猿の王

ー中国 唐時代 
火山島にある花果山に住む猿達は自分達の王を決める為、年長者の猿がこの山に居る全ての猿を集めて集会を開いた。

「この中に我らの王として相応しい者はいるか!!」

ザワザワッ…。

「長老様、我々の中にはいないかと…。」

「頭が良い者もいない。誰にも負けない強さを持っている者もいないのですから…。」

猿達は次々と弱音を吐いていた。

長老と呼ばれた猿はその言葉を聞き頭を悩ませた。

この山に住んでいる猿達は他の山に住んでいる猿に無礼(なめ)られていた。

その事に頭を悩ませいた年長者の猿はこの山に住む猿達の王を作ろうと思っていた。

この花果山を他の山の猿に取られないようにする為だった。

「どうしたら良いのじゃ…。」

「長老様…。」

頭を抱えた長老を宥めるように猿は背中を摩った。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ。
空が曇り恐ろしい音が鳴り響いた。

「いきなり空が曇りおった…。」

長老は目を細めながら空を見上げた。

黒い雲の中から大きな音を立てて雷が鳴った。

ドッカーンッ!! 

ピカピカッ!!
光り輝いた雷が大きな仙石に落ちた。

雷が落ちた衝撃で仙石が割れ暴風が噴き出した。

ブワァァ!!

「うわぁぁ!!」

「長老様をお守りしろ!!」

暴風を受けた数匹の猿達は軽々と吹き飛ばされ、他の猿達は長老を囲み風を来ないようにしていた。

長老は落ちて来た雷を見て呟いた。

「雷龍(らいりゅう)じゃ…。」

「え!?長老様?」

長老だけが雷の形が龍に見えていたが、他の猿達に
は普通の雷に見えていた。

この時、長老は雷龍の伝説が頭を横切った。

ー雷龍が現れし時、世界の秩序が変わる時、そして雷龍が齎(もたら)すのは混沌たる者が現れるー

「っ!!。もしかしたら…!!」

そう言って長老は割れた仙石の元に向かった。

その後を数匹の猿が追いかけた。

長老は割れた仙石を見て確信した。

仙石の割れ目に人の形をした赤子が小さな寝息を立
てて眠っていた。

「なっ!?こ、こんな所に人の赤子が…?」

「確か大きな雷が落ちて来たはずじゃ…。」

ヒソヒソと話しをしている猿達をよそに長老は赤子を抱き上げた。

「このお方こそが我々の王だ!!雷龍が我々に王となる器を天から贈ってくださった!皆のも頭を下げよ!!」

長老がそう言うと猿達が赤子の前に跪いた。

「丁(チョン)よ。前に出よ。」

「ハッ!!」

左頬に大きな傷があり赤いバンダナを巻いた猿が長老の前に出た。

長老の護衛役を務める猿達は長老から名前を名付けられ頭には赤いバンダナを巻いている。

長老の護衛部隊はこの花果山では数匹しかいないのだ。

護衛部隊の名は"黎明(れいめい)"。

丁は黎明の部隊長である。

「今日から黎明はこのお方を命懸けで守れ。」

「御意。」

丁はそう言って跪いた。

それから赤子は長老達に大事に育てられた。
皆、赤子が大きくなる事を心待ちにしていたのだった。

長老は赤子に"美猿王(びこおう)"と名付けた。

だが、中には人の赤子が自分達の王と言う事に納得がいかない者達も多くいた。

そんな時、美猿王が人の歳で言うと七歳になった頃だった。

美猿王の容姿はとても美しかった。

サラサラな赤茶色の髪に茶金の瞳に白い肌。

長老が今まで見て来た人の誰よりも美しかった。

岩の上に座っている美猿王を武器を持った数十匹の
猿達が取り囲んでいた。

「なんだお前等。」

美猿王はムスッとした顔で周りを見た。

「お、俺達はお前が王だと認めていない!!」

「人の子が我々より強いはずがないのだ!!!」

次々と出て来る不満や怒りの言葉を美猿王に浴びせた。

だが、美猿王は顔色一つ変えなかった。

その顔を見た一匹の猿が怒りを露わにし槍を持って美猿王に向かって行った。

「殺せ殺せ!!!」

「やれやれ!!!」

周りにいた猿達は次々と煽りの言葉を放った。

槍の刃が美猿王の顔に刺さりそうになった時だった。

パシッ!!!

「っな!?」

美猿王は槍の刃を二本の指で挟み、動きを止めた。

「文句はそれだけか?」

そう言って美猿王は槍の刃を指から外し持ち手部分を掴み引っ張った。

猿は槍から手を離していなかった為、前のめりの体制だった。

美猿王は猿の頭を掴み顔に膝蹴りを入れた。

「ブッ!!」

猿は鼻を抑えながら後ろによろめいた。

美猿王は地面に両手をつけて足を高く上げ回転をつけながら右頬に蹴りを入れた。

ゴキッ!!

「ガハッ!!」

骨の折れる音と共に猿が地面に崩れ落ちた。

「な、なんだよアイツ…。」

「お、おい!一斉に飛びかかるぞ!!」

「うおおおおおお!!」

残りの猿達が武器を振りながら美猿王に飛びかかった。

「ハッ。」

美猿王は軽く笑いながら倒れている猿から槍を奪い一匹の猿の体に向かって投げた。

グチャァ…。

「ガハッ!!」

前方の一匹の猿に槍は命中し槍が体に突き刺さっ
た。

そして右から飛んで来た猿の頬に回し蹴りを入れ頭を掴み左から来ていた猿に投げつけた。

「グァァァア!!」
美猿王は次々と飛んで来る猿達の相手をした。

数分した頃、美猿王の護衛兵の丁が黎明の部隊を連れて美猿王の元に到着した。

「王よ!!ご無事です…っ!?」

丁は言葉を思わず飲んでしまった。

美猿王の体には沢山の血が付いており、美猿王の座っている下には、武器が刺さったままの死体と腕や足が本来向かない方向に向いた死体があった。

美猿王は死体の山の上に座っていたのだ。

「丁か。コイツ等オレに楯突いたから殺した。」

丁はこの時、初めて美猿王が自分達の王なのだと実
感させられた。

死体の山を見たらそう思わすには充分だった。

あまりにも酷い死に方をしていたからだ。

よくもこんな残酷な殺し方が出来るのかと丁は思った。

「すみません王。自分がちゃんと把握出来ておりませんでした…。」

「あ?別に丁のせいじゃないだろ。コイツ等が勝手に動いただけだろ。それより風呂入りたい。」

「有難き言葉です!!すぐにご用意させます!!」

「あぁ。宜しく。」

美猿王が死体の山から降りると丁は持っていた布で美猿王の顔や体を拭いた。

「戻るぞ。」

「御意。」

丁と黎明部隊は美猿王の後に付いて行った。

丁は美猿王の後ろ姿を見てこう思っていた。

「このお方こそが我々の求めていた王だ。後何年かしたらこのお方は真の王となるだろう。自分の命をかけてこのお方を守ろう。」

そう強く心の中で誓っていた。

美猿王の後ろを歩いている黎明部隊はもはや美猿王の為の戦闘部隊に変わっていた。

かつては長老を守る為の部隊だったが、それはもう昔の事になった。

今は美猿王を守る為の部隊なのだから。

この瞬間にこの花果山の猿達の王となったのだった。