猿の王
ー中国 唐時代
火山島にある花果山に住む猿達は自分達の王を決める為、年長者の猿がこの山に居る全ての猿を集めて集会を開いた。
「この中に我らの王として相応しい者はいるか!!」
ザワザワッ…。
「長老様、我々の中にはいないかと…。」
「頭が良い者もいない。誰にも負けない強さを持っている者もいないのですから…。」
猿達は次々と弱音を吐いていた。
長老と呼ばれた猿はその言葉を聞き頭を悩ませた。
この山に住んでいる猿達は他の山に住んでいる猿に無礼(なめ)られていた。
その事に頭を悩ませいた年長者の猿はこの山に住む猿達の王を作ろうと思っていた。
この花果山を他の山の猿に取られないようにする為だった。
「どうしたら良いのじゃ…。」
「長老様…。」
頭を抱えた長老を宥めるように猿は背中を摩った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ。
空が曇り恐ろしい音が鳴り響いた。
「いきなり空が曇りおった…。」
長老は目を細めながら空を見上げた。
黒い雲の中から大きな音を立てて雷が鳴った。
ドッカーンッ!!
ピカピカッ!!
光り輝いた雷が大きな仙石に落ちた。
雷が落ちた衝撃で仙石が割れ暴風が噴き出した。
ブワァァ!!
「うわぁぁ!!」
「長老様をお守りしろ!!」
暴風を受けた数匹の猿達は軽々と吹き飛ばされ、他の猿達は長老を囲み風を来ないようにしていた。
長老は落ちて来た雷を見て呟いた。
「雷龍(らいりゅう)じゃ…。」
「え!?長老様?」
長老だけが雷の形が龍に見えていたが、他の猿達に
は普通の雷に見えていた。
この時、長老は雷龍の伝説が頭を横切った。
ー雷龍が現れし時、世界の秩序が変わる時、そして雷龍が齎(もたら)すのは混沌たる者が現れるー
「っ!!。もしかしたら…!!」
そう言って長老は割れた仙石の元に向かった。
その後を数匹の猿が追いかけた。
長老は割れた仙石を見て確信した。
仙石の割れ目に人の形をした赤子が小さな寝息を立
てて眠っていた。
「なっ!?こ、こんな所に人の赤子が…?」
「確か大きな雷が落ちて来たはずじゃ…。」
ヒソヒソと話しをしている猿達をよそに長老は赤子を抱き上げた。
「このお方こそが我々の王だ!!雷龍が我々に王となる器を天から贈ってくださった!皆のも頭を下げよ!!」
長老がそう言うと猿達が赤子の前に跪いた。
「丁(チョン)よ。前に出よ。」
「ハッ!!」
左頬に大きな傷があり赤いバンダナを巻いた猿が長老の前に出た。
長老の護衛役を務める猿達は長老から名前を名付けられ頭には赤いバンダナを巻いている。
長老の護衛部隊はこの花果山では数匹しかいないのだ。
護衛部隊の名は"黎明(れいめい)"。
丁は黎明の部隊長である。
「今日から黎明はこのお方を命懸けで守れ。」
「御意。」
丁はそう言って跪いた。
それから赤子は長老達に大事に育てられた。
皆、赤子が大きくなる事を心待ちにしていたのだった。
長老は赤子に"美猿王(びこおう)"と名付けた。
だが、中には人の赤子が自分達の王と言う事に納得がいかない者達も多くいた。
そんな時、美猿王が人の歳で言うと七歳になった頃だった。
美猿王の容姿はとても美しかった。
サラサラな赤茶色の髪に茶金の瞳に白い肌。
長老が今まで見て来た人の誰よりも美しかった。
岩の上に座っている美猿王を武器を持った数十匹の
猿達が取り囲んでいた。
「なんだお前等。」
美猿王はムスッとした顔で周りを見た。
「お、俺達はお前が王だと認めていない!!」
「人の子が我々より強いはずがないのだ!!!」
次々と出て来る不満や怒りの言葉を美猿王に浴びせた。
だが、美猿王は顔色一つ変えなかった。
その顔を見た一匹の猿が怒りを露わにし槍を持って美猿王に向かって行った。
「殺せ殺せ!!!」
「やれやれ!!!」
周りにいた猿達は次々と煽りの言葉を放った。
槍の刃が美猿王の顔に刺さりそうになった時だった。
パシッ!!!
「っな!?」
美猿王は槍の刃を二本の指で挟み、動きを止めた。
「文句はそれだけか?」
そう言って美猿王は槍の刃を指から外し持ち手部分を掴み引っ張った。
猿は槍から手を離していなかった為、前のめりの体制だった。
美猿王は猿の頭を掴み顔に膝蹴りを入れた。
「ブッ!!」
猿は鼻を抑えながら後ろによろめいた。
美猿王は地面に両手をつけて足を高く上げ回転をつけながら右頬に蹴りを入れた。
ゴキッ!!
「ガハッ!!」
骨の折れる音と共に猿が地面に崩れ落ちた。
「な、なんだよアイツ…。」
「お、おい!一斉に飛びかかるぞ!!」
「うおおおおおお!!」
残りの猿達が武器を振りながら美猿王に飛びかかった。
「ハッ。」
美猿王は軽く笑いながら倒れている猿から槍を奪い一匹の猿の体に向かって投げた。
グチャァ…。
「ガハッ!!」
前方の一匹の猿に槍は命中し槍が体に突き刺さっ
た。
そして右から飛んで来た猿の頬に回し蹴りを入れ頭を掴み左から来ていた猿に投げつけた。
「グァァァア!!」
美猿王は次々と飛んで来る猿達の相手をした。
数分した頃、美猿王の護衛兵の丁が黎明の部隊を連れて美猿王の元に到着した。
「王よ!!ご無事です…っ!?」
丁は言葉を思わず飲んでしまった。
美猿王の体には沢山の血が付いており、美猿王の座っている下には、武器が刺さったままの死体と腕や足が本来向かない方向に向いた死体があった。
美猿王は死体の山の上に座っていたのだ。
「丁か。コイツ等オレに楯突いたから殺した。」
丁はこの時、初めて美猿王が自分達の王なのだと実
感させられた。
死体の山を見たらそう思わすには充分だった。
あまりにも酷い死に方をしていたからだ。
よくもこんな残酷な殺し方が出来るのかと丁は思った。
「すみません王。自分がちゃんと把握出来ておりませんでした…。」
「あ?別に丁のせいじゃないだろ。コイツ等が勝手に動いただけだろ。それより風呂入りたい。」
「有難き言葉です!!すぐにご用意させます!!」
「あぁ。宜しく。」
美猿王が死体の山から降りると丁は持っていた布で美猿王の顔や体を拭いた。
「戻るぞ。」
「御意。」
丁と黎明部隊は美猿王の後に付いて行った。
丁は美猿王の後ろ姿を見てこう思っていた。
「このお方こそが我々の求めていた王だ。後何年かしたらこのお方は真の王となるだろう。自分の命をかけてこのお方を守ろう。」
そう強く心の中で誓っていた。
美猿王の後ろを歩いている黎明部隊はもはや美猿王の為の戦闘部隊に変わっていた。
かつては長老を守る為の部隊だったが、それはもう昔の事になった。
今は美猿王を守る為の部隊なのだから。
この瞬間にこの花果山の猿達の王となったのだった。
そして、季節は巡り花果山の木々達はピンク一色に染まっていた。
美猿王は人の歳で言うと十四歳になった。
水簾洞(すいれんどう)を住処にしていた。
水簾洞とはこの火山島の中で最も美しいと言われている洞窟の事である。
淡い青と紫色が混ざった水に光輝く水晶が彼方此方(あちらこちら)に埋まっている。
美猿王はとても気に入っていた。
それからこの火山島で美猿王に敵うものはいなかった。
美猿王は歳を重ねるごとに火山島のあらゆる山を占拠して行った。
美猿王は自分に支えている猿達にあらゆる知恵を与えた。
作戦を立ててから行動することや、どうしたら相手の心を壊し二度と自分達に手を出さないようにする方法など、残酷な殺し方を教えた。
美猿王は戦っている時しか喜びを感じなかった。
沢山の死骸を見ては如何に自分が優位に立っているのかを実感する事が出来るからだ。
長老はそんな美猿王をただ見ていた。
恐ろしい力を持つ美猿王は雷龍の贈り物なのだから仕方がないと思っていた。
美猿王は長老や他の猿達の言葉を耳に入れなかった。
丁や黎明部隊の猿達だけの言葉は耳に入れたのだ。
それは黎明部隊は自分のモノだと思っていたからで、自分の軍隊とも思っていたからだ。
美猿王 十四歳ー
「暇だ。」
俺は水簾洞の光輝く水晶を見ながら呟いた。
誰もこの花果山を攻めて来る者はいない。
それに火山島に住む猿達は俺をビビって喧嘩を売ってこない。
たまに妖怪と呼ばれる怪物が攻めて来るがソイツ等も大した腕をしていないからやり合っても直ぐに相
手が死ぬからつまらん。
「美猿王よ。また戦いの事を考えておいでですか…?」
杖をつきながら歩いてくる長老が目に入った。
この爺さんは猿の中で1番歳を食ってる猿で皆に長老と呼ばれている。
「平和なのはつまらん。」
そう言って、近くに置いてあった桃を口に運んだ。
口の中に甘みが広がり幸福感を得た。
桃は俺の好物だ。
よく丁に桃を探して来いって命令をする程、俺は桃が好きだ。
「もうこの火山島には美猿王に敵う者はおりませぬ。山の猿達は美猿王の強さに怯え手を出して来ませぬ。」
「あーあ、つまんねーの。面白い話とかねぇの?」
「わ、私に聞かれても…。面白い話ですか…。」
長老はそう言って頭を抱えた。
ビクビクして目が怯えてて俺の顔色ばかり伺ってる。
そんなあからさまにビビられるとなー。
長老は長生きしているが強さや知恵がない。
ただ生きて来ただけの猿だ。
俺みたいに見た目が人の形をしている猿はいない。
「美猿王。今、宜しいですか?」
長老の後ろから現れたのは俺の護衛役である丁が現れた。
「長老様?いらしたのですか?」
「おお!丁か!ワシの事は良い!美猿王に用事か?」
そう言って丁の背中を押した。
この爺さん、丁を盾にしたな。
「それで?何の用事だ丁。」
「は、はい。実は美猿王宛に文が届きまして…。」
「文?俺にか?」
「こちらが文です。」
丁は俺に文を渡して来た。
俺は文を広げ内容に目を通した。
長老に文字の読み書きは教わっていたのである程度の文字は読める。
文を出して来たのは牛魔王って奴で、宴を開くから
俺にも参加して欲しいって内容だった。
「美猿王よ。文にはなんて書かれていたのですか…?」
「あ?あー、なんか宴を開くから来てくれって
さ。」
「宴!?主催者は誰なのですか!?」
長老が前のめりになって俺に近寄った。
「牛魔王。」
「「牛魔王!?」」
俺がそう言うと2人は驚いて大声を上げた。
「有名な奴なのか?」
桃を口に頬張りながら丁に尋ねた。
「牛魔王って言ったら妖怪の六大魔王の1人ですよ!!妖怪の中でももっとも強いと言われているんです!!その妖怪から宴へ招待されているんですよ!?」
丁は早口で俺に説明した。
妖怪の中で1番強いって事か…。
俺より強い奴に会った事ないから会ってみたいな。
何か面白そうだし。
「それで美猿王よ。宴への参加はどうしますか?」
長老が俺に問いて来た。
「何か面白そうだし参加してみるわ。」
「ほぉ!!そうですかそうですか!!いやー美猿王が六大魔王達の宴に招待されるとは!!」
長老は嬉しそうにしていた。
「分かりました。では私はその事を伝えに行って来ます。」
そう言って丁は立ち上がった。
「どこから送られて来たか書いてねーぞ?場所分かるのか丁。」
「牛魔王の手下の奴等が花果山の麓(ふもと)で待機しているんですよ。」
「へー。牛魔王は用意周到だ事。」
「では行ってきます。」
「あぁ。」
丁は俺の返事を聞いてから麓に向かって行った.
「ワシは宴に着て行く服を調達せねば!!」
カンカンッ!!と杖を着ながら水簾洞を出て行った。
「張り切り過ぎだろ。」
頬杖をつきながら呟いた。
それから暫くして丁が戻って来て宴の日程や場所を聞いた。
宴は明日行われるそうで牛魔王の手下が俺を迎えに来るそうだ。
護衛役として丁も同行する事になった。
長老達が持って来た服を何着も着せられた。
俺の顔が良いから何でも似合うと言って、着せ替え4時間続いた。
いつの間にか寝てしまっていたらしく丁に叩き起こされた。
「美猿王!!起きてください!!支度をしないと間に合いませんよ!!」
支度?
あぁー、牛魔王の宴に行くんだったか…。
「めんどくせーな。」
「面倒くないですよ!!さ、起きてください!!」
「へーいへい。」
俺は重たい体を起こした。
体を起こすと丁が手際良く俺の服を脱がした。
昨日長老が決めた服を素早く着せて髪の毛を整えた。
長老が選んだ服はこんな感じだ。
黒い生地に白と金の椿の絵が刺繍された大きめの長袖に黒いズボン、小さいアクセサリーだがちゃんと存在感を出している。
「カッコイイですよ美猿王。長老様が選んだ服がとても似合っている。」
「そりゃどうも。お前もその格好で行くのか。」
「はい。長老様がご用意してくれたので…。」
丁の服装は俺と似たような服を着ていた。
「美猿王!!丁殿!!牛魔王の使いの者が来ました!!」
黎明部隊の一匹が俺達に話し掛け来た。
「分かった。では、参りましょうか。」
「あぁ。」
水簾洞を出ると長老とこの山に居る全ての猿が居た。
「美猿王よ…。無事に帰って来て下さい。」
長老が泣きながら俺に近寄って来た。
「別に戦いに行くわけじゃねーんだから心配し過ぎだろ。それにただ酒飲みに行くだけだろ。」
「で、ですがー!!」
「長老様。私も居ますからご安心して下さい。」
泣いている長老を見兼ねて丁が会話に入って来た。
「だ、だが…!」
丁に向かってグダグダと話している。
段々とイライラが溜まり口に出した。
「五月蝿い。」
俺がそう言うと長老はピタッと動きを止めた。
「いちいち五月蝿せぇ。見送りに来たなら黙って見送れ。」
長老を睨みながら話した。
「も、申し訳ありません美猿王…。」
「丁がこう言ってんだから黙ってろ。」
「美猿王…。」
丁が俺の顔を見て涙目になっていた。
「「美猿王様。お迎えにあがりました。」」
仮面を被り黒いマントを着た人の姿をした妖が2人立っていた。
「牛魔王の使いの者か。」
「はい。こちらの馬車にお乗り下さい。」
そう言って牛魔王の使いが黒い馬の馬車に俺達を案内した。
「どうぞ。」
馬車の扉を開けた。
「長老様。行って参ります。」
「気をつけるのじゃぞ!!しっかり美猿王をお守りしろ。」
「はい。」
「さっさと行くぞ丁。」
俺はそう言って、馬車に乗り込むと丁は慌てながら馬
車に乗り込んだ。
牛魔王の使いの者は俺達が乗り込んだ事を確認すると馬に鞭を打ち馬車が走り出した。
走り出した馬がに空に向かって登り出した。
そして、そのまま空に浮いた状態で馬車は走り出した。
「凄いですよ美猿王。この馬車、空を走ってますよ!!」
丁が興奮気味に俺に話してきた。
「この馬車の馬、妖怪だぜ?」
「え!?この馬ですか?」
「普通の馬だったら空を飛ぶ事が出来ねぇだろ。」
「確かに…。」
この馬車もかなりの高級品だろうな。
座り心地も良いし、お茶が飲めるようにセットもさ
れている。
お茶の種類は工芸茶か…。
俺が好きだと分かっていて用意したのか。
「あ!!このお茶、美猿王の好きなお茶ですよね?飲みますか?」
「あぁ。」
「分かりました。」
丁は手慣れた手付きで工芸茶の用意をした。
茶葉をポットに入れてお湯を注ぐと、ゆっくりと茶葉が開き中から色鮮やかな花が顔を覗かせた。
見た目は甘そうに見えるが飲んでみると苦味とお茶
葉の味が口に広がり花の香りが鼻に届く。
「はぁ…美味い。」
「美猿王は本当に工芸茶がお好きですね。」
「見た目と味が好きなんだ。」
「それにしてもまだ着きませんねぇ。」
丁が外を見ながら呟いた。
俺も外に視線を向けた。
鼠色の煙が馬車を包んでいた。
この煙…。
窓を開けて見るとお香の匂いがした。
「美猿王?どうかしましたか?」
俺は上半身を乗り出し屋根を見てみると、お香が置
かれていた。
このお香…どっかで見た事があるな…。
「危ないてますよ美猿王!!何やってるんですか?!」
ガシッ!!
そう言って丁は俺の足を掴んだ。
「大丈夫だって。戻るから足離せ。」
「あ、はい。」
丁が俺の足から手を離したのを確認してから馬車の中に戻った。
「何してたんですか美猿王…。」
「この馬車の周りにまとわり付いている煙が気になって屋根を覗いたんだよ。」
「煙ですか?これ雲じゃなかったんですか!?」
「普通の奴なら気付けねぇよ。それにこの煙はお香の煙だ。」
「お香?」
このお香に何か意味がある筈だ。
だけどそれが分からない。
ガタガタッ!!
そんな事を考えていると馬車が止まった。
キィィィ。
使いの2人組が馬車の扉を開けた。
コイツ等に聞いて見るか。
「屋根に置いてあるお香は何だ?」
「あれは幻術を見せるお香であります。牛魔王様のお屋敷の場所がバレないようにしております。」
幻術のお香?
「屋敷の場所がバレたらまずいのか。」
「牛魔王様は沢山の妖から狙われておりますゆえ敵襲に来られても困りますから。」
へぇ、その為にお香を焚きながら馬車を走らせていた訳か。
頭が良いんだな牛魔王は。
用意周到って奴か。
「美猿王様はまだ牛魔王と盃を交わしていませんからお香を焚かせていただきました。」
「別に。気になっただけだから良い。」
「ではご案内致します。」
俺と丁は馬車から降りて使いの2人組の後を追った。
馬車は屋敷から少し離れた距離に止められたので暫く歩く事になった。
目の前に現れた黒い龍が屋敷全体に巻き付いていた。
龍の体を触ってみた。
石みたいに硬いな。
この龍はどうやら作り物のようだ。
「凄い屋敷ですね…。こんなの初めて見ました。」
丁は屋敷を見て唖然としていた。
屋敷の中も凄かった。
高価な花瓶や家具、置物が廊下の至る所に飾られていた。
大きな扉の前から騒ぎ声が聞こえた。
「ギャハハハハ!!」
「もっとやれー!!!」
他にも沢山来てるのか。
「こちらが会場でございます。」
「あぁ。」
コンコンッ。
使いの2人組が扉を叩くと騒ぎ声が止まった。
声が止んだ?
それに騒がしかった空気が一気に静まり返った。
「「牛魔王様。美猿王様をお連れしました。」」
「通してくれ。」
低い声の男が返事をした。
使いの2人組は男の声を聞くと扉を開けた。
キィィィ。
扉を開けると数え切れない程の妖が俺と丁を見ていた。
大きな椅子に座っている男が牛魔王なのだと悟った。
襟足の長いグリーンアッシュの髪に赤い瞳、色白の肌に黒い龍の彫り物が体全体に入っていて高価なアクセサリーを身に纏っていた。
椅子から降りて来た牛魔王は俺の方に向かって歩いて来た。
カツカツカツ。
俺の前に来て牛魔王は足を止めた。
「初めまして美猿王。うちの者がご迷惑をかけませんでしたか?」
牛魔王は見た目の割には腰の低い感じだった。
「ちゃんと案内して貰ったぜ。アンタが牛魔王か?」
「ちょ!!美猿王!!」
丁が俺の服を引っ張った。
「敬語を使って下さい!!一応こっちは呼ばれた側なんですから!!」
「あ?敬語?」
「アハハハ!!気にしなくて良いよ。さっ!こっちに来てくれ。皆んなを紹介するから。」
牛魔王は笑いながら俺に手招きをした。
「行くぞ丁。」
「は、はい…!」
俺達は牛魔王の後に付いて行った。
俺達は妖怪達の視線を集めた。
だが、どうして牛魔王が俺を呼んだのか分からない。
会った事もない奴を宴に呼ぶとか…。
皆んなに紹介?
牛魔王の仲間に俺を紹介するのか?
よく分かんねぇ奴。
「どうして俺が美猿王を呼んだのか分からないって顔してるな。」
「っ!?」
急に牛魔王が振り返り不意に確信を突かれた。
「美猿王は素直だなー。いや、美猿王の噂を聞いてはどんな奴かなーって思ってさ。」
「噂?俺のか?」
「知らないの?残虐王って呼ばれてるの。」
「残虐王?」
牛魔王から話を聞くと、妖怪や自分達の山を支配しようとした者を残虐なやり方で殺していると言う噂だ。
丁は黙って牛魔王の話を聞いていた。
チラッと丁の顔見ると、俺の噂の事を知っているような顔をしていた。
丁はあえて俺に言わなかったのだろう。
噂とか作り話に興味がなかったら話されても困る。
「可愛い顔してるのにやり方が残虐過ぎてヤバイって凄いね。」
「俺は俺の邪魔する奴を殺しただけだ。」
「そう言う所が俺と似てるなと思ってさ。」
確かにコイツからは俺と同じ匂いがする。
後を付いて行くとさっきまで牛魔王が座っていた席
に案内された。
そこにいた奴等は今まで会った妖怪達とは違った。
「皆んなに紹介するよ。」
牛魔王そう言って俺の肩に手を置いた。
俺の目の前には男女6人が座っていた。
「誰だよ其奴(ソイツ)。」
巨大な体でガタイの良い傷だらけのスキンヘッドの男が太々しい声を出した。
「美猿王だよ、俺が招待したんだ。」
「あー。猿山の王様か。」
ピクッと自分の眉毛が動いたのが分かった。
「あ?テメェ、今なんて言った。」
俺がそう言うとスキンヘッドの男が持っていた酒を強く机に置いた。
「あぁ?テメェこそ誰に口聞いてんだあぁ?」
体が大きいから俺の方に体を寄せるだけで顔が近付
いて来た。
近距離で俺達は睨み合っていると牛魔王がスキンヘッドの男の顎を掴んだ。
「俺の客だ。丁重に扱えって言った事を忘れたのか。」
そう言ってグッと顎を掴んでいる手に力を入れた。
「ゔぅ…?!こ、コイツが客だって知らなかっだよ!!悪かった、悪かったよ!!」
「最初に言ったはずだよな?もう少しその頭を使え。分かったかな混世(コンセイ)。」
混世と呼ばれた男は黙って何度も頷いた。
「ごめんね美猿王。コイツ悪い奴じゃないんだけど頭が悪くてさ。」
牛魔王が俺に謝罪して来た。
むしろ謝罪と言うか混世って男の悪口になっているが。
混世って奴も牛魔王には逆らえないみたいだな。
上下関係がしっかり立てられる。
「いや、別に。」
「コイツは混世って言うんだ。皆んなも俺のお客は
丁重に扱ってくれ。」
「へぇ…。その子が牛魔王のお気に入り?」
白髪の長い髪に黄色の瞳で狐の耳と尻尾が生えている女が俺に話しかけて来た。
「お気に入りがどうか知らねーよ。俺は呼ばれたから来ただけだし。」
「美猿王!!」
丁が小声で話し掛けて来た。
「何だよ。」
「あの人は黄風(コウフウ)大王ですよ!!妖怪の中でもっとも長く生きている妖ですよ。」
「へぇー。アンタ長生きなんだな。」
「美猿王!!」
俺が黄風大王に向かって喋ると丁が大声を出した。
「構わぬよ。変に気を使われる方が鬱陶しいからの。美猿王の付き人も気にしなくて良い。」
「わ、分かりました。」
「私は黄風じゃ。そして此奴は私の付き人だ。」
黄風大王がそう言うと後ろから白虎の妖怪が現れた。
「宜しく頼む。」
「よ、宜しくお願いします…。」
白虎に対しても丁はガチガチの様子だった。
「美猿王。コイツは黒風(コクフウ)だ。」
牛魔王が焦げ茶色の髪は前髪が長くて顔がよく見えない男を連れて来た。
コイツが牛魔王の仲間なのか?
「よ、宜しく…。」
「あ?なんて言ったんだ?声が小さくてよく聞こえるねぇーよ。」
「ヒッ!!ご、ごめんなさい…!!」
黒風が物凄い勢いで謝って来た。
「え?いや、謝らなくても…。」
「ヒィ!!」
コイツ…俺にビビり過ぎだろ。
「アハハハ!!ソイツの事気にしなくて良いよ!いつもこんなんだからさ。」
アクセサリー同士がぶつがる音をさせながら、薄い青色の肌をした黒髪短髪の男が話し掛け来た。
「鱗青(リンセイ)。黒風の事をあまり虐めるでない。」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ。
巨大な鯰(ナマズ)が体を引き摺りながら俺と鱗青の前に現れた。
「鯰震(ネンシン)の言う通りだ。黒風は人見知りなんだ悪いな美猿王。」
「あぁ。お前の連れは変わってる奴が多いな。」
「まぁな。コイツ等は妖だからな。」
「美猿王と言ったか。我は鯰震だ。」
「どうも。」
一応、軽く頭でも下げとくか…。
ペコッと軽く頭を下げといた。
「美猿王…。ご立派です!!」
パチパチ!!
丁は俺の姿を見て拍手をした。
俺が常識ない奴って思ってんなコイツ…。
そんな事を考えていると肩を叩かれた。
「こっちに座れよ。」
そう言って牛魔王は隣の席を叩いた。
ここに座れって事か?
「あぁ、どうも。」
牛魔王の隣に座るとガラスのグラスを渡して来た。
「美猿王は酒飲めるの?」
「あー。あんまり飲んだ事ねぇな。うちの山、酒がなかったから。」
「え!?じゃあ何処で酒飲んでたの?」
「俺の山に攻め来た他所の猿から酒とか色々ぶんどった。そん時ぐらいだな。」
「アハハ!!そうかそうか!!この酒は美味いぞ。」
「へぇ。」
「ホラ、注いでやるからグラスこっちに向けろ。」
「あぁ。」
俺は牛魔王の方にグラスを向けた。
トクトクトクッ。
グラスの中に酒が注ぎ込まれた。
「改めてようこそ。」
「ここはお招きありがとうって言うべきだよな?」
「堅苦しいのは良いよ。乾杯。」
「乾杯。」
チン。
俺達は乾杯しグッと酒を流し込んだ。
今まで飲んだ事がない酒の味だった。
これは…。
「な、美味いだろ?」
牛魔王はニヤニヤしながら俺の顔を見た。
「あぁ。これは美味いな!!」
「そうかそうか!!もっと飲め!!料理もホラホラ!」
俺と牛魔王は楽しく酒を飲んだ。
混世以外は俺と牛魔王の周りに来て一緒に馬鹿騒ぎをした。
戦い以外で楽しいと思った事がなかったのに、こんなに宴が楽しいモノだと思わなかった。
牛魔王と俺はとにかく話が合って会話が途切れる事はなかった。
酒の瓶が10本目空いた時、牛魔王が赤い盃を出して来た。
「なぁ、美猿王。俺と兄弟にならないか?」
「「えぇぇぇ!!?」」
混世や黄風大王、黒風大王、鱗青、鯰震、丁が大声を上げた。
何をそんな驚いてるんだコイツ等。
そんな事を考えながら俺は酒を流し込んだ。
「牛魔王!!本気で言ってるのか!?」
大きな声を出しながら混世が牛魔王に近付いた。
「そんなに驚くか?」
「当たり前だろうが!!誰とも兄弟になろうとしなかったお前が美猿王と!?」
「あ?」
牛魔王と話していた混世が俺の方に顔を向けて来た。
「コイツと血よりも深い兄弟盃を交わすのか?!俺が盃を交わしたいと言った時は断ったのに!!」
「そうだ。」
「っな!?」
混世のこの慌てようは…。
「丁。」
「ハッ。」
俺が丁の名前を呼ぶと直ぐに俺の後ろに来た。
「兄弟盃とはそんなに凄い事か。」
「はい。兄弟盃とは血よりも濃いお互いを信頼し裏切る事のない契りの事です。本来、兄弟をする事は珍しいんですよ。」
「へぇー。だから混世が慌ててんのか。」
「そのようです。」
俺と丁がコソコソ話していると再び混世が俺に罵声を浴びせて来た。
「こんな猿と盃を交わすなんておかしいだろ!?」
「混世。牛魔王の前で美猿王の事を悪く言うのはやめよ。」
「あ?黄風は黙ってろ。」
話に入った黄風を混世が睨み付けた。
「や、やめなよ…。」
アタフタしながら黒風が2人の間に入った。
「うるせぇ!!割って入って来んなよ黒風。」
「黒風は関係ねぇだろうが。」
黒風は止めに入っただけなのに、八つ当たりしてんじゃねぇよ。
良い加減うるせーなコイツ。
俺はそう言って混世を見つめた。
「テメェ!!!」
「混世。」
「「っ!!」」
背中がゾクっとした。
牛魔王の方を見ると、黒いオーラが背中から出ていた。
こんな感覚は初めてだ。
混世も顔を青くしていた。
「殺すぞテメェ。」
「あーぁ。牛魔王の事、怒らせちゃったねぇ。」
鱗青がヤレヤレと言って頭を掻いた。
ゴンッ!!
ガシャーンッ!!!
牛魔王が混世の頭を床に叩き付けた。
「ガハッ!!」
混世の口から大量の血が吐き出された。
「アハハハ!!やるじゃん牛魔王。」
「び、美猿王…笑い事では…。」
つい、面白くて笑ってしまった。
丁が顔を青くしながら俺の笑いを止めようとしていた。
「美猿王。こんな状態だが、どうだろうか。」
牛魔王はそう言って血塗れの手で酒を持った。
この強い男と一緒ならつまらなかった日々が楽しくなるのかな。
兄弟と言う言葉の意味が分からないけど、俺の心臓が高鳴ったのは確かだ。
俺はこの男に興味を持っている。
それは本能的に興味を惹かせたこの男の魅力に俺が見せられたと言う訳か。
「美猿王…。どうなさいますか?」
丁が耳打ちして来た。
俺の考えはとっくに決まっていた。
赤い盃を牛魔王の前に差し出した。
「俺はお前と兄弟になってやるよ牛魔王。俺を楽しませてくれるのはこの先お前しかいないだろ?」
俺がそう言うと牛魔王な大声で笑った。
「アハハハ!!やっぱり俺の目に狂ってなかったな兄弟!お前を退屈させねぇよ。違う世界を見せてやるよ。」
牛魔王が俺の盃に酒を注ぎ、俺は牛魔王の盃に酒を注いだ。
そして牛魔王の右腕と俺の左腕を交互に組み盃に入った酒を喉に流し込んだ。
牛魔王にとっても美猿王にとっても初めて盃を交わした相手であり、血よりも濃い兄弟盃を交わしたので合った。
この事は全ての妖達に広まった。
美猿王と言う名も知れ渡るのに時間は掛からなかった。
この世で最も最悪な兄弟が誕生した瞬間であった。
宴が終わって4日が経った頃であった。
牛魔王は美猿王が住処にしている水簾洞に入り浸っていた。
「お前さ、いつまでいる訳?」
「へ?俺等兄弟なのにそんな事言うの?さみしーなー。」
「気持ち悪りぃぞ。」
「な!?」
寝転がっていた牛魔王が驚きながら体を起こした。
「魔王って案外暇なんだな。」
「暇なのも今日で終わりだせ兄弟。」
「あ?」
「そろそろ来る頃か。」
そう言って牛魔王が立ち上がった。
「何が来るんだよ。」
俺がそう言うと鴉が飛んで来た。
バサバサッ!!
牛魔王が手を翳すと鴉が腕に止まった。
鴉の足には文が巻かれていた。
牛魔王は文を開きじっくり中身を見ていた。
「おい、何じっくり見てんだ?」
頬杖をつきながら牛魔王に尋ねた。
すると、牛魔王が俺の横に腰を下ろして文を見せて来た。
文に目を通すと書かれていたのは屋敷の見取り図だった。
「何処の屋敷の見取り図だ?」
「四海竜王の屋敷の見取り図だ。案外、時間が掛か
ったな。」
「お前、ここにいたのは見取り図が届くのを待っていたからか?」
俺が牛魔王に尋ねると「正解。」って言葉が返って来た。
「…って言うか、四海竜王って誰?」
「はぁ?お前そんな事も知らねーのかよ…。ここの猿達は一体何を教えて来たんだよ…。」
溜め息を吐きながら牛魔王が頭を抱えた。
「俺に言ってくる事は大体この山周辺の猿や妖怪の話だけだったな。俺ぐらいしかまともに戦える奴いねーし。」
「成る程ねー。ここの連中は美猿王頼みって訳か。」
「そうなるな。それより四海竜王の話が途中だろ。」
「そうだったな。」
牛魔王がゆっくりと四海竜王について説明を始めた。
四海竜王は四海を治めるとされる4人の竜王の事で、牛魔王のは四海竜王の宮殿にある武具を奪う事が目的のようだ。
「へぇー、四海を治める竜王ね。武具を手に入れてどうすんの。」
「四海竜王の鱗で作った武器はどんな攻撃も防ぐ武具でな。俺のコレクションとして欲しい。」
「フーン。」
「一緒に行くぞ。」
牛魔王が俺の事を誘って来た。
「お前も素手だけじゃ無理だろ?武具も扱えるようになった方が良いぜ?」
そう言ってポンポンッと肩を叩かれた。
武器か…。
確かにこの山を攻めて来た他所の猿達が持って来てた事があったな…。
あの時は避けても剣とか槍の刃が掠るから厄介だったよなー。
確かに武器を扱えるようになったら良いよな。
「そうだなー。いつ行くんだ。」
「今日の夜中にでも行くぞ。」
「行動早!!」
牛魔王は行動に移すのが早い。
動かない時はとことん動かないけど。
「夜中まで時間は…あるな。よしっ、移動するぞ。」
牛魔王が高級品の懐中時計を見ながら再び立ち上がった。
「何処に?」
「海の入り口。」
「は、はぁ…?」
「ホラホラ!!夜中までには着かないと!!」
「へーいへい。」
俺達は海に向かうべく水簾洞を出た。
水簾洞を出ると、牛魔王が自分の影を操り大きいバイクを作り出した。
牛魔王の能力は自分の影を自由自在に操る事が出来る。
影を使って刀や槍、影武者や乗り物も色々作れる。
「本当いつ見ても面白い能力だよな」
「惚れた?」
影のバイクに跨った牛魔王がニヤッとしながら呟いた。
「アホか。」
俺は牛魔王の頭を軽く叩いてから後ろに跨った。
「惚れても良いからな。」
「うるせ!さっさと行くぞ!」
「へーい。」
ブンブンブン!!
牛魔王はうるさい音を立てながらバイクを走らせた。
山道をバイクで降り暫く走らせると、周りが暗くて見えないが海に着いたらしい。
「暗くて何も見えねーな。」
「そんな急ぐなよ。」
シュルルルッ!!
バイクの姿をした牛魔王の影がランプの形になった。
そして牛魔王がフゥッとランプに息を吹きかけると明かりが付いた。
「本当に便利な能力だよなー。」
「アハハハ!!美猿王だって身体能力があるじゃん。さっこっちだ。」
牛魔王はそう言って歩き出した。
俺は牛魔王の後に付いて行った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
砂浜を歩いていると満月に照らされた海に海中に続く階段が海から浮き上がっていた。
「海の中から階段が出て来た!?」
「満月の夜に海中に続く階段が出て来るんだよ。満月は4日後だったから美猿王の住処にお邪魔してた訳。」
「だから4日間いたのか…。」
「正解。」
ますますコイツの考えている事が読めない。
冗談は沢山言う癖に、頭の中で考えている事を言わない。
本当に食えない男だコイツは。
「宮殿に行くのは俺等だけか?他の六大魔王は来ないの?」
「来ないよ。お前しか誘ってねーよ。」
「混世は牛魔王の事好きそうなのに誘ってないんだ。」
「あー混世ね。アイツは使える時に使ってるだけだからあんまり呼ぶ事ねーな。それに美猿王の戦闘力の方が俺には必要だからな。」
そう言って俺の顔を見て来た。
牛魔王の目は嘘を言っていなかった。
本当に俺が必要なんだと分かった。
牛魔王の言葉を聞いて胸が熱くなった。
強い奴に認められたような気がして嬉しかった。
戦っている時に味わう快感に似ていた。
「ったく。仕方ねーな!!とことん付き合ってやるよ!」
「アハハハ!!美猿王のそう言う所が好きだぜ。」
「は、はぁ!?好きってなんだよバーカ。」
「照れるな照れるな!!さっ行くぞー。」
「ま、待てよ!!」
さっさと階段を降りて行く牛魔王の後に付いて行った。
階段を降りると透明なトンネルが現れた。
鼻を摘まずに水中で息が出来るのは謎だった。
「何で息が出来るんだ?水の中なのに。」
「美猿王さこの飴食っただろ?」
牛魔王がポケットから出して来たのは透明な飴が入った袋だった。
確かにこの飴は牛魔王が水簾洞に入り浸っていた時に何回も口に放り込まれた飴だった。
味は特にしなかった飴。
「この飴を食ったから息が出来るのか?」
「この飴の原料は鯰震の鱗(ウロコ)から作った飴だ。」
「え、鱗の飴を食わさせたのかお前!?」
うえー、気持ち悪くなって来た…。
ん?だから息が出来るのか?
何で?
「何でって思ってるだろ、簡単な事さ。鯰震は水の妖怪だからな。水の妖怪の鱗を食べれば一時的にその能力を使えるんだよ。だから美猿王にも食べさせたそれだけだ。」
「何でも知ってんな。」
「知識は大事だぜ?色々知っていた方が役に立つ事が沢山ある。これから美猿王が知らない事教えてやるよ。」
「それはどうも。」
そんな事を話しながら透明なトンネルの中を歩いた。
透明なトンネルの中に魚は入って来れないみたいで
外で魚が沢山泳いでいた。
暗い水中の道を歩いていると目の前から煌(きら)びやかな宮殿が現れた。
「うっわー眩しい。」
「あれが四海竜王の宮殿だ。」
「あれが…。」
宮殿の周りには色鮮やかな珊瑚が沢山立っていた。
後は宮殿の門に兵が何人かいた。
「何人か兵がいるみたいだな。」
「ここからは慎重に行くぞ。なるべく気配を消してだ。」
牛魔王の目がスッと変わり宮殿の間取り図を見つめた。
「あんまり騒動を起こしたくないから裏から入るぞ。」
「了解。」
「行くぜ兄弟。」
そう言って牛魔王が俺の前に拳を出して来た。
「ッフ。ヘマすんなよ兄弟。」
コツンッ。
俺達は軽く拳同士をぶつけて兵に見つからないように裏側に回った。
宮殿の裏側に回ると兵が1人もいなかった。
裏側にあるのは中に繋がる扉が1つ。
「あそこの扉から入るぞ。」
「了解。」
牛魔王がドアの部に手を伸ばしゆっくりと扉を開けた。
キィィィ…。
「誰もいないみたいだな。」
「あぁ。」
俺達は周囲に気を配りながら宮殿の中に入った。
「武器庫は2階にあるみたいだな…。ここは…地下に当たる場所か。」
間取り図を見ながら牛魔王が周囲を見渡した。
カツカツカツッ。
右の曲がり角から足音が聞こえた。
俺達は近くにあった大きな置き物の後ろに隠れた。
「見回りって怠いよなー。」
「何にもないのになー。」
声からして2人ぐらい…か?
どうやら見回りの警備兵が2人来たらしい。
「殺して身包みを剥ぐか。」
俺がそう言うと牛魔王はフッと口角を少し上げた。
牛魔王と同じ考えだったようだ。
警備兵が俺達の後ろを向いた瞬間、俺と牛魔王は警備兵の首に腕を回し思いっきり右に曲げた。
ゴキッ!!
「ゔっ!?」
「ゴッ!?」
警備兵は泡を噴きながらその場に倒れた。
スッと首の動脈がまだ動いているか確認をすると動脈は動いていなかった。
「うしっ。コイツ等の服を脱がして着替えるぞ。」
「転がってる死体は何処に隠すんだ?」
クチャクチャッ。
咀嚼音(そしゃくおん)が後ろから聞こえてきた。
振り返ると牛魔王の影が化け物の姿になって2人の警備兵の死体を食べていた。
「お、お前の影って…人とか食べるんだな…。」
「何でも食べるぞー。」
牛魔王は服を脱ぎながら得意げに話した。
俺は黙々と警備兵の服に着替えた。
普通は鎧を着ているだけだが、宮殿の警備兵の服は黒の襟が大きめの長いジャケットに右袖には沢山のベルトが巻き付けてあってカッコイイデザインだった。
そして腰に刀を下げれば警備兵の出来上がりだ。
「コレで動きやすいな。」
「よし、2階に向かうぞ。」
「あぁ。」
俺達は2階に向かった。
2階に向かう途中に何人かの警備兵と鉢合わせたが俺達に敬礼をして去って行った。
案外、警備兵の奴等はお互いの顔を覚えていないのかも知れないな。
2階に着くと警備兵は誰1人いなくすんなりと武器庫に侵入出来た。
剣や盾に斧と鎧などが沢山あった。
武器庫の武器達には鱗が付いていた。
「へー結構あるな。どうやって持って帰んの?」
「ん?そりゃあ…俺の影をこうやって…。」
牛魔王がそう言うと影の化け物が大きな口を開けて
剣と盾を飲み込んだ。
「おいおい!飲み込んでいいのか!?」
「大丈夫♪自由自在に操れるって言っただろ?食べるのも食べないのも操れんの。武器を影の中に閉まっただけー。美猿王もどれか武器を選んで持って来いよ。」
「あぁ。」
そう言って周囲を見渡すとふと1つの棒が目に入った。
俺はその棒に近付き手に取った。
赤い色の棒に黒い彼岸花の模様があしらわれていて
両端には金箍(かなたが)が付いていた。
「美猿王それ、如意棒じゃね?」
「如意棒?何ソレ。」
「自分の意思で自由自在に伸縮する棒だよ。」
「ふーん。」
俺はクルクルッと如意棒を回し伸びろと念じてみたら凄い勢いで如意棒が伸びた。
カチッ。
「「ん?」」
伸びた拍子に何かのスイッチを押したようだった。
ビービービービービービービー!!!
「侵入者!!侵入者!!」
どうやら警報スイッチを押してしまったらしい。
あ、ヤッベ…。
「あ、悪りぃ。」
「まさか警報スイッチだったとは…。」
牛魔王に謝っていると武器庫の外から足音が聞こえた。
バンッ!!
乱暴に武器庫の扉が開けられた。
警備兵の数はザッと20人。
「侵入者を確保せよ!!」
「コイツ等、武器を持って行く気だ!!」
前方の警備兵10人が俺達を取り押さえようとした。
俺は如意棒を構え"伸びろ"と念じながら振り回すと、如意棒が元の長さよりも長く伸び警備兵の1人の脇腹に当たり残りの警備兵9人を振り飛ばした。
「うわぁぁ!!」
「ガハッ!!」
「ヒュー!!やるねぇ!!」
牛魔王は口笛を吹きながら振り飛ばされた警備兵を牛魔王の影の化け物がパクッと口に入れ、クチャクチャと音を立てながら食べていた。
「コイツ!!影の中から化け物が出て来たぞ!?」
「何だよコイツ等!!」
残り10人の警備兵達が怯えながら武器を構え直した。
「道を開けてもらおうかな?」
牛魔王はそう言ってパチンッと指を鳴らした。
シュシュシュシュッ!!
牛魔王の影が残り10人の警備兵達の足元に移動し、影が沢山の長い棘に変わった。
グサグサグサグサ!!
沢山の棘が体や足を貫いた。
「ギャアアアアア!!」
「痛い!!痛い痛い!!」
棘が刺さっている為、警備兵達が体を動かそうとしても更に棘が刺さり動けない状態になった。
「今のうちにここから出るぞ!!」
「了解!!」
俺達は金庫室を出て急いでさっき入った出入り口に向かおうとした時だった。
出た瞬間、牛魔王に1人の男が斬りかかった。
キーンッ!!
牛魔王は咄嗟に腰に下げていた剣を抜き攻撃を止めた。
俺は牛魔王に斬りかかった男を見つめた。
薄ピンク色のツンツンヘアーに色白の肌、紫色の瞳が目に入った。
「天蓬元帥(てんぽうげんすい)!!」
棘に串刺しになっている警備兵の1人が叫んだ。
「困るんだよねぇー。こう言う事されると俺の仕事が増えるじゃん?」
そう言いながら牛魔王から距離を取った。
「天蓬元帥?何か聞いた事あるな…。」
「牛魔王!!平気か?」
俺は顎に手を添えている牛魔王に近寄った。
「あ?平気平気。それよりも…。」
タタタタタタタッ!!
「天蓬元帥!!ご無事ですか!?」
天蓬元帥と呼ばれる男の後ろから30人ほどの警備兵が集まった。
牛魔王はブツブツ言いながら考え事をしていた。
「おい牛魔王!!かなりの人数が集まって来たぞ!?」
「あ?大丈夫だろ。俺とお前だし。もう思い出せねーからいいや。」
「おいおい…大丈夫か?」
本当に牛魔王はお気楽と言うかなんと言うか…。
「お前等さ、ちゃんと見回りしろって俺言ったよな?」
天蓬元帥と言う男が言葉を放つと空気が一瞬で冷たくなった。
警備兵達は一気に顔に覇気がなくなった。
きっと天蓬元帥と言う男の背中から圧を感じているのだろう。
警備兵達の顔をじっくりと見てみた。
あれは完全にビビッてる顔だ。
俺達猿と同じで上下関係がハッキリしてんだろうな。
「も、申し訳ありません!!し、しっかり見回りしたつもりなんですが…。」
「言い訳を聞いてんじゃないんだよ。したつもりじゃなくしましたって言えない時点で出来てねぇんだ。」
「す、すみません天蓬元帥…。」
「ったく、おいそこの妖怪2人。大人しく捕まってくんないかな?」
警備兵達と会話をした後、天蓬が俺達に剣を向けて来た。
「俺達は捕まる気は一切ないよ天蓬元帥殿?」
牛魔王が挑発するように影を操り遊んで見せた。
「言ってくれるねぇ。俺より強いって言いたい訳ね?そう言うの嫌いじゃないよ?」
牛魔王は操っていた影を両側の壁に鋭い棘を反射させ天蓬の後ろに居た警備兵達を貫き始めた。
ブジャァァァァ!!
「ギャアアアアア!」
「な、何だコレ!!」
飛び散る血の中、影を避けようとしても両側の壁に影が反射し避ける事が出来ない様子だった。
天蓬は素早い動きで牛魔王に斬りかかろうとしたのを俺が如意棒を使って剣の攻撃を止め天蓬の脇腹に回し蹴りを入れた。
フワッと天蓬の体が浮いたのを確認した牛魔王はすかさず壁に反射させた影で天蓬の体を貫こうとした。
だが、天蓬は素早く体勢を整え影を剣で真っ二つ斬った。
「天蓬元帥!!」
「流石です!!」
警備兵達は天蓬の姿を見て歓喜の声を上げた。
「ハッ!!」
空中で1回転した天蓬が俺に斬りかかって来た。
俺の動きが少し遅かったようで天蓬の剣の先が俺の肩に掠った。
グシャッ!!
ッチ、痛ってぇなこの野郎!!
「中々いい蹴りだったぞ。さ、お前のお連れは怪我したみたいだし、後はお前だけだな。」
「悪りぃ牛魔王。」
俺がそう言うと牛魔王は俺に耳打ちした。
「アイツは俺が引き受けるからお前はあの雑魚をやれ。俺達が水中で息が出来るのにタイムリミットがある。日の出が登る前にここを脱出しないといけねぇ。」
「つまり二手に分かれてここを脱出し、地上で落ち合うって事で良いのか?」
「正解。話が早くて助かる。行けるよな?兄弟。」
その言葉を聞いてさっきまで痛かった肩が痛くなくなった。
心臓が昂った。
あぁ、俺はコイツに期待されてる。
俺は如意棒を構え直した。
「誰に言ってんだ兄弟。」
「フッ。行くぞ!!」
俺は天蓬の後ろにいる警備兵達に向かって行き如意棒を伸ばしながら振り回した。
俺を止めようとする天蓬を牛魔王が影を操り俺に近寄れないようにしていた。
「オラオラ!!」
「こんの妖怪共が!!」
俺は如意棒を振り回しながら警備兵の1人の剣の攻撃を止め、左から来た警備兵の頭を鷲掴みし地面に叩き付けた。
グチャァ…。
警備兵の数はザッと15人ちょいか。
1人1人相手にしてても拉致があかない。
ここは牛魔王達から距離を引き離すか。
俺は牛魔王達とは逆方向に走り出した。
「待て!!」
「追いかけろ!!」
タタタタタタタッ!!
俺の後を警備兵達が追い掛けて来た。
「はぁ…、はぁ…。」
息が上がる。
いつもは息が上がらないのに何でだ?
ズキンッ!!
そんな事を考えていると肩に痛みが走った。
ッチ!!怪我しただけでこんなに息が上がるもんか?
俺は曲がり角を利用し、目に入った部屋に素早く入った。
バタン!!
扉の向こうで走って行く足音が、小さくなった事を確認してから座り込んだ。
コポポポポッ…。
ウィーン、ウィーン。
水の音と機械の鳴る音が耳に入った。
周囲を見渡すと縦長い水藻が沢山設置されていて床から草が沢山生えていた。
「何だ?この部屋…。」
ズキンッ!!
肩に鋭い痛みが走った。
剣で斬られた事なんてなかったからなのか、肩がの傷が異常に痛い。
傷が焼けるのように熱い…。
何だコレ…。
体が怠い。
「はぁ…。」
それにしてもこの部屋は何なんだ?
デカイ水槽が沢山あるけど、中に何か入ってんのか?
重たい体に鞭を打って立ち上がった。
コポポポポッ…。
「ん?これは…女?」
水槽の中に金色のフワフワの髪の色白い裸の女が入っていた。
口には酸素を送っている機械が着けられていた。
「何で女が入ってるんだ?まさかここにある水槽の中にこの女が入ってるのか?」
俺は気になってここにある水槽の中を全員見て回った。
水槽の中にはやっぱり最初に見た女が入っていた。
「何なんだこの部屋…。気持ち悪っ。」
その中でも1番大きな水槽の中に入っている女だけ、左目の下にダイヤのマークが付いていた。
何故か俺は大きな水槽の前から動けなかった。
どうしてもこの水槽に入った女が気になった。
すると、女の瞼がピクッと動いた。
そして瞼がゆっくりと上がり黄色の瞳が俺を写した。
女はジッと俺の事を見てきた。
ー 美猿王は宮殿の宝が武器だと思い込んでいた。
だが、本当の宝はこの少女である事に気付ずいた。
天界では密かに、美猿王と牛魔王が兄弟盃を交わした事が神達の間で騒がれていた。
美猿王の今までして来た悪さや計り知れない強さに神々達は頭を悩ませていた。
どうしたら美猿王や牛魔王の動きが止められるのか…と。
そこで、神々達は妖怪と同等に戦える兵を作れば良いと判断した。
神々は人間と同じ姿の兵器を作り出す実験を行なっており、海深い宮殿の研究室にて四海竜王達と協力しながら兵器を作っていた。
美猿王はたまたま、研究室に入ってしまったのだったー
「あなた…。」
「っ!?」
コイツ喋れるのか!?
「ケガ…してる。」
「へ?」
「あそ…この薬。飲ん…だら治る。」
女はそう言って机に置いてある瓶を指差した。
「コレを飲めって事か?」
俺がそう言うと女が頷いた。
んー、怪しいけどいつまでも体が怠いのは嫌だし飲んでみるか…?
俺は机の上に置いてある瓶を手に取り蓋を開けた。
そして意を決して透明の液体を体に流し込んだ。
すると肩の傷が再生し始め体の怠さが無くなった。
「怪我が治った…だと?」
「よか…た。あな…たの傷、妖怪退治専用の剣…で斬られた傷。」
「だから傷口が焼けるように熱かったのか?」
そう言うと女が頷いた。
だから、牛魔王はこの宮殿にある武器が欲しかったのか。
やっと理解出来たな。
「ありがとな。お陰で助かったわ。」
「お礼を言われる事…して…ない。」
「いやいや、十分お礼を言われる事したよお前は。」
「変な…奴。」
「アハハハ!変な奴は初めて言われたわ。それより
お前は何でこんな水槽に閉じ込められてんの?」
俺がそう言うと女は黙った。
「わから…ない。」
「分からないのか?」
「うん。」
「そうか。」
「うん。」
ジッと女の体を見つめた。
よく見ると体にたくさんの器具が付いていた。
この女みたいに水槽に閉じ込められている奴とか、
人の姿をした物体、武器。
俺の知らない事がこの世界には山程あるって事に気付いた。
タタタタタタタッ!!
扉の向こうから再び足音が聞こえて来た。
「やっべ!!急いでここを出ないと!!」
「こっちの。」
「え!?」
「こっちの…扉から…出たら裏に…出るから。」
女のは左に側にある扉を指差した。
「俺を逃すのか?」
「うん。」
「何で?」
理由が分からなかった。
何でコイツは俺を逃したり傷を直させたりしたんだ?
「理由は…分からない。」
「分からない…って。」
「分からないけど…、にが、してあげ…たいから?」
そう言って女は首を傾げた。
感情が分からないのかこの女は…。
ずっとこんな水槽の中に閉じ込められていたのか。
「この部屋も確認するぞ!!」
「っ!!」
警備兵達がこの部屋に入ってこようとしていた。
「ありがとな!助かったぜ!!」
俺は女に礼を言って左側にある扉に向かって走った。
扉を開けると、真っ暗だった。
俺は無我夢中で暗闇の中を真っ直ぐ走った。
いつまで走れば外に出れるんだ…。
チカチカチカッ!!
前方から一筋の光が見えた。
「見えた!!」
俺は全速力で光の刺す方向に向かって走った。
暗闇を抜けると地上に出ていた。
あの部屋の構造からどうして地上に出られたのかは
分からないが、日の出までに間に合って良かったと思った。
「美猿王。遅かったじゃん?」
声のした方に視線を向けるとボロボロの牛魔王の姿が見えた。
「牛魔王!!無事だったか。」
「なんとかな…。美猿王も無事で良かったわ。」
「ハハハッ。今日は…疲れたわ。」
そう言って俺は浜辺に寝転がった。
「俺も。」
牛魔王も俺の横で寝転って来たので、俺達は顔を見合わせて笑った。
こんな日も悪くないと思えたんだ。
何回も見た朝日は今日は一段と綺麗に見えた。
美猿王はのちに、仲間になる猪八戒(チョハッカイ)
そして神々が作った人型兵器、哪吒太子(ナタクタイシ)と出会っていた事をこの時はまだ知らなかった。
この日以来、俺達は色んな宮殿や屋敷に潜入して武
器やら財宝やらを盗んでは宴を開いた。
六大魔王達と一緒になって1つの村を落とした事もあった。
混世以外の奴等と仲良くなった。
相変わらず混世は俺の事を毛嫌いしている。
牛魔王と一緒なら俺はどこまでも行ける気がしていた。
大切な兄弟…。
俺は心の中ではそう思っていたんだ。
あれから3年が経った冬の頃だった。
美猿王 十七歳
牛魔王の屋敷で忘年会と言う名の宴を開いていた。
「アハハハ!!美猿王よ!!飲んでいるか!?」
「飲んでる飲んでる。」
「ホラホラ!!もっと飲め!!」
俺のグラスに真っ赤な顔をした鱗青が酒を注いできた。
黒風は俺の隣で黙々と酒を飲んでいた。
何故か俺に懐いてしまった黒風は必ず俺の隣に座ってくる。
あんまり話さないが俺が話している姿を見てクスクスと笑う黒風は可愛いので、いつも頭を撫でている。
「本当に黒風はよく美猿王に懐いとるのぉ。」
「あ、黄風。可愛いだろ?」
俺が黄風に言うと黒風はポッと顔を赤くした。
「人見知りの黒風をここまでにさせるとは、美猿王には何か妖を惹きつける魅力があるのかもしれんな。」
「俺に?考えた事なかったな。」
「それだけ兄弟が魅力的って事だろ?なぁ黒風。」
牛魔王が後ろから黒風の肩を掴んだ。
「美猿王は…こんな僕と仲良くしてくれるんだ。」
ボソッと黒風が呟いた。
「アハハ!!そうかそうか、それより美猿王。面白い話を聞いたんだが聞いてくれるか?」
そう言って牛魔王は庭を指差した。
コイツ等には聞かせられない話って事か。
俺と牛魔王は宴から抜け出し庭に向かった。
庭に着くと俺達は酒を飲みながらベンチに腰掛けた。
「それで?アイツ等に聞かせたくない話って何?」
「お前俺の事よく見てんな。」
「いやいや、普通に分かるだろ。」
「俺の兄弟は流石だな。」
牛魔王に兄弟と言われるとむず痒くなる。
俺はポリポリッと軽く頬を掻いた。
「美猿王はさ、不老不死に興味あるか?」
「不老不死…?」
「永遠の命が手に入るとしらたさ、お前はどうする?」
牛魔王はそう言って、俺の目を真っ直ぐ見てきた。
「命か…。そんな事を考えた事がなかったな。」
「俺は欲しいんだよ。永遠の命を。」
牛魔王はそう言ってギュッと拳を握った。
命…か。
俺もいつかは死ぬんだろうなぐらいにしか思っていなかったしな。
「永遠の命なんて手に入るのか?物じゃないんだからよ。」
「あるんだよソレが。」
「はぁ?マジかよ。」
「不老不死の術を開発した奴がいるんだ。ソイツの名前は須菩提祖師(スボダイソシ)。あらゆる体術や術の達人だそうだ。」
へぇ…、流石牛魔王。
既に調べがついてるって事か。
牛魔王が俺にこう言った話をする時は俺に頼み事がある時だ。
もう3年も一緒にいたらコイツの考えてる事ぐらい分かるようになった。
「それで?俺は何すれば良い訳?」
俺がそう言うと牛魔王はニヤッと笑った。
「流石だ兄弟。お前にこの須菩提祖師から巻き物取って来て欲しいんだ。」
「術を取ってくる?」
「あぁ。須菩提祖師が不老不死の術を巻き物に封じ込めて保管してるって鴉達が教えてくれたのさ。」
「鴉って…。あぁ。」
牛魔王が使いに使ってる鴉の事か。
「成る程。それで?その須菩提祖師って奴はどこにいるんだ?」
「西牛貨州 霊台方寸山 斜月三星洞。
(にしごかしゅう れいだいほうすいさん しゃがつさむさんどう)。」
「そこにいるのか。」
「あぁ、間違いないだろう。これが地図だ。」
そう言って牛魔王は地図を渡して来た。
俺は地図を受け取とりポケットに入れた。
「暫くお別れだな兄弟。」
トポポポポッ。
牛魔王が俺のグラスに酒を注ぎながら呟いた。
「毎日一緒にいたんだからたまには離れるのもいんじゃね?」
「アハハハ!!確かに。」
「そんじゃ今日はお前と飲む最後の酒って訳だ。」
「そうだな。」
俺達は静かにグラスを合わせた。
まさか、これが本当に牛魔王と飲む最後の酒になるとはこの時の俺は思っていなかった。
次の日、俺は水簾洞で西牛貨州に向かうべく丁と一緒に荷造りをしていた。
「美猿王。本当に西牛貨州に向かうんですか?」
「あぁ。牛魔王の頼みだからな。」
「ここから西牛貨州はめちゃくちゃ遠いんですよ?何日もかかりますよ?」
「分かってる。」
「美猿王がここから離れてしまうのは寂しいです。長老様が泣いてましたよ?」
俺は産まれてからこの土地を出た事がなかった。
ずっとこの花果山を他の奴等から守るのが俺の役目で、沢山の奴等を殺して来た。
もうこの土地の奴等で俺に勝負を挑んで来る奴はいないし、違う土地に行ってみるのは悪くない話だと思った。
「丁。用意した服はどこにあんだ?」
「はい!こちらに…。」
丁はそう言って俺に服を渡して来た。
服を広げて見ると黒のチャイナパオだった。
チャイナパオを着た後に黒いズボンを履いた。
「これでどこから見ても人ですね。」
「助かった丁。」
俺は荷物を肩に掛けた。
「じゃあ行って来る。留守は頼んだぞ丁。」
「分かりました。御武運を。」
水簾洞を出ると長老や花果山に住んでいる猿達が涙を流しながら俺を見送った。
山を降りて俺は地図を広げた。
「西牛貨州はこっからひたすら西に向かえばいいのか。とりあえず行きますか。」
俺は地図を閉じて西側に向かった。
小さな町を幾つか通ったり荷物を運ぶ馬車の後ろに乗せてもらいながら西側に向かった。
どの町の人間は妖とか戦を知らない奴等ばっかりで、名前の知らない俺にご飯や寝床を与えてくれた。
俺の事を知らないのに優しくしてくれた。
何か調子が狂う。
「兄ちゃん。どこに向か途中なんだ?」
馬車を走らせている爺さんが俺に尋ねて来た。
「あ?俺は須菩提祖師を探しに西牛貨州に向かってんの。」
「おおお!須菩提祖師殿を探して!!」
「爺さん知ってんのか?」
「兄ちゃん知らないの?須菩提祖師殿はあらゆる体術や術を使いこなすお方で天帝方にも好かれていて、我々にも優しくしてくださる。」
爺さんは興奮しながら須菩提祖師の話をしている。
つまり須菩提祖師って奴は良い奴って事ね。
天帝って確か…、牛魔王が前に教えてくれたんだよな。
この天界を仕切ってる奴等が天帝って言ってたな。
「へぇ、凄い奴なんだな。」
「そりゃそうさ!」
流れて行く雲を見ながら爺さんの話を黙って聞いた。
須菩提祖師って奴は人間にも神様にも好かれてて妖達には嫌われてるって事。
あらゆる技を使って妖怪を退治して来たとか。
でも俺って妖なのか?
人の姿はしてるけど人間なのか?
そもそも俺はどうやって産まれたのか…。
どうして俺はあそこで産まれたのか分からない。
そんな事も考えた事がなかった。
「そうかそうか。兄ちゃんが須菩提祖師殿を探してるなら西牛貨州の麓(フモト)まで送って行ってやるよ!!」
「え、良いのか爺さん。」
「良いとも良いとも!!兄ちゃんはオレの話に付き合ってくれてる礼だよ!!」
「…。あ、ありがと。」
「良いって事よ!さっ!少し飛ばすぞ!!」
爺さんはそう言って馬に鞭を打った。
馬は「ヒヒヒィーンッ!!」と声を上げて足を早めた。
ガタガタガタッ。
本当に調子が狂う。
俺が今まで出会って来た人間は損得関係なく俺に優しくしてくれる。
そんな優しさ触れて俺の心が息苦しさを感じた。
だって俺に優しくしてくれる奴らは、俺が戦いに勝った時だけだった。
丁と牛魔王だけが俺を慕ってくれていたな。
馬車が揺れて俺は荷物の芝生の上で少し寝てしまった。
「兄ちゃん!!兄ちゃん!!」
「ん…?」
「もうすぐ着くよ!!」
「あ…、俺、寝てたか?」
「大丈夫大丈夫!こんなに気持ちいい天気だと寝ちまうよな!」
俺はゆっくりと体を起こした。
「…。」
俺はポケットの中に入れていた小さくした如意棒を取り出した。
「爺さん止まってくれ。」
「え!?」
「良いから。」
「わ、分かった?」
そう言って爺さんは馬車を止めた。
「どうしたんだい?いきなり。」
「シッ。」
俺は爺さんの口を手で塞いだ。
囲まれてたな。
俺達の今いる場所は小さな山の山道の出口だ。
数は…10か20。
人間の足音じゃねぇな。
妖か?
爺さんを囮にして俺だけ西牛貨州に行く事だって出来る。
だけど、俺は自分でも信じがたい言葉を先走って口に出してしまっていた。
「爺さん。俺を置いて山道を出ろ。」
「え!?急にどうしたんだい?」
「俺達、妖に囲まれてる。多分20はいる。」
「何だって!?」
俺は馬車から降りて馬のケツを蹴り上げた。
「ヒヒヒィーンッ!!!」
驚いた馬は猛スピードで走り出した。
「お、おい兄ちゃん!!」
爺さんは俺の方を振り向いたまま馬車が走って行った。
「何してんだ俺は。」
ガシガシッ。
頭を掻きながら溜め息を吐いた。
俺は如意棒を扱いやすい長さにして大声を上げた。
「いるのは分かってんだ!!見てないでさっさと出てこいよ!!」
そう言うとゾロゾロと獣の姿をした妖が20体出て来た。
「テメェ。俺等の獲物を勝手に逃してんじゃねぇぞゴラァ!!!」
「ブチ殺すぞテメェ!!」
妖怪達が次から次へと声を上げる。
ギャアギャアとうるせぇ奴等だな。
「うるせぇ!!ギャアギャア騒ぐなうっとしい!!」
俺が大声を上げると妖怪達が黙った。
「御託は良い。さっさとかかって来いよ。」
そう言って指をクイクイッと動かした。
「俺達をなめやがってんな!?おい!!やっちまえ!!」
大将らしき妖が叫ぶと残りの妖達が一斉に俺に飛んで来た。
俺は1番初めに飛んで来た妖を如意棒で拭き飛ばした。
そして右から攻めて来た4体の妖を如意棒をさらに長くして振り飛ばした。
左から飛んで来た妖の頭を鷲掴みにし膝蹴りを入れた。
「ヴッ!!」
蹴りを入れられた妖の鼻と口から血が溢れた。
「おいおい…。大将ヤバイよ…。」
「何だよ。威張って来た割に全然大した事ねぇな。次は誰がかかって来るんだ?あ?」
そう言って鷲掴みにしていた妖を大将の妖の前に放り投げた。
「うるせぇー!!」
そう言って、大将の妖が飛んで来たその時だった。
「音爆螺旋(オンバクラセン)。」
謎の声と共に光の鎖が現れ妖怪達が鎖に縛られてた。
「何だ!?」
光の鎖がどこからで出て来たんだ!?
「ぐ!!な、何だコレ!?」
「ヴッ!!」
妖怪達が呻き声を上げながら鎖を解こうとしていた。
ジュュュウ…。
肉の焼けるの匂いが鼻に届いた。
妖怪達の体の肉が鎖の縛られてる部分から焼けていた。
「ギャアアアアア!」
「痛い!!痛い!!」
「痛くはないだろう?散々悪さをして来たんだからな。」
チャンチャンッ。
前から歩いて来たのは錫杖を持った網代笠(アジロガサ)を被り法衣を着た年寄りの男が現れた。
「アンタ…坊さんか?この鎖はアンタが出したのか?」
「この鎖か?あぁ…私が出した物だ。」
坊さんがそう言うと、坊さんの周りにお札が数枚浮いていた。
そして坊さんが指を素早く動かすと浮いていた札が妖の額に張り付いた。
「急急如律令(キュウキュウニョリツリョウ)。」
坊さんがそう呟くと妖の額が弾け飛んだ。
妖の体は粉状になり風と共に消えて行った。
目の前で起きている事が理解出来なかった。
当然だ。
だって俺が今まで生きて来た中で見た事がなかったんだからな。
「老人からお前さんが妖達と戦っておるって聞いてな?大丈夫だったかな?」
そう言って坊さんは俺に近付いた。
「ん?お前さん…人ではないな?」
「っ!?」
この坊さん…、俺が人じゃない事を見抜いた?
「だが…妖でもない……。不思議じゃな…。」
「マジマジと見られんのも困るんだけど。」
「お前さんの持っとる棒は如意棒か?宮殿の…。」
「あ?あぁそうだけど。」
そう言うと頭に激痛が走った。
「いってぇーな!!いきなり何すんだこのじじぃ!!」
坊さんが俺の頭にゲンコツを落として来た.
「悪さをしたら怒るのは当然だろう!?まったく何で盗みをしたんだ!!」
「じじぃには関係ねぇーだろ!?」
「関係大ありじゃ!!この馬鹿モン!!」
そう言って坊さんがもう一発俺の頭を叩いた。
「あ!!須菩提祖師殿!!」
坊さんの後ろから馬車に乗せてくれた爺さんが走って来た。
「おおお。先程のご老人。」
「あぁ…間に合って良かった!!大丈夫かね青年よ。」
「あ、あぁ。そ、それよりも爺さん。このじじぃの事、何て言った?」
俺が坊さんを指差しながらそう言うと爺さんが驚いた顔をした。
「な、何を言っているのやら…。それとじじぃと呼ぶでないぞ。このお方は青年が探しておった須菩提祖師殿だよ。」
すぼ、須菩提祖師…って。
「えぇぇぇぇ!!?こ、このじじぃが!?」
「誰が、じじぃじゃ!!」
坊さんはそう言って、俺の頭にゲンコツを落とした。
これが須菩提祖師と、のちに孫悟空の名前を貰う美猿王との出会いだった。
この野郎…。
いつか絶対泣かす!!
頭をそっと触ると何個かコブが出来ていた。
「それで?お前さんは何故、私を探しておる?」
坊さんが俺に問いて来た。
「アンタの持ってる不老不死の巻き物を寄越せ。」
俺はそう言って坊さんに如意棒を振り翳した。
ビュンッ!!
だが、如意棒が坊さんに当たる事がなかった。
同時に俺の体が拘束されているのに気が付いた。
俺は周囲を目だけで追った。
すると地方八方の木に札が貼られていて、札から光の鎖が出ていた。
光の鎖が俺の体を拘束していた。
「っな!?テメェ!!!何しやがる!!」
「それはお前さんだろ。いきなり殴りかかりおって。」
「さっきから俺の頭を叩いてたろ!?テメェが言うなじじぃ!!」
「誰がじじぃじゃ!!この馬鹿モン!!」
体を動かそうとしても微動だに動かない。
このじじぃ…、かなりやるな。
「どうして不老不死の巻き物が欲しいのじゃ?それとどこからその情報を?」
そう言って坊さんが近付いて来た。
「あ?んなもんどこからでも良いだろ。つうかテメェに関係ねーだろ。あ?」
そう言って俺は坊さんを睨んだ。
牛魔王から聞いた事なんかこんなじじぃに言う必要がねぇし、言うつもりもねぇ。
兄弟を売る事は絶対にしねぇよ。
坊さんは俺の目を見て何かを察したらしい。
「成る程な。友を裏切る事は出来ない…っと。」
「…。」
「お前さんか牛魔王と兄弟になったと言う美猿王は。」
「その事を誰から聞いたんだよ。」
俺は再び坊さんを睨み付けた。
「そんな睨むでないよ。天帝からお前さん達の噂を聞いていたから分かってただけだよ。」
「噂?何の噂だじじぃ。」
「誰がじ…って、もういいか。牛魔王と共に様々な悪事を行っていると。」
「その天帝とやらが何で俺達の噂をしてんだよ。」
俺は話をしつつ如意棒に念じていた。
すると如意棒が小さくなり光の鎖から外れた。
そして俺は如意棒を持っている右腕を大きく振り上げた。
パリーンッ!!
振り上げた衝撃で光の鎖が解かれ俺はジャンプをしながら再び坊さんに如意棒を振り翳した。
坊さんが如意棒を手で止めようとしていたので俺は
足で坊さんの手を弾き如意棒を振り落とした。
今度こそ落としたと思った時、俺の視界がグラッと
揺れた。
ドサッ!!
坊さんが俺を地面に叩き付けた。
頭を押さえ付けられ背中に坊さんの体重を感じた。
身動きが取れない状態だった。
どうして、この体制になったのか分からなかった。
一瞬の出来事だった。
「っ!!離せじじぃ!!」
「暴れるでないよ。光の鎖を解くとは…中々やるな小僧。」
坊さんの口調が変わった。
この圧倒的なオーラはなんだ。
何をやってもお前じゃ勝てないぞって言われている気がした。
ポンポンッ。
頭を優しく撫でられた。
何で急に頭を撫でたんだ?
「わしには勝てないよお前さんじゃ。」
「そんなの…やってみねぇと分からないだろ!!」
「勝てないよ。基礎がなっておらんからな。どうしてお前さんはそんなに不老不死の巻き物を欲しがる?」
「手に入れたいからに決まってんだろ。」
「わしからしたらお前さん自身は巻き物を欲しがっていないように見えるのだが?」
「っ!?」
不意に確信を突かれた。
俺は不老不死なんか興味はない。
「牛魔王の為にここまで来たのだろう?こんな遠くまで。」
そう言ってまた、頭をポンポンッと優しく撫でられ
た。
心臓が締め付けられる感覚がした。
それと同時に胸の苦しくさと目頭が熱くなった。
俺は…、牛魔王の喜ぶ姿が見たかったんだ。
牛魔王と兄弟になれた事が嬉しかった。
俺に気を使わずに気楽に接してくれた。
今まで俺がやってきた事は俺が、牛魔王に何かしてあげたくてやっていた事だった。
俺の意思は関係なかった。
「美猿王よ。相手を喜ばせる方法は他にも沢山あるんだ。殺しや窃盗をするんじゃなくてな?」
俺は声が出せなかった。
声を出そうとしても目から涙を出さないように必死だった。
どうしてこんなにじじぃの言葉が胸に刺さる。
情けない。
こんなじじぃに一歩も歯が立たない事。
こんなじじぃに確信を突かれた事。
どうやっても巻き物を奪える事は出来なさそうだな。
俺もここまでか。
「さっさと殺せよ。」
俺はそう言って瞼を閉じた。
すると背中の重さが無くなった。
「美猿王を殺す理由がない。それにお前さんを気に入ったんだよわしは。」
「は?」
驚いて瞼を開けると網代笠を取った坊さんの姿が目に入った。
長い白髪の髪は後ろで一本に結ばれていて、優しい目の下にはシワが数本入っていた。
「わしの弟子になれ美猿王。」
「は?自分が何を言ったか分かってんのかじじぃ。」
「お前さんに弟子になれと言った事か?」
「俺なんか側に置いたら色々マズイだろうが。」
俺はそう言って立ち上がった。
「気にしてくれてるのか?」
「は、はぁ!?ふざけんなよじじぃ!!」
「美猿王、お前さんが知らない事がこの世界には沢山ある。世界を知りなさい美猿王。」
俺の知らない世界だと?
「わしの弟子になれ美猿王。」
そう言って俺に手を差し出して来た。
ブワァッ!!
暖かい風が俺と坊さんを包み込んだ。
俺の知らない事がこの世界には沢山ある。
どうして人間は優しくするのか。
どうして人間は優しい言葉を使えるのか。
どうして…、俺はこの世に産まれたのか。
あぁ…、そうか。
俺は世界を知る必要があるのか。
「ッフ。後悔すんなよじじぃ。」
そう言って俺は差し出された手を掴んだ。
この時、俺は牛魔王の事が頭から消えていた。
「今からお前さんはわしの弟子になった訳だ。じじぃと呼ぶのはやめなさい。」
「は?じゃあ何て呼べば良いんだよ。」
「須菩提祖師殿じゃ。」
「長いから却下。爺さんで良いだろ。」
「爺さん!?ま、まぁ良いだろう。さっ行くぞ美猿王。」
そう言って爺さんは自分の荷物を俺に渡した。
「は?」
「は?じゃない。ほれ、荷物を持て。」
「何で。」
「わしの弟子だから。」
爺さんはニコッと笑って歩き出した。
俺は渋々、爺さんの後に付いて行った。
小さな街を2つ渡り3日掛かって霊台方寸山に到着した。
「さ、この山の中にわしの寺がある。予定より早く着いて良かった良かった!!」
そう言って爺さんはケラケラッと笑った。
「そりゃあ良かったな。」
「それにしてもお前さんは沢山の荷物を持って歩いているのに息切れ1つもしないのぉ。」
「あ?別に疲れてねーもん。」
「ほぉ…。凄まじい体力じゃなあ。」
そんな話をしていると「須菩提祖師殿!!」っと呼ぶ声がした。
霊台方寸山の入り口に目を向けると坊主頭の少年が3人立っていた。
「須菩提祖師殿ご無事で何よりです。」
「お帰りなさい須菩提祖師殿。」
3人の少年は爺さんに近付き目をキラキラさせていた。
へぇ、かなり慕われてるみたいだな。
3人のうち1人の少年が俺の存在に気が付いた。
「須菩提祖師殿。このお方は…?」
「あぁ、皆に紹介するよ。こちら美猿王。今日からわしの弟子になった。」
爺さんがそう言うと3人は驚いた顔をし「えぇぇ!?」と声を出した。
「び、美猿王って牛魔王と兄弟盃を交わした…あの!?」
「どう言う事ですか須菩提祖師殿!!」
「説明して下さい!!」
そう言って3人はギャアギャアと騒ぎ出した。
うるせーな…。
黙らしてやるか?
そう思って如意棒を手にしようとした時だった。
「3人共、落ち着きなさい。わしが美猿王を気に入って弟子にしたのじゃ。」
「で、ですが妖を弟子にするのは…。」
1人の少年が怪訝な視線を俺に向けた。
こんな視線を浴びるのは初めてだ。
こう言う視線も中々新鮮で面白いな。
そんな事を考えているとパシンッ!!と何かを叩いた音がした。
音のした方に視線を向けると、俺に怪訝な視線を向けてきた少年の頬を爺さんが平手打ちしていた。
「は?」
状況が理解出来ず、間抜けな声が出てしまった。
何で爺さんが少年に平手打ちしたんだ?
意味が分からん。
「そんな目を向けるのはいけません。差別のような視線をするのは心が悪に染まってしまうよ。何もされていないのに相手を差別するような事をするのはおやめなさい。」
爺さんがこんな事を言うとは思わなかったから驚いた。
俺を庇うなんて…。
何なんだよこの爺さん。
爺さんに怒られた少年が俺に頭を下げて来た。
「す、すみませんでした。」
少年の体がカタカタッと小刻みに震えていた。
おいおい…、ビビり過ぎだろ。
俺なんもしてねぇよな?
何か…可哀想だな。
「いや、気にしてねぇから。それに俺って怪訝な視線とか浴びた事ねぇから貴重な体験が出来たわ。」
俺がそう言うと爺さんは大声で笑った。
「アッハッハ!!美猿王の心の広さはお前達も見習わないといけないぞ?」
「「「はい!!」」」
3人の少年は声を揃えて返事をした。
「な、何だ?」
「美猿王さん!!荷物持ちますよ!!」
「私にも荷物を持たせて下さい!!」
そう言って3人の少年は俺の持っていた大量の荷物を持ち始めた。
「美猿王は悪い事をしなくても人を惹きつける魅力があるんだぞ?」
「は?」
「まぁ、そのうち分かる事じゃ。さぁ三星洞に向かうぞ。」
そう言って爺さんは山道を歩き出した。
爺さんの後を急いで3人の少年は付いて行った。
俺は爺さんの言葉が理解出来ないまま後を付いて言った。