「姫様! なぜ、この儂にこのような仕打ちを!?」

 トムじいさんを逮捕したのだけど……
 彼は諦めが悪く、取り押さえられた後も暴れていた。
 かなりのダメージを与えたはずなのに元気なものだ。

「儂は姫様のためを思い、あえてこのようなことを……! 孫のように思う姫様に害を成すつもりなど、毛頭ありませぬぞ! 儂のしていることこそが正しいのです!!!」
「……」

 必死に訴えてくるトムじいさんを見て、ネコネは辛そうな表情に。

 仕方ないだろう。
 幼い頃からの知り合いで、ずっと守ってきてくれた。

 トムじいさんにとってネコネが孫のようなら、ネコネにとってトムじいさんは祖父だ。
 そんな祖父から歪な感情を向けられていたなんて、普通、耐えられない。

「レガリアさん」
「……あ……」

 ぽん、と彼女の肩を叩いた。

 彼女は護衛対象だけど、でも、必要以上になにかをする必要はない。
 慰めの言葉なんていらない。

 そのはずなのに……
 気がつけば、俺は勝手に口が動いていた。

「トムじいさんのこと、気にしてもいいし気にしなくてもいいんじゃないか?」
「え?」
「俺は当事者じゃないから適当なことしか言えないが……ぶっちゃけた話をすると、向こうが勝手に期待していることだ。押しつけている、と言ってもいい」
「それは……」
「ただ、それを受け止めるか。あるいは無視するか。それもまた、レガリアさんの自由なんだ」
「……自由に……」
「相手の期待に応えてもいい。無視してもいい。その選択権もまた、レガリアさんが持っていることを忘れないでくれ」
「……」

 ネコネは、少し考えるような顔に。

 ややあって、トムじいさんの方に一歩、前に出た。

「姫様、儂は……!」
「私は」

 トムじいさんの声を遮り、ネコネが凛とした表情で言う。

「……あなたのことを、本当の祖父のように慕っていました」
「おぉ!」

 ネコネの言葉に、トムじいさんは目を輝かせる。

 しかし、気づいていないのだろうか?
 ネコネは、いつものように『トムじいさん』と呼んでいないことに。

「ですが」
「……姫様?」
「あなたが本当の祖父であろうとなかろうと、私の生き方を勝手に決めることは、決して許されることではありません!」
「え、あ……し、しかし、それは姫様のためを想ってのことでして……」
「そのようなことを頼んだ覚えはありません。あなたのしてきたことは、ただの独りよがりな独善です。私の9年を返してください!!!」
「っ……!!!?」

 これ以上ないほどの拒絶を叩きつけられて、トムじいさんはふらりとよろめいた。
 立っている力がなくなったらしく、その場に膝をついてうなだれる。

 そのまま無理矢理立たされて、連行された。
 彼がネコネに会うことは、もう二度とないだろう。

「……行きましょう」

 ネコネに頷いて、カフェテリアを離れた。

 ただ、すぐ寮へ向かうわけではない。
 ネコネは屋上に登り、俺もなにも言わずついていく。

「……」

 いつの間にか空は赤くなっていた。
 その夕日を眺めるネコネは、一枚の絵画のように綺麗だ。

 ただ、その表情は悲しみであふれている。

「……スノーフィールド君」
「なんだ?」
「私は……これでよかったのでしょうか?」
「さあな」

 冷たいと思われるかもしれないが、俺は答えを持っていない。

「正しいか正しくないか。それを判断できるのは、レガリアさんだけだ」
「そう、ですよね……」

 ネコネはうつむいて、

「っ!」

 次いで、こちらに抱きついてきた。

「レガリアさん?」
「少しだけでいいです。少しでいいから……胸を貸してください」
「……ああ」

 そっと、ネコネを胸に抱いた。
 彼女の表情は見えない。わからない。

 ただ……
 涙で濡れていることはわかる。

「あんなことを言ってしまいましたが、私、完全にトムおじいさんのことを嫌いにはなれません。なれませんでした」
「ああ」
「本当は、まだ、どこかで優しい笑顔を見せてほしいと思っていて、のんびりと他愛のない話をしたいと思っていて……優しかったんです。あんなことをされていましたけど、でも、とても優しくて、温かい人だったんです」
「ああ」
「好きでしたけど、でも、許せない気持ちもあって……私は、私は……!」
「いいさ」

 彼女の方は見ない。
 そのまま声をかける。

「割り切れないことは色々とあると思う。それを我慢する必要はないさ」
「我慢しなくても……いいのですか?」
「いいんじゃないか? なんでも溜め込むよりは、適度に発散した方がいいさ」
「そうでしょうか……? 我慢しなくてもいいのでしょうか?」
「いいさ」

 あえて言い切る。
 それが必要だと、そう思った。

「俺は、ここにいるから」
「はい」
「でも、なにか聞くことはないし、聞こえてもいないから」
「はい」
「だから、好きにするといい」
「……はい」

 そして……

 しばらくの間、ネコネの鳴き声が響いた。