天災賢者と無能王女と魔法の作り方

「次、ジーク・スノーフィールドの番なのじゃ!」

 リーゼロッテの合図で前に出る。

「スノーフィールド君、がんばってください!」
「ああ」

 きちんと応援してくれるネコネに頷きつつ、魔法人形と向き合う。
 すると、リーゼロッテが近寄ってきて、小声で言う。

「……お主、ちゃんと手加減をするのじゃぞ? この前みたいに、校庭に大きな穴を開けるでないぞ?」
「……努力はする」
「……おい、確約せぬか」
「……アリンの実力は相当なものだ。下手に加減をしたら負けるかもしれない。そうなると任務失敗だ」
「……むう」
「……気をつけるが、調整が難しい。いざという時は諦めてくれ」
「……うぅ、上からどやされるのが辛いのじゃ。胃が痛いのじゃ。でも、ちゃんと努力はするように」

 リーゼロッテは諦めた様子で戻っていった。
 管理職というのも大変だな。
 いくらか同情してしまう。

 とはいえ、手を抜くことはしないのだが。

「さて」

 使う魔法はすでに決めている。
 アリンが召喚魔法を使ったのなら……

「トランス」

 魔力を増幅。
 そして、構造式を練り上げる。

「サモン、バハムート!」

 漆黒の竜が降臨した。

 その瞳は全てを見通す。
 その牙は全てを噛み砕く。
 その翼は空を支配する。

 最強の名を持つ召喚獣。
 神獣バハムート。

「なっ……!? これは、もしかして伝説の……!?」

 ネコネは驚愕して、

「あぁ……こんなものを呼び出すなんて。もう、妾、始末書確定ではないか……」

 リーゼロッテは嘆いて、

「そ、そんな……こんなことが……あ、ありえない……」

 アリンは全身を震わせて、目を大きくして驚いていた。
 目の前の光景が信じられない様子で、意味をなさない言葉を繰り返している。
 それだけ衝撃が大きいのだろう。

「あんた、どうして!?」

 我に返った様子で、アリンが鋭い声を飛ばしてきた。

 ただ、震えは止まっていない。
 むしろ、さきほどよりも大きくなっているようだ。

 警戒するように。
 そして、怯えを含ませつつ、こちらをじっと見る。

「召喚獣の頂点に立つバハムート……単騎で軍を退けるだけじゃなくて、国を滅ぼすこともできる。圧倒的な力を持つ、まさに神のような存在……」
「詳しいな」
「それなのに、どうして……どうして、あんたなんかがバハムートを使役しているのよ!?」

 餌をあげる。
 友好的に接する。
 力を示す。

 召喚獣と契約する方法は色々とあるが……
 上位の存在になるほど、その方法は絞られていく。

 力を示し、従うにふさわしい相手と教えること。
 大抵、その一択となる。

 もちろん、バハムートも例外ではない。
 ヤツと契約を交わすには、戦い、勝利をもぎとらないといけない。

 シンプルな方法ではあるが、それ故に、成し遂げた者は数えるほどしかいない。
 バハムートに力で勝つ。
 それは、神を打ち負かすのと同意義なのだ。

「いったい、どうやって……!!!?」
「決まっているだろう」

 アリンがそうしたように、俺は笑いつつ応える。

「力を示したんだ」
「なっ……」

 バハムートを力で従えた。
 つまり、俺はバハムートよりも上だ。

 その意味を理解したらしく、アリンは顔を青くして震えた。

「よし。バハムート、あの魔法人形を……」
「待て待て待てぇえええええーーーいっ!!!」

 慌てた様子でリーゼロッテが割り込んできた。

「お主、正気か!? 戦場でもないのに、バハムートに攻撃命令を出すでない!」
「俺、使える召喚魔法はこれだけなんだよ」
「極端すぎるわ!」
「不器用なんで」
「不器用すぎるわ!」

 ぜいぜい、と肩で息をするリーゼロッテ。

 はて?
 なにをそんなに疲れているのやら。

「とにかく、バハムートを引っ込めるのじゃ。バハムートが攻撃なんぞしたら、魔法人形だけではなくて、この訓練場……いや。学院がまとめて吹き飛んでしまう」
「しかし、それでは勝負が……」
「お主の勝ちじゃ! 妾が認める!」
「ふむ……アリンは、それで納得できるのか?」
「……ええ」

 問いかけると、非常に苦い顔をしつつも、アリンは小さく頷くのだった。
「むかつくむかつくむかつく……!!!」

 夜。
 一人、部屋で過ごすアリンは、ふてくされた顔をしていた。

 姉につきまとう怪しい男に決闘を申し込み、完膚なきまでに叩きのめす。
 そして、二度と姉に近づかないように約束させる。
 あるいは、学院から追い出す。

 そうなるはずだったのに……

「まさか、バハムートと契約をしているなんて……」

 伝説の存在を使役しているなんて話、聞いたことがない。
 想像以上……いや。
 予想の遥か斜め上をいっている。

「……いったい、何者なのかしら?」

 突然、学院にやってきた異端児。
 貴族を返り討ちにして、鮮烈なデビュー。
 その後も、貴族との決闘に勝利するなど、色々と話題には事欠かない。

「うーん」

 気がつけば、アリンはジークのことばかり考えていた。
 彼が姉に近づく不埒者ということは忘れて、その正体などが気になるように。

「よくよく考えれば、ちゃんと話したことはないのよね……彼、どんな人なのかしら?」

 姉の敵。
 でも、どんな人なのか、その性格が気になる。

 どうしたらいいのだろう?
 アリンはぬいぐるみを抱えて、ため息をこぼす。

「あら?」

 小さく扉がノックされた。
 一人でなかったら気づかないほど小さな音だ。

「こんな時間に誰かしら……はーい」

 アリンは返事をして、玄関の扉を開ける。
 しかし、誰もいない。

「……いたずら? もうっ」

 ぷりぷりと怒りつつ、玄関の扉を締めた。
 鍵を閉めて、部屋に戻ろうとして……

「っ!?」

 振り返ったところで、いつからそこにいたのか、黒尽くめの男と目が合う。

 アリンは反射的に悲鳴をあげようとするが、口を塞がれてしまう。
 さらに腹部を殴られてしまい……

「……ぅ……ぁ……」

 アリンの意識はゆっくりと闇に落ちていった。



――――――――――



 寮から学院は、歩いて十分ほどだ。

 学院は大きく、無数の施設があり……
 そして、たくさんの生徒を収容する寮も大きい。

 そのため、敷地を確保するために離れた場所に建てられた。

 朝。
 目を覚ますためにのんびり歩くこともできるため、俺はこの距離感が気に入っているのだけど……

「……」

 ふと、ネコネを見つけた。
 暗い表情をしてて、時折、周囲をキョロキョロと見ている。

「レガリアさん」
「あっ……スノーフィールド君」
「おはよう」
「おはようございます……」

 やはり元気がない様子だ。

「どうかしたのか?」
「あ、えっと……スノーフィールド君は、アリンを見ませんでしたか?」
「いや、見ていないが」
「そう、ですか……昨夜から連絡が取れなくて、気になってしまって」

 アリンが消えた?

 そういえば、今朝はなにもなかったが……
 ふむ。



――――――――――



 学院に到着してネコネと別れると、その足で学院長室へ向かった。

 ネコネと離れることになるが、四六時中一緒にいるわけじゃない。
 それに、学院で襲うバカもそうそういないだろう。

 ……しかし、今回はそのバカが現れた可能性がある。
 その確認をしておきたい。

「……と、いうわけなんだが、なにか心当たりはないか?」
「むう」

 リーゼロッテは難しい顔に。

 笑い飛ばされる展開を予想していたが……
 これは、洒落にならない事態に発展している可能性があるな。

「……まあ、よいか。元々、お主にも協力を頼むするつもりじゃったからな」
「っていうことは、なにか起きたんだな?」
「当たり前だが、他言無用じゃぞ? ……第四王女アリン・レガリアが誘拐された可能性がある」

 リーゼロッテ曰く……

 昨夜、侵入者を探知する結界が反応した。
 同じく、アリンの護衛が倒れて……
 そして、アリンが消えた。

「どう考えても誘拐だな。殺したいなら、その場でやればいい。アリンの立場を考えると、犯人の候補なんて腐るほどいるだろう」
「妾も同じ考えじゃ。何者かが第四王女を誘拐して、いずれ、要求を突きつけてくるじゃろう。それが国になのか学院になのか、それはわからぬがな」
「犯人の情報は?」
「わからぬ。国と連携して捜査を進めているものの、なかなか……な。おかげで徹夜じゃが、まだ情報を掴めておらん」
「それで俺の出番か」
「うむ。お主なら、色々と便利な魔法を持っているじゃろう?」
「待て。俺の協力前提で話をするな」
「なんじゃ、断るつもりなのか?」
「俺の立場も微妙なんだよ。俺は俺でやらないといけないことがある。それを疎かにして失敗したら、意味がないだろう?」
「むう」

 ネコネの護衛が俺の任務だ。
 敵が学院内部にまで入り込んでいるとなると、そちらを無視することはできない。
 アリンのことは気になるが、ネコネの護衛の強化をするべきで……

「待ってください!」

 扉が勢いよく開いて、ネコネが入ってきた。
「レガリアさん……?」

 表情には出さないようにしたが、けっこう驚いてしまう。
 まさか、扉の向こうで盗み聞きをされていたとは……

 俺の任務のことなど、肝心なことは喋っていないから問題はないと思うが……さて、どうなる?

「その……盗み聞きをしてごめんなさい。でも、どうしても気になってしまって……アリンが誘拐されたというのは、本当なんですか?」
「……そうじゃな。その可能性が高いと思っている」

 ここで否定しても意味ないと判断したのか、リーゼロッテは素直に認めた。

「なら、私も捜索に……」
「ダメじゃ。自分の立場を忘れたのか? お主は、第三王女……第四王女と同様に狙われる可能性がある」
「……っ……」

 圧倒的な正論に、ネコネは返す言葉もないようだ。
 それでも妹のことを諦められない様子で、とても複雑な表情をしている。

 その顔を見ていると、なんだか俺も落ち着かなくて……

「……一つ、案がある」

 気がつけば、そんなことを口にしていた。

「案じゃと?」
「敵は、王女の誘拐という凶行に出た。そんなことをすれば死罪は免れない。それでも狙ったということは、それなりの理由があるはずだ」
「そうじゃな」
「ま、その理由はわからないが……あえて王女を狙ったのなら、そこに意味と理由があるはず。そして、人質の数は多い方がいいだろう」
「お主、まさか……」

 俺の考えを察した様子で、リーゼロッテが目を大きくして驚いた。

 そんな彼女はスルーしつつ、ネコネを見る。

「今、敵の情報はないに等しいが……それなら、誘い出すしかない。レガリアさんを餌に敵を釣り上げる、っていう策を考えたが、どうする?」
「私が……」

 それに、敵は王女に人質としての価値を求めているはず。
 そうそう簡単に手を出すことはないだろう。

 護衛対象を餌にするとか、無茶苦茶もいいところだが……
 ただ、目を離して、見えないところで暴走されるよりはマシだ。

「お主……!」

 抗議の声をあげるリーゼロッテを無視して、問いかける。

「どうする、レガリアさん。もちろん、危険は大きい。犯人の目的は不明だから、酷い目に遭うかもしれない。というか、遭う可能性が高い。それでも……」
「やらせてください」

 即決即断だった。
 それ以外の選択肢はありえないと言うかのように、俺の言葉を遮り、答えてみせる。

 強いな。
 この強さがあれば、たぶん、大丈夫だろう。

「よし、決まりだ」
「がんばります!」
「って、お主ら勝手に話をまとめるでない!? 妾は反対じゃぞ!? 妾の管轄内で二人も王女が誘拐されるなんて、大失態ではないか! 厳罰ものじゃぞ!?」
「レガリアさん。あとで、二つの魔法を教える。それを、なんとしても昼までにマスターしてくれ」
「わかりました」
「って、妾の話をきけええええええぇっ!!!?」



――――――――――



 どのみち、アリンはすでに誘拐されているから、それは大きな失態となる。
 ならば、ネコネを利用してでもアリンを救出して、犯人を突き止めて、その企みを潰せばいい。
 そうすれば名誉を取り戻すだけではなくて、お釣りもくるだろう……と、リーゼロッテを説得した。

 その後……

「はぁっ、はぁっ……ど、どうでしょうか?」
「ああ、バッチリだ」

 時刻は昼。
 ネコネは、なんとか俺が指定した魔法を二つ、習得することができた。

 魔力の正しい扱いを知ったのはつい最近なので、普通は、コントロールで精一杯なのだけど……
 切羽詰まった状況とはいえ、ネコネは二つの魔法を習得してみせた。
 案外、才能があるかもしれないな。

「攻撃魔法のファイア……それと、補助魔法のライト。これは、どのような意味が?」

 その二つがネコネが習得した魔法だ。

「ファイアは、いざという時のための自衛手段だ。これから誘拐されることになる。当然、武器などは全て取り上げられるだろう」

 でも、魔法を取り上げることはできない。

 魔法を封印する道具もあるが……
 ネコネが魔法を使えるようになったことは、まだ周知されていない。
 これは大きな武器となるだろう。

「ライトは、俺達、救出班に場所を伝える道標となる。素人が使ったとしても、かなりの光量を発することができるからな」
「なるほど」

 囮という危険な役をやらせる以上、もっと入念な準備をしておきたいが……
 時間をかければかけるほど、アリンの身が危うくなる。
 それに、犯人があまりに無茶な要求をすると、国がアリンを切り捨てる可能性もある。

 それを考えると、準備はここが限界だ。

「じゃあ、ネコネは昼過ぎ……放課後まで休んでおいてくれ。それから、どうするか細かい作戦を話す」
「でも、こんな時に休むなんて……」
「魔力を少しでも回復させるためだ。それに、敵も、いくらなんでも真っ昼間から動かないだろう。動くなら夕暮れか夜だ」
「……わかりました」

 そう言いつつも、ネコネの表情は複雑なままだ。
 頭で納得はしても、心は納得できないのだろう。

「大丈夫だ」
「……あ……」

 ぽんぽんと、ネコネの頭に手をやる。
 そのまま撫でる。

「アリンは絶対に助ける。それに、ネコネを傷つけることもさせやしない。絶対だ」
「……」

 ネコネは、じっとこちらを見つめて……
 そっと俺の手を取る。

「スノーフィールド君の手は、とても温かいですね」
「ネコネ?」
「この温かさを感じていると、すごく落ち着くことができて……スノーフィールド君なら、って思うことができるんです。だから……お願いします。アリンを……大事な妹を助けてください」
「了解だ」

 不思議な感覚だ。

 任務のためではなくて、魔法を学ぶためでもなく。
 今はただ、ネコネの力になりたいと思った。
 夜が訪れた。
 街が夜の暗闇に覆われていく。

 中心地はまだまだ明かりが灯っていて、人気も多い。
 ただ、郊外は暗く、人の姿はほとんどない。

「……」

 薄暗い道を一人、ネコネが歩いていた。
 不安そうな顔をしつつ、足早に道を進む。

 その様子を、俺は影から見ていた。

 今のネコネは、これ以上ないほど露骨な餌だ。
 さらってくれと言わんばかりに無防備で、抵抗することは難しい。

「さて、どうする?」

 敵もネコネが囮ということは理解しているだろう。
 その上で、どうするか……だ。

 敵は第四王女を誘拐するという暴挙に出た。
 犯行が明るみになれば死罪は確実。

 ならば、作戦の成功率を少しでもあげようとするのではないか?
 囮だと理解していても、それ以上のリターンを求めて、ネコネも誘拐するのではないか?

 そんな俺の予想は……

「っ!?」

 不意に、ネコネの周囲に三人の人影が現れた。
 黒装束を全身にまとう、いかにも、という感じの男達だ。

 ネコネは反射的に抵抗しようとするが、すぐに気絶させられてしまう。

「……」

 男の一人がネコネを担いで、残り二人が周囲を警戒する。
 ネコネは餌。
 そのことを理解しているから、襲撃に備えているのだろう。

 ただ、いつまで経っても襲撃者は現れない。
 囮ではないのか?
 男達は怪訝そうにするものの……
 これ以上、警戒を続けても仕方ないと判断したのだろう。
 魔道具らしきものを使い、転移で逃亡した。

「予想通りの行動をとってくれたな」

 一連の流れを見ていた俺は、物陰から身を出した。

 一応、ネコネがいた場所を調べてみるものの、なにもない。
 証拠をまったく残さない見事な誘拐だ。

「して、これからどうするのじゃ?」

 同じく、ひっそりと様子を見ていたリーゼロッテが姿を見せた。
 予定外の事態に陥った時、彼女の力を貸してもらう予定だったのだ。

「敵は間抜けではない。証拠は残さず、転移でこの場を離脱したため追いかけることは不可能。魔道具を仕込んでいたとしても、破壊されるじゃろう。魔法も同じく解除されるじゃろう。さて……どうするのじゃ?」
「どうするもなにも、レガリアさんの反応を追いかけるだけだ。いざとなればライトを使って正確な位置を教えてくれると思う。それで、敵のところにたどり着くことができる」

 だからこそ、襲撃者を撃退しないで、わざとさらってもらったのだ。

「しかし、いったいどのようにして……」
「俺は、個人の魔力の特徴を覚えることができる」
「む?」
「学院長なら知っているだろう? 魔力は個人個人によって微妙に質が違う。指紋のように、人の数だけ魔力の質がある。なら、ネコネの魔力の波動を探し出して、それを追いかければいい」
「なにをバカな……それは、個人個人の指紋を覚えています、というようなものじゃぞ? そんなこと、できるわけがなかろう」
「俺はできる」

 ここ最近、ネコネの魔法の師匠になっていた。
 彼女の魔法、魔力を誰よりも近くで見てきた。

 だから、バッチリと覚えている。

 そう話すと、リーゼロッテは呆れた様子でため息をこぼす。

「やれやれ……だとしても、とても細やかで複雑な魔力の波動を覚えるなどということ、普通はできぬ。指紋を一目見て、なにもかも理解するようなものじゃ。そのようなことができるとは……さすが、王国最強の賢者じゃな」
「学院長が言うと、嫌味に聞こえるな」
「ふん、嫉妬くらいさせろ」



――――――――――



 ネコネの魔力の波動を追いかけると、貴族の屋敷が建ち並ぶ高級住宅街に行き着いた。

 丘の上の大きな屋敷からネコネの魔力を感じる。
 つまり、あの屋敷の主が今回の事件の犯人なのだろう。
 ついでに言うと、事前に聞いていた謀反を企んでいる貴族の可能性が高い。

 それにしても……

「ホールドハイム家……はて? どこかで聞いた名前だな」
「お主、本気で言っておるのか……?」

 リーゼロッテはジト目で、とことん呆れた様子だ。

「本気だが?」
「はぁ……入学初日、お主がたくさんの生徒の前で、決闘でとことん叩きのめした同級生であろう」
「……あぁ」

 指摘されるまで本気で忘れていた。

「俺、興味のないことは覚えていられないんだよ」
「鳥か」
「つまらないことを覚えるヒマがあるなら、その分、魔法に関する知識を溜め込みたい」
「やれやれ、本当にもう、お主というヤツは……」
「それにしても、あいつが……いや。あいつの家が今回の事件の犯人か」

 違和感があるな。

 聞いた話では、ホールドハイム家はそこまで大きな力を持っていない。
 謀反を企んでいるか、それはまだ未確定だから保留するとして……
 しかし、王女を誘拐するような大胆な行動を取ることはできないように思える。

 だとしたら……

「まだ協力者がいるかもしれないな。あるいは、黒幕が」
「ふむ。どうしてそう思う?」
「色々と大胆すぎる。こんなことをできるようには思えないのと……あと一つ。ホールドハイム家は、いざという時に切り捨てやすい」
「つまり……黒幕は、成功すればよし。失敗したら、ホールドハイム家に罪をなすりつけるために、この家を全面に押し出している、と?」
「俺はそう考えるが、学院長はどう思う?」
「……同意じゃな」

 少し考えた末に、リーゼロッテは頷いてみせた。

「妾も同じ結論じゃ。しかし、短時間でその答えに行き着くとは……さすが、賢者様じゃのう」
「拗ねているのか?」
「うっさい!」

 リーゼロッテは外見にふさわしい感じで唇を尖らせた。

「さて、どうする? 黒幕がいるとなると、迂闊に手を出すわけにはいかんぞ。逃げられてしまう」
「大丈夫だ。今はここにいると思う」
「なぜじゃ?」
「ネコネも誘拐したんだ。その成果を直接確認したいと思うだろう?」
「確かに」

 さて……犯人は突き止めた。
 あとは、ネコネとアリンの身の安全を確保しつつ、いかにして犯人を捕まえるかだけど……

「……学院長、援護を頼む」

 とある作戦を思いついた俺は、リーゼロッテに協力を要請した。
 のんびりと。
 ふらり、散歩をするような感じで。

 俺は、ホールドハイム家の屋敷に真正面から向かう。

「なんだ、お前は?」
「ここは、ホールドハイム様のお屋敷だ。用がないのなら立ち去れ」

 門番が二人。
 他に警備の者は見当たらないが……

 まあ、これから一騒動起きるからな。
 蜂の巣を突いたように、わらわらと兵士が出てくるだろう。
 三十……いや、百くらいと多めに予想しておくか。

「用ならある」
「なに? このような時間に約束をしている者なんて……いたか?」
「いや、聞いていないが……」

 門番は丁寧に来客帳を確認していた。

 良いヤツなのかもしれないが……ふむ?

「ここにいる友達を迎えに来たんだ」
「友達? ドグ様のことか?」
「いいや……第三王女ネコネ・レガリアと第四王女アリン・レガリアだ」
「「っ!?」」

 二人の名前を出すと、門番は露骨に顔色を変えた。

 なるほど。
 今回の事件、ある程度は知っているようだな。
 その上で力を貸しているというのなら……敵だ。

「悪いな」

 魔力を練り上げる。

「あんたらがなにも知らず、ただ命令に従っているだけ、っていうなら優しくしてやったんだが……」

 構造式を作り上げる。

「知った上で命令に従っている、っていうのなら容赦はしない。殺しはしないが、治癒院送りは諦めてくれ」
「な、なにを……!?」
「こいつ……! 敵襲っ、敵襲だ!!!」

 門番達は慌てて槍を構えた。
 即座に俺を敵と判断する思考は、なかなか。褒めてもいい。

 しかし、あまりにも遅い。

「ブルーテンペスト」

 氷の嵐が吹き荒れた。
 風が敵を吹き飛ばして。
 氷が門を破壊する。

 巨大な岩でも落ちてきたかのように門は潰れた。
 屋敷への道が開かれる。

「な、なんだこの惨状は……!?」
「あいつの仕業か!? いったい、何者なんだ……」
「いいから、やるぞ! 今、絶対に侵入者を許すわけにはいかない!」

 予想通り、屋敷から大量の兵士が出てきた。
 百か、それ以上。
 よくもまあ、これだけの兵士を集めたものだ、と感心してしまう。

 ホールドハイム家とマクレーン家。
 なかなかの力を持っているようだ。
 だからこそ、ネコネやアリンを誘拐するという暴挙に出たのだろう。

「……」

 なんだろうな?
 なんか、こう……
 イラッとした。

 両貴族がなにを企み、どのような最終地点を設定しているのか、それはわからない。
 でも、つまらないことに違いない。
 それにネコネ達を巻き込んで……

 そのことが、なんだか、どうしようもなくイラッとした。

「悪いな」

 再び魔力を練り上げつつ、俺はニヤリと笑う。

「今日の俺は不機嫌だ」



――――――――――



 屋敷から少し離れたところにある丘の上に、リーゼロッテの姿があった。
 屋敷を見下ろすことができるのだけど……

 ゴォッ!
 ドガァッ!!!
 ガガガガガッ!!!!!

 轟音、爆音、激音が連続で響いていた。
 その度に、おもちゃのように兵士が吹き飛んで、悲鳴を撒き散らしていく。

「やれやれ、派手にやりおって」

 ジークの考えた作戦はとても単純なもの。
 真正面から乗り込み、敵を撃破しつつ、ネコネとアリンを救出する。
 作戦とは呼べないような、あまりにも単純明快な内容だ。

 ただ、実はわりと有効だ。

 敵に時間を与えてしまうと、謀反の計画を進められてしまう。
 どのようなものか不明ではあるが、下手をしたら大きなダメージを受けてしまう。
 ならば、速攻で叩くしかない。

 ネコネとアリンが人質となっている中、突撃なんて考えて、普通は出て来ないが……
 ジークは別だった。
 二人は人質ではあるものの、ギリギリまで手を出されることはないだろう。

 人質は無事だから機能するのであって、命を失えば意味がない。
 そんな当たり前のことをわからないほどバカではないだろう。

 それに、もしも手を出してしまえば国が全力で叩き潰す。
 謀反が成功する前に、そんな危ない橋を渡ることはできない。

 唯一の問題は、ギリギリまで追いつめられた時、なりふり構わなくなった黒幕がネコネやアリンを人質として利用して、害をなそうとするかもしれないが……

「まあ、そんな状況を作り出すとしたら、ジーク以外にはおらぬな。あやつがその場にいれば、なんとかするじゃろう」

 なんといっても、ジークは王国の切り札なのだから。

「さて。妾は、妾の仕事をするか」

 リーゼロッテは魔力を練り上げて、魔法を解き放つ。

「アイシクルプリズン」

 大地が隆起して、その下から巨大な氷が現れた。
 それは屋敷を円形に囲み、高く強靭な壁を生成する。

 対象を氷の結界で閉じ込める魔法だ。
 主に巨大な魔物を相手に使う。

「これで、誰も逃げることはできん」

 ニヤリ、とリーゼロッテは笑う。

 彼女の役目は、屋敷から一人も敵を逃がさないこと。
 敵は自分がなんとかするから、それを徹底してほしいとジークに頼まれたのだ。

「さて……事件が片付くまで、妾はのんびりと酒でも飲むか」

 どこからともなく酒とグラスを取り出して、リーゼロッテは笑う。

「あやつは自覚していなかったが……怒るジーク・スノーフィールドを初めて見たな。ふふ、お主らバカ貴族の敗因は、あやつを怒らせたことじゃ」
「「「うぉおおおおお!!!」」」

 複数の兵士が多方向から同時に突撃してきた。
 見事な連携だ。
 彼らの練度が高いことを表している。

 ただ……

「なっ!? 剣が弾かれた、だと!?」
「防御魔法? いや、コイツは魔法を唱えていないはず!」
「待て! 防御だけじゃない、これは……がっ!?」

 自動で防御魔法を展開。
 さらに、こちらも自動で反撃を行う。

 自動で展開される攻防一体の結界。
 『ガーディアン』。
 俺が開発した、オリジナルの魔法だ。

 俺は敵の中を突き進むだけ。
 それだけで、大抵の相手はガーディアンの反撃を食らい、自滅してくれる。

「少しはやるようだな」

 奥から巨漢の兵士が現れた。
 巨人が使うような戦斧を片手で担いでいる。
 驚くべき膂力の持ち主だ。
 名前のある戦士なのだろう。

 ただ……

「俺の名前は、ガロウ。人呼んで鮮血の……」
「ライトニングバレット」
「ぎゃあっ!?」

 俺の魔法を受けて、戦士は屋敷の外にまで吹き飛んでいった。

「隊長!?」
「貴様、卑怯だぞ! 名乗りをあげている最中に攻撃をするなんて、騎士道精神に反する!!!」
「騎士道精神?」

 はっ、と俺は鼻で笑い飛ばす。

「バカを言うな。女の子を誘拐するような連中が、騎士道精神を持っているわけがないだろう? お前達は、ただの賊だよ」
「うっ……」
「卑怯者連中と、誇りなどを賭けて戦うつもりなんてない。無駄だ。俺がやるべきことは、邪魔な敵を可能な限り速やかに排除する……それだけだよ」

 冷たく言い放ち、次いで、広範囲魔法を唱えた。
 俺を中心に、円形に爆発が広がる。
 炎が竜のごとく荒れ狂い、全てを飲み込む。

 兵士達は避けることはできない。
 逃げることもできない。
 彼らは、全て俺の魔法に飲み込まれた。

 後に残るのは、動けず、昏倒した兵士達だ。
 一応、手加減はしたので死んでいる者はいない。
 ただ、治癒院送りは確実。
 後遺症が残る者もいるかもしれない。

「まあ、自業自得だな」

 命令されただけ、なんて思うヤツもいるかもしれないが……
 そんなこと知らん。

 命令されたから。
 逆らえないから。
 だから、誰かに刃を向けてもいい。
 そんな理屈、通るわけがない。

 いちいち兵士の事情を汲んでやる義理も義務もない。
 敵として立ちはだかるのなら、容赦なく蹴散らすだけだ。

「さて……俺の邪魔をするというのなら、覚悟してもらうぞ?」



――――――――――



 広い執務質にネコネとアリンはいた。
 特に拘束されているわけではなくて、その身を縛るものはない。

 ただ、部屋の入口には屈強な兵士が二人。
 さらに、窓側にも二人。
 彼らを欺くことは難しく、軟禁状態だ。

 二人が座るソファーの対面に、ドグとフリス。
 そして、彼らの親であるゴーケンとアーニがいた。

「お会いできて光栄です、ネコネ王女、アリン王女」

 ゴーケン・マクレーンは丁寧に頭を下げた。
 そんな彼をネコネとアリンは睨みつける。

「ちょっとあんた! あたし達にこんなことをして、タダで済むと思っているの!? あんたの首だけじゃ済まさないわ! 一族郎党……」
「アリン」
「姉さん?」

 ネコネは鋭い表情を崩さないものの、噛みつくような勢いで喋るアリンを手で制した。
 そのまま、妹の代わりに静かに、しかし鋭く問いかける。

「あなた達の目的はなんですか?」
「なんだと思いますか?」
「王位簒奪」

 ネコネは即答した。

「ほう……その根拠は?」
「あなたは、以前から現体制に不満を持っていたでしょう? 父の政策に異を唱えて、ぶつかることが多い。それだけならいいのですが……その不満を周囲に語り、扇動して、賛同者を増やしていた」
「ふむ」
「目立ちすぎていましたからね。少し調べていました」
「なるほど、なるほど。さすがネコネ王女、その聡明さは私も見習いたいところですな」
「どうも」

 ネコネは無愛想に答えつつ、さりげなくアリンを背中にかばう。

 自分達は人質だ。
 娘を溺愛する王ならば、ある程度の要求には屈してしまうだろうが……
 玉座を渡せと言われたら、迷うことなく断るだろう。
 娘を溺愛する父だとしても、それ以前に、彼は王なのだ。

 そうなった時、二人に人質としての価値はなくなる。

 せめて妹だけでも。
 ネコネは頭をフル回転させて、いざという時、妹を守る方法を考えた。

 そして、答えを導き出して実行に移す。

「ファイア!」
「なっ……!?」

 まさか、あの無能王女が魔法を?
 その驚きが動きを鈍らせて、ゴーケンとアーニは棒立ちになってしまう。

 やった。
 ネコネは笑みを浮かべるが……それはすぐに消えてしまう。

「あ」

 彼らの部下が前に出て魔法を防いだ。
 不意をついたものの、ネコネの魔法は拙い。
 簡単に防がれてしまう。

「まったく、驚かせて……」
「な、なら……ライト!」

 光が放たれる。
 ただ、それだけ。

「なんの真似だ?」
「……」

 ネコネは答えない。
 でも、これでいいはずだ。
 これが合図となるはずだ。

 不安は感じていなかった。
 心配もしていない。

 なぜなら……

 ゴガァッ!!!

 突然、部屋の壁が吹き飛んだ。
 それに巻き込まれた兵士が数名、吹き飛ぶ。

 煙の中から姿を見せたのは……

「おまたせ」

 ジーク・スノーフィールドだった。
「なっ、お、お前は……!?」
「どうして、こんなところに……!?」

 俺の姿を見て、ドグとフリスが動揺をあらわにした。

 一方で、ネコネは安堵した表情を浮かべている。

「ありがとうございます、スノーフィールド君」
「まだ礼を言うには早いだろう」
「???」

 アリンは、訳がわからないという様子で不思議そうにしていた。
 ただ、説明は後だ。

「貴様! 何者ぐはぁ!?」

 アーニとかいう貴族だったか?
 そいつが騒いだので、うるさいので無詠唱魔法で黙らせた。

 続けて、ゴーケンにも炎弾を叩き込むのだけど……

「へぇ」

 パァンッ! と弾けるような音と共に、炎弾が消えてしまう。

 今、なにをした?
 あらかじめ防御魔法を展開していたのか。
 それとも魔道具か。

 どちらにしても、俺の知らない技術だ。
 興味深い。

「なるほど。先程からやけに騒がしいと思っていましたが、君の仕業ですか。君は?」
「レガリアさんの……えっと、ネコネさんのクラスメイトだ」

 ネコネもアリンもどちらもレガリアなので、今回は名前で呼ぶことにした。

「ふむ、クラスメイト? そのような者が、なぜここに?」
「友達がピンチなんだ。見過ごせないだろう?」
「なるほど。正義の味方に憧れる愚者、というわけですか」

 ゴーケンはにこりと笑い……
 パチンと指を鳴らす。

 隣の部屋から大量の兵士がやってきた。
 あっという間に俺を包囲する。

 ネコネとアリンを捕らえているから、これくらいの用意はしているか。
 まあ、大したことはないだろう。
 いずれも平凡なレベルで、大したプレッシャーを感じない。

「君はなかなかの力を持っているようですが、これならどうですか?」
「どうもこうも、なにも障害にはなっていない。邪魔者は蹴散らす。それだけだ」
「ふむ……ハッタリというわけではなさそうですね。それなりの力を持っていて、自信があるというわけですか」

 ゴーケンは余裕を失わない。
 彼にとって、この程度、ピンチでもなんでもないのだろう。

 実際、対峙しているのは学生だからな。
 なかなか脅威に思うことはできないだろう。

「さて……君がどこの誰か詳しくは知らないが、私を敵に回してタダで済むと思っているのかね?」
「と、いうと?」
「なるほど、確かに君は強い。ここまで一人で辿り着くだけのことはある。しかし、君は本当の強さを知らない」
「へぇ」

 問答無用で叩き潰してもいいのだけど、ゴーケンの言う本当の強さに興味を覚えた。
 素直に話を聞くことにする。

「強い魔法を使うことができる……それは素晴らしいことだ。しかし、個人の力では限界がある。全てに手が届くことはない。だが、それを可能とする力がある……それこそが権力だ」
「権力?」
「そう、権力だ。君のような平民では成し遂げることができないことも、私のような貴族ならば成し遂げることができる。単純な力の問題ではないのだ。さらにその上の段階の話をしているのだよ」
「ふむ」
「そう、君は無力だ。平民である君にはなにもできない。例えば、私が一つサインをするだけで、君はこの国で生活することはできなくなる」

 事実、その通りだろう。
 ゴーケンほどの立場にいる者ならば、無茶を成し遂げることができる。

「牢に放り込むことも簡単だ。生きるために必要な権利を剥奪してもいい。奴隷に堕とすこともできる……なんでも可能なのですよ」
「それで?」
「ここまで言えばわかるだろう? どうやら王女達を助けに来たようだけど、バカな真似はやめておくことだ。社会的に死にたくないだろう?」

 ゴーケンはニヤリと笑い、そう忠告をしてきた。

 確かに、ヤツの言う通りだ。
 権力というものは圧倒的な力を持つ。
 下手に逆らえば、そこで人生終了。
 死ぬよりも厳しい状況に追い込まれるだろう。

 ただ……

「そんなこと知るか」
「……なんだと?」

 ヤツは一つ、大きな勘違いをしている。

「あんたの持つ力は理解した、というか、最初から理解しているよ。貴族にケンカを売る。それは、国にケンカを売るようなものだ」
「理解しているのなら、バカな真似はやめたまえ。社会的に死にたくないだろう?」
「だから、そんなこと知るか」
「……なんだって?」
「確かに、俺は人間社会の中で生きている。その枠組の中にいる。ただ、この国に属した覚えはない。俺に命令できるのは俺だけだ」
「やれやれ、なにも理解していないな。それはつまり、この国を敵に回すということだ。そんなことをして勝てるとでも?」
「勝てるさ」

 即答。
 そして、迷いなく言い放つ。

「この国の全てを相手にしても、俺が勝つ」
「なっ……」
「あと、貴族だろうが権力だろうが、そんなこと知らん。権力があるから従え? バカ言うな。そんなめんどくさいこと、するわけないだろう。俺は、俺のやりたいようにやる。それを邪魔するなら、みんな敵だ。そして……敵は叩き潰す」

 権力の力は大きい。
 絶大と言ってもいい。
 その国に生きる者にとって、決して逆らうことはできない。

 ただ、俺はこの国なんてどうでもいい。
 いつでも出ていっていいし、なんなら敵対してもいい。
 そして、叩き潰す覚悟がある。
 それを成し遂げる自信がある。

 そんな俺にとって、ゴーケンの持つ権力はまるで意味がない。
 立っている舞台が違うのだ。

「貴様、本当にこの国を敵に回すつもりか……正気か!?」
「だから、そんなこと知るか。俺がやるべきことは、ネコネとアリンを助けることだ」

 二人を見る。
 ネコネとアリンはぽかんとした様子で……でも、どこか嬉しそうにしていた。

「そんなわけで、俺に倒されてくれ」
「正気か!? この私を敵に回すということは、この国の貴族の大半を敵に回すということだぞ!? この国で生きていくことなど不可能に……」
「だから、どうでもいいんだよ」

 そんなことよりも、ネコネとアリンだ。

「そんなわけで……エアリアルシールド」

 ネコネとアリンを魔力の盾で包み込む。
 それから、魔法をもう一つ。

「インフェルノ」
 ゴッ……ガァアアアアアッ!!!

 爆炎が部屋にあふれて……
 一気に外に噴出して、屋根が吹き飛んだ。
 爆弾がまとめて十数個、炸裂したような感じだ。

 ネコネとアリンは魔法で保護しているので問題ない。
 俺は、きちんと自分を範囲外に指定しておいたから大丈夫だ。

 ただ、他の者は……

「がっ……」
「あ、う……」
「な、なにが……」

 皆、倒れて痙攣していた。
 最大限威力を絞ったものの、それでも火属性魔法の上級は厳しいだろう。

 殲滅完了だ。

「しかし、手加減するのは面倒だな……」

 突入前、リーゼロッテになるべく死者は出すなと口うるさく言われたため、手加減はしているのだが……
 やっぱりスッキリしないな。
 全力で放ってこその魔法だ。

「大丈夫か?」
「は、はい……なんとか」
「それにしても、こ、この威力……ど、どういうこと?」

 ネコネとアリンに手を貸して立ち上がらせる。
 二人は呆然とした様子で、半壊した屋敷を見回していた。

「前もバハムート召喚してたし……あんた、何者よ?」

 アリンがじっとこちらを見る。

 さすがにやりすぎたか?
 任務のことは秘密なのだけど……
 ただ、そこに気づいた様子はないか。
 俺の力の源を疑問に思っている様子だ。
 それなら、まあ、なんとかごまかせるだろう。

「俺は……」
「ぐっ……こ、この愚物が、よくもやってくれたなぁあああ……」

 怨嗟の声が響く。
 振り返ると、ボロボロになりつつも立ち上がるゴーケンの姿が。

 他の連中は軒並み昏倒しているが、彼は気合で耐え抜いたらしい。

 やるな。
 素直に感心してしまう。
 ただ、よくも俺の魔法を耐えやがったな? というイライラもある。
 複雑だ。

「大貴族である私に、よくもこのような暴挙を……! 貴様は許さん、絶対に許さんぞ!!!」
「知るか。なんでもかんでも自由にやれると思うな」

 貴族だろうとなんだろうと、それを気にしない相手に権力は通用しない。
 そのことをきちんと理解して、その上で、改めてケンカを売ってこい。

「この私を怒らせたこと、死んでも尚、後悔し続けるがいい!!!」

 怒りで血管が切れそうな勢いで叫び、ゴーケンは机に設置されていた隠しスイッチを押した。

 ガコン、と屋敷の遠くで妙な音が響く。
 それはほどなくして爆音に変わり、壁を砕く音と共にこちらに近づいてきた。

「ガァアアアアアッ!!!」

 壁をぶち破り現れたのはゴーレムだ。

 ゴーレムというのは、魔力を糧に動く兵器のことだ。
 人型をしているものの、その大きさ、力は人の数倍。
 平時は力仕事をさせられているが、戦時中は攻城兵器として使われることも多い。

 その力は一騎当千。
 敵として現れた場合、討伐するのに熟練の騎士30人は必要と言われている。

「これが……切り札?」
「はははははっ、見たか! これが私の力だ、これが貴族としての証だ! ひれ伏せ、平民。新しい王である私に対して頭が高いぞ!!!」
「……はぁあああ」

 思わず深いため息が出てしまう。

「あれだけ自信たっぷりにしているから、どんなものが出てくるかと思いきや……ただのゴーレムか。警戒して損した」
「な、なんだと……?」
「来い。すぐに終わらせてやる」
「この……ガキがぁあああああっ!!!」

 ゴーケンは顔を真っ赤にして、ゴーレムに俺を殺せ、という命令を出した。

 ゴーレムの目が光る。
 命令に忠実に従い、そして実行するために巨体を動かした。

 屋敷全体を震わせるかのように大きな足を動かす。
 巨体に似合わない速度で、たぶん、馬よりも速いだろう。

 城の門を突き破る攻撃力。
 全身が鋼鉄と同じくらい硬い防御力。
 そして馬よりも速い機動力。
 その三つを兼ね備えているのがゴーレムだ。

「危ない! 逃げてください、スノーフィールド君!? 私達のことはいいから!!!」
「ゴーレムに立ち向かうなんて無理よ!? そんなこと、上位の騎士でさえできるかどうか……」

 真正面からぶつかるのは愚策の中の愚策。
 距離を取り、遠距離攻撃をひたすらに叩き込む。
 ゴーレムの装甲も無敵というわけじゃない。
 何度も攻撃を繰り返せばいずれ破綻する。
 その時を待ち、耐え忍ぶのが定石なのだけど……

「はははははっ! もう遅い、遅いわ! 虫のように潰され、己の愚かな選択をあの世で後悔し続けるが……は?」

 ガシィッ!!!

 俺がゴーレムの拳を素手で受け止めたことで、ゴーケンの高笑いが止まった。
 時が止まったかのように、大口を開けたまま言葉を失っている。

「す、すごいです……」
「嘘……そんな、まさか……」

 ネコネとアリンも呆然としていた。

 そんな中、俺は不敵に笑う。

「で?」
「……な、なに?」
「これで終わりか?」
「こ、このっ……ガキがぁあああああっ!!! ゴーレム! 魔導砲を撃てぇ!!!」

 ゴーレムの頭部が変形して、中から砲身が出てきた。
 蓄積されている魔力を全て放つという、ゴーレムの最大最後の武装だ。

 ネコネとアリンが顔色を変える。

「な、なにを考えているのですか!? このようなところで魔導砲なんてものを使えば、どれだけの被害が出るか……!」
「ちょっと、あんた! 終わるなら勝手に一人で終わりなさい、周囲を巻き込むな!!!」

 本気で慌てて、本気で怒っているところを見ると、二人は民想いの優しい王女なのだろう。
 だから俺は、そんな二人のために力を貸すことにした。

 逃げることなく、逆に立ち向かう。
 ゴーレムの懐に潜り込み、その分厚い装甲に手の平を当てて、

「プラズマフレア」

 ゼロ距離で上級雷魔法を撃つ。

 紫電が竜のように暴れ狂い、ゴーレムに絡みついて、その機巧を徹底的に破壊する。
 ゴーレムの内部構造は雷撃に弱い。
 いくら頑丈といっても、ゼロ距離で上級雷魔法を撃たれたら終わりだ。

 ゴーレムは原型を留めたまま……
 しかし、内部はズタボロに破壊されて、活動を停止する。

「ば、バカな……装甲を貫くためにゼロ距離で魔法を……? そんなバカな発想、普通、思いつくわけが……それに、ゼロ距離とはいえ一撃でゴーレムを……ありえないありえないありえない……!!!」

 ゴーゲンは現実を受け入れられない様子でその場にへたりこみ、ぶつぶつとつぶやいていた。

 ヤツはもう終わりだな。
 今の姿を見ていると、そう断言することができた。

「ネコネ、アリン」

 二人のところに歩み寄り、それぞれに手を差し出す。

「おまたせ。大丈夫か?」
 事件の顛末を記しておこう。

 貴族の屋敷を半壊させたわけだから、当然、すぐに騎士団、憲兵隊の両方が駆けつけてきた。
 我に返ったゴーケンは俺を捕まえるようにわめいたものの、こちらにはネコネとエリンがいる。
 彼女達の証言で、逆にゴーケンが逮捕されることになった。

 もちろん、アーニやフリス。ドグも逮捕された。
 いずれも国家反逆罪が適用される。
 フリスとドグはまだ若いため減刑されるかもしれないが……
 ゴーケンとアーニは間違いなく死罪となるだろう。

 そして俺は……



――――――――――



「おはよう」

 登校すると、すでに教室にはネコネがいた。
 挨拶をすると、にっこりと笑顔を返してくれる。

「おはようございます、スノーフィールド君」

 彼女の笑顔は癒されるな。
 城でいかつい騎士団長や厳しい顔しかしていない王の顔ばかり見ていたせいか、尚更そう思う。

「改めて、ありがとうございました」
「またか?」

 あれから何度も礼を言われている。
 でも、ネコネはまだ言い足りないらしく、こうしてちょくちょく頭を下げてくる。

「本当に気にしないでくれ。あれは……」

 任務だから助けた。

 でも……

「友達を助ける、俺は当たり前のことをしただけだ」

 そんな理由があってもいいような気がした。

「ありがとうございます。ですが、やはりなにもお礼がないというのは……」
「礼なら国から色々ともらったよ」
「それはそれ、これはこれです。エリンの姉として、妹を助けてもらったお礼をしたいのです」
「そう言われてもな……」
「私になにかしてほしいことはありませんか? なんでも構いません」

 年頃の女の子がなんでも、とか言わない方がいいぞ。

「なら、一つ頼みたいことがある」
「はい、なんですか?」
「……アレをなんとかしてくれないか」
「アレ?」

 ネコネが不思議そうに小首を傾げた。

 と、次の瞬間……

「いたっ、ジーク様!」

 とても元気な声。
 振り返るとエリンがいた。

 にっこりと満面の笑み。
 そのまま勢いよく駆けてきて、俺に抱きついてくる。

「おはよ、ジーク様! 朝からジーク様に会えるなんて、あたし、なんて幸せ者なのかしら」
「えっと……エリン?」
「あ、お姉ちゃんもおはよう」
「おはよう……ございます?」

 これは本当に私の妹か?
 偽物では?

 なんていう感じで、ネコネが顔をひきつらせていた。
 そして、説明を求めるような感じでこちらを見る。

「レガリアさんは知らなかったな……あれから、ずっとこんな調子なんだ」
「ずっと……」
「だから、なんとかしてくれると助かる」
「えっと……エリン? 私の記憶の限りでは、エリンはスノーフィールド君を敵視していたように思うのですが……」
「あれは、あたしの黒歴史よ」

 エリンは俺に抱きついたまま、きっぱりと断言してみせた。

「ジーク様に対する数々の無礼……ああもう、あの時のあたしは本当にどうかしていたわ。バカ、あたしのバカ! 過去に戻れたら、あの頃のあたしを徹夜で説教してやりたいわ。それと同時に、ジーク様の素晴らしさを3日かけて説明するの」

 そう語るエリンは、目をキラキラと輝かせていた。

 本当にエリンなのだろうか?
 何者かが王女になりすましているのではないか?
 そんな可能性を疑い、ありとあらゆる方法で調べたものの、エリンはエリンだった。

 つまり……
 先日の誘拐騒動をきっかけに心境の変化があったらしい。
 俺のことを物語に出てくる王子様のように思い、こんな態度をとるようになった、というわけだ。

「……勘弁してほしい」

 護衛対象に好かれるのは問題ないが、だからといってこれは困る。
 こうもつきまとわれていたら、俺の正体がバレてしまうかもしれない。

 そう。

 俺は、このまま学院に残ることになった。
 まだまだ王家の敵は多い。
 王女が狙われる可能性もある。

 ということで、ネコネと……さらにエリンの護衛も追加された。
 仕事を押しつけすぎだ。
 ブラックか。

 まあ、その分報酬を追加要求したから、ウィンウィンの関係ではあるが。

「ジーク様、今日はヒマ? 時間ある? よかったら、あたしと一緒にデートしましょう。街で遊んで、ごはんを食べて、それから夜は……きゃーきゃー!」
「むぅ……」

 なにやら勝手に盛り上がるエリン。
 そして、なぜかネコネが不機嫌そうになる。

「レガリア、俺は別に君と遊ぶつもりは……」
「エリン」
「え?」
「エリン、って名前で呼んで。でないと返事、一切しないから」
「いや……レガリア?」
「……」
「……エリン」
「うん、なに?」

 にっこりと笑うエリン。

 この変わりよう、いったいどういうころだろう?
 あの事件で好意を抱かれたのだろうが、だからといって変わりすぎだろう。

「スノーフィールド君」

 ふと、ネコネが口を開く。
 なにやら怖い顔をしているが……?

「私のことも、今後はネコネと名前で呼んでください」
「……どうしてそうなるんだ?」
「どうしても、です」

 答えになっていない。

「……ネコネ」
「はい♪」

 とても良い笑顔をされてしまった。

「あ、お姉ちゃんずるい!」
「ずるくなんてありません。それを言うのなら、エリンこそずるいです」
「そんなことないし」
「そんなことあります」
「えっと……」

 任務をしつつ、学院の技術を学び、さらなる段階へ上がるつもりだった。
 それなのに実際は、二人の王女に翻弄される日々。

 どうして、こんなことになってしまったのだろう?

「……まあ」

 これはこれで悪くないのかもしれないな。
 苦笑しつつ、俺は窓の外を見た。

 空は青く晴れていて、白い曇がゆっくりと泳いでいる。
 その中で輝く太陽はどこまでも明るくて、まぶしくて……そして、温かかった。

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