寮の俺の部屋に移動した。

「なんていうか……す、すごい部屋ですね」
「そうか?」
「壁一面に本棚が……これ、何冊くらいあるのでしょうか?」
「1万3432冊だな」
「いっ……!?」

 ネコネが絶句した。
 本の冊数に驚いているのか、それとも、きちんと覚えていることになのか。

 俺の部屋は本で埋まっている。
 壁一面に本棚。
 収納にも本。
 テーブルの上にも本。

 全て魔法書だ。
 まだ読んでいないものが半分。
 目は通したけれど、何度も見返しておきたいものが半分。

「これ、全部魔法書なんて……すごいですね。でも、スノーフィールド君なら納得な気がします」
「これで全部じゃないけどな」
「えっ」
「十分の一くらいだな。寮の部屋は狭いから、これだけしか持ってこれなかった」
「す、すごいですね……」

 ネコネは呆然とした様子で本棚を眺めていた。

 興味があるのなら見るか?
 解説してもいい。
 珍しいものもあるから、一読しておくのもアリだ。

 ……そんな言葉が飛び出しそうになるけど、我慢した。

 魔法の話をすると、俺は止まらなくなるらしい。
 そんな時間はない。
 今はこれからのことを話し合わないと。

「それよりも、犯人に関する話をしよう」
「あっ……そ、そのことですけど、誰なのかわかったのですか?」
「逆に聞くけど、ネコネは気づかなかったのか?」
「えっと……?」
「犯人……あるいは、犯人に通じているのはトムじいさんだよ」
「えっ!?」

 答えを教えてやると、ネコネは声を大きくして驚いた。

 小さい頃から影で守ってきてくれた。
 それだけではなくて、プライベートでも仲良くしてもらっていた。
 ある意味で、親のような人。

 そんなトムじいさんが犯人と告げられて、ネコネはショックのようだ。

「大丈夫か?」
「……大丈夫ではない、です……けど……」

 ネコネは震えつつ。
 でも、しっかりとこちらを見て言葉を紡ぐ。

「スノーフィールド君のことだから、しっかりとした根拠があるのですね?」
「ああ」
「間違いではない?」
「そうだな」

 トムじいさんが犯人なのか、あるいは、犯人と通じている者なのか、そこはまだわからない。
 ただ、ネコネの呪いに関与していることは確定だ。

「簡単な話だ。カフェテリアでの話を思い返してくれ」
「えっと……」
「トムじいさんに色々と聞いたよな? その中に、呪いをかけた人物の心当たりも聞いたよな?」
「そうですね。でも、トムおじいさんは心当たりはないと」
「そこがおかしい。ネコネに呪いがかけられているなんて普通は知らないのに、どうして、トムじいさんは普通に話を受け入れた?」
「あ」

 そういえば、という感じでネコネは小さな声をあげた。

 俺がトムじいさんに呪いの話を持ち出した時。
 彼は驚くわけでも問い返すわけでもなくて、知らないと言った。
 ネコネに呪いがかけられているなんて、普通は知りようもないのに。

 つまり、彼が呪いをかけた張本人。
 あるいは、その関係者だ。

「初等部の頃から一緒。定期的に接触する。魔法が得意。トムじいさんは、それらの条件に全て当てはまっているからな」
「確かに……」
「王族に呪いをかけるなんて命知らず、そうそういないと思うから、トムじいさんが主犯だと思うが……まあ、共犯者がいる可能性もゼロではないから、そこは調べていく必要があるな」
「……」

 ネコネは暗い顔をして、軽くうつむいていた。
 わずかに見える表情は、今にも泣いてしまうそうな子供のようだった。

「……レガリアさんは、ここまでにしておくか」
「え」
「後は俺がなんとかしておく。そうだな……三日もあれば十分だろう。その間に呪いを解除するから、レガリアさんは吉報を待っててくれ」
「それはダメです」

 さきほどまでの様子はどこへやら。
 ネコネは強く凛とした様子で、俺の言葉に異を唱える。

「これは私の問題です。そして、私がスノーフィールド君に相談して、巻き込みました。それなのに、私だけが安全圏でぬくぬくするわけにはいきません」

 王族とは思えないくらい、強い女性だ。
 いや。
 王族だからこそ、なのか?

 どちらにしても、彼女の決意が固いのはわかった。
 なら、こちらも遠慮しない。
 どんな結末が待っていようと、最後まで付き合ってもらうことにしよう。

 ネコネにかけられた呪いを解除して、犯人を突き止める。
 突き詰めれば、これも任務の一貫だろう。

「共犯がいるかいないか。それについては、ちょっとした伝手があるからそちらで調べてもらう。一日二日もあれば答えは出るだろう」
「そんなに早いんですか?」
「ターゲットが絞られているなら、あとは身辺調査を行うだけだからな」

 逆に言うと、ターゲットが絞られていないと果てしなく難しく、時間がかかる。
 絞るまでがなかなか難しいのだ。

「呪いの解除だけど、本人に解除させるか、あるいは捕まえて上書きするのを阻止。落ち着いたところで少しずつ解呪していく。まあ、手っ取り早いのは前者だな」
「応えてくれるでしょうか?」
「どうだろうな。動機によると思う」

 営利目的なら交渉の余地はある。
 ただ、怨恨関係だとしたら難しいだろう。

「そもそも、トムじいさんはなんでネコネに呪いをかけたんだろうな?」

 そこが謎だ。

 見た感じ、トムじいさんは本気でネコネを慕っているように見えた。
 あの笑顔で実は憎んでいます、とかなったら、ものすごい役者だ。

 憎んでいるから呪いをかけて嫌がらせをしました、っていうのもちと微妙だ。
 嫌がらせにしては中途半端。
 もっと苦しめる方法はいくらでもある。

 9年近く、呪いをかけ続けて……
 それでいて護衛を続けていた。

「トムじいさんは、なにがしたいんだ?」
「……」

 俺の言葉を受けて、ネコネは考えるような仕草をとる。
 ややあって口を開いた。

「私に、トムおじいさんとお話をさせてくれませんか?」