一限目が終わり、休み時間が訪れた。
「「「……」」」
クラスメイト達から好奇心の視線が飛んでくる。
しかし、声をかけてくる者はいない。
どれくらいの期間になるかわからないが、しばらく、俺はアカデミーに通うことになるだろう。
不都合が起きないように、クラスメイトと友好的な関係を気づいておきたいのだけど……
「……あの」
声をかけられて振り返ると、ネコネがいた。
そういえば、すぐ隣の席だった。
ネコネはまっすぐにこちらを見ると、ややあって、ぺこりと頭を下げた。
「今朝は申しわけありませんでした……」
「うん?」
「私の問題なのに、無関係のあなたを巻き込んでしまうなんて……王族としてだけではなくて、一人の人間として失格です。本当に申しわけありません」
そこまでしなくても、と思ってしまうくらいネコネは頭を深く下げた。
「そのことについて、別に謝ってもらう必要はない。俺が勝手にしただけだ」
「ですが……」
「そうだな……気にしているというのなら、礼をしてもらいたい」
「はい、もちろんです。なにをすればいいでしょうか? 私にできることであれば、なんでも……」
真面目な人だな。
本当に俺が勝手にしただけなので、気にすることなんてないのに。
王女だから、そういった責務を感じているのだろうか。
いや。
身分は関係ないような気がした。
ネコネ・レガリアという人物だからこそ、と言えるのかもしれない。
「なら、友達になってくれないか?」
「……え?」
「王国に来たばかりで、友達どころか知り合いも一人もいない。打算も混じっているが……君が友達になってくれると嬉しい」
「えっと……そんなことでいいんですか? その……私、一応、王女なんですけど」
「さすがにそれは知っている」
「なら、他にも用意できるものが……お金とか地位とか」
「そんなものよりも、君と友達になりたい」
「……っ……」
ネコネが赤くなる。
風邪だろうか?
「それで、どうだろう?」
「は、はい! 私でよければ喜んで」
「よかった。じゃあ、これからよろしく」
「はい、よろしくお願いします。スノーフィールド君」
「よろしく、レガリアさん」
握手を交わす。
友達になれば一緒に行動しやすく、護衛もしやすい。
打算が九割なのだけど……
でも、残りの一割は、彼女に興味があってのことだった。
――――――――――
「スノーフィールド君」
昼休み。
飯をどうするか考えていると、ネコネに声をかけられた。
「お昼、どうするんですか?」
「それを今、考えていたところなんだ」
弁当なんてものはない。
アカデミーにある施設でなんとかしようと思っていたが……
「私、いつも学食を利用しているんです。よかったら、一緒に行きませんか?」
「ありがとう。一緒させてもらうよ」
どうにかしてネコネを誘おうと考えていたので、ちょうどよかった。
それにしても……
他に誘う人はいないだろうか?
俺のことを気にしているのかもしれないが、気にかけすぎて他の友だちを蔑ろにしたら、問題の種となる気がする。
「他に誘う人は?」
「えっと……私、友達がいないので」
ネコネが寂しそうに苦笑した。
彼女は美人だ。
そして、第三王女。
友達なんて腐るほどできそうなのに……どうしてだろう?
「行きましょう」
「ああ」
今は疑問を後回しにして、ネコネと一緒に学食へ移動した。
学食は円形になっていて、三階建てだ。
全ての生徒、教員がやってきても対応できるように、これだけの広さにしたらしい。
「スノーフィールド君はなにを食べますか? ごちそうしますよ」
「いや、それは悪い。今朝のことなら、あまり気にしないでほしい」
「大丈夫です。お詫びとかではなくて、なんていうか……アカデミーへようこそ、みたいな歓迎の挨拶みたいなものですから」
「なるほど。そういうことなら甘えるとしようか。肉を頼む」
「はい」
「……」
「……え、それだけですか?」
不思議そうな顔をされてしまった。
「肉であればなんでもいい。多めだと、なお嬉しい」
「ふふ、お肉が好きなんですね」
「よく食べるからな」
魔法の研究で部屋に一ヶ月閉じこもっていた時、干し肉には世話になったものだ。
「少し待っていてくださいね。代わりに、席を取っておいてもらってもいいですか?」
「了解だ」
ネコネと別れて席を探す。
ほどなくして、二人用の席を確保することができた。
中央のカウンターに近いから、ネコネもすぐに見つけることができるだろう。
「……おい、見ろよ」
ふと、そんなささやき声が聞こえてきた。
視線を向けてみると、男子が二人、ネコネの方を見ている。
敵意はないが、良い感情もない。
嘲るような笑みを浮かべている。
「……あれが無能王女なんだろう?」
「……姉妹はとても優秀なのに、あの人だけらしいぜ」
「……もったいないな。でも、外見は俺好み」
「……それな。彼女にして、俺好みに調教してやりたいな」
「ボム」
「「うわぁ!?」」
鬱陶しい会話をしていたので、二人の料理を魔法で爆破してやる。
怪我はないが、料理が飛び散りひどい有様になっていた。
「おまたせしました。って……あれ? なにかあったんでしょうか?」
「さあ?」
とぼけつつ、ネコネに奢ってもらったハンバーグ定食を食べることにした。
それにしても……
今の連中も今朝の貴族もそうだけど、ネコネに対する雑を超えた態度が気になる。
ここはアカデミー。
地位は関係なくて、実力だけが全て。
だからといって、ネコネは第三王女だ。
いくら立場を気にしなくてもいいとはいえ、多少は気にするのが人というものだ。
それなのに、ネコネはまったく敬われていない。
それどころか嘲笑われている。
無能と蔑まれている。
いったい、その理由はなんだろう?
午前は座学。
そして、午後は実技だ。
訓練場へ移動する。
訓練場はスポーツの競技場と似た構造だった。
中央に舞台。
周囲に被害が出ないように、結界らしき塔が設置されている。
さらにその周りに観客席が並んでいた。
アカデミーの祭典や競技などがここで行われるらしいから、そのためのものだろう。
「今日は基礎をおさらいするぞ」
実技担当の教師がそう言うと、クラスメイト達はだるそうな顔になった。
入学して一ヶ月。
今更基礎なんて……と、思っているのかもしれない。
ただ、それは間違いだ。
全ての物事において基礎は大事だ。
例えば、スポーツでは体力トレーニングが基礎となるだろう。
それを疎かにしたら?
まともに動けなくなって、なにもできない役立たずの選手になってしまう。
魔法も同じだ。
基礎を繰り返すことで魔力を増やして、知識を重ねて、閃きを広げていく。
「ファイア」
教師は指先に小さな火を灯してみせた。
下級の火属性魔法だ。
子供でも使うことができると言われている、初心者の中の初心者用魔法だ。
ただ……
「この状態を最低でも一分は維持できるようにがんばること。わからないこと、疑問、なにかあればすぐに聞くように。では、始め!」
教師の合図で、クラスメイト達は一斉に「ファイア」と唱えた。
それぞれ指先に火を宿すけど……
「くっ、ダメだ……!」
「もう限界……」
「あっ、集中が……」
大半は10秒ほどで魔法が解けてしまう。
魔法を放つのではなくて、その場に留める。
実はこれ、かなり難易度が高い。
常に魔力を放出し続けなければいけない。
さらに、その場に固定するために高い集中力と演算が必要になる。
初心者用の魔法だとしても、維持するのはとても大変なことなのだ。
「……」
クラスメイト達が苦戦する中、ネコネは……なにもしていない。
魔法を使わないで、じっと指先を見つめている。
とても真剣な顔だ。
サボっている様子はない。
ならばなぜ、魔法を使わないのだろう?
無能。
実力が全てのアカデミーで蔑まれている。
「……もしかして」
とある可能性に思い至り、彼女に声をかける。
「レガリアさん」
「あ、スノーフィールド君……あはは、恥ずかしいところを見られちゃいましたね」
「それじゃあ……」
「はい……私、魔法が使えないんです」
……故に、彼女は無能王女と呼ばれていたのだった。
――――――――――
レガリア王国は魔法の研究が他国よりも大きく進んでいる。
故に、魔法大国と呼ばれていた。
アカデミーを設立して、魔法の教育に力を注ぐのは自然な流れ。
王族も魔法の研鑽を積むのは当たり前のこと。
しかし……
ネコネは魔法を使うことができなかった。
魔力がないわけではない。
むしろ、測定の結果、ネコネは尋常ではない魔力の持ち主であることが判明した。
知識がないわけではない。
彼女は勤勉で、物心付いた時から勉強を重ねていた。
だが、なぜかネコネは魔法を使うことができない。
なにをしても。
どれだけ努力をしても。
初心者向けの魔法を一回たりとも発動させることができなかった。
そして……
いつしか、彼女は無能王女と蔑まれるようになった。
――――――――――
「情けない話ですよね……人々の模範とならなければいけない王族が、まったく魔法を使うことができないんですから……」
「どうやっても?」
「たくさんがんばってきて、たくさん力を貸してもらってきましたが……全部ダメでした」
「なら、どうしてアカデミーに?」
「……諦められませんでした」
ネコネは泣きそうな顔をして……
でも涙をこぼすことなく、強い口調で言う。
「ここなら、もしかしたらなんとかなるかもしれない。そう思い、入学を決めました」
「でも……変わらない?」
「……はい」
ネコネは小さく頷いた。
ただ、その目は死んでいない。
「今はダメです、なにもできません。それでも……いつか、きっと!」
「そっか」
その根性、嫌いじゃない。
魔法に対する情熱も好ましく思う。
「ふむ」
「え? え?」
ネコネの顔を覗き込むと、彼女は頬を赤くした。
「な、なにを……」
「そのままじっとしててくれ」
「は、はい」
瞳を覗き込み、ネコネを視る。
魔力の流れや淀みがないか、診断する。
「うん?」
ほどなくして違和感を覚えた。
魔力の流れがおかしい。
スムーズに流れることはなくて、デタラメな方向に流れていて……
時折、動きを止めているなどして詰まっている様子だ。
いったいこれは……
「こら、そこ!」
教師がこちらを睨みつけてきた。
「のんびりとおしゃべりをしているとは、ずいぶん余裕があるな? 課題をこなすこともできず、一流の魔法使いになれると思っているのか?」
「いいえ、思いません。なので、課題はきちんとこなしています」
「なんだと?」
怪訝そうな顔をする教師に、俺は頭の上を指差した。
そこには、小さな火がゆらゆらと浮かんでいる。
もちろん、俺が生成したものだ。
それを見て、教師が唖然とした顔に。
「ま、まさか、ずっと使い続けていたのか……? しかも、体から離れた任意の場所に自由に展開をして……? そんなバカな。どれだけの魔力と精度を要求されるか……」
「納得してもらえましたか?」
「う、うむ……そう、だな」
教師は汗を流しつつ、離れていった。
納得してもらったようでなによりだ。
「……」
見ると、ネコネもぽかーんとしていた。
これくらいは、わりと大したことない。
練習すれば誰でもできるようになるのだけど……
「……うん」
ややあって、ネコネはなにかを決意した様子で頷く。
「スノーフィールド君」
「うん?」
「私を……あなたの弟子にしてくれませんか!?」
放課後。
俺とネコネは学食でドリンクを買い、その後、中庭へ移動した。
「それで……俺の弟子になりたい、っていうのは?」
「授業の時に話をしましたが、私、どうしても魔法を使うことができなくて……でも、諦めたくはないんです」
「それと俺、どういう関係が?」
「スノーフィールド君の魔法の技術、知識は誰よりも秀でいているように思いました。それこそ、教師よりも」
「……」
目立つな、と言われていたが、護衛対象に思い切り目立たれていたようだ。
正体はバレていないようだから、アリか?
アリだな、よし。
「俺に教われば、魔法を使えるようになる……と?」
「断定はできません。ただ、他の誰よりも可能性があると感じました」
そう言われると、素直に嬉しい。
それだけ俺のことを……俺の魔法を評価してくれている、っていうことだからな。
とはいえ、どうしたものか。
護衛として一緒にいられる時間は増えるものの、あまり近づきすぎると正体がバレる可能性も高くなる。
「その必要はないよ」
ふと、第三者の声が割り込んできた。
振り返ると、ドグと……誰だ?
もう一人いるのだけど、見覚えがない。
メガネをかけていて、知的な雰囲気を出している。
ドグと同じく美青年ではあるが、やや目つきが鋭い。
制服を着ているところを見ると、同じ学生のようだけど……
「むの……王女の指導なら、フリス先輩がやってくれるからね」
「ふっ」
フリス先輩とやらは、ニヒルに笑って見せた。
「はじめまして、ネコネ王女。私は、フリス・ホールドハイム。ホールドハイム公爵家の次男です」
「あなたがホールドハイム家の……」
面識はなくても知識はあるらしく、ネコネが驚いた顔をしていた。
相手が公爵家なら、名前を聞いていたとしても不思議ではないか。
「かわいい後輩のドグ君から話を聞きましてね。なんでも、ネコネ王女が平民のつまらない小細工に騙されそうになっている……と」
「小細工?」
「インチキをしてドグ君との決闘から勝利を盗み取り、ネコネ王女に取り入ろうとしている輩がいるらしい……そう、君のことですよ。ジーク・スノーフィールド」
「俺?」
思わぬところで俺に話が飛んできた。
こちらの困惑を知らず、フリスは強い口調で俺を非難する。
「私はその場にいなかったけれど、大体のことは予想できますよ。スノーフィールド、君は助っ人を頼んでいたのでしょう。そして、自分が戦うフリをして、その助っ人に魔法を使わせていた。決闘を挑んでおきながら、己の力で戦わず、他人を頼りにする……なんていう卑劣な男なのか!」
「待ってください! 私はスノーフィールド君が戦うところを見ていましたが、そのようなことをしているようには……」
「ネコネ王女、かわいそうに……すっかりその男に騙されてしまったみたいですね。ですが、考えてください。たかが平民が、貴族である……伯爵家のドグ君に敵うわけがないでしょう? 世の真理です。それを覆したというのなら、助っ人がいると考えるのが一番自然なことなのですよ」
「……」
ネコネは、反論できず口を閉じてしまう……なんてことはない。
極論と圧倒的な平民差別に呆れ果てているらしく、かける言葉が見つからない様子だ。
貴族には平民差別意識が広がっているらしいが……
ネコネは、王女でありながらまともな感覚を持っているようだ。
「ネコネ王女が、このまま卑劣漢に騙されるところを見過ごすことはできません。故に、私がそこの卑劣漢を排除しましょう。そして、魔法を学びたいのなら私が教えてさしあげましょう」
「よかったね。フリス先輩に指導してもらえるなんて、とても光栄なことだよ。あなたが羨ましい」
「あの……勝手に話を決めないでください」
ネコネは不愉快さを隠そうとせず、二人に厳しい目を向けた。
「あなた達の話はなに一つ賛同できません。それに、ホールドハイム先輩に教えていただきたいのではなくて、私は、スノーフィールド君から学びたいんです」
「やれやれ……そこまでこの男に騙されているとは。ならば私が、あなたを再教育してあげましょう」
「いたっ」
フリスはネコネの手を掴んで、そのまま抱き寄せようとして……
「待て」
それ以上は、ネコネの護衛として見過ごせない。
間に割って入り、ネコネを引き離す。
「彼女に乱暴をするな」
「……スノーフィールド君……」
ネコネを背中にかばう。
どんな顔をしているかわからないが、声を聞く限り嫌がられてはいないようだ。
「ちっ、また君か……また僕の邪魔をするというのか」
「ドグ君から聞いていたが、それを上回る愚か者のようですね。これは教育が必要なようだ」
フリスがこちらを睨みつけてきた。
次いで、身につけていた手袋をこちらに投げつけてくる。
「君に決闘を挑みましょう」
一つ一つの仕草が芝居がかっている。
ただ、本人はそれがかっこいいと思っているらしく、そのまま続ける。
「ネコネ王女の目を覚ますため、ドグ君の名誉を守るため。そしてなによりも……私自身、君のような卑劣漢は許せません」
勝手に盛り上がっているようだけど、決闘は互いの同意があって成立する。
俺に決闘を受けるメリットはないのだけど……
とはいえ、今後もこの調子で絡まれるのは面倒だ。
それに、ネコネと引き離されても困る。
「わかった、受けよう」
「ほう、逃げませんでしたか。それくらいの気概はあるようですね」
「すぐやるのか?」
「いいえ。ふさわしい舞台を整えるので、少し待っていただきます。ただ、勝者の権利は、今ここで決めておきましょうか。私が勝利した場合……まあ、勝利以外の未来はないのですが……君は、アカデミーを去ってもらいます。君がネコネ王女の近くにいたら、悪影響しかない」
「なっ、そのようなことを勝手に……スノーフィールド君?」
勝手なことを言うなと、ネコネがフリスを睨みつけるが、俺はそれを手で制止した。
「なら、俺が勝った時は、レガリアさんの隣に俺がいることを認めてもらおうか」
「え?」
「彼女にふさわしいのは俺だ、とな」
「ふぇ……!?」
なぜかネコネが赤くなる。
「大きく出ましたね」
「事実だからな。そして、それを証明するだけだ」
「いいでしょう……では、これで決闘は成立ですね。後々で約束を違えられても困るので、書面を用意しても?」
「もちろん。俺の要求もしっかりと書いてくれ」
「わかりました。では、また後ほど」
「ざまあみろ、君の未来はもう終わりだよ」
フリスは不敵に笑い、そして、ドグは嫌な笑みを浮かべて立ち去る。
「スノーフィールド君!」
二人が消えたところで、ネコネが大きな声をあげる。
「どうして、あんなことを……!!!」
「なんで怒っているんだ?」
「だって、もしも負けたらスノーフィールド君は……」
「大丈夫だ」
「ふぁ」
不安そうにするネコネの頭を撫でた。
ついつい反射的にやってしまったものの、嫌がられてはいないみたいだ。
「俺は勝つ。そして、レガリアさんの隣にいる」
「え? え? そ、それは……ど、どういう……」
「レガリアさんは、俺のことを信じられないか? 俺の魔法を信じられないか?」
「……あ……」
ネコネは小さくつぶやいて……
それから、まっすぐにこちらを見つめる。
「信じます。私は、誰よりもスノーフィールド君のことを信じています」
「なら、見ていてくれ」
そう言って、俺はネコネに笑いかけた。
「た、ただ、その……気軽に女の子に触ったらいけないと思います」
「ん? ダメなのか?」
「そ、そうですよ」
「ふむ、そうなのか。ありがとう、一つ、勉強になった」
「……スノーフィールド君はおかしな人ですね」
ネコネは小さく笑う。
その笑みは太陽のように優しく明るいものだった。
三日後。
休日に決闘が行われることになった。
訓練場のリングでフリスと対峙するのだけど……
「フリス君、がんばってー! アカデミー最強の実力を見せて!」
「相手はインチキ野郎なんですよね? そんなヤツ、ぶっとばしてください!」
「いけ、フリス! 格の違いってものを見せつけてやれ!」
観客席は大量の生徒で埋まっていた。
声援を浴びて、フリスが満足そうな笑みを浮かべている。
どうやら彼が呼んだらしい。
インチキができないよう、言い逃れができないよう……というところか?
「あいつ、この前、ドグと決闘をしたヤツだよな……? あの時、とんでもない魔法を使っていたけど……」
「フリス先輩やドグ君はインチキだ、って言っているぜ?」
「まあ……そうだよな。普通に考えて、あんな魔法を使えるわけがないし……」
「お前、どっちに賭ける? 俺はフリス先輩だけど」
「それ一択だろ。賭けになるのか、これ?」
「大穴狙いもいるんじゃないか」
俺の勝利を予想している人は誰もいない。
「スノーフィールド君、がんばってください!」
訂正。
一人、いた。
ネコネだけは、実直に俺のことを信じてくれている。
誰も彼も俺の負けを予想する中、俺の勝ちは絶対と言ってくれている。
「……悪くないな」
俺は、俺のことしか考えてこなかった。
他人と接することはなかった。
ただ、今、こうして信頼を向けられている。
それは、決して悪いことではなくて、どこか心地いいと感じることができた。
「さて……戦う前に、改めてルールなどを確認しておきましょうか」
フリスが観客全体に聞こえるような大きな声で言う。
「まずは決闘のルールですが、これは単純です。魔法で戦い、相手を戦闘不能。あるいは戦意喪失をさせたところで終わり。その他、特に制限はないですが、もちろん他者の力を借りるなどの違反は認められませんよ?」
「わかっている」
「本当にわかっているのならいいのですが……まあ、いいでしょう。このように、ルールはアカデミーが提供しているものに遵守しています。なにか質問は?」
「ない」
「では、次に勝者の権利ですが……私が勝った場合は、君はアカデミーを去ってもらう。君が勝った場合は、君とネコネ王女の関係に口を出すことはしない。それでいいですか?」
「それも問題ない」
「結構です。では……」
フリスが横に視線をやる。
すると、ドグがリングに上がってきた。
「審判はドグ君に務めてもらいましょう」
「なっ……どういうことですか!? 私は、そのようなことは聞いていません!」
話を聞いていたネコネがくいかかる。
不正が行われるのではないか、と懸念しているのだろう。
「大丈夫だ、レガリアさん」
「スノーフィールド君……?」
「どんな条件だろうが、俺が勝つ」
「……はい!」
これは、ある意味で宣戦布告だ。
お前達を叩き潰すぞ、という挑発でもある。
「……ドグ君、開始の合図を頼めるかな?」
「……ええ、もちろん」
二人の雰囲気が険悪なものに変わる。
俺に対して、ハッキリとした強い敵意を持った様子だ。
「両者、準備は?」
ドグの問いかけに、俺とフリスは無言で頷いた。
「では……始め!」
「ファイアランス!」
開始の合図と同時に、フリスは魔法を放つ。
それを見たネコネが驚きの表情に。
「なっ……!? 試合開始直後に魔法を唱えるなんて、そのようなことは不可能に……もしかして、遅延魔法!?」
遅延魔法というのは、あらかじめ魔法を構築して、しかし発動せずにストックしておくことだ。
ストックしておくことで、任意のタイミングで、詠唱を必要とせず瞬間的に発動することができる。
それなりの技術と知識が必要で、誰にでも使えるものではない。
「プロテクトウォール」
このような展開はあると考えていたため、冷静に魔法を唱えて防いだ。
「決闘の前に遅延魔法を使うなんて……」
「遅延魔法? 言いがかりはよしてください。これは、私の実力ですよ」
「そのような速度で魔法を詠唱することは不可能です……!」
「レガリアさん、大丈夫だ」
「スノーフィールド君?」
フリスをかばうような発言をしたことで、ネコネは困惑顔に。
「遅延魔法を使ったかどうか、実証することはかなり難しい。今、なにを言っても無駄だ」
「それは……ですが……」
「それに、本当に使っていない可能性もある」
「しかし、瞬間的に魔法を使うなんてこと、どうやっても不可能で……」
「いや、可能だ」
「え?」
実践することにした。
「ファイアランス」
「「「なっ!?」」」
それは、誰の驚きの声だっただろう?
秒未満で魔法を発動させたことで、フリスやネコネやドグ、その他の生徒達がありえないというような顔になる。
フリスは動揺した様子を見せつつも、跳躍することで炎の槍を避けた。
元々、瞬間的に魔法を使えるという実践をしただけで、狙いは適当だ。
避けられて当たり前と言える。
「貴様……! 遅延魔法を使うとは卑怯な!!!」
フリスが烈火のごとく怒り出した。
「遅延魔法は使っていない」
「バカを言うな! 今の詠唱速度、遅延魔法以外には不可能ですよ。審判、彼は不正をしている……そうですね?」
「いや、しかし……」
「どうしたのですか? 彼は遅延魔法を使った。そうでしょう?」
「ですが、その……ヤツはさきほど、プロテクトウォールを使いました。そうなると、遅延魔法を使うことは……」
「……あ……」
遅延魔法の弱点は、魔法をストックした状態で新しい詠唱ができない、という点だ。
ストックした魔法を放つか、あるいは破棄しなければ新しい魔法を唱えることはできない。
俺はプロテクトウォールを使っていたため、遅延魔法を使っていた、という疑念は回避できる。
「バカな……では、今のは……?」
「単なる詠唱だ」
より詳細に言うと、高速詠唱という技術だ。
詠唱なしで即座に発動することができる。
以前、戦った盗賊が使っていたな。
消費魔力が倍増するとか回数に限りがあるとか、そういう欠点はない。
強いて挙げるのなら、初級魔法しか使えないところが欠点だろうか?
それも、いずれ改良するつもりだが。
わりと簡単な技術だと思っていたのだけど……
どうも、その認識は間違っていたらしい。
あの盗賊が言っていたように、そうそう簡単に使うことはできないようだ。
「ふざけるな! そのような幼稚な言い訳が通じると思っているのですか!?」
「なら、最初に別の魔法を使ったことは?」
「ぐっ……そ、それは……」
「それでも納得できないのなら、俺を失格にするか? 自分には理解できないことをしてはいけない……と」
わかりやすい挑発だな、と自分で言っておいて少し呆れてしまう。
ただ、フリスのような輩は城内にたくさんいた。
だから……
「いいでしょう……君のくだらない策を正面から受け止めて、それでいて突破してみせましょう。そうすることで、己がいかに弱く愚かな存在か自覚させてあげますよ」
挑発に乗ってくれたようでなにより。
さて。
ここからが本番だ。
「いきますよっ、ストームバイド!」
フリスは意気込みつつ、風系の中級魔法を放つ。
威力、速度、なかなかのものだ。
学年主席が尊敬する先輩というだけのことはある。
「プロテクトウォール」
高速詠唱で魔法を起動。
フリスの魔法を防いだ。
「くっ、またインチキを……!」
「これをインチキというのなら、種を見破ってほしいな。見破れないのなら、ただの負け犬の遠吠えだ」
「貴様っ、この私を愚弄するか!!!」
わかりやすく激高してくれた。
戦いにおいて、もっとも大事なのは冷静になることだ。
頭に血が上っていたらまともな分析ができず、自然と不利な状況に追い込まれてしまう。
フリスはそのことを理解していないらしく、闇雲に魔法を連打する。
「グランドダッシャー!」
「アイシクルフラグメント!」
「プラズマストライク!」
土属性、水属性、雷属性。
それぞれの中級魔法を連続で叩き込んできた。
「プロテクトウォール」
次々と魔法が押し寄せてくるが、それらは全て防御魔法で防いだ。
各種属性の中級魔法を使うなんて、なかなか器用なヤツではあるが……
肝心の魔力が足りていない。
その威力は一般の範囲内から抜き出ることはなくて、簡単に防ぐことができる。
「バカな!? この私の魔法が平民ごときに……」
フリスは必殺の一撃のつもりだったらしく、防がれたことに驚きを覚えているようだ。
「審判!」
「あっ……は、はい!」
フリスが声をかけると、ドグは慌てて頷いて……
ニヤリと笑い、その嫌な笑みをこちらに向ける。
「ジーク・スノーフィルード。君は、神聖な決闘のルールを犯したな?」
「なんのことだ?」
「君のような卑しい平民が、フリス先輩の攻撃を防ぐことはできない。そのようなことは不可能だ。ならば、インチキをしたと考えるのが妥当だ」
「暴論です!」
ネコネが異議を唱えるものの、ドグは聞こえないフリをして話を続ける。
「決闘の継続は認めるが、ペナルティは受けてもらう。今後、君は初級魔法以外を使ってはいけない」
「……防御魔法もか?」
「そうだ。これに反した場合、即座に失格とする」
フリスとドグは、とても楽しそうな顔をした。
これが連中の切り札なのだろう。
「そんな……あまりにも横暴です! そのようなこと、絶対に認められません!!!」
ネコネは声を強くして、フリスとドグこそが不正を働いていると訴えた。
そんな彼女の様子に、観戦する生徒達にも戸惑いが広がる。
「無茶苦茶なことをしているけど……でも、インチキなのか、あれ?」
「普通に魔法を使っているようにしか見えないけど……最初の決闘の話、もしかして本当のことじゃあ?」
「さすがに、やりすぎよ……これ、どうなっちゃうの?」
動揺が広がるものの、
「ふん……従えないというのなら、決闘はここまでです。私の勝ちですね」
フリスは、そんなものはどうでもいいと、結果のみを追い求めていた。
「さあ、どうしますか?」
「わかった、受け入れよう」
「スノーフィールド君!?」
「大丈夫だ、レガリアさん」
ネコネの方を見て、小さく笑う。
「俺が勝つ」
「……はいっ!」
とことん俺を信じる。
そんな気持ちになってくれたみたいで、ネコネは強く頷いた。
「その余裕、気に入らないですね……すぐに恐怖と絶望でいっぱいにしてあげましょう! フレアデトネーション! グランドダッシャー!」
「「「多重詠唱!?」」」
フリスが二つの魔法を同時に使い、観客達がざわついた。
多重詠唱。
名前の通り、異なる魔法を同時に使う技術だ。
習得難易度は高く、城に務める魔法使いでも限られた者しか使うことができない。
なるほど。
これがフリスの本当の切り札か。
「はははっ、どうですか!? 同時に二つの魔法を受けることは不可能! ましてや、君は今、初級魔法しか使うことができない。防ぐことも逃げることも無理! 無理無理無理! さあ、倒れなさい!!!」
「ディスペル」
二つの魔法を消した。
「………………は?」
フリスが呆然とした。
その様子はドグとそっくりで、さすが先輩後輩と妙な感心をしてしまう。
「貴様……今、なにをしたのですか?」
「魔法を消しただけだ」
「ば、バカな……そのようなことはありえない。ありえませんよ……!?」
「そこの後輩から聞いていなかったのか?」
「聞いていましたが、だからといって信じられるわけがないでしょう!? そのような超高等技術、平民風情に使えるはずが……!!!」
フリスは大混乱だ。
事前に情報を手に入れておきながら、それを有用に活かすことができないとは……さすがに呆れてしまう。
「お、おい、待て!」
ドグが声を荒げた。
「貴様は、初級魔法以外使ってはいけないと言っただろう!?」
「ディスペルはどのランクにも分類されていない。故に、初級として扱うことも……」
「ダメだダメだ! きちんと分類されている初級魔法以外はダメだ!!!」
「……わかった」
やや横暴な話ではあるが、審判の言うことなので素直に従うことにした。
ただ……
「なあ……なんか、あれだよな」
「ああ。さすがに興ざめするっていうか……ここまでするか、普通?」
「かっこわる……」
最初は盛り上がっていた観客達も、フリスとドグがやりすぎつつあるため、冷めてきているみたいだ。
フリスはそんな観客達を睨み、次いでこちらを睨む。
「いいさ、すぐに思い知らせてあげましょう。本当に正しいのは誰か、ということを!」
フリスは魔法陣を構築した。
ドグのものよりも精密で、そして遥かに巨大だ。
それを見た観客達がざわついた。
「お、おい、なんだよあれ……!?」
「あんな巨大な魔法陣、見たことがない!」
「いったい、どれだけの威力が……この訓練場を吹き飛ばせるんじゃない!?」
「はははははっ! そう、これが私の力ですよ! これこそが高貴なる血が為せる技っ、さあ、裁きを受けるがいい! アストラルブラストぉオオオオオっっっ!!!!!」
ドグの時よりも遥かに巨大で強烈な光が生み出された。
いや、光という生易しい表現ではない。
破壊の嵐だ。
触れるものを全て粉砕して、それでもなお止まらないだろう。
そんな圧倒的な力に対して、俺は……
「……」
ぼそりと、とある魔法を唱えた。
小さな火が生まれた。
それはすぐに炎に成長して、さらに火炎となる。
そして獄炎になって……
ゴッ……ガァアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!
「なぁ!!!?」
フリスが放つ光を飲み込み、相殺してみせた。
世界を染めるほどに膨れ上がっていた光は、もうない。
後に残るのは、魔力の余波でビリビリと震える大気だけだ。
「ば、バカな……私の魔法が破られた、だと……? しかも、今のは火属性上級魔法のインフェルノ……たかが平民が上級魔法を使うなんて、そんなバカな……」
「違う」
「な、なに……?」
「今のは、インフェルノじゃない……ただのファイアだ」
「なぁっ!!!?」
言い放つと、フリスが絶句した。
ややあって、ニヤリと笑う。
「は、ハッタリか……そうだ、ハッタリに決まっている。そのようなもので私の心を揺さぶり、勝利を得ようとするとは……これだから平民は、姑息でずる賢い」
「そして……」
フリスの言葉は無視して、俺は魔力を練る。
魔力収束。
構造式構築。
術式展開。
「これが、俺のインフェルのだ」
右手に生じた炎は一気に巨大化して、圧縮されて、さらに巨大化して……
そして、一本の巨大な炎の剣が作り上げられた。
巨人が持つような、巨大な炎の大剣。
刀身は赤く、紅く……
灼熱が迸り、炎があふれている。
改良に改良を重ねた結果、俺の火属性上級魔法は、まったく別のものになった。
そう。
名付けるのなら……
「これが俺のインフェルノ……レーヴァテインだ」
神剣の名を冠した魔法を放つ。
全てを断ち切り。
全てを灰燼に帰して。
無を作る。
「や、やめっ……!!!?」
「っと、まずい」
慌てて魔法を消した。
初級魔法以外、使ってはいけないのだった。
「攻撃はしていないから、まだセーフだな? よし。では続きを……」
「助けてくれぇっ!!!」
なぜかフリスが逃げ出した。
呆気に取られる俺。
同じく呆気に取られる観客達。
よくわからないけど、俺の勝利が確定したようだ。
「今日からよろしくお願いします、師匠!」
「……なんだって?」
決闘を終えた翌日。
教室へ移動すると、すでに登校していたネコネがビシリと敬礼をして俺を迎えた。
ついでに、訳のわからないことを言っていた。
「どうしたんだ、熱でもあるのか?」
「ち、違いますよ」
ネコネは不服そうに頬を膨らませた。
抗議するような視線をこちらに向けつつ、言葉を続ける。
「弟子にしてくれる、って言ったじゃないですか」
「……言ったか?」
記憶を掘り返してみるが、そのような発言はしていないような?
「その、あの……俺の方がふさわしい、と」
「ああ」
それなら記憶にある。
……ああ、それを了承と受け取ったわけか。
「……まあ、いいか」
任務のこともある。
身バレする可能性は高くなるが……
師匠と弟子の関係になれば、普通のクラスメートよりは長く一緒にいることができる。
リスクとリターン。
それを考えて、俺は話を引き受けることにした。
「わかった。今日から俺は、レガリアさんの師匠だ」
「はい! ありがとうございます、師匠!」
「師匠はやめてくれ……」
――――――――――
「スノーフィールド君、魔法を教えてください!」
放課後。
話があるからと屋上に呼び出されたのだけど、開口一番、そんなことを言われた。
「というか、ちょっと性格変わっていないか?」
おしとやかなイメージがあったのだけど……
今は、わりとアクティブな印象だ。
「そうでしょうか? 私はいつも通りだと思っているんですが……もしかしたら、距離が近くなった影響かもしれません」
「距離?」
「はい、心の距離です。スノーフィールド君が魔法の師匠になってくれたこと。それと、その……とても優しくしてくれたこと。だから、そういうことです」
どういうことだ?
「それで……魔法、お願いできませんか?」
「わかった。約束だからな、教えてみるが……」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
ネコネは笑顔になって、その勢いのまま抱きついてきて、
「す、すみません!?」
一人で勝手に照れて、慌てて離れていた。
これがネコネの素なのかもしれないな。
王女という立場。
魔法を使えない。
それらの要素が心を縛り、それらしくあろうとして、今まで本当の自分を隠していたのかもしれない。
「とりあえず、一度、魔法を使ってみてくれないか?」
「でも、私は……」
「わかっている。どのようにして魔法を使おうとしているのか、最初からもう一度、確認しておきたい」
「……わかりました」
静かに頷いた後、ネコネは俺から離れた。
手の平をそっと前に差し出して、上に向ける。
そして、目を閉じて集中。
「ふむ」
魔力を練り始めたみたいだ。
ただ、やはりというべきか、この時点で違和感がある。
俺は、意識的に魔力の流れを見ることができるのだけど……
先日の授業と同じように、ネコネの魔力の流れがおかしい。
通常、魔力は血液のように全身を循環している。
魔法を使う際は、その流れをコントロールして、一点に集中させる必要があるのだけど……
よくよく見てみると、ネコネは魔力がうまく循環されていない。
なにかに引っかかったかのように途中で止まっていた。
結果……
「ファイア!」
魔法を唱えようとしても、うまく魔力を引き出すことができず不発に終わる。
「……このような感じです。あの……どうでしょうか? 私でも、うまく魔法を使う術はあるでしょうか?」
「ちょっと待ってくれ。そうだな……」
「え? え?」
ネコネに近づいて、じっとその瞳を覗き込む。
額と額が触れ合うほど近く。
「あ、あの、えと……その、その……!?」
ネコネが急激に赤くなるけど、気にしない。
それよりも、なぜ彼女が魔法を使えないか?
その方が気になる。
このような現象は初めて見た。
一魔法使いとして、彼女の身に起きていることに興味がある。
なので、じっと観察をする。
「あわわわ……!?」
ネコネの目がぐるぐるとなって……
「よし」
ある程度納得したところで、俺はネコネから離れた。
「はふぅ……ど、ドキドキしました……」
「どうしたんだ、顔が赤いぞ?」
「す、スノーフィールド君のせいですよ!」
なぜだ?
「それはともかく……レガリアさんが魔法を使えない原因、予測できた」
「えっ、ほ、本当ですか!?」
「たぶん、呪いだな」
「呪い……!?」
症状は違うけれど、魔力の循環が正常に行われていない人を見たことがある。
その人は呪いに犯されていて、魔力の循環がダメになっていた。
今回はそれとよく似ている。
「確証はないけどな」
「いえ……スノーフィールド君が言うことなので、私は信じます。でも、いったいどうして……誰がそのようなことを……」
「悪いが、犯人についてはサッパリだ」
ネコネに親しい人の仕業か。
あるいは、まったく関係ない人の犯行か。
彼女の身辺を知らない俺は、それを特定することはほぼほぼ不可能だ。
ただ……
「呪いなら話は簡単だ。解呪すればいい」
「できるんですか!?」
「問題ない」
伊達に賢者の称号は授かっていない。
解呪の魔法はいくつか知っている。
「じっとしててくれ」
「は、はい!」
ぴしっと直立不動になるネコネ。
そこまでしなくてもいいのだけど……まあいいか。
「クリア」
俺は解呪の魔法を唱えて……
「……なに?」
パチンという軽い音と共に、魔法が弾かれるのを感じた。
「あの……どうでしょうか? 呪いは解けたのでしょうか?」
「悪い、ダメだった」
素直に失敗したことを告げた。
「そうですか……」
「ただ収穫はあった」
「え?」
「俺の魔法で解呪できない呪いなんて、普通は存在しない」
「す、すごい自信ですね……」
「それだけの努力を重ねてきた、という自信はあるからな」
俺の力が通用しない。
敵が世界最高峰の呪術師というのなら納得だけど……
しかし、呪いを見る限りそこまで複雑なものではない。
解呪できなかったのは別の問題があるからだ。
「基本、呪いっていうものはかけたらそれきりだ。その後、継続的になにかをする必要はない。ただ……レガリアさんにかけられている呪いは別だ。定期的に魔力を補充されている形跡がある」
「えっ」
「継続型の呪い。たぶん、何度も呪いを上書きしてきたんだろうな。だから、何重にも呪いに包まれることになって、そうそう簡単には解呪できないようになっている」
解呪魔法を100回使えば、さすがに解呪できるだろう。
ただ、さすがに面倒だ。
それと根本的な解決にならない。
ここまで執念深い呪いをかける相手だ。
解呪しても、また上書きされるだけ。
犯人を見つけないとダメだ。
「どこの誰か知らないが、犯人は、よっぽどレガリアさんに魔法を使ってほしくないみたいだな」
「そのような人がいるなんて……」
「犯人に心当たりは?」
「……わかりません。一応、私も王族なので、いるといえばいるのですが……」
「心当たりが多すぎる、ってことか」
ネコネは恨みを買うような人物ではないだろう。
ただ、王族という立場故、狙われる可能性はある。
例えば、王が言っていた謀反を企む者。
そいつの犯行かもしれない。
「そうだな……ところで、魔法が使えないと判明したのはいつだ?」
少し考えて、そんな質問を投げかけた。
「えっと……6歳の頃ですね。アカデミーには初等部から通っているのですが、その時の検査で、なにも使えないことがわかりました」
「けっこう前だな……その間、ずっと?」
「はい」
6歳から15歳の今まで、約9年、ずっと魔法を使うことができなかった。
魔法が使えないのに、それだけの期間アカデミーに在籍できたのは、王族だからだろう。
ただ、それだけじゃなくて……
その間、ずっとネコネは諦めていないのだろう。
いつか魔法が使えることを信じて、がんばっていたのだろう。
その根性。
魔法に対する想いは嫌いじゃない。
「って、そうじゃない」
問題は、6歳の頃に呪いをかけられたということ。
以後、犯人は継続して呪いをかけて、上書きし続けてきたのだろうが……
「案外、簡単に犯人が見つかるかもしれないな」
「えっ、どうしてですか?」
「6歳の頃に呪いをかけられて、それは今も続いている。つまり犯人は、レガリアさんが6歳の頃から今まで、ずっと近くにいる人物、っていうことだ」
「あ」
「6歳から今まで、ずっと近くにいる者は? その上で、魔法が得意な者。あるいは、魔法の知識が深い者。それと……そうだな、よく一緒に過ごす者はいるか?」
「……何人か心当たりはあります」
ネコネは暗い表情に。
今の条件に当てはまる者は、家族や親友など親しい人以外いない。
そんな人が犯人かもしれないと考えて、憂鬱になったのだろう。
「犯人探しが嫌になったか?」
「……いえ。スノーフィールド君が考えている通りのことなら、なおさら、突き止めないといけません。ここで逃げるわけにはいかないのです」
強い人だ。
王族とか護衛対象とか抜きにして、少しだけネコネに好意を持った。
「それで、条件に当てはまる人は?」
「まずは家族ですね。父、母、兄、姉、妹、祖父、祖母……数えるだけでも大変ですね」
「王族だからな」
「それと、初等部からの友達が五人。アカデミーとは別に、個人で雇っている教師が三人。侍女と執事が二人ずつ。護衛の方が三人。あとは……庭師のトムおじいさんですね」
「けっこう多いな……ところで、なんで庭師と親しいんだ?」
「とても知識が豊富で、楽しい方なんですよ」
散歩とかしている途中で知り合い、こっそりと交流を続けていた、というところだろうか?
どちらにしても、思っていた以上に犯人候補が多い。
どうやって絞っていくべきか?
「とりあえず、トムじいさんのところへ案内してくれ」
「トムおじいさんを疑っているんですか……?」
「まだなんとも言えない。ただ、知識が豊富なら手がかりを得られるかもしれないからな」
それと、大抵は老人は交友関係が広いものだ。
別の人から見たネコネの印象を聞いておきたい。
――――――――――
「貴様、これはどういうことだ!?」
トムじいさんがいるという中庭へ移動すると、怒声が響いてきた。
聞き覚えのある声だけど……
「この方を誰だと思っている? 将来、アカデミーを背負って立つ天才、フリス様だぞ!」
「ふふ」
バカコンビ……もとい、ドグとフリスだった。
なにやら庭師を怒鳴りつけている。
ネコネが顔を青くしているところを見ると、あの庭師がトムじいさんなのだろう。
「フリス様を葉で汚すなど失礼極まりない。断罪する必要があるな」
「ですが、私の作業中はここに入ってはいけないと、そこに書いておりまして……」
「言い訳をするか、見苦しい! これだから平民は」
「まあまあ、ドグ君。そう、あまり怒らないであげてほしい。私は気にしていないよ」
「さすがフリス様。その寛大な心、見習いたいと思います」
なにをしたいんだ、あの二人は?
たくさんの生徒の前で俺に負けた鬱憤を晴らすため、あちらこちらで問題行動を起こしている、ということはちらりと風の噂で聞いたが……
本当になにをやっているんだ?
「とはいえ、このままなにもなしでは示しがつきませんからね。私が直々に教育をしてさしあげましょう」
「そうですね。おい、フリス様の教育を受けられること、感謝しろ」
「困りましたな……」
好戦的な二人に対して、トムじいさんはあくまでも落ち着いていた。
慌てることなく、取り乱すことなく、常にマイペースだ。
その余裕の正体は、もしかしたら……
「た、大変です、スノーフィールド君。助けに行かないと!」
「いや……たぶん、大丈夫だ」
「え?」
「おもしろいものが見られるかもしれないぞ」
「これが私の教育ですよ。エアランス!」
フリスが風系初級魔法を放つ。
風で編んだ槍を打ち出すもので、殺傷力は極めて低い。
ただ、拳で殴られるのと変わらない威力があるため、質が悪いことに変わりはない。
フリスの暴挙を目の当たりにして、トムじいさんは……
「……やれやれ」
ワンステップ、横に移動することで魔法を回避した。
「「なっ!?」」
フリスとドグが驚愕していた。
それも仕方ないだろう。
風魔法は威力は低いが、圧倒的に速い。
魔法によっては、音を超える速度で飛翔するものもある。
そんな魔法を、あの距離で、予備動作なしに回避されたのだ。
フリスとドグはさぞかし驚いたことだろう。
「……」
ネコネも驚いているらしく、目を大きくしていた。
「お前さん、非常時でもない限り、魔法は人に向けて放つものではないぞ」
「な、なにを……」
「貴様、フリス先輩にふざけた口をきくな! ファイアランス!」
先に我に返ったドグが魔法を放つ。
今度は火属性の魔法だ。
初級だろうと、直撃したらタダでは済まない。
しかし……
「……」
トムじいさんはまったく動揺せず、落ち着いていて、再び魔法を避けてみせた。
「なるほど」
なぜ、トムじいさんは魔法を避けることができるのか?
そのからくりが理解できた。
ただ、フリスとドグは理解できないらしく、目の前の光景が信じられないとばかりに瞬きを繰り返している。
至近距離で魔法を何度も回避してみせる。
それは恐怖を感じることだったらしく、二人は震えていた。
「さて」
「「っ!?」」
トムじいさんが前に出ると、フリスとドグはびくりと震えて、後退する。
「やんちゃな生徒はおしおきをしなければいけないが……」
「くっ……お、覚えておきなさい! この屈辱、必ず晴らしてみせますよ!」
「あぁ!? 待ってください、フリス先輩!」
脱兎の如き逃げ出す二人。
貴族と言っていたような気がするが、とてもじゃないが高貴な姿には見えないな。
この様子なら放っておいても問題はないだろう。
それよりもトムじいさんだ。
攻撃は回避していたけれど、もしかしたら見えないところで怪我をしていたかもしれない。
俺の目も万能ではないからな。
「大丈夫か?」
「おや、これは……むっ」
トムじいさんは、恥ずかしいところを見られたというような顔をして……
次いで、鋭い表情に切り替わる。
なんだ?
「どうして姫様が暴君と一緒に……」
「暴君? なんのことだ?」
「とぼけるか……そうか、もしや姫様によからぬことを? 姫様から離れよ!」
「えっ」
トムじいさんがものすごい勢いで駆けてきた。
一瞬で目の前に。
大地を踏み抜くような勢いで一歩を出して、その力を拳に転換して打ち出す。
ギィンッ!
トムじいさんの拳は結界によって防がれた。
今の一撃は完全な不意打ちで、俺も対応できなかったのだけど……
こういう時のために、常に結界を展開している。
ある程度の攻撃は防いでくれるから問題ない。
とはいえ……
「おい、いきなり攻撃とはどういうことだ?」
「それは儂の台詞である。姫様に近づき、なにを企んでいる?」
「いや、俺は……」
「問答無用!」
さきほどと違い、ものすごく苛烈だ。
トムじいさんは、結界なんて気にしないとばかりに拳を連打する。
そんなことをすれば、普通、拳の方が砕けるのだけど……
その様子はない。
むしろ、結界の方が砕けてしまいそうだった。
「マジか」
結界を拳で砕くなんて、初めて見た。
とある仕掛けがあるとしても、なかなかできることじゃない。
「面白いな」
ニヤリと笑う。
強者との戦いは好きだ。
俺の魔法がどれだけ通用するか、確かめることができる。
また、さらに成長して新しい魔法を習得、開発できる良い機会でもある。
俺は魔力を練り上げて……
「やめてください!」
「「っ!?」」
ネコネの叫び声に、俺とトムじいさんはピタリと動きを止めた。
なんて大声。
耳がキーンとする。
「なにか勘違いしているみたいですが、スノーフィールド君は悪い人ではありません。スノーフィールド君も、おじいさんとケンカをしようとしないでください」
「えっと……」
「あー……」
トムじいさんと顔を見合わせて、
「「ごめんなさい」」
揃ってネコネに頭を下げた。
時に、男は女性にどうやっても敵わないものなのだ。
「さきほどはすまなかったのう……」
カフェテリアに移動した後、トムじいさんが頭を下げてきた。
「姫様が暴君と一緒におるものだから、妙な早とちりをしてしまったよ」
「その暴君っていうのは?」
「お主のことじゃよ」
「うん?」
「遅れてやってきた新入生。首席の同級生を一蹴して、さらに上級生までも叩きのめした。その圧倒的な力から、一部では暴君と噂されているのだよ」
「マジかよ……」
誰だ、そんな迷惑な噂を流したヤツは。
「本当にすまなかったのう」
「いいよ、謝罪を受け入れる」
「そんなに簡単に許していいのか?」
「別に大したことじゃないからな」
「大したことない、か……ふぉっふぉっふぉ、そう言われてしまうと自信をなくしてしまうのう」
なんて言いつつ、トムじいさんは朗らかな笑みを浮かべていた。
気持ちのいい人だ。
「それにしても、トムおじいさんはとても強かったのですね」
ネコネが紅茶を飲みつつ、驚いた様子で言う。
「姫様、お忘れですかな? 儂は庭師ですが、姫様の護衛でもあるのですぞ」
「そうなのか?」
「あ」
ネコネを見ると、すっかり忘れていた、という様子でつぶやいた。
しっかりしているようで、けっこう抜けたところがあるのかもしれない。
護衛が被っているが……
トムじいさんは平時の、俺は緊急時の。
そんな感じで役割が分けられているのだろう。
「まあ、大した魔法は使えないので、姫様がお忘れになるのも仕方ありませんが」
「そうか? トムじいさんは、十分すごい魔法使いだと思うが」
「ほう……どうして、そのように思うのかな?」
「身体能力を強化する魔法を使っていたじゃないか」
魔力を外に放出するのではなくて、内に留めてエネルギーに転換する。
そんな技術があるのだけど、誰にでもできるものじゃない。
むしろ、ごくごく一部の者しか使えない高等技術だ。
だからこそ、フリスとドグはトムじいさんの力を見極めることができなかったのだろう。
「体内の魔力を活性化させることで、身体能力を何倍にも高める……なかなかできることじゃない」
「詳しいのう」
「魔法は好きだからな」
トムじいさんがネコネを影から護衛していたというのも納得だ。
そして、先程襲ってきたのも納得だ。
護衛からしたら、俺は不審者極まりないからな。
早とちりしてしまうのも仕方ないだろう。
「トムじいさん……トムじいさんって呼んでもいいか?」
「ああ、かまわないよ」
「なら、トムじいさんはレガリアさんの護衛なんだよな?」
「うむ」
「いつから彼女の護衛を?」
せっかくの機会なので、犯人探しも行おう。
「姫様がアカデミーに入学した時からじゃな」
「ってことは、もう9年近いのか……すごいな」
「なに。大した事件は起きておらぬから、誇れることではないさ」
「それはそれで退屈じゃないか?」
「とんでもない。姫様の安全が一番じゃからな。それに、このようなことを言うのは恐れ多いが、姫様のことは孫のように感じておる。そんな姫様の身を守ることができる栄誉は、とても素晴らしいものじゃよ」
「トムおじいさん……いつもありがとうございます」
ネコネは感激した様子で言う。
トムじいさんは少し照れた様子で、ごまかすように笑い声をあげていた。
「ふむ?」
見た感じ、トムじいさんはネコネの呪いと無関係のように見えるが……
彼女に向ける感情が少し気になるな。
9年も一緒にいれば親しみを持つことは当たり前のことだ。
でも、相手は王族。
普通は、孫のようになんて思わない。
乳母となれば、また話は別だろうが、彼はただの庭師なのだ。
「ところで……」
小さな違和感はひとまず保留にして、情報収集に務める。
ネコネの周囲で怪しい人物はいないか?
どんな些細なものでもいいから、呪いに関する情報を持っていないか?
彼女を恨んでいる、逆恨みをしている、利用しようとしている者はいないか?
色々な質問をしてみるものの、全て空振り。
トムじいさんはなにも知らず、力になれなくてすまないと頭を下げた。
「すまないのう……なにやら大変なことになっている様子。こういう時こそ儂が力にならなければいけないのに……」
「いえ、そんな! トムおじいさんが謝るようなことではありません」
ネコネはあたふたと手を横に振る。
「いつも守っていただいて……そのことだけで、とてもありがたいです。いつもありがとうございます」
「姫様……もったいなきお言葉。もしもよろしければ、これからも姫様を護衛する栄誉を与えていただけませぬか?」
「ええ、もちろんです」
ネコネとトムじいさんは笑みを交わす。
二人の間に流れている信頼関係を表しているかのようだ。
良い光景ではあるが……
なるほど、そういうことか。
「レガリアさん、そろそろ行こうか。他にも聞き込みをしないと」
「あ、はい。そうですね」
トムじいさんと別れて、ネコネと一緒にカフェテリアを後にした。
「あれ?」
しばらく歩いたところで、ネコネが不思議そうに小首を傾げた。
寮に向かっていることに気づいたのだろう。
「えっと……スノーフィールド君、どこへ行くのですか? 聞き込みをするのなら、アカデミー内の方がいいと思うのですが」
「聞き込みなんてしないさ。内緒話……対策やら色々考えたい」
「え?」
「あれ、レガリアさんは気づいていなかったのか?」
足を止めて振り返る。
ネコネはきょとんとしていた。
気づいていなかったみたいだ。
「えっと……なにを、でしょうか?」
「犯人だよ」
「えっ」
「自白していたぞ」
「えっ、えっ」
ネコネは瞬きを繰り返して、いつの間にそんなことが? と驚いている様子だった。