数日後。

「おはようございます」

 教室に行くと、ネコネが笑顔で挨拶をしてきた。

 トムじいさんの件で、ここ最近、落ち込んでいたものの……
 今日はいつもと変わらない様子だ。

 立ち直ったのか。
 それとも、表には出さない程度に気持ちの整理をつけることができたのか。

 どちらなのかわからないが、元気になったのはいいことだ。

「スノーフィールド君!」
「うん?」
「私、今日から魔法を使えるようになりましたか!?」
「そうだな……」

 呪いの重ねがけは防ぐことができた。
 あれから、解呪も行っておいた。

 問題は全て解決したはずだから、魔法を使えるようになっているはず。

「放課後、試してみるか」
「はい!」



――――――――――



 そして、放課後の屋上。

「ファイア!!!」

 ありったけの気合を込めて、ネコネが魔法を唱えた。
 ぽわっ、という感じで、指先に小さな火がつく。

「あ、あああ……」

 ゆらゆらと燃える小さな火。
 それを見たネコネは、声を震わせて体を震わせて……

「で、できました! できましたよ、スノーフィールド君!?」
「熱っ!?」

 火をつけたまま抱きついてくるものだから、制服が燃えそうになってしまう。

「あああっ、ご、ごめんなさい!?」
「いや、いいさ」

 あたふたと慌てるネコネに、気にしていないと、俺は小さく笑ってみせた。

 今までずっと使えなかった魔法をようやく使うことができた。
 その気持ちは、俺もわかるつもりだ。

 初めて魔法を使うことができた時の感動。
 あれは、一生忘れられない。

「それにしても、魔法って難しいんですね……あんな小さな火を生み出すだけで、ものすごく疲れてしまいました……私って、才能がないのでしょうか?」
「そんなことはないさ。レガリアさんは、今まで魔法を使えない状態だったからな。例えるなら、まったく運動をしていない人が突然リレーをしたようなものだ。いきなりうまくいくわけがない」
「なるほど」
「まずは体を慣らして、それから練習を積み重ねていけばいい。理論はしっかりと学んでいるから、慣れれば一気に上達すると思う」
「はい。がんばりますね、師匠!」
「だから、師匠はやめてくれ……」
「ふふ」

 ネコネがいたずらっぽく笑う。

 一緒にいるようになって判明したのだけど、彼女は礼儀正しいように見えて、けっこうないたずら者でもある。
 親しい人には子供のような一面を見せることが多い。
 それもまた、彼女の魅力なのだろう。

 ……うん?
 そうなると、俺もネコネの親しい人になるのだろうか?

 そんな者は、別に……

「見つけたわ!」

 突然、第三者の声が乱入してきた。
 何事かと振り返ると、ネコネと同じ髪の色をした女の子が。

 輝く銀色の髪は、左右に分けてツインテールにしている。

 くりっとした瞳と、ちょこんとした鼻。
 童顔で、けっこう下に見えるのだけど……
 中等部の制服を着ているところを見ると、そこまで歳は離れていないのだろう。

 体の起伏は平坦。
 ただ、将来はとんでもない美人に化けるだろうという、可能性を感じた。

「アリン!? どうしてここに……」

 アリン・レガリア。
 ネコネの妹であり、第四王女でもある。

 アリンは肩を怒らせつつ、ツカツカと歩いてきた。
 俺の目の前で止まると、ビシッと指さしてくる。

「ちょっとあんた! お姉ちゃんになにをしているのよ!?」
「……俺のことか?」
「他にいないでしょ! 答えなさい。こんなところでお姉ちゃんと二人きりになって、なにをしているの!?」
「魔法の訓練だが」
「嘘つかないで! 本当はよからぬことを考えていたんでしょう!?」
「よからぬこと、っていうのは?」
「そ、それは……言葉にもできないような、ピンク色のいやらしいことで……」
「なんだ、それは?」
「わ、わかるでしょう!? ここまで言えば!」
「わからないから聞いている」
「そ、そんなことを言われても、これ以上はあたしの口からなんて……そんな、あんなことやこんなことを……お姉ちゃんにそんなことをするなんて許せない! コロス!!!」

 突然、キレた。

 なんだ、この生き物は?
 ネコネの妹とは思えないくらい、落ち着きがないのだが。

「アリン、どうしてここにいるんですか?」
「くううう、あたしのお姉ちゃんがこんな馬の骨にとられちゃうなんて、そんなのダメ。ダメダメダメ! 絶対にダメなんだから」
「アリン、ちょっと落ち着いてください」
「お姉ちゃんはあたしのものなんだから。いつも優しくて甘やかしてくれて、それで、あたしのお嫁さんになってくれる、って約束もしているんだから」
「……」
「あんたなんかにお姉ちゃんは渡さないわ! さあ、今すぐに……」
「えいっ」
「ふぎゅ!?」

 ネコネはアリンの首をコキッとやった。

 アリンは白目を剥いて倒れるのだけど……大丈夫か?
 今の、気絶させるには有効な方法だけど、専門職以外がやると事故に繋がりかねないのだが。

「えっと……」
「妹が失礼なことを言って、すみません……」
「やっぱり、妹さんだよな? 第四王女の」
「知っているんですね」
「容姿くらいは、さすがに。とはいえ、直接言葉を交わしたのはこれが初めてだから、どういう性格をしているのかはわからないけど」

 こういう性格というのは予想外だった。
 たぶん、ネコネのことが好き……シスコンというやつなのだろう。

「迷惑かけてすみません。今日は、妹を連れて帰りますので……」
「ああ、わかった。じゃあ、また明日」
「はい、さようなら」

 ネコネはにっこりと笑い、この場を後にする。
 笑顔で気絶した妹を引きずるのは、なかなかシュールな光景だ。

「あれが第四王女……か」

 この先、面倒事になるような予感がした。