放課後。
 俺とネコネは学食でドリンクを買い、その後、中庭へ移動した。

「それで……俺の弟子になりたい、っていうのは?」
「授業の時に話をしましたが、私、どうしても魔法を使うことができなくて……でも、諦めたくはないんです」
「それと俺、どういう関係が?」
「スノーフィールド君の魔法の技術、知識は誰よりも秀でいているように思いました。それこそ、教師よりも」
「……」

 目立つな、と言われていたが、護衛対象に思い切り目立たれていたようだ。

 正体はバレていないようだから、アリか?
 アリだな、よし。

「俺に教われば、魔法を使えるようになる……と?」
「断定はできません。ただ、他の誰よりも可能性があると感じました」

 そう言われると、素直に嬉しい。
 それだけ俺のことを……俺の魔法を評価してくれている、っていうことだからな。

 とはいえ、どうしたものか。
 護衛として一緒にいられる時間は増えるものの、あまり近づきすぎると正体がバレる可能性も高くなる。

「その必要はないよ」

 ふと、第三者の声が割り込んできた。

 振り返ると、ドグと……誰だ?
 もう一人いるのだけど、見覚えがない。

 メガネをかけていて、知的な雰囲気を出している。
 ドグと同じく美青年ではあるが、やや目つきが鋭い。

 制服を着ているところを見ると、同じ学生のようだけど……

「むの……王女の指導なら、フリス先輩がやってくれるからね」
「ふっ」

 フリス先輩とやらは、ニヒルに笑って見せた。

「はじめまして、ネコネ王女。私は、フリス・ホールドハイム。ホールドハイム公爵家の次男です」
「あなたがホールドハイム家の……」

 面識はなくても知識はあるらしく、ネコネが驚いた顔をしていた。
 相手が公爵家なら、名前を聞いていたとしても不思議ではないか。

「かわいい後輩のドグ君から話を聞きましてね。なんでも、ネコネ王女が平民のつまらない小細工に騙されそうになっている……と」
「小細工?」
「インチキをしてドグ君との決闘から勝利を盗み取り、ネコネ王女に取り入ろうとしている輩がいるらしい……そう、君のことですよ。ジーク・スノーフィールド」
「俺?」

 思わぬところで俺に話が飛んできた。

 こちらの困惑を知らず、フリスは強い口調で俺を非難する。

「私はその場にいなかったけれど、大体のことは予想できますよ。スノーフィールド、君は助っ人を頼んでいたのでしょう。そして、自分が戦うフリをして、その助っ人に魔法を使わせていた。決闘を挑んでおきながら、己の力で戦わず、他人を頼りにする……なんていう卑劣な男なのか!」
「待ってください! 私はスノーフィールド君が戦うところを見ていましたが、そのようなことをしているようには……」
「ネコネ王女、かわいそうに……すっかりその男に騙されてしまったみたいですね。ですが、考えてください。たかが平民が、貴族である……伯爵家のドグ君に敵うわけがないでしょう? 世の真理です。それを覆したというのなら、助っ人がいると考えるのが一番自然なことなのですよ」
「……」

 ネコネは、反論できず口を閉じてしまう……なんてことはない。
 極論と圧倒的な平民差別に呆れ果てているらしく、かける言葉が見つからない様子だ。

 貴族には平民差別意識が広がっているらしいが……
 ネコネは、王女でありながらまともな感覚を持っているようだ。

「ネコネ王女が、このまま卑劣漢に騙されるところを見過ごすことはできません。故に、私がそこの卑劣漢を排除しましょう。そして、魔法を学びたいのなら私が教えてさしあげましょう」
「よかったね。フリス先輩に指導してもらえるなんて、とても光栄なことだよ。あなたが羨ましい」
「あの……勝手に話を決めないでください」

 ネコネは不愉快さを隠そうとせず、二人に厳しい目を向けた。

「あなた達の話はなに一つ賛同できません。それに、ホールドハイム先輩に教えていただきたいのではなくて、私は、スノーフィールド君から学びたいんです」
「やれやれ……そこまでこの男に騙されているとは。ならば私が、あなたを再教育してあげましょう」
「いたっ」

 フリスはネコネの手を掴んで、そのまま抱き寄せようとして……

「待て」

 それ以上は、ネコネの護衛として見過ごせない。
 間に割って入り、ネコネを引き離す。

「彼女に乱暴をするな」
「……スノーフィールド君……」

 ネコネを背中にかばう。
 どんな顔をしているかわからないが、声を聞く限り嫌がられてはいないようだ。

「ちっ、また君か……また僕の邪魔をするというのか」
「ドグ君から聞いていたが、それを上回る愚か者のようですね。これは教育が必要なようだ」

 フリスがこちらを睨みつけてきた。
 次いで、身につけていた手袋をこちらに投げつけてくる。

「君に決闘を挑みましょう」

 一つ一つの仕草が芝居がかっている。
 ただ、本人はそれがかっこいいと思っているらしく、そのまま続ける。

「ネコネ王女の目を覚ますため、ドグ君の名誉を守るため。そしてなによりも……私自身、君のような卑劣漢は許せません」

 勝手に盛り上がっているようだけど、決闘は互いの同意があって成立する。
 俺に決闘を受けるメリットはないのだけど……

 とはいえ、今後もこの調子で絡まれるのは面倒だ。
 それに、ネコネと引き離されても困る。

「わかった、受けよう」
「ほう、逃げませんでしたか。それくらいの気概はあるようですね」
「すぐやるのか?」
「いいえ。ふさわしい舞台を整えるので、少し待っていただきます。ただ、勝者の権利は、今ここで決めておきましょうか。私が勝利した場合……まあ、勝利以外の未来はないのですが……君は、アカデミーを去ってもらいます。君がネコネ王女の近くにいたら、悪影響しかない」
「なっ、そのようなことを勝手に……スノーフィールド君?」

 勝手なことを言うなと、ネコネがフリスを睨みつけるが、俺はそれを手で制止した。

「なら、俺が勝った時は、レガリアさんの隣に俺がいることを認めてもらおうか」
「え?」
「彼女にふさわしいのは俺だ、とな」
「ふぇ……!?」

 なぜかネコネが赤くなる。

「大きく出ましたね」
「事実だからな。そして、それを証明するだけだ」
「いいでしょう……では、これで決闘は成立ですね。後々で約束を違えられても困るので、書面を用意しても?」
「もちろん。俺の要求もしっかりと書いてくれ」
「わかりました。では、また後ほど」
「ざまあみろ、君の未来はもう終わりだよ」

 フリスは不敵に笑い、そして、ドグは嫌な笑みを浮かべて立ち去る。

「スノーフィールド君!」

 二人が消えたところで、ネコネが大きな声をあげる。

「どうして、あんなことを……!!!」
「なんで怒っているんだ?」
「だって、もしも負けたらスノーフィールド君は……」
「大丈夫だ」
「ふぁ」

 不安そうにするネコネの頭を撫でた。
 ついつい反射的にやってしまったものの、嫌がられてはいないみたいだ。

「俺は勝つ。そして、レガリアさんの隣にいる」
「え? え? そ、それは……ど、どういう……」
「レガリアさんは、俺のことを信じられないか? 俺の魔法を信じられないか?」
「……あ……」

 ネコネは小さくつぶやいて……
 それから、まっすぐにこちらを見つめる。

「信じます。私は、誰よりもスノーフィールド君のことを信じています」
「なら、見ていてくれ」

 そう言って、俺はネコネに笑いかけた。

「た、ただ、その……気軽に女の子に触ったらいけないと思います」
「ん? ダメなのか?」
「そ、そうですよ」
「ふむ、そうなのか。ありがとう、一つ、勉強になった」
「……スノーフィールド君はおかしな人ですね」

 ネコネは小さく笑う。
 その笑みは太陽のように優しく明るいものだった。