
魔力/1000
魔力抵抗/1000
知性/100
感知/100
俊敏/100
運/100
スキル
・雷属性魔法
雷属性の魔法を初級〜特級まで使える
右京 虎次郎(うきょう とらじろう)
種族/人間 年齢/14
職業(ジョブ)/聖人の器 レベル/1
称号/雷神の加護(経験値2倍.レベリング加速2倍)
HP/1000
MP/1000
腕力/1000
腕力抵抗/1000
魔力/1000
魔力抵抗/1000
知性/100
感知/100
俊敏/100
運/100
スキル
・雷属性魔法
雷属性の魔法を初級〜特級まで使える
左近寺 龍己(さこんじ たつみ)
種族/人間 年齢/18
職業(ジョブ)/聖人の器 レベル/1
称号/雷神の加護(経験値2倍.レベリング加速2倍)
HP/1000
MP/1000
腕力/1000
腕力抵抗/1000
魔力/1000
魔力抵抗/1000
知性/100
感知/100
俊敏/100
運/100
スキル
・雷属性魔法
雷属性の魔法を初級〜特級まで使える
オダーは鑑定結果に雷神の加護を見るや否や地に頭を擦り付け言った。
「雷神様がついに降臨致しました! 皆さん、頭を低くお祈りなさい! 聖人の器様は御三方とも本物です、我々の魂をお導き下さるのは聖人様、虎次郎様、龍己様です! この名を心に刻みましょう!」
そう言うと整列し見守っていたシスターや神父はオダーと同じように地に頭を擦り付けるように3人を崇めた。
この異様な光景に3人はギョっとしながらも動けず、ただその場に立ち尽くしていた。
妙な教会に保護された3人は教会員達の異様な信仰ぶりに唖然とし立ち尽くす事しか出来ずにいたが、教祖のオダーが仕切り直すと謎の集会はお開きとなり、そこからも丁重に扱われた。
「お腹が空いておられるでしょう」とオダーが言うと教会員はすぐに豪華な食事を用意し「お着物が汚れておられますからお着替えをご用意致します」とオダーが言うと絹の様な替えの服を手にしたシスターが1人ずつに支え湯浴みを手伝う。
湯浴みを終えた3人ははじめのベッドが3台並ぶ豪華なプライベートルームへ戻る。
「本日は召喚されたばかりで様々な疑問をお抱えの事とお察し致しますが、混乱の渦中かと存じます。この世界についてや聖人の器と言う存在についてなど、明日改めてお話させて頂きます。まずはゆっくりとお休み下さい」
そうオダーは言うと部屋を後にした。
3人きりになったところで聖人、虎次郎、龍己は話し始める。
「すげぇ崇められてさ、すげぇ至れり尽くせりなんだけど......ヤバい宗教って感じじゃね?」
「......うん。僕たちどうなっちゃうのかなあ......。でも聖ちゃんと一緒で良かったよぉ!」
「......異世界転移」
3人はいまいち会話が噛み合っていないが、龍己が「三人寄れば文殊の知恵......」と呟くとこれまたいまいち理解はしていない様子だが聖人は「俺たち3人いればなんとでもなるよな」と声高らかに言い虎次郎は「聖ちゃん最強だもんね」と囃し立てた。
いつしか眠りに落ちた3人。
よほど疲れたのか成長期の彼等だからなのかぐっすりと眠り、気が付けば窓を覆うカーテンからは太陽の光が漏れる。
その光は聖人の顔を照らすと眩しさを感じた聖人は目を覚ました。
一足先に目覚めた聖人はまだスヤスヤと眠る虎次郎と龍己を起こすため部屋のカーテンを一気に開けた。
「おらあ! 起きろ起きろ! 朝だぞー!」
そう言うと「眩しいよ聖ちゃん」と言う虎次郎と無言で薄目を開ける龍己を見てゲラゲラと笑った。
部屋に備わった洗面台で顔を洗ってから談笑していると、ノック音に続き部屋の外からオダーの声が聞こえた。
オダーは朝食の準備ができたと3人を呼びに来たようで「朝食を済ませた後にこの世界についてお話をしましょう」と言った。
3人は昨晩のうちに用意されていた服に着替えると部屋を出る。
部屋の前には昨日と同じくシスターが待機しており、案内されるがままに通された食堂で朝食を摂ると頃合いを見計らいシスターは「オダー様の元へお連れ致します」と言い3人は再び案内されるがままについて行く。
館内は広いお屋敷のような造りで案内がなければ迷子になりそうである。
案内に従い進む3人、連れられた入ったのは会議室の様な部屋だった。
「昨晩はよく眠れましたか? 朝食はお口に合いましたでしょうか? お召し物もよくお似合いでございます」
オダーがうすら笑みを浮かべながら言った。
「あぁ。それはいいんだけどさぁ、説明してくれない? 召喚されたのはわかったけど俺たちどうされんの? で、帰れんの?」
聖人はドカっと椅子に腰を下ろすと本題を急かした。
「流石聖人様、失礼致しました。では早速お話させて頂きます。ここはこの世界の中心都市、王都ボルディアから東北に位置する聖ライガ教会です。皆様は1000年に1度起こるとされる厄災を退けるために異界より召喚されました。厄災とは魔物が溢れ返る深淵(アビス)が各地に突如として現れる現象の事を指しております。この世界では召喚された人々の事を聖人の器と呼んでおり、昨日の鑑定により御三方には雷神様の加護が付与されているのを確認致しました。雷属性のあらゆる魔法が使用でき、更に初期ステータスたるやこの世界の常人の100倍となっておりました。その救世主とも言える聖人の器の御三方の力を持ってして、この世界をお救い頂きたいのです。その為に我々聖ライガ教会は存在し、お支えできる事を光栄に想いこの身を捧げる覚悟で御座います」
「大体わかった。んで、その厄災とやらを鎮めなきゃ俺らは帰れんねぇのかよ? 帰れんなら今すぐ帰りてぇんだけど」
「心中お察し申し上げます。しかしながら仰る通り、厄災を鎮める事により元の世界に繋がる扉(ゲート)が開かれるとされております」
「だったら早いとこ厄災終わらせて帰ろうぜ!」
聖人は振り返り後ろに立っていた虎次郎と龍己に言った。
2人は真剣な顔で深く頷くとオダーは話を続けた。
「厄災の起こる日までまだ少し時間が御座います。まずは厄災の予兆とされている厄災の芽と呼ばれる苗木を探し、その苗木の本体である種を破壊して頂きたいのです。深淵(アビス)は厄災の芽を破壊する事で段階的に封印を施す事が可能とされております。御三方には厄災の起こる日までに7つ現れると言う厄災の芽を1つでも多く破壊して頂きたいのです。この世界では慣れず不自由も多いとは思いますが、出来うる限り如何なるお申し付けにも応じる所存で御座います。どうか我々にしばらくのお時間とお力添えをお願い致します」
そう言うとオダーは深々と頭を下げた。
「......わかったよ、頭上げろ。虎と龍もいるんだし、ちょっとこの世界でチート無双かまして凱旋帰還ってのも悪くねぇ! それにここは異世界なんだろ? 日本の法律も関係ねぇんだし女とうまい飯に酒だ! オダーって言ったか? ちゃっちゃと厄災とやらは俺らが終わらせるからよぉ、それぐらいは良いだろ?」
「せ、せ、聖ちゃん......! なんかダークヒーローっぽいよぉ......! そんな聖ちゃんもカッコいい......」
「......」
オダーは「お安い御用です。直ぐに手配致します」と言うと、一通りの話も終わり3人はプライベートルームへ戻った。