夜が訪れた。
街が夜の暗闇に覆われていく。
中心地はまだまだ明かりが灯っていて、人気も多い。
ただ、郊外は暗く、人の姿はほとんどない。
「……」
薄暗い道を一人、ネコネが歩いていた。
不安そうな顔をしつつ、足早に道を進む。
その様子を、俺は影から見ていた。
今のネコネは、これ以上ないほど露骨な餌だ。
さらってくれと言わんばかりに無防備で、抵抗することは難しい。
「さて、どうする?」
敵もネコネが囮ということは理解しているだろう。
その上で、どうするか……だ。
敵は第四王女を誘拐するという暴挙に出た。
犯行が明るみになれば死罪は確実。
ならば、作戦の成功率を少しでもあげようとするのではないか?
囮だと理解していても、それ以上のリターンを求めて、ネコネも誘拐するのではないか?
そんな俺の予想は……
「っ!?」
不意に、ネコネの周囲に三人の人影が現れた。
黒装束を全身にまとう、いかにも、という感じの男達だ。
ネコネは反射的に抵抗しようとするが、すぐに気絶させられてしまう。
「……」
男の一人がネコネを担いで、残り二人が周囲を警戒する。
ネコネは餌。
そのことを理解しているから、襲撃に備えているのだろう。
ただ、いつまで経っても襲撃者は現れない。
囮ではないのか?
男達は怪訝そうにするものの……
これ以上、警戒を続けても仕方ないと判断したのだろう。
魔道具らしきものを使い、転移で逃亡した。
「予想通りの行動をとってくれたな」
一連の流れを見ていた俺は、物陰から身を出した。
一応、ネコネがいた場所を調べてみるものの、なにもない。
証拠をまったく残さない見事な誘拐だ。
「して、これからどうするのじゃ?」
同じく、ひっそりと様子を見ていたリーゼロッテが姿を見せた。
予定外の事態に陥った時、彼女の力を貸してもらう予定だったのだ。
「敵は間抜けではない。証拠は残さず、転移でこの場を離脱したため追いかけることは不可能。魔道具を仕込んでいたとしても、破壊されるじゃろう。魔法も同じく解除されるじゃろう。さて……どうするのじゃ?」
「どうするもなにも、レガリアさんの反応を追いかけるだけだ。いざとなればライトを使って正確な位置を教えてくれると思う。それで、敵のところにたどり着くことができる」
だからこそ、襲撃者を撃退しないで、わざとさらってもらったのだ。
「しかし、いったいどのようにして……」
「俺は、個人の魔力の特徴を覚えることができる」
「む?」
「学院長なら知っているだろう? 魔力は個人個人によって微妙に質が違う。指紋のように、人の数だけ魔力の質がある。なら、ネコネの魔力の波動を探し出して、それを追いかければいい」
「なにをバカな……それは、個人個人の指紋を覚えています、というようなものじゃぞ? そんなこと、できるわけがなかろう」
「俺はできる」
ここ最近、ネコネの魔法の師匠になっていた。
彼女の魔法、魔力を誰よりも近くで見てきた。
だから、バッチリと覚えている。
そう話すと、リーゼロッテは呆れた様子でため息をこぼす。
「やれやれ……だとしても、とても細やかで複雑な魔力の波動を覚えるなどということ、普通はできぬ。指紋を一目見て、なにもかも理解するようなものじゃ。そのようなことができるとは……さすが、王国最強の賢者じゃな」
「学院長が言うと、嫌味に聞こえるな」
「ふん、嫉妬くらいさせろ」
――――――――――
ネコネの魔力の波動を追いかけると、貴族の屋敷が建ち並ぶ高級住宅街に行き着いた。
丘の上の大きな屋敷からネコネの魔力を感じる。
つまり、あの屋敷の主が今回の事件の犯人なのだろう。
ついでに言うと、事前に聞いていた謀反を企んでいる貴族の可能性が高い。
それにしても……
「ホールドハイム家……はて? どこかで聞いた名前だな」
「お主、本気で言っておるのか……?」
リーゼロッテはジト目で、とことん呆れた様子だ。
「本気だが?」
「はぁ……入学初日、お主がたくさんの生徒の前で、決闘でとことん叩きのめした同級生であろう」
「……あぁ」
指摘されるまで本気で忘れていた。
「俺、興味のないことは覚えていられないんだよ」
「鳥か」
「つまらないことを覚えるヒマがあるなら、その分、魔法に関する知識を溜め込みたい」
「やれやれ、本当にもう、お主というヤツは……」
「それにしても、あいつが……いや。あいつの家が今回の事件の犯人か」
違和感があるな。
聞いた話では、ホールドハイム家はそこまで大きな力を持っていない。
謀反を企んでいるか、それはまだ未確定だから保留するとして……
しかし、王女を誘拐するような大胆な行動を取ることはできないように思える。
だとしたら……
「まだ協力者がいるかもしれないな。あるいは、黒幕が」
「ふむ。どうしてそう思う?」
「色々と大胆すぎる。こんなことをできるようには思えないのと……あと一つ。ホールドハイム家は、いざという時に切り捨てやすい」
「つまり……黒幕は、成功すればよし。失敗したら、ホールドハイム家に罪をなすりつけるために、この家を全面に押し出している、と?」
「俺はそう考えるが、学院長はどう思う?」
「……同意じゃな」
少し考えた末に、リーゼロッテは頷いてみせた。
「妾も同じ結論じゃ。しかし、短時間でその答えに行き着くとは……さすが、賢者様じゃのう」
「拗ねているのか?」
「うっさい!」
リーゼロッテは外見にふさわしい感じで唇を尖らせた。
「さて、どうする? 黒幕がいるとなると、迂闊に手を出すわけにはいかんぞ。逃げられてしまう」
「大丈夫だ。今はここにいると思う」
「なぜじゃ?」
「ネコネも誘拐したんだ。その成果を直接確認したいと思うだろう?」
「確かに」
さて……犯人は突き止めた。
あとは、ネコネとアリンの身の安全を確保しつつ、いかにして犯人を捕まえるかだけど……
「……学院長、援護を頼む」
とある作戦を思いついた俺は、リーゼロッテに協力を要請した。
街が夜の暗闇に覆われていく。
中心地はまだまだ明かりが灯っていて、人気も多い。
ただ、郊外は暗く、人の姿はほとんどない。
「……」
薄暗い道を一人、ネコネが歩いていた。
不安そうな顔をしつつ、足早に道を進む。
その様子を、俺は影から見ていた。
今のネコネは、これ以上ないほど露骨な餌だ。
さらってくれと言わんばかりに無防備で、抵抗することは難しい。
「さて、どうする?」
敵もネコネが囮ということは理解しているだろう。
その上で、どうするか……だ。
敵は第四王女を誘拐するという暴挙に出た。
犯行が明るみになれば死罪は確実。
ならば、作戦の成功率を少しでもあげようとするのではないか?
囮だと理解していても、それ以上のリターンを求めて、ネコネも誘拐するのではないか?
そんな俺の予想は……
「っ!?」
不意に、ネコネの周囲に三人の人影が現れた。
黒装束を全身にまとう、いかにも、という感じの男達だ。
ネコネは反射的に抵抗しようとするが、すぐに気絶させられてしまう。
「……」
男の一人がネコネを担いで、残り二人が周囲を警戒する。
ネコネは餌。
そのことを理解しているから、襲撃に備えているのだろう。
ただ、いつまで経っても襲撃者は現れない。
囮ではないのか?
男達は怪訝そうにするものの……
これ以上、警戒を続けても仕方ないと判断したのだろう。
魔道具らしきものを使い、転移で逃亡した。
「予想通りの行動をとってくれたな」
一連の流れを見ていた俺は、物陰から身を出した。
一応、ネコネがいた場所を調べてみるものの、なにもない。
証拠をまったく残さない見事な誘拐だ。
「して、これからどうするのじゃ?」
同じく、ひっそりと様子を見ていたリーゼロッテが姿を見せた。
予定外の事態に陥った時、彼女の力を貸してもらう予定だったのだ。
「敵は間抜けではない。証拠は残さず、転移でこの場を離脱したため追いかけることは不可能。魔道具を仕込んでいたとしても、破壊されるじゃろう。魔法も同じく解除されるじゃろう。さて……どうするのじゃ?」
「どうするもなにも、レガリアさんの反応を追いかけるだけだ。いざとなればライトを使って正確な位置を教えてくれると思う。それで、敵のところにたどり着くことができる」
だからこそ、襲撃者を撃退しないで、わざとさらってもらったのだ。
「しかし、いったいどのようにして……」
「俺は、個人の魔力の特徴を覚えることができる」
「む?」
「学院長なら知っているだろう? 魔力は個人個人によって微妙に質が違う。指紋のように、人の数だけ魔力の質がある。なら、ネコネの魔力の波動を探し出して、それを追いかければいい」
「なにをバカな……それは、個人個人の指紋を覚えています、というようなものじゃぞ? そんなこと、できるわけがなかろう」
「俺はできる」
ここ最近、ネコネの魔法の師匠になっていた。
彼女の魔法、魔力を誰よりも近くで見てきた。
だから、バッチリと覚えている。
そう話すと、リーゼロッテは呆れた様子でため息をこぼす。
「やれやれ……だとしても、とても細やかで複雑な魔力の波動を覚えるなどということ、普通はできぬ。指紋を一目見て、なにもかも理解するようなものじゃ。そのようなことができるとは……さすが、王国最強の賢者じゃな」
「学院長が言うと、嫌味に聞こえるな」
「ふん、嫉妬くらいさせろ」
――――――――――
ネコネの魔力の波動を追いかけると、貴族の屋敷が建ち並ぶ高級住宅街に行き着いた。
丘の上の大きな屋敷からネコネの魔力を感じる。
つまり、あの屋敷の主が今回の事件の犯人なのだろう。
ついでに言うと、事前に聞いていた謀反を企んでいる貴族の可能性が高い。
それにしても……
「ホールドハイム家……はて? どこかで聞いた名前だな」
「お主、本気で言っておるのか……?」
リーゼロッテはジト目で、とことん呆れた様子だ。
「本気だが?」
「はぁ……入学初日、お主がたくさんの生徒の前で、決闘でとことん叩きのめした同級生であろう」
「……あぁ」
指摘されるまで本気で忘れていた。
「俺、興味のないことは覚えていられないんだよ」
「鳥か」
「つまらないことを覚えるヒマがあるなら、その分、魔法に関する知識を溜め込みたい」
「やれやれ、本当にもう、お主というヤツは……」
「それにしても、あいつが……いや。あいつの家が今回の事件の犯人か」
違和感があるな。
聞いた話では、ホールドハイム家はそこまで大きな力を持っていない。
謀反を企んでいるか、それはまだ未確定だから保留するとして……
しかし、王女を誘拐するような大胆な行動を取ることはできないように思える。
だとしたら……
「まだ協力者がいるかもしれないな。あるいは、黒幕が」
「ふむ。どうしてそう思う?」
「色々と大胆すぎる。こんなことをできるようには思えないのと……あと一つ。ホールドハイム家は、いざという時に切り捨てやすい」
「つまり……黒幕は、成功すればよし。失敗したら、ホールドハイム家に罪をなすりつけるために、この家を全面に押し出している、と?」
「俺はそう考えるが、学院長はどう思う?」
「……同意じゃな」
少し考えた末に、リーゼロッテは頷いてみせた。
「妾も同じ結論じゃ。しかし、短時間でその答えに行き着くとは……さすが、賢者様じゃのう」
「拗ねているのか?」
「うっさい!」
リーゼロッテは外見にふさわしい感じで唇を尖らせた。
「さて、どうする? 黒幕がいるとなると、迂闊に手を出すわけにはいかんぞ。逃げられてしまう」
「大丈夫だ。今はここにいると思う」
「なぜじゃ?」
「ネコネも誘拐したんだ。その成果を直接確認したいと思うだろう?」
「確かに」
さて……犯人は突き止めた。
あとは、ネコネとアリンの身の安全を確保しつつ、いかにして犯人を捕まえるかだけど……
「……学院長、援護を頼む」
とある作戦を思いついた俺は、リーゼロッテに協力を要請した。