白く高い塀に囲まれた白亜の建物。塀の一角には大きな扉。この扉の向こうに「守山修道院」がある。東側に「聖マリア女学園」が隣接している。
 この扉の向こうで、宗教に身を捧げた女性たちが暮らしている。
 扉の前に一台のバンが停車し、ベール状の頭巾とトゥニカと呼ばれる足首までのワンビースを身につけたサキが下りる。
 白髪の神父が寄り添っている。ふたりの年配のシスターも一緒だ。

「では入ろうか?」

 神父が声をかける。
 サキが小さくうなずく。ゆっくりゆっくりと扉に向う。
 扉の前でそっと振り返る。
 次の瞬間、サキの顏に満面の笑みが浮かんだ。
 きっと来てくれると信じた少年がそこにいた。
 サキが手招きする。
 健は駆け足でサキの前に立った。

「サキちゃん」

 健はうつむいたままだった。しっかりサキの顔を記憶に刻まなければならないのに、肩を震わせて地面を見つめていた。

「ごめんなさい」

 消え入るような小さな声でつぶやくと、次の瞬間には両手で顔を覆って泣き出していた。
 サキが笑った。一瞬で両目が涙の洪水になった。

「健ちゃんは本当にダメな子だね」

 健は答えない。顔を覆ったまま、ずっと泣き続けていた。

「弱虫で泣き虫で……だけどそれでいいじゃん」

 サキの声が震え、空いっぱいに響き渡った。

「私がいるんだから。ふたりで一緒にいればいいじゃない。恋するって、愛するって、そういうことだから」

 サキは澄んだ空を見つめた。それから神父の方をしっかりと見つめた。

「お義父さん、ごめんなさい。私、十戒を破ります。シスターにはなれません」

 神父は呆然とサキを見返した。

「十戒の八。汝、盗んではならない。私、今から、私が一番大好きで一番大切な人を奪います」

 サキがワンピースに手をかけた。
 ビリビリと布を引き裂く音。
 短くなったワンピースの裾から、ブラウンのガーターストッキングに包まれ、マシュマロのように盛り上がった太腿があらわになった。
 サキはもう迷わなかった。
 パッと健をお姫様抱っこし、愛おしそうに大きな口を健の口に重ねた。

「健ちゃんのお母さん、見てますよね。健ちゃんはロンドンなんかに行きません。もう私のものです。ごめんなさい」

 サキは健に呼びかけた。

「私、健ちゃんを奪っちゃうよ。いい?」
「はいっ」

 健がしっかりとうなずく。
 もう一度、交わした誓いのキッス。サキはワンピースをひるがえし、ダークバークのガーターもあらわに修道院から駆け出して行った。
 健の祖父や親戚たちが、塀の蔭から憮然とした様子で見送る。健の母は涼しい顔。

「由美子、本当に、これでいいのか?」
「終わりよければすべてよし。警視庁に強力なコンビが生まれればそれでいいんでしょう」

 サキは風に舞う短い裾を気にもせず、健を抱きしめたまま、風の中を駆け抜けてて行った。

 最後に---
 サキが恥かしくて言わなかったこと。
 だから健も知らなかったこと。
 サキの部屋に貼られた健の写真の胸の部分。
 ひとりぼっちのサキが描いた大きなハートのマークを隠すため、上から赤のマジックで塗りつぶしていたこと。