「ちょっと待ってよ。いきなりそんな……」

 恐怖の一夜から二日目の夜。健はスマホの向こうの母に向って叫んでいた。

「これからの健の予定。手続きが終わり次第、ロンドンのスコットランドヤード大学付属高に入学。成績に応じ卒業までの期間が変わるから最短二年で大学卒業。スコットランドヤードの警察幹部の資格を取得できる。帰国したら簡単な研修後、警視庁本庁で最初から警部補として勤務できるから」
「だから僕、警察なんかに……」
「ごめんね。お祖父さんの家に呼ばれて親戚一同から詰め寄られ、お母さん、どうにも出来なかった。お祖父さんの直系の孫が警察官にならないとは何事かと、三十人以上から繰り返し言われたの」
「だけど、僕……」
「この話は、もうこれまでね。サキちゃんに会ったでしょう。健のスマホを開き私の電話番号調べて連絡してきた。健がサキちゃんの決めたパスワードを今でもそのまま使っていたと、すごく喜んでいた」

 母は一方的に話し続ける。

「サキちゃんはね。親戚が院長を務める修道院に入ることになった。将来は修道院と修道院が経営する『聖マリア女学園』の後継者になるそう。正式にシスターになったら、もう健と結婚することは出来ない。だから修道院に入る前、真似事でもいいから結婚式を挙げたかったと言っていた。健のために白のスーツを用意して、教会の結婚式のときに使う讃美歌を流したそうよ。だけどプレーヤーが壊れたかなんかでぶちこわしになったって……」

 じゃあ、あれは……

「健が何でも家事が出来ること、尊敬していた。そんなに自慢するほどのことかな? 健からリンゴの皮のむきかたとスライスを習ったこと、今でもふたりの一番の思い出だと言っていた。健は忘れた?」

 そのときになって、初めて健は、自分が取り返しのつかない思い違いをしていたことに気がついていた。

「お母さんが悪かったと思っている。サキちゃんは健のことが大好きだったから、修道院に入る気はなかった。将来は警察官になって、仕事もプライベートもいつもふたりで一緒でいたいと願っていた。
 私、ハッキリとサキちゃんに、健が

『体が弱いし気も弱い。それにスポーツもダメだから警察官なんかならない』

と言ってること伝えたら、健のことを本当に心配してね、心を鬼にして健を強い子にすると約束してくれた。だけどそれが逆効果になったみたい。健は恐怖のあまり、優しかった頃のサキちゃんとの思い出をすっかり封印してしまったんだよね。
 私が、

『お願い』

なんて言わなければよかった。どうサキちゃんにお詫びしたらいいか……健、どうしたの?健!」