「いきなり魔法を放つとは……君は、姫様の隣にいる資格はないのう」
「あんたに言われたくない」

 睨み合い……

「ふっ!」

 息を吐くと同時に、トムじいさんが突撃を開始した。

 速い。
 身体能力を強化しているから、風のようだ。

「動くな!」
「おとなしく……がっ!?」

 周りにいた諜報員が動くけど、返り討ちにあってしまう。

 歳の差なんて感じさせない動きだ。
 というか、経験値が圧倒的に向こうの方が上なので、諜報員では手も足も出ない様子だ。

「俺がやるから、レガリアさんを頼む」
「はっ……」

 諜報員達は苦い顔をしつつも、実力差を理解したらしく、ネコネを連れて後ろに下がる。

「スノーフィールド君!」
「なんだ?」
「その、あの……本来、このようなことは頼めないのですが、しかし……」
「わかった」
「え?」
「殺さない」

 誰のことを指しているか理解したのだろう。
 ネコネは頭を下げて、後ろに下がった。

「待たせたな」
「なに。姫様を巻き込むわけにはいかないからのう」
「じゃあ……」
「始めるとしよう、ゆくぞ」

 再びトムじいさんが駆けた。
 床を踏み砕くような勢いで蹴り、超加速。
 一瞬で視界外へ移動してしまう。

 ただ……

「甘い」
「む!?」

 背後に回り込んだトムじいさんが拳を繰り出してくるが、俺は振り返ることなく、それを回避した。
 そのまま腕を掴み、背中に背負うようにして投げる。

 ダンッ!!!

 カフェテリアの床を割る勢いで、トムじいさんを叩きつけた。
 ただ……

「ふんっ!」

 トムじいさんは両手を床について、腰を回転させつつ、両足をこちらにぶつけてくる。
 ダンスをしているかのような動きで、かなり変則的だ。
 それ故に動きを見切ることが難しい。
 いくらか攻撃を受けてしまう。

「厄介な技を」
「儂の専門は格闘術でのう。魔法使いとしては、やりづらいじゃろう?」
「確かにやりづらいな」

 殴り合いは趣味じゃない。
 やはり派手な魔法の撃ち合いの方が楽しい。

 でも、

「なんじゃと!?」

 ほどなくしてトムじいさんの足捌きを見切り、全ての攻撃を回避した。
 その上でカウンターを叩き込み、数メートルほど吹き飛ばす。

 とはいえ、それはトムじいさんが衝撃を逃がすために自分で跳んだだけ。 
 実際に大したダメージはないらしく、すぐに起き上がる。

「器用な真似をするな」
「……それは儂の台詞じゃ。お主には初めて見せる技なのに、即座に対応するとは」
「あれくらい、脅威のうちに入らないからな。初見で驚いただけで、対処するのは簡単だろう?」
「言ってくれる」

 トムじいさんは呼吸を整えると、再び突撃してきた。
 今度はまっすぐ、真正面から突っ込んできた。
 さきほどのような速さはない。

 ただ、一歩一歩が重い。
 たくさんの力が込められている様子で、妙な威圧感を感じる。

「これは……」

 そうか、なるほど。
 トムじいさんがやろうとしていることを理解した。

 さて、どうするか?

 トムじいさんがやろうとしていることは、多少、時間がかかる。
 妙な威圧感を放ち、しかし距離を詰めてこないのは時間稼ぎだ。

 先手を打つと楽に戦いを進められるだろうが……
 でも、そうだな……あえて受けて立つか。

 これは、おそらくトムじいさんの切り札。
 それを真正面から受けて、そして、完膚なきまでに叩きのめす。
 そうすることで心を折ることにしよう。

「ふぅううううう……」

 トムじいさんは深く息を吸う。
 準備完了だ。

「はぁっ!!!!!」

 トムじいさんの魔力が爆発的に高まった。

 あらかじめ溜め込んでおいた魔力を、ここぞという時に一気に解き放つ。
 遅延魔法と似た原理の技だ。
 そうすることで、通常使う魔法が数倍の威力に跳ね上げる。

 爆発的に膨らんだ魔力を、トムじいさんは全て身体能力強化に回した。
 その結果、音を超える速さで動いた。

 ふっ、と消えた後には真横に回り込んでいて、音が遅れてやってくる。

 周りにいる諜報員はなにも見えていない、気づいていない。

 ネコネも見えていない。
 ただ、なにか起きていると気づいているらしく、慌てていた。
 センスがある。

「終わりじゃ」
「あんたがな」
「なっ!?」

 きっちり反応してやると、トムじいさんは驚愕に目を大きくした。
 それでいて、超速で拳を突き出してくる。

 ただ……甘い。

「遅いな」

 俺は、トムじいさんのさらに上をいく速度で動く。
 彼の拳をミリ単位で避けると同時に、彼の腕を掴んで逃げられないようにした。

 そのまま腕を引き寄せて、ゼロ距離まで接近する。
 それと同時に膝を腹部に叩き込む。

「がっ!?」

 体勢が思い切り崩れたところで、足を引っ掛け、地面に倒す。
 倒した状態でも腕を掴んでいたため、あらぬ方向に曲がり、鈍い音と共に折れる。

 それでも反撃を狙っている様子なので、脇腹を蹴る。
 いくつか骨を折り……
 動けなくなったところで、頭の脇スレスレを踏み抜いた。

「っっっ!!!?」

 こめかみに衝撃が伝わり、トムじいさんの運動機能を一時的に麻痺させた。
 意識は残ったままだけど、これでしばらくは動くことができない。

「お主……なぜ、このような力を……魔法使いでは……」
「そうだな、俺は魔法使いだ。ただ……」

 言い放つ。

「格闘術が苦手なんて誰が言った? 俺は、なんでもできるオールラウンダーなんだよ」