天災賢者と無能王女と魔法の作り方

「いきなり魔法を放つとは……君は、姫様の隣にいる資格はないのう」
「あんたに言われたくない」

 睨み合い……

「ふっ!」

 息を吐くと同時に、トムじいさんが突撃を開始した。

 速い。
 身体能力を強化しているから、風のようだ。

「動くな!」
「おとなしく……がっ!?」

 周りにいた諜報員が動くけど、返り討ちにあってしまう。

 歳の差なんて感じさせない動きだ。
 というか、経験値が圧倒的に向こうの方が上なので、諜報員では手も足も出ない様子だ。

「俺がやるから、レガリアさんを頼む」
「はっ……」

 諜報員達は苦い顔をしつつも、実力差を理解したらしく、ネコネを連れて後ろに下がる。

「スノーフィールド君!」
「なんだ?」
「その、あの……本来、このようなことは頼めないのですが、しかし……」
「わかった」
「え?」
「殺さない」

 誰のことを指しているか理解したのだろう。
 ネコネは頭を下げて、後ろに下がった。

「待たせたな」
「なに。姫様を巻き込むわけにはいかないからのう」
「じゃあ……」
「始めるとしよう、ゆくぞ」

 再びトムじいさんが駆けた。
 床を踏み砕くような勢いで蹴り、超加速。
 一瞬で視界外へ移動してしまう。

 ただ……

「甘い」
「む!?」

 背後に回り込んだトムじいさんが拳を繰り出してくるが、俺は振り返ることなく、それを回避した。
 そのまま腕を掴み、背中に背負うようにして投げる。

 ダンッ!!!

 カフェテリアの床を割る勢いで、トムじいさんを叩きつけた。
 ただ……

「ふんっ!」

 トムじいさんは両手を床について、腰を回転させつつ、両足をこちらにぶつけてくる。
 ダンスをしているかのような動きで、かなり変則的だ。
 それ故に動きを見切ることが難しい。
 いくらか攻撃を受けてしまう。

「厄介な技を」
「儂の専門は格闘術でのう。魔法使いとしては、やりづらいじゃろう?」
「確かにやりづらいな」

 殴り合いは趣味じゃない。
 やはり派手な魔法の撃ち合いの方が楽しい。

 でも、

「なんじゃと!?」

 ほどなくしてトムじいさんの足捌きを見切り、全ての攻撃を回避した。
 その上でカウンターを叩き込み、数メートルほど吹き飛ばす。

 とはいえ、それはトムじいさんが衝撃を逃がすために自分で跳んだだけ。 
 実際に大したダメージはないらしく、すぐに起き上がる。

「器用な真似をするな」
「……それは儂の台詞じゃ。お主には初めて見せる技なのに、即座に対応するとは」
「あれくらい、脅威のうちに入らないからな。初見で驚いただけで、対処するのは簡単だろう?」
「言ってくれる」

 トムじいさんは呼吸を整えると、再び突撃してきた。
 今度はまっすぐ、真正面から突っ込んできた。
 さきほどのような速さはない。

 ただ、一歩一歩が重い。
 たくさんの力が込められている様子で、妙な威圧感を感じる。

「これは……」

 そうか、なるほど。
 トムじいさんがやろうとしていることを理解した。

 さて、どうするか?

 トムじいさんがやろうとしていることは、多少、時間がかかる。
 妙な威圧感を放ち、しかし距離を詰めてこないのは時間稼ぎだ。

 先手を打つと楽に戦いを進められるだろうが……
 でも、そうだな……あえて受けて立つか。

 これは、おそらくトムじいさんの切り札。
 それを真正面から受けて、そして、完膚なきまでに叩きのめす。
 そうすることで心を折ることにしよう。

「ふぅううううう……」

 トムじいさんは深く息を吸う。
 準備完了だ。

「はぁっ!!!!!」

 トムじいさんの魔力が爆発的に高まった。

 あらかじめ溜め込んでおいた魔力を、ここぞという時に一気に解き放つ。
 遅延魔法と似た原理の技だ。
 そうすることで、通常使う魔法が数倍の威力に跳ね上げる。

 爆発的に膨らんだ魔力を、トムじいさんは全て身体能力強化に回した。
 その結果、音を超える速さで動いた。

 ふっ、と消えた後には真横に回り込んでいて、音が遅れてやってくる。

 周りにいる諜報員はなにも見えていない、気づいていない。

 ネコネも見えていない。
 ただ、なにか起きていると気づいているらしく、慌てていた。
 センスがある。

「終わりじゃ」
「あんたがな」
「なっ!?」

 きっちり反応してやると、トムじいさんは驚愕に目を大きくした。
 それでいて、超速で拳を突き出してくる。

 ただ……甘い。

「遅いな」

 俺は、トムじいさんのさらに上をいく速度で動く。
 彼の拳をミリ単位で避けると同時に、彼の腕を掴んで逃げられないようにした。

 そのまま腕を引き寄せて、ゼロ距離まで接近する。
 それと同時に膝を腹部に叩き込む。

「がっ!?」

 体勢が思い切り崩れたところで、足を引っ掛け、地面に倒す。
 倒した状態でも腕を掴んでいたため、あらぬ方向に曲がり、鈍い音と共に折れる。

 それでも反撃を狙っている様子なので、脇腹を蹴る。
 いくつか骨を折り……
 動けなくなったところで、頭の脇スレスレを踏み抜いた。

「っっっ!!!?」

 こめかみに衝撃が伝わり、トムじいさんの運動機能を一時的に麻痺させた。
 意識は残ったままだけど、これでしばらくは動くことができない。

「お主……なぜ、このような力を……魔法使いでは……」
「そうだな、俺は魔法使いだ。ただ……」

 言い放つ。

「格闘術が苦手なんて誰が言った? 俺は、なんでもできるオールラウンダーなんだよ」
「姫様! なぜ、この儂にこのような仕打ちを!?」

 トムじいさんを逮捕したのだけど……
 彼は諦めが悪く、取り押さえられた後も暴れていた。
 かなりのダメージを与えたはずなのに元気なものだ。

「儂は姫様のためを思い、あえてこのようなことを……! 孫のように思う姫様に害を成すつもりなど、毛頭ありませぬぞ! 儂のしていることこそが正しいのです!!!」
「……」

 必死に訴えてくるトムじいさんを見て、ネコネは辛そうな表情に。

 仕方ないだろう。
 幼い頃からの知り合いで、ずっと守ってきてくれた。

 トムじいさんにとってネコネが孫のようなら、ネコネにとってトムじいさんは祖父だ。
 そんな祖父から歪な感情を向けられていたなんて、普通、耐えられない。

「レガリアさん」
「……あ……」

 ぽん、と彼女の肩を叩いた。

 彼女は護衛対象だけど、でも、必要以上になにかをする必要はない。
 慰めの言葉なんていらない。

 そのはずなのに……
 気がつけば、俺は勝手に口が動いていた。

「トムじいさんのこと、気にしてもいいし気にしなくてもいいんじゃないか?」
「え?」
「俺は当事者じゃないから適当なことしか言えないが……ぶっちゃけた話をすると、向こうが勝手に期待していることだ。押しつけている、と言ってもいい」
「それは……」
「ただ、それを受け止めるか。あるいは無視するか。それもまた、レガリアさんの自由なんだ」
「……自由に……」
「相手の期待に応えてもいい。無視してもいい。その選択権もまた、レガリアさんが持っていることを忘れないでくれ」
「……」

 ネコネは、少し考えるような顔に。

 ややあって、トムじいさんの方に一歩、前に出た。

「姫様、儂は……!」
「私は」

 トムじいさんの声を遮り、ネコネが凛とした表情で言う。

「……あなたのことを、本当の祖父のように慕っていました」
「おぉ!」

 ネコネの言葉に、トムじいさんは目を輝かせる。

 しかし、気づいていないのだろうか?
 ネコネは、いつものように『トムじいさん』と呼んでいないことに。

「ですが」
「……姫様?」
「あなたが本当の祖父であろうとなかろうと、私の生き方を勝手に決めることは、決して許されることではありません!」
「え、あ……し、しかし、それは姫様のためを想ってのことでして……」
「そのようなことを頼んだ覚えはありません。あなたのしてきたことは、ただの独りよがりな独善です。私の9年を返してください!!!」
「っ……!!!?」

 これ以上ないほどの拒絶を叩きつけられて、トムじいさんはふらりとよろめいた。
 立っている力がなくなったらしく、その場に膝をついてうなだれる。

 そのまま無理矢理立たされて、連行された。
 彼がネコネに会うことは、もう二度とないだろう。

「……行きましょう」

 ネコネに頷いて、カフェテリアを離れた。

 ただ、すぐ寮へ向かうわけではない。
 ネコネは屋上に登り、俺もなにも言わずついていく。

「……」

 いつの間にか空は赤くなっていた。
 その夕日を眺めるネコネは、一枚の絵画のように綺麗だ。

 ただ、その表情は悲しみであふれている。

「……スノーフィールド君」
「なんだ?」
「私は……これでよかったのでしょうか?」
「さあな」

 冷たいと思われるかもしれないが、俺は答えを持っていない。

「正しいか正しくないか。それを判断できるのは、レガリアさんだけだ」
「そう、ですよね……」

 ネコネはうつむいて、

「っ!」

 次いで、こちらに抱きついてきた。

「レガリアさん?」
「少しだけでいいです。少しでいいから……胸を貸してください」
「……ああ」

 そっと、ネコネを胸に抱いた。
 彼女の表情は見えない。わからない。

 ただ……
 涙で濡れていることはわかる。

「あんなことを言ってしまいましたが、私、完全にトムおじいさんのことを嫌いにはなれません。なれませんでした」
「ああ」
「本当は、まだ、どこかで優しい笑顔を見せてほしいと思っていて、のんびりと他愛のない話をしたいと思っていて……優しかったんです。あんなことをされていましたけど、でも、とても優しくて、温かい人だったんです」
「ああ」
「好きでしたけど、でも、許せない気持ちもあって……私は、私は……!」
「いいさ」

 彼女の方は見ない。
 そのまま声をかける。

「割り切れないことは色々とあると思う。それを我慢する必要はないさ」
「我慢しなくても……いいのですか?」
「いいんじゃないか? なんでも溜め込むよりは、適度に発散した方がいいさ」
「そうでしょうか……? 我慢しなくてもいいのでしょうか?」
「いいさ」

 あえて言い切る。
 それが必要だと、そう思った。

「俺は、ここにいるから」
「はい」
「でも、なにか聞くことはないし、聞こえてもいないから」
「はい」
「だから、好きにするといい」
「……はい」

 そして……

 しばらくの間、ネコネの鳴き声が響いた。
 数日後。

「おはようございます」

 教室に行くと、ネコネが笑顔で挨拶をしてきた。

 トムじいさんの件で、ここ最近、落ち込んでいたものの……
 今日はいつもと変わらない様子だ。

 立ち直ったのか。
 それとも、表には出さない程度に気持ちの整理をつけることができたのか。

 どちらなのかわからないが、元気になったのはいいことだ。

「スノーフィールド君!」
「うん?」
「私、今日から魔法を使えるようになりましたか!?」
「そうだな……」

 呪いの重ねがけは防ぐことができた。
 あれから、解呪も行っておいた。

 問題は全て解決したはずだから、魔法を使えるようになっているはず。

「放課後、試してみるか」
「はい!」



――――――――――



 そして、放課後の屋上。

「ファイア!!!」

 ありったけの気合を込めて、ネコネが魔法を唱えた。
 ぽわっ、という感じで、指先に小さな火がつく。

「あ、あああ……」

 ゆらゆらと燃える小さな火。
 それを見たネコネは、声を震わせて体を震わせて……

「で、できました! できましたよ、スノーフィールド君!?」
「熱っ!?」

 火をつけたまま抱きついてくるものだから、制服が燃えそうになってしまう。

「あああっ、ご、ごめんなさい!?」
「いや、いいさ」

 あたふたと慌てるネコネに、気にしていないと、俺は小さく笑ってみせた。

 今までずっと使えなかった魔法をようやく使うことができた。
 その気持ちは、俺もわかるつもりだ。

 初めて魔法を使うことができた時の感動。
 あれは、一生忘れられない。

「それにしても、魔法って難しいんですね……あんな小さな火を生み出すだけで、ものすごく疲れてしまいました……私って、才能がないのでしょうか?」
「そんなことはないさ。レガリアさんは、今まで魔法を使えない状態だったからな。例えるなら、まったく運動をしていない人が突然リレーをしたようなものだ。いきなりうまくいくわけがない」
「なるほど」
「まずは体を慣らして、それから練習を積み重ねていけばいい。理論はしっかりと学んでいるから、慣れれば一気に上達すると思う」
「はい。がんばりますね、師匠!」
「だから、師匠はやめてくれ……」
「ふふ」

 ネコネがいたずらっぽく笑う。

 一緒にいるようになって判明したのだけど、彼女は礼儀正しいように見えて、けっこうないたずら者でもある。
 親しい人には子供のような一面を見せることが多い。
 それもまた、彼女の魅力なのだろう。

 ……うん?
 そうなると、俺もネコネの親しい人になるのだろうか?

 そんな者は、別に……

「見つけたわ!」

 突然、第三者の声が乱入してきた。
 何事かと振り返ると、ネコネと同じ髪の色をした女の子が。

 輝く銀色の髪は、左右に分けてツインテールにしている。

 くりっとした瞳と、ちょこんとした鼻。
 童顔で、けっこう下に見えるのだけど……
 中等部の制服を着ているところを見ると、そこまで歳は離れていないのだろう。

 体の起伏は平坦。
 ただ、将来はとんでもない美人に化けるだろうという、可能性を感じた。

「アリン!? どうしてここに……」

 アリン・レガリア。
 ネコネの妹であり、第四王女でもある。

 アリンは肩を怒らせつつ、ツカツカと歩いてきた。
 俺の目の前で止まると、ビシッと指さしてくる。

「ちょっとあんた! お姉ちゃんになにをしているのよ!?」
「……俺のことか?」
「他にいないでしょ! 答えなさい。こんなところでお姉ちゃんと二人きりになって、なにをしているの!?」
「魔法の訓練だが」
「嘘つかないで! 本当はよからぬことを考えていたんでしょう!?」
「よからぬこと、っていうのは?」
「そ、それは……言葉にもできないような、ピンク色のいやらしいことで……」
「なんだ、それは?」
「わ、わかるでしょう!? ここまで言えば!」
「わからないから聞いている」
「そ、そんなことを言われても、これ以上はあたしの口からなんて……そんな、あんなことやこんなことを……お姉ちゃんにそんなことをするなんて許せない! コロス!!!」

 突然、キレた。

 なんだ、この生き物は?
 ネコネの妹とは思えないくらい、落ち着きがないのだが。

「アリン、どうしてここにいるんですか?」
「くううう、あたしのお姉ちゃんがこんな馬の骨にとられちゃうなんて、そんなのダメ。ダメダメダメ! 絶対にダメなんだから」
「アリン、ちょっと落ち着いてください」
「お姉ちゃんはあたしのものなんだから。いつも優しくて甘やかしてくれて、それで、あたしのお嫁さんになってくれる、って約束もしているんだから」
「……」
「あんたなんかにお姉ちゃんは渡さないわ! さあ、今すぐに……」
「えいっ」
「ふぎゅ!?」

 ネコネはアリンの首をコキッとやった。

 アリンは白目を剥いて倒れるのだけど……大丈夫か?
 今の、気絶させるには有効な方法だけど、専門職以外がやると事故に繋がりかねないのだが。

「えっと……」
「妹が失礼なことを言って、すみません……」
「やっぱり、妹さんだよな? 第四王女の」
「知っているんですね」
「容姿くらいは、さすがに。とはいえ、直接言葉を交わしたのはこれが初めてだから、どういう性格をしているのかはわからないけど」

 こういう性格というのは予想外だった。
 たぶん、ネコネのことが好き……シスコンというやつなのだろう。

「迷惑かけてすみません。今日は、妹を連れて帰りますので……」
「ああ、わかった。じゃあ、また明日」
「はい、さようなら」

 ネコネはにっこりと笑い、この場を後にする。
 笑顔で気絶した妹を引きずるのは、なかなかシュールな光景だ。

「あれが第四王女……か」

 この先、面倒事になるような予感がした。
「……うん?」

 翌朝。
 気持ちよく寝ていると、扉をノックする音が響いてきた。
 ドンドンドン、と連打されている。

「なんだ、こんな時間に……」

 まだ朝の五時だ。

 しっかりと魔力を貯めるには、しっかりと睡眠を取ることが大事だ。
 七時までは寝ていたいが……

「この様子だと、出てくるまでノックされそうだな」

 次第にノックが激しくなってきた。

 俺はため息をこぼして、手早く着替えた後、玄関の扉を開ける。

「やっと出てきたわね、ジーク・スノーフィールド!」

 片手を腰に当てて、ふふんと偉そうに胸を張っているのは、第四王女のアリンだった。
 彼女はすでに制服に着替えていて、ピシリとした格好をしていた。

「……」
「ちょっと!? 無言で扉を閉めないでよ!?」

 ダンダンダン、と再び連打された。
 ややあって、しくしくという泣き声が聞こえてくる。

「開けてよぉ……いきなり無理なんてひどいわよぉ……」

 扉を引っかいているのか、カリカリという音が聞こえてきた。
 隣に迷惑だから、おとなしく話を聞いた方がいいか。

「うー……」

 再び扉を開けると、アリンは涙目だった。
 飼い主に放置されて拗ねる犬みたいだ。

「なにか用か?」
「……あんた、お姉ちゃんの魔法の師匠になったらしいわね」
「そうだな。レガリアさんから話を聞いたのか」
「そんなの許せないわ! っていうか、邪なことを企んでいるでしょう!?」
「なんだよ、それ」
「魔法を教えるとか適当な理由をつけて、お姉ちゃんにえっちなことをするつもりでしょう!? この変態!」

 そんな発想を持つ妹の方が変態だと思うのだが、それはどうだろう?

「そんなこと、まったく考えていない」
「なんでよ、おかしいでしょ!? お姉ちゃんを見て欲情しないとか、あんた、それでも男!? あたしは、ちゃんと欲情するわ!!!」

 とんでもないことをさらりと告白しないでほしい。
 お前、本当に王女か?

 昨日のやりとりで、シスコンらしいことは伺えたが……
 まさか、ここまでだとは。

「で……なんだ? いちゃもんをつけに、わざわざこんな朝早くにやってきたのか?」
「そんなわけないでしょう。ほら、これ」

 なにやら手紙を渡された。
 視線で促してくるので開いてみる。

 『果たし状』と書かれていた。

「???」
「ちょっと、バカを見るような目をしないでくれる!?」
「いや、だって……」
「いい? いわば、あたしとあんたはお姉ちゃんを巡るライバルよ!」
「ライバル、ねえ……」
「どちらがお姉ちゃんの傍にいるべきか、決めましょう!」
「面倒だ、断る」

 バタン。

「……」

 沈黙。
 そして……

「ひどいわよぅ……こんなにストレートな無視、ひどいわよぅ……」

 涙声と、カリカリと扉をひっかく音が聞こえてきた。
 いたずらをして怒られた猫か。

「まったく……」
「さあ、勝負よ!」

 いたたまれなくなって扉を開けると、アリンは即復活してみせた。
 また扉を閉めてやろうか?

 無視してもいいのだけど……
 ずっとつきまとわれるだろう。
 会ったばかりなのだけど、彼女の性格はなんとなく理解した。

「仕方ないな……わかった、勝負を受ける」
「いい返事ね。男らしいところだけは褒めてあげる」
「で、どんな勝負をするんだ?」
「……」

 なぜか返事がない。

 アリンはちょっと間の抜けた顔で、ぽかーんと目を丸くしていた。
 それから考える仕草を取る。

「……あっ」
「おい。なんだ、その『あっ』は? もしかして、決闘を了承させることだけを考えて、肝心の内容はなにも考えていないんじゃないだろうな?」
「そ、そそそ、そんなことないもんっ!」

 わかりやすいヤツだ。

「えっと……」

 考える。
 考える。
 考える。

「……」

 アリンは、ダラダラと汗をかき始めた。
 なにも思い浮かばなかったらしい。

「しょ、詳細は後で伝えるわ!」
「え?」
「ま、また放課後に来るわ!」

 言い放ち、アリンは逃げるように立ち去った。

 いや。
 実際、逃げたのだろう。
 自分から決闘を申し込んでおいて、内容を考えていないとか、ドジにもほどがある。

「第四王女アリンはドジ……いや。ドジを通り越して、ぽんこつ? まあ、そんな感じで記憶しておこう」

 略して、ポリンでもいいかもな。
 本人が聞いたら、たぶん……いや、絶対に憤慨するだろう。

「さて……」

 一応、対策は練っておいた方がいいだろう。
 ネコネと話をしておくか。
「本当に、妹が申しわけありません……」

 放課後。
 ネコネは、今日何度目になるかわからない謝罪をした。

 アリンのことを話してから、ずっとこんな調子だ。
 姉としての責任を感じているのだろう。

「別に、レガリアさんが気にすることじゃない」
「そう言ってもらえると……いえ、やはり申しわけないです」

 姉としての使命感に燃えているらしい。
 なにやら小声で、「説教」「躾」「おしおき」……なんて単語が聞こえてくる。

 俺との決闘に勝ったとしても、アリンには悲惨な結末しか待っていないようだ。
 敵? ながら同情してしまう。

「待たせたわねっ!!!」

 ほどなくして、アリンが訓練場に現れた。

 一人じゃない。
 なぜか、学院長リーゼロッテ・エンプレスもいた。

「どうして学院長が?」
「ゆっくりしたかったのじゃが、この王女様に無理矢理連れてこられてのう……しかし! このような楽しそうなイベントに妾が参戦しないということはあるか? いや、ありえぬ! というわけで、審判を務めることにしたのじゃ」
「ヒマなのか?」
「ヒマ言うな!」

 三角目で睨まれてしまった。

「まあいいか。それで、勝負の方法は決まったか? やっぱり、決闘か?」
「競い合うことは事実だけど、決闘はしないわ」

 きちんと考えてきたらしく、アリンは余裕を持って答える。

「今回は、どちらが優れた魔法使い……お姉ちゃんにふさわしいかと決めるのが目的よ。決闘でもいいのだけど、それでは、魔法使いとして優秀というよりは、戦士としての優秀さを示すことになるわ。それじゃあ意味がないでしょう?」
「ふむ」

 一理ある。
 時間があるから、たっぷり考えてきたみたいだ。

「だから、こうしてみることにしたの」

 アリンは、パチンと指を鳴らす。
 その合図に応じて、少し離れたところに魔法人形が現れた。

 魔法に対する高い耐性を持ち、威力を数値化してくれる。
 練習の際、的として利用されることが多い。

「シンプルにいきましょう。それぞれ一発ずつ魔法を放ち、数値が上の方が勝ち。どう?」
「俺は構わない」
「決まりね。先手はあたしよ!」

 特に同意はしていないのだが、アリンが前に出た。

 まあ、この手の勝負に先手も後攻もあまり関係ない。
 多少、プレッシャーがかかるかかからないか、その程度だ。

「ふふん、あたしの力を見せてあげる!」

 アリンは自信たっぷりに、不敵な笑みを浮かべてみせた。

 第四王女が使う魔法……いったい、どんなものなのだろう?
 ものすごく興味がある。

 決闘とかはどうでもいい。
 早く魔法を見せてほしい。

「トランス」

 アリンの体が淡く輝いた。
 自身の魔力を一時的に増幅する魔法だ。

 彼女は魔力を練り上げていく。
 それは、とても洗練された動作だ。
 絹の糸を織るような丁寧な動きで、魔力の欠片を繋いで、巨大な塊に仕上げていく。

 そして……

「サモン、イフリート!!!」

 灼熱の鱗と大きな角を持つ巨大な獣が顕現した。
 獣はアリンの後方で待機して、従う姿勢を見せる。

 召喚魔法。
 契約を交わした魔物や幻獣、あるいは神獣を召喚して、一時的に力を借りるという特殊な魔法だ。
 才能だけではなくて、並外れた修練がないと習得することができない、高等技術だ。

 召喚魔法は俺も使えるが、使役するのは一匹だけ。
 そいつの育成ばかりしていたら、他と契約する機会がなかったんだよな。

 語りたい。
 アリンと召喚魔法について、夜を徹して語りたい。
 うずうずしてしまう。

 ……って、いけない。
 今は決闘の最中で、魔法について語る場ではない。

「イフリート、あなたの力を見せなさい!」
「ガァアアアアアッ!!!」

 アリンの命令に応じて、イフリートが吠えた。
 巨大な獄炎が生成されて、魔法人形に向けて解き放たれる。

 ゴォッ!!!

 魔法人形が炎に包まれた。
 普通なら、この後、威力を示す数値が最大『999』で示されるのだけど……

『239274273232927……』

 三桁を超えて数字が表示されるというバグ。
 そして……

 ボンッ。

 魔法人形が爆散した。
 アリンが使役するイフリートの攻撃に耐えられなかったのだろう。

 魔法人形は上級魔法を100発受けても耐えられる設計なのだけど……
 アリンの召喚魔法は、上級魔法100発以上の威力を一撃で叩き出すことができる、というわけか。

 おもしろい。
 ますます興味が出てきた。
 決闘ということを忘れて、延々と語り合いたくなってしまう。

「ふふんっ」

 アリンがニヤリと笑い、こちらを見た。

 どうだ、これがあたしの実力だ。
 こんな真似、あんたには到底できないでしょう?

 そんな感じで、挑発するような目を向けてくる。

 なるほど、そう来たか。
 色々と語りたい気持ちはあるものの……
 でも、

「俺は負けず嫌いなんだ」
「次、ジーク・スノーフィールドの番なのじゃ!」

 リーゼロッテの合図で前に出る。

「スノーフィールド君、がんばってください!」
「ああ」

 きちんと応援してくれるネコネに頷きつつ、魔法人形と向き合う。
 すると、リーゼロッテが近寄ってきて、小声で言う。

「……お主、ちゃんと手加減をするのじゃぞ? この前みたいに、校庭に大きな穴を開けるでないぞ?」
「……努力はする」
「……おい、確約せぬか」
「……アリンの実力は相当なものだ。下手に加減をしたら負けるかもしれない。そうなると任務失敗だ」
「……むう」
「……気をつけるが、調整が難しい。いざという時は諦めてくれ」
「……うぅ、上からどやされるのが辛いのじゃ。胃が痛いのじゃ。でも、ちゃんと努力はするように」

 リーゼロッテは諦めた様子で戻っていった。
 管理職というのも大変だな。
 いくらか同情してしまう。

 とはいえ、手を抜くことはしないのだが。

「さて」

 使う魔法はすでに決めている。
 アリンが召喚魔法を使ったのなら……

「トランス」

 魔力を増幅。
 そして、構造式を練り上げる。

「サモン、バハムート!」

 漆黒の竜が降臨した。

 その瞳は全てを見通す。
 その牙は全てを噛み砕く。
 その翼は空を支配する。

 最強の名を持つ召喚獣。
 神獣バハムート。

「なっ……!? これは、もしかして伝説の……!?」

 ネコネは驚愕して、

「あぁ……こんなものを呼び出すなんて。もう、妾、始末書確定ではないか……」

 リーゼロッテは嘆いて、

「そ、そんな……こんなことが……あ、ありえない……」

 アリンは全身を震わせて、目を大きくして驚いていた。
 目の前の光景が信じられない様子で、意味をなさない言葉を繰り返している。
 それだけ衝撃が大きいのだろう。

「あんた、どうして!?」

 我に返った様子で、アリンが鋭い声を飛ばしてきた。

 ただ、震えは止まっていない。
 むしろ、さきほどよりも大きくなっているようだ。

 警戒するように。
 そして、怯えを含ませつつ、こちらをじっと見る。

「召喚獣の頂点に立つバハムート……単騎で軍を退けるだけじゃなくて、国を滅ぼすこともできる。圧倒的な力を持つ、まさに神のような存在……」
「詳しいな」
「それなのに、どうして……どうして、あんたなんかがバハムートを使役しているのよ!?」

 餌をあげる。
 友好的に接する。
 力を示す。

 召喚獣と契約する方法は色々とあるが……
 上位の存在になるほど、その方法は絞られていく。

 力を示し、従うにふさわしい相手と教えること。
 大抵、その一択となる。

 もちろん、バハムートも例外ではない。
 ヤツと契約を交わすには、戦い、勝利をもぎとらないといけない。

 シンプルな方法ではあるが、それ故に、成し遂げた者は数えるほどしかいない。
 バハムートに力で勝つ。
 それは、神を打ち負かすのと同意義なのだ。

「いったい、どうやって……!!!?」
「決まっているだろう」

 アリンがそうしたように、俺は笑いつつ応える。

「力を示したんだ」
「なっ……」

 バハムートを力で従えた。
 つまり、俺はバハムートよりも上だ。

 その意味を理解したらしく、アリンは顔を青くして震えた。

「よし。バハムート、あの魔法人形を……」
「待て待て待てぇえええええーーーいっ!!!」

 慌てた様子でリーゼロッテが割り込んできた。

「お主、正気か!? 戦場でもないのに、バハムートに攻撃命令を出すでない!」
「俺、使える召喚魔法はこれだけなんだよ」
「極端すぎるわ!」
「不器用なんで」
「不器用すぎるわ!」

 ぜいぜい、と肩で息をするリーゼロッテ。

 はて?
 なにをそんなに疲れているのやら。

「とにかく、バハムートを引っ込めるのじゃ。バハムートが攻撃なんぞしたら、魔法人形だけではなくて、この訓練場……いや。学院がまとめて吹き飛んでしまう」
「しかし、それでは勝負が……」
「お主の勝ちじゃ! 妾が認める!」
「ふむ……アリンは、それで納得できるのか?」
「……ええ」

 問いかけると、非常に苦い顔をしつつも、アリンは小さく頷くのだった。
「むかつくむかつくむかつく……!!!」

 夜。
 一人、部屋で過ごすアリンは、ふてくされた顔をしていた。

 姉につきまとう怪しい男に決闘を申し込み、完膚なきまでに叩きのめす。
 そして、二度と姉に近づかないように約束させる。
 あるいは、学院から追い出す。

 そうなるはずだったのに……

「まさか、バハムートと契約をしているなんて……」

 伝説の存在を使役しているなんて話、聞いたことがない。
 想像以上……いや。
 予想の遥か斜め上をいっている。

「……いったい、何者なのかしら?」

 突然、学院にやってきた異端児。
 貴族を返り討ちにして、鮮烈なデビュー。
 その後も、貴族との決闘に勝利するなど、色々と話題には事欠かない。

「うーん」

 気がつけば、アリンはジークのことばかり考えていた。
 彼が姉に近づく不埒者ということは忘れて、その正体などが気になるように。

「よくよく考えれば、ちゃんと話したことはないのよね……彼、どんな人なのかしら?」

 姉の敵。
 でも、どんな人なのか、その性格が気になる。

 どうしたらいいのだろう?
 アリンはぬいぐるみを抱えて、ため息をこぼす。

「あら?」

 小さく扉がノックされた。
 一人でなかったら気づかないほど小さな音だ。

「こんな時間に誰かしら……はーい」

 アリンは返事をして、玄関の扉を開ける。
 しかし、誰もいない。

「……いたずら? もうっ」

 ぷりぷりと怒りつつ、玄関の扉を締めた。
 鍵を閉めて、部屋に戻ろうとして……

「っ!?」

 振り返ったところで、いつからそこにいたのか、黒尽くめの男と目が合う。

 アリンは反射的に悲鳴をあげようとするが、口を塞がれてしまう。
 さらに腹部を殴られてしまい……

「……ぅ……ぁ……」

 アリンの意識はゆっくりと闇に落ちていった。



――――――――――



 寮から学院は、歩いて十分ほどだ。

 学院は大きく、無数の施設があり……
 そして、たくさんの生徒を収容する寮も大きい。

 そのため、敷地を確保するために離れた場所に建てられた。

 朝。
 目を覚ますためにのんびり歩くこともできるため、俺はこの距離感が気に入っているのだけど……

「……」

 ふと、ネコネを見つけた。
 暗い表情をしてて、時折、周囲をキョロキョロと見ている。

「レガリアさん」
「あっ……スノーフィールド君」
「おはよう」
「おはようございます……」

 やはり元気がない様子だ。

「どうかしたのか?」
「あ、えっと……スノーフィールド君は、アリンを見ませんでしたか?」
「いや、見ていないが」
「そう、ですか……昨夜から連絡が取れなくて、気になってしまって」

 アリンが消えた?

 そういえば、今朝はなにもなかったが……
 ふむ。



――――――――――



 学院に到着してネコネと別れると、その足で学院長室へ向かった。

 ネコネと離れることになるが、四六時中一緒にいるわけじゃない。
 それに、学院で襲うバカもそうそういないだろう。

 ……しかし、今回はそのバカが現れた可能性がある。
 その確認をしておきたい。

「……と、いうわけなんだが、なにか心当たりはないか?」
「むう」

 リーゼロッテは難しい顔に。

 笑い飛ばされる展開を予想していたが……
 これは、洒落にならない事態に発展している可能性があるな。

「……まあ、よいか。元々、お主にも協力を頼むするつもりじゃったからな」
「っていうことは、なにか起きたんだな?」
「当たり前だが、他言無用じゃぞ? ……第四王女アリン・レガリアが誘拐された可能性がある」

 リーゼロッテ曰く……

 昨夜、侵入者を探知する結界が反応した。
 同じく、アリンの護衛が倒れて……
 そして、アリンが消えた。

「どう考えても誘拐だな。殺したいなら、その場でやればいい。アリンの立場を考えると、犯人の候補なんて腐るほどいるだろう」
「妾も同じ考えじゃ。何者かが第四王女を誘拐して、いずれ、要求を突きつけてくるじゃろう。それが国になのか学院になのか、それはわからぬがな」
「犯人の情報は?」
「わからぬ。国と連携して捜査を進めているものの、なかなか……な。おかげで徹夜じゃが、まだ情報を掴めておらん」
「それで俺の出番か」
「うむ。お主なら、色々と便利な魔法を持っているじゃろう?」
「待て。俺の協力前提で話をするな」
「なんじゃ、断るつもりなのか?」
「俺の立場も微妙なんだよ。俺は俺でやらないといけないことがある。それを疎かにして失敗したら、意味がないだろう?」
「むう」

 ネコネの護衛が俺の任務だ。
 敵が学院内部にまで入り込んでいるとなると、そちらを無視することはできない。
 アリンのことは気になるが、ネコネの護衛の強化をするべきで……

「待ってください!」

 扉が勢いよく開いて、ネコネが入ってきた。
「レガリアさん……?」

 表情には出さないようにしたが、けっこう驚いてしまう。
 まさか、扉の向こうで盗み聞きをされていたとは……

 俺の任務のことなど、肝心なことは喋っていないから問題はないと思うが……さて、どうなる?

「その……盗み聞きをしてごめんなさい。でも、どうしても気になってしまって……アリンが誘拐されたというのは、本当なんですか?」
「……そうじゃな。その可能性が高いと思っている」

 ここで否定しても意味ないと判断したのか、リーゼロッテは素直に認めた。

「なら、私も捜索に……」
「ダメじゃ。自分の立場を忘れたのか? お主は、第三王女……第四王女と同様に狙われる可能性がある」
「……っ……」

 圧倒的な正論に、ネコネは返す言葉もないようだ。
 それでも妹のことを諦められない様子で、とても複雑な表情をしている。

 その顔を見ていると、なんだか俺も落ち着かなくて……

「……一つ、案がある」

 気がつけば、そんなことを口にしていた。

「案じゃと?」
「敵は、王女の誘拐という凶行に出た。そんなことをすれば死罪は免れない。それでも狙ったということは、それなりの理由があるはずだ」
「そうじゃな」
「ま、その理由はわからないが……あえて王女を狙ったのなら、そこに意味と理由があるはず。そして、人質の数は多い方がいいだろう」
「お主、まさか……」

 俺の考えを察した様子で、リーゼロッテが目を大きくして驚いた。

 そんな彼女はスルーしつつ、ネコネを見る。

「今、敵の情報はないに等しいが……それなら、誘い出すしかない。レガリアさんを餌に敵を釣り上げる、っていう策を考えたが、どうする?」
「私が……」

 それに、敵は王女に人質としての価値を求めているはず。
 そうそう簡単に手を出すことはないだろう。

 護衛対象を餌にするとか、無茶苦茶もいいところだが……
 ただ、目を離して、見えないところで暴走されるよりはマシだ。

「お主……!」

 抗議の声をあげるリーゼロッテを無視して、問いかける。

「どうする、レガリアさん。もちろん、危険は大きい。犯人の目的は不明だから、酷い目に遭うかもしれない。というか、遭う可能性が高い。それでも……」
「やらせてください」

 即決即断だった。
 それ以外の選択肢はありえないと言うかのように、俺の言葉を遮り、答えてみせる。

 強いな。
 この強さがあれば、たぶん、大丈夫だろう。

「よし、決まりだ」
「がんばります!」
「って、お主ら勝手に話をまとめるでない!? 妾は反対じゃぞ!? 妾の管轄内で二人も王女が誘拐されるなんて、大失態ではないか! 厳罰ものじゃぞ!?」
「レガリアさん。あとで、二つの魔法を教える。それを、なんとしても昼までにマスターしてくれ」
「わかりました」
「って、妾の話をきけええええええぇっ!!!?」



――――――――――



 どのみち、アリンはすでに誘拐されているから、それは大きな失態となる。
 ならば、ネコネを利用してでもアリンを救出して、犯人を突き止めて、その企みを潰せばいい。
 そうすれば名誉を取り戻すだけではなくて、お釣りもくるだろう……と、リーゼロッテを説得した。

 その後……

「はぁっ、はぁっ……ど、どうでしょうか?」
「ああ、バッチリだ」

 時刻は昼。
 ネコネは、なんとか俺が指定した魔法を二つ、習得することができた。

 魔力の正しい扱いを知ったのはつい最近なので、普通は、コントロールで精一杯なのだけど……
 切羽詰まった状況とはいえ、ネコネは二つの魔法を習得してみせた。
 案外、才能があるかもしれないな。

「攻撃魔法のファイア……それと、補助魔法のライト。これは、どのような意味が?」

 その二つがネコネが習得した魔法だ。

「ファイアは、いざという時のための自衛手段だ。これから誘拐されることになる。当然、武器などは全て取り上げられるだろう」

 でも、魔法を取り上げることはできない。

 魔法を封印する道具もあるが……
 ネコネが魔法を使えるようになったことは、まだ周知されていない。
 これは大きな武器となるだろう。

「ライトは、俺達、救出班に場所を伝える道標となる。素人が使ったとしても、かなりの光量を発することができるからな」
「なるほど」

 囮という危険な役をやらせる以上、もっと入念な準備をしておきたいが……
 時間をかければかけるほど、アリンの身が危うくなる。
 それに、犯人があまりに無茶な要求をすると、国がアリンを切り捨てる可能性もある。

 それを考えると、準備はここが限界だ。

「じゃあ、ネコネは昼過ぎ……放課後まで休んでおいてくれ。それから、どうするか細かい作戦を話す」
「でも、こんな時に休むなんて……」
「魔力を少しでも回復させるためだ。それに、敵も、いくらなんでも真っ昼間から動かないだろう。動くなら夕暮れか夜だ」
「……わかりました」

 そう言いつつも、ネコネの表情は複雑なままだ。
 頭で納得はしても、心は納得できないのだろう。

「大丈夫だ」
「……あ……」

 ぽんぽんと、ネコネの頭に手をやる。
 そのまま撫でる。

「アリンは絶対に助ける。それに、ネコネを傷つけることもさせやしない。絶対だ」
「……」

 ネコネは、じっとこちらを見つめて……
 そっと俺の手を取る。

「スノーフィールド君の手は、とても温かいですね」
「ネコネ?」
「この温かさを感じていると、すごく落ち着くことができて……スノーフィールド君なら、って思うことができるんです。だから……お願いします。アリンを……大事な妹を助けてください」
「了解だ」

 不思議な感覚だ。

 任務のためではなくて、魔法を学ぶためでもなく。
 今はただ、ネコネの力になりたいと思った。
 夜が訪れた。
 街が夜の暗闇に覆われていく。

 中心地はまだまだ明かりが灯っていて、人気も多い。
 ただ、郊外は暗く、人の姿はほとんどない。

「……」

 薄暗い道を一人、ネコネが歩いていた。
 不安そうな顔をしつつ、足早に道を進む。

 その様子を、俺は影から見ていた。

 今のネコネは、これ以上ないほど露骨な餌だ。
 さらってくれと言わんばかりに無防備で、抵抗することは難しい。

「さて、どうする?」

 敵もネコネが囮ということは理解しているだろう。
 その上で、どうするか……だ。

 敵は第四王女を誘拐するという暴挙に出た。
 犯行が明るみになれば死罪は確実。

 ならば、作戦の成功率を少しでもあげようとするのではないか?
 囮だと理解していても、それ以上のリターンを求めて、ネコネも誘拐するのではないか?

 そんな俺の予想は……

「っ!?」

 不意に、ネコネの周囲に三人の人影が現れた。
 黒装束を全身にまとう、いかにも、という感じの男達だ。

 ネコネは反射的に抵抗しようとするが、すぐに気絶させられてしまう。

「……」

 男の一人がネコネを担いで、残り二人が周囲を警戒する。
 ネコネは餌。
 そのことを理解しているから、襲撃に備えているのだろう。

 ただ、いつまで経っても襲撃者は現れない。
 囮ではないのか?
 男達は怪訝そうにするものの……
 これ以上、警戒を続けても仕方ないと判断したのだろう。
 魔道具らしきものを使い、転移で逃亡した。

「予想通りの行動をとってくれたな」

 一連の流れを見ていた俺は、物陰から身を出した。

 一応、ネコネがいた場所を調べてみるものの、なにもない。
 証拠をまったく残さない見事な誘拐だ。

「して、これからどうするのじゃ?」

 同じく、ひっそりと様子を見ていたリーゼロッテが姿を見せた。
 予定外の事態に陥った時、彼女の力を貸してもらう予定だったのだ。

「敵は間抜けではない。証拠は残さず、転移でこの場を離脱したため追いかけることは不可能。魔道具を仕込んでいたとしても、破壊されるじゃろう。魔法も同じく解除されるじゃろう。さて……どうするのじゃ?」
「どうするもなにも、レガリアさんの反応を追いかけるだけだ。いざとなればライトを使って正確な位置を教えてくれると思う。それで、敵のところにたどり着くことができる」

 だからこそ、襲撃者を撃退しないで、わざとさらってもらったのだ。

「しかし、いったいどのようにして……」
「俺は、個人の魔力の特徴を覚えることができる」
「む?」
「学院長なら知っているだろう? 魔力は個人個人によって微妙に質が違う。指紋のように、人の数だけ魔力の質がある。なら、ネコネの魔力の波動を探し出して、それを追いかければいい」
「なにをバカな……それは、個人個人の指紋を覚えています、というようなものじゃぞ? そんなこと、できるわけがなかろう」
「俺はできる」

 ここ最近、ネコネの魔法の師匠になっていた。
 彼女の魔法、魔力を誰よりも近くで見てきた。

 だから、バッチリと覚えている。

 そう話すと、リーゼロッテは呆れた様子でため息をこぼす。

「やれやれ……だとしても、とても細やかで複雑な魔力の波動を覚えるなどということ、普通はできぬ。指紋を一目見て、なにもかも理解するようなものじゃ。そのようなことができるとは……さすが、王国最強の賢者じゃな」
「学院長が言うと、嫌味に聞こえるな」
「ふん、嫉妬くらいさせろ」



――――――――――



 ネコネの魔力の波動を追いかけると、貴族の屋敷が建ち並ぶ高級住宅街に行き着いた。

 丘の上の大きな屋敷からネコネの魔力を感じる。
 つまり、あの屋敷の主が今回の事件の犯人なのだろう。
 ついでに言うと、事前に聞いていた謀反を企んでいる貴族の可能性が高い。

 それにしても……

「ホールドハイム家……はて? どこかで聞いた名前だな」
「お主、本気で言っておるのか……?」

 リーゼロッテはジト目で、とことん呆れた様子だ。

「本気だが?」
「はぁ……入学初日、お主がたくさんの生徒の前で、決闘でとことん叩きのめした同級生であろう」
「……あぁ」

 指摘されるまで本気で忘れていた。

「俺、興味のないことは覚えていられないんだよ」
「鳥か」
「つまらないことを覚えるヒマがあるなら、その分、魔法に関する知識を溜め込みたい」
「やれやれ、本当にもう、お主というヤツは……」
「それにしても、あいつが……いや。あいつの家が今回の事件の犯人か」

 違和感があるな。

 聞いた話では、ホールドハイム家はそこまで大きな力を持っていない。
 謀反を企んでいるか、それはまだ未確定だから保留するとして……
 しかし、王女を誘拐するような大胆な行動を取ることはできないように思える。

 だとしたら……

「まだ協力者がいるかもしれないな。あるいは、黒幕が」
「ふむ。どうしてそう思う?」
「色々と大胆すぎる。こんなことをできるようには思えないのと……あと一つ。ホールドハイム家は、いざという時に切り捨てやすい」
「つまり……黒幕は、成功すればよし。失敗したら、ホールドハイム家に罪をなすりつけるために、この家を全面に押し出している、と?」
「俺はそう考えるが、学院長はどう思う?」
「……同意じゃな」

 少し考えた末に、リーゼロッテは頷いてみせた。

「妾も同じ結論じゃ。しかし、短時間でその答えに行き着くとは……さすが、賢者様じゃのう」
「拗ねているのか?」
「うっさい!」

 リーゼロッテは外見にふさわしい感じで唇を尖らせた。

「さて、どうする? 黒幕がいるとなると、迂闊に手を出すわけにはいかんぞ。逃げられてしまう」
「大丈夫だ。今はここにいると思う」
「なぜじゃ?」
「ネコネも誘拐したんだ。その成果を直接確認したいと思うだろう?」
「確かに」

 さて……犯人は突き止めた。
 あとは、ネコネとアリンの身の安全を確保しつつ、いかにして犯人を捕まえるかだけど……

「……学院長、援護を頼む」

 とある作戦を思いついた俺は、リーゼロッテに協力を要請した。