「レガリアさん……?」

 表情には出さないようにしたが、けっこう驚いてしまう。
 まさか、扉の向こうで盗み聞きをされていたとは……

 俺の任務のことなど、肝心なことは喋っていないから問題はないと思うが……さて、どうなる?

「その……盗み聞きをしてごめんなさい。でも、どうしても気になってしまって……アリンが誘拐されたというのは、本当なんですか?」
「……そうじゃな。その可能性が高いと思っている」

 ここで否定しても意味ないと判断したのか、リーゼロッテは素直に認めた。

「なら、私も捜索に……」
「ダメじゃ。自分の立場を忘れたのか? お主は、第三王女……第四王女と同様に狙われる可能性がある」
「……っ……」

 圧倒的な正論に、ネコネは返す言葉もないようだ。
 それでも妹のことを諦められない様子で、とても複雑な表情をしている。

 その顔を見ていると、なんだか俺も落ち着かなくて……

「……一つ、案がある」

 気がつけば、そんなことを口にしていた。

「案じゃと?」
「敵は、王女の誘拐という凶行に出た。そんなことをすれば死罪は免れない。それでも狙ったということは、それなりの理由があるはずだ」
「そうじゃな」
「ま、その理由はわからないが……あえて王女を狙ったのなら、そこに意味と理由があるはず。そして、人質の数は多い方がいいだろう」
「お主、まさか……」

 俺の考えを察した様子で、リーゼロッテが目を大きくして驚いた。

 そんな彼女はスルーしつつ、ネコネを見る。

「今、敵の情報はないに等しいが……それなら、誘い出すしかない。レガリアさんを餌に敵を釣り上げる、っていう策を考えたが、どうする?」
「私が……」

 それに、敵は王女に人質としての価値を求めているはず。
 そうそう簡単に手を出すことはないだろう。

 護衛対象を餌にするとか、無茶苦茶もいいところだが……
 ただ、目を離して、見えないところで暴走されるよりはマシだ。

「お主……!」

 抗議の声をあげるリーゼロッテを無視して、問いかける。

「どうする、レガリアさん。もちろん、危険は大きい。犯人の目的は不明だから、酷い目に遭うかもしれない。というか、遭う可能性が高い。それでも……」
「やらせてください」

 即決即断だった。
 それ以外の選択肢はありえないと言うかのように、俺の言葉を遮り、答えてみせる。

 強いな。
 この強さがあれば、たぶん、大丈夫だろう。

「よし、決まりだ」
「がんばります!」
「って、お主ら勝手に話をまとめるでない!? 妾は反対じゃぞ!? 妾の管轄内で二人も王女が誘拐されるなんて、大失態ではないか! 厳罰ものじゃぞ!?」
「レガリアさん。あとで、二つの魔法を教える。それを、なんとしても昼までにマスターしてくれ」
「わかりました」
「って、妾の話をきけええええええぇっ!!!?」



――――――――――



 どのみち、アリンはすでに誘拐されているから、それは大きな失態となる。
 ならば、ネコネを利用してでもアリンを救出して、犯人を突き止めて、その企みを潰せばいい。
 そうすれば名誉を取り戻すだけではなくて、お釣りもくるだろう……と、リーゼロッテを説得した。

 その後……

「はぁっ、はぁっ……ど、どうでしょうか?」
「ああ、バッチリだ」

 時刻は昼。
 ネコネは、なんとか俺が指定した魔法を二つ、習得することができた。

 魔力の正しい扱いを知ったのはつい最近なので、普通は、コントロールで精一杯なのだけど……
 切羽詰まった状況とはいえ、ネコネは二つの魔法を習得してみせた。
 案外、才能があるかもしれないな。

「攻撃魔法のファイア……それと、補助魔法のライト。これは、どのような意味が?」

 その二つがネコネが習得した魔法だ。

「ファイアは、いざという時のための自衛手段だ。これから誘拐されることになる。当然、武器などは全て取り上げられるだろう」

 でも、魔法を取り上げることはできない。

 魔法を封印する道具もあるが……
 ネコネが魔法を使えるようになったことは、まだ周知されていない。
 これは大きな武器となるだろう。

「ライトは、俺達、救出班に場所を伝える道標となる。素人が使ったとしても、かなりの光量を発することができるからな」
「なるほど」

 囮という危険な役をやらせる以上、もっと入念な準備をしておきたいが……
 時間をかければかけるほど、アリンの身が危うくなる。
 それに、犯人があまりに無茶な要求をすると、国がアリンを切り捨てる可能性もある。

 それを考えると、準備はここが限界だ。

「じゃあ、ネコネは昼過ぎ……放課後まで休んでおいてくれ。それから、どうするか細かい作戦を話す」
「でも、こんな時に休むなんて……」
「魔力を少しでも回復させるためだ。それに、敵も、いくらなんでも真っ昼間から動かないだろう。動くなら夕暮れか夜だ」
「……わかりました」

 そう言いつつも、ネコネの表情は複雑なままだ。
 頭で納得はしても、心は納得できないのだろう。

「大丈夫だ」
「……あ……」

 ぽんぽんと、ネコネの頭に手をやる。
 そのまま撫でる。

「アリンは絶対に助ける。それに、ネコネを傷つけることもさせやしない。絶対だ」
「……」

 ネコネは、じっとこちらを見つめて……
 そっと俺の手を取る。

「スノーフィールド君の手は、とても温かいですね」
「ネコネ?」
「この温かさを感じていると、すごく落ち着くことができて……スノーフィールド君なら、って思うことができるんです。だから……お願いします。アリンを……大事な妹を助けてください」
「了解だ」

 不思議な感覚だ。

 任務のためではなくて、魔法を学ぶためでもなく。
 今はただ、ネコネの力になりたいと思った。