爺さんの弟子になって1年が経った。
他の弟子達に秘密が出来た。
それは、深夜の道場で行われている。
深夜 一時
道場の中に何本かのロウソクの火がユラユラと揺れている。
俺は大量の汗をかきながら素早く指を動かしていた。
「変化術、分身の術!!」
そう言うと、煙を焚きながら同じポーズをした俺が何百人も現れた。
「で、出来た!!出来たぞ爺さん!!」
後ろに振り返り座って見ていた爺さんに叫んだ。
「流石じゃ美猿王。1年で七十二般の変化術を使いこなせるとは…。美猿王の成長力は計り知れないな。」
爺さんはそう言ってポンポンッと俺の肩を叩いた。
俺は1年前から爺さんに妙道を教えてもらっていた。
妙道とは、長寿の術と呼ばれているもので不老不死には程遠いが長寿出来ると言われているモノだ。
俺以外に妙道の存在は知らないし、爺さんから教わっている弟子もいない。
これが俺と爺さんが密かに行なっている秘密の修行なのだ。
「次は筋斗雲(キントウン)の法に移るとするかのう。」
「筋斗雲?」
「深夜での修行は終わりじゃ。明日からは朝に行うぞ?」
「朝?朝は才達が起きてくるじゃねぇか。」
俺がそう言うと爺さんは軽く笑った。
「その心配はないぞ?」
「は?」
「明日から半年、わしと法事周りに行くんだからの。」
「は、半年!?法事ってなんだよ!!」
「わしの仕事じゃよ。ほれ、今日はもう休みなさい。明日の朝に出発するからの。」
そう言って爺さんは道場を出て行った。
「いつも急なんだよ爺さんは…。」
俺は溜め息を吐き、道場を後にした。
牛魔王の城にてー
牛魔王は水晶に映る美猿王を見ていた。
コツコツコツ。
牛魔王に向かって来る足音が部屋に響いた。
「牛魔王様。混世様をお連れ致しました。」
混世大魔王を連れた牛魔王の世話をしている妖が牛魔王に頭を下げた。
「あぁ、ご苦労。下がれ。」
「失礼します。」
パタンッ。
扉が閉まった事を確認した牛魔王は混世大魔王を呼び、自分の近くに来させた。
「な、何だよ俺をよ、呼び出して…。」
混世大魔王はカタカタと体を震わせていた。
「そんなにビビる事ねぇだろ?混世。」
「お、俺に用があって呼び出したんだろ?」
「話が早いねー。お前に用がなきゃ呼ばねーよ。」
牛魔王と混世大魔王の間には格差があった。
妖怪の中でも1番力がある牛魔王は混世大魔王にとって恐れの存在。
混世大魔王は牛魔王の命令に絶対逆らえない契約を結んでいた。
「美猿王の山を落とせ。」
「は?び、美猿王の山を?な、何で…、牛魔王の兄弟だ、だろ?」
柔かな表情をして牛魔王はスッと顔色を変えた。
牛魔王は混世大魔王の首元に手を伸ばした。
ガシッ!!
「うぐっ!?」
「五月蝿い口を閉じろ。お前は黙って言われた事をやれば良いんたよ。」
「わ、分かった。分かったから!!!」
混世大魔王が大きな声で叫ぶと牛魔王はスッと首元を掴んでいた手を離した。
「ゴホッゴホッ。」
咳き込む混世大魔王に目を止めずに水晶を見つめた。
「美猿王と須菩提祖師が明日の朝に寺を離れるそうだ。俺がお前を呼び出したら美猿王の山を落とせ。」
「わ、分かったよ。」
「分かったんなら良いんだよ。」
「一つだけ聞かせてくれ。」
「何だよ。」
牛魔王の返事を聞いた混世大魔王は唾を音を立てながら飲み込んだ。
「ど、どうして美猿王と盃を交わしたんだよ。」
「その時は美猿王が必要だっただけさ。」
「必要だった…?」
「もう良いだろ。質問は一つだけだ。もう帰って良い。」
牛魔王が扉に視線を向けると扉が開いた。
「混世大魔王様。お送りします。」
牛魔王の世話役の妖が扉を開けた先に立っていた。
混世大魔王は覇気のない顔をして部屋を出て行った。
牛魔王は座っていた椅子に座り直しテーブルに置いてあった酒に口を付けた。
「美猿王。今のお前はつまらない。」
水晶に映る美猿王に向かって牛魔王は冷たい言葉を吐いた。
美猿王 十八歳
朝食を食べ終えた俺達に才達は寺の外まで付いて来た。
「美猿王さん気をつけて下さいね!!」
才は同じ言葉を昨日から俺に投げかけている。
「分かってるよ。」
「建水、才、楚平。留守を頼みますよ。」
爺さんがそう言うと3人は元気よく返事をした。
俺と爺さんは3人に見送られながら寺を後にした。
こうして俺と爺さんの半年だけの2人旅が始まった。
各地の寺を周り爺さんがお経を唱える。
俺は法事が終わるまでは筋斗雲の術を使って空中散歩を楽しんでいた。
筋斗雲とは雲を操り、雲に乗り、自由自在に扱う術。
空に浮いている雲を使うのではなく、術を使って雲を出すのだ。
そんな奇想天外の術を俺が使える訳がないと思っていたのだが、すんなり法事周りの旅から3日で出来てしまった。
分身の術より簡単だった。
雲に乗っている俺を見て爺さんは凄く褒めてくれた。
俺は術が出来た事よりも爺さんに褒められる方が嬉しかった。
才達に教えるじゃなくて俺だけに教えてくれた事が嬉しかった。
各地を転々としていると、街の人達は俺と爺さんを見て「御家族ですか?」とよく尋ねた。
爺さんは笑ってこう答えた。
「そうですよ。自慢の息子です。」
そう言って俺の頭を優しく撫でる。
家族…?
俺は家族と言うのがどんなモノか知らなかった。
こう言うのが家族なのか?
俺と爺さんは家族なのか?
俺の為に怒ったり、褒めたりするのが家族…なのだろうか。
そんな思いを胸に秘め夏が過ぎ、季節は秋に移り変わった。
俺と爺さんは2人旅の最後の夜を宿舎で過ごしていた。
最後の夜だからと言って俺の好物の桃を買ってくれた。
部屋で桃を食べている俺に爺さんが尋ねてきた。
「お前さんの名前は誰が名付けたんじゃ?」
「俺の名前?長老の爺さんが名付けたって言ってたな。」
「あー、花果山の長老さんが。長老さんが美猿王の父と言う訳か。」
「さーね。」
そう言って俺は桃を齧った。
「俺はどうやって産まれたか分かんねーし。いつの間にか花果山に居て、長老の爺さんに山を守って欲しいって言われて言われるがままに戦ってた。」
爺さんは俺の話を黙って聞いていた。
丁や山の猿達は俺の家族と呼べるモノじゃない。
俺の手下。
俺の家来。
俺の下僕。
「なら、わしがお前に新しい名前を付けよう。」
「へ?な、名前?」
「わしはお前さんの雲に乗っている姿を見てずっと思っていた事があったんじゃ。」
爺さんの言葉に驚いてしまった。
「空を悟る者と。」
「空を?」
「姓は孫、名前は悟空(ゴクウ)。今日からお前さんは孫悟空じゃ。わしの一番弟子なのだから姓がないと不憫じゃろ?」
爺さんの言葉を聞いて体が熱くなった。
俺の心臓が震え上がった。
一番弟子…?
「俺が爺さんの一番弟子…?」
「ん?当たり前じゃ。他の弟子達には秘密じゃぞ?」
「ふ、ふん!!し、仕方ねぇな。な、名前を貰ったしな。」
「ありがとう悟空。」
俺は返事をせずに布団に潜り込んだ。
涙が出そうになったから返事が出来なかった。
空を悟る者か…。
爺さんから見てそう見えたのか。
孫悟空…。
今日から俺の名前なんだ。
このまま爺さんの寺にいるのも悪くないのかもな。
俺はすっかり牛魔王の存在を忘れていた。
牛魔王よりも爺さんの方が俺の中で大切になっていた。
この時の俺は牛魔王の企みを知らずにいた。
半年ぶりに寺にに戻ると体が大きくなった才達が俺と爺さんを出迎えた。
「お帰りなさい!!須菩提祖師殿、美猿王さん!!」
「ただいま。才や、もう美猿王と言う名じゃないよ。」
「え?そ、それって…。」
才が爺さんの言葉に首を傾げた時だった。
「び、美猿王!!」
声の主に聞き覚えがあった。
振り返るとそこにいたのはボロボロの丁の姿があっ
た。
「丁!?どうしてお前がここにいるんだ!?」
「助けて下さい美猿王!!」
尋常じゃない慌てようだった。
こんな丁を俺は初めて見た。
「何があった。」
「こ、混世大魔王が妖を引き連れて山を攻めて来ました!!」
「は?何で混世が攻めて来た。」
「わ、分かりません!!私達だけじゃ混世大魔王を
止めれません!どうか、どうかお助け下さい!!」
丁はそう言って頭を下げてきた。
混世が俺の山を攻めて来た?
俺がいないのを知って山を攻めて来たのだろう。
俺の事を嫌っていたし。
そんな事を考えていると爺さんが俺の背中を叩いた。
「悟空。行っておやりない。」
「爺さん…。」
「ここまで育ててくれた長老さんや山の猿達を助けてやりなさい。わしはここで悟空の帰りを待っているから。」
そう言って爺さんは俺に微笑みかけた。
「分かった。片付けたらすぐに戻る。」
「行っておいで。」
「行くぞ丁。さっさと片付けるぞ。」
俺は丁の服の首元を掴み立ち上がらせた。
「あ、ありがとうございます!!」
俺達は全速力で寺を後にした。
この時から俺は、牛魔王の手のひらで転がされていた事を知らなかった。
俺の日常の歯車が音立てて壊れ始めていた。
俺は急いで山を降りながら口笛を吹いた。
「ピュー!!」
ボボボボッ!!!
煙を焚きながら雲が現れたので、俺は雲に飛び乗った。
「び、美猿王!?なんですかその術は?!」
「さっさと乗れ!!」
「は、はい!!」
丁が雲に乗った事を確認し、雲を上空させた。
筋斗雲を使いこなせるようになってから召喚した雲を自由自在に操れるようになった。
俺は最大限の速さで花果山の方向に向かった。
「す、すごいです!空を飛んでます!!」
「振り落とされねーようにしとけよ。」
「はい!!それに美猿王の雰囲気が変わったような気がするのですが…。」
「俺の名前は…美猿王じゃなくなったんだよ。」
俺がそう言うと丁は目を丸くした。
「どう言う事…ですか?」
「混世を片付けてから話す。速度上げるぞ!!」
「え、わ、あ、はい!!」
俺は再び速度を上げ急いで向かった。
一方その頃、須菩提祖師達は
孫悟空となった美猿王を見送った須菩提祖師は違和感を察知していた。
「須菩提祖師殿。どうかしましたか?」
才が心配そうな顔をして須菩提祖師に近付いた。
「才、建水、楚平、寺周辺に結界札を貼りなさい。」
「え!?」
「な、何かあったんですか?」
建水と楚平が慌てた声を出して須菩提祖師に尋ねた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ。
恐ろしい音を鳴らしながら白色の雲が灰色のに染まり、肌寒い風が吹いた。
空気が一瞬で冷たくなり大粒の雨が降り出した。
「寺にいる者達と協力し結界札を貼りなさい!!それと術を支える様に準備を!!」
須菩提祖師が大きな声で指示をすると、才達は走って結界札を貼りに行った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
雷の落ちる音が空に響いた。
「嫌な天気じゃ…。それに妖の気配がする。」
須菩提祖師には弟子達を守る義務があった。
ここにいる者達だけで対処出来るかどうかを考えていた。
「悟空の方は無事か…。」
雨の降る空を見上げながら須菩提祖師は呟いた。
火山島 花果山にてー
孫悟空 十八歳
空から状況を見ようとしたが、雨が降っているせいでまったく見えなかった。
降りてみないと、混世が引き連れて来た仲間の数も分からない。
「降りるぞ丁。」
「はい。」
雲に乗ったまま俺達は花果山に降りた。
沢山の猿達の死体が転がっていた。
「ゔっ。」
丁が口を押さえながら木の影に隠れた。
普通の猿じゃ妖を相手に勝てないだろうな。
「おい!!こっちに誰かいるぞ!」
俺達を見つけた妖がこっちに向かって来た。
「丁。動けるか。」
「は、はい…。なんとか。」
「敵が来るぞ。」
俺は短くなった如意棒を長くし、いつでも戦えるように体勢を整えた。
丁も腰に下げていた短剣を構えた。
ダダダダダダダッ!!
足音からして15人ぐらい…か?
木の影から現れたのはやはり、混世の手下である妖達だった。
「おい!美猿王がいたぞ!!」
「奴の首を狙え!!」
混世が率いている妖達はどうやら俺の首を狙っているようだった。
妖達が俺と丁に向かって一斉に飛びかかって来た。
俺は素早く指を動かし「分身術!!」と大きな声で叫んだ。
ポポポポポッ!!
煙を焚きながら50人程の数を出した。
「な、!?」
「美猿王が沢山いるぞ!?」
「どれが本物なのか分からないぞ?!!」
妖達は困惑していた。
分身術は俺の動きをそのまま真似出来て、戦闘力も
同じだ。
つまり、俺自身が50人いると言う事だ。
俺が動き出すと分身術で出した50人の俺も動き出した。
俺は素早く15人の妖を倒した。
「大した事ねぇな。丁、ちゃんと猿達を教育しろよ。」
「いやいや!美猿王がさらに強くなったんですよ!!」
「そうか?まぁ爺さんに色々教わってるからな。それのおかげかもしんねぇな。それより、混世はどこにいんだ。」
「水簾洞に向かって行きました…。」
水簾洞に?
俺の住処を狙う理由が分からない。
そもそも、俺の事を嫌うだけで花果山を襲う者なのか?
何かがおかしい。
「長老達も水簾洞にいるんです!!」
丁が俺の服の袖を掴んで大きな声を出した。
黎明の連中が戦力にならない爺さんや猿達を水簾洞に匿ったのだろう。
「つまり、爺さん達を人質に取ったって事か。」
「は、はい。私だけは混世大魔王に見つからずに花
果山を出て来れました…。だけど、私以外の黎明の仲間はもう…。」
丁の反応を見てすぐに察知が出来た。
"死んだ"と言う事だろう。
確かに、この花果山の中で混世達とまともにやり合
える奴はいない。
「つまり、戦力になるのは俺と丁だけって事か。」
「は、はい…。」
「さっさと片付けるぞ。俺が来た事は相手も分かってる筈だ。」
「だけど、どうして混世大魔王は花果山を攻めて来たのかわからないんですよね。」
「アイツ本人に聞いてみねーと分かんない話だ。急ぐぞ。」
「はい!!」
俺達は急いで水簾洞に向かった。
水簾洞ー
水簾洞には長老を含め数十匹の猿達が混世大魔王に捕まっていた。
混世大魔王は美猿王の寝床に堂々と座っていた。
「混世様。奴が花果山に到着したようです。」
手下の妖が混世大魔王の耳元で囁くと、混世大魔王は立ち上がった。
「奴を殺せば…、俺は、俺は…。牛魔王に認められる!!」
混世大魔王は大声で叫んだ。
長老は混世大魔王の言葉を聞いて驚いた。
混世大魔王が花果山を攻めて来たのは牛魔王に認められる為と言う事を。
混世大魔王は牛魔王の意のままに動かされていると。
「美猿王よ…。来てはなりませぬ。」
長老は誰にも聞こえない声で呟いた。
孫悟空 十八歳
水簾洞の入り口に着くと、見張り役であろう妖が何人かいた。
「やはり、混世大魔王は水簾洞を拠点にしたようですね。」
俺は素早く指を動かした。
見張り役の妖の人数に合わせて自分の分身を出した。
俺が手を軽く振り下ろすと、俺の分身達が素早く妖
達の背後を取り首を絞めた。
「ゔっ。」
「グハッ!!」
分身術は便利なモノで本人が出て行かなくても自分の分身達が動いてくれる。
意識がない妖達を木の影や茂みに隠した。
ボボボボボッ!!
煙を焚きながら分身が消えた。
コソコソしてもしょうがないので、俺達は水簾洞の中に入った。
「ギャアアアアア!!」
「や、やめて!!」
水簾洞の中が悲鳴や奇声が響き渡った。
声だけで良くない事が起きているのが分かる。
「美猿王!!急ぎましょう!!」
「おい!!勝手に動くな!!!」
俺の言葉を聞かずに丁は走り出した。
「はぁぁ…。これだから誰かと行動すんのは苦手なんだよ。」
俺は頭を掻きながら奥に進んだ。
奥に進むと、俺が住処にしていた場所に堂々と混世が座っていた。
「やっと来たか美猿王。」
混世の周りには殴り殺された猿達の死体があった。
「長老様!!」
長老を見つけた丁が長老の所に駆け寄った。
「丁!!美猿王を連れて来てしまったのか?!」
爺さんは丁を怒鳴り付けた。
俺もまさか長老が丁を怒鳴り付けるとは思わなかった。
「え、え?」
「お前は何をしてるんだ!!」
「え、ちょ、長老様?何を言っているのですか?どうして美猿王を連れて来ては駄目だったのですか!?」
長老と丁が口論になっている中、俺と混世の間には冷たい空気が流れていた。
「お前…。雰囲気が変わったな。」
「それは良い意味で受け取っていいんだよな。」
「弱くなったって意味だ!!」
混世はそう言って拳を振り上げた。
ドゴォォォーンッ!!
混世の拳が地面に当たり物凄い勢いで割れた。
割れた衝撃で暴風が吹き、長老や丁達を吹き飛ばした。
俺と混世だけが水簾洞に残された状態になった。
「これで誰にも邪魔をされずに済むな美猿王よ。」
「お前じゃ俺に勝てねーよ混世。」
そう言って俺は如意棒を構えた。
「ハッ!!そんな棒で俺様に勝てっ。」
ゴキッ!!
俺のこっそり作っておいた分身が混世の頬に回し蹴りを入れた。
混世の大きな体が揺れ、吹き飛ばされていた。
ドゴォォォーン!!
「ペラペラ喋る奴は弱い奴のする事だぜ?混世。」
「美猿王が2人!?ど、どう言う事だ!!」
混世は状況が掴めていない様子だった。
きっと混世は術を使える者と会った事がないのだろう。
「ッフ。2人だけじゃねーぞ。」
俺がそう言うと物陰に隠れていた分身達が現れた。
「さ、お前の目的を聞こうか。」
「う、うるせぇー!!俺様はお前より強いんだ!!」
混世はそう言って拳を振り上げた。
だが、混世の動きは遅く俺の分身達の方が速かった。
分身達は混世の攻撃を避け、殴って蹴るの繰り返し。
混世は弱い。
体だけが一丁前に大きいだけだった。
俺は如意棒を長くに混世の頭上まで高く飛んだ。
「お前じゃ俺に勝てねーよ。」
そう言って力強く如意棒を混世の頭に振り落とした。
「グハッ!!」
ビチャアッ。
混世の口から大量の血が吐き出された。
ドゴォォォーン!!
混世は顔から地面に倒れ込んだ。
「ゔっゔ…。」
混世はもう声を出すのがやっとの状態だった。
「言え混世。何で花果山を襲った。俺が気に入らねーからか。」
「お、俺…さまは牛魔王にめ、命令されたから…。」
「は?」
牛魔王に命令された?
「牛魔王は…、花果山を襲えば美猿王が須菩提祖師から離れざるおえなくな…ゴホッ!!」
牛魔王の目的は花果山を落とす事じゃなく、須菩提祖師が狙いだったのか!!?
じゃあ…、爺さんが持っている不老不死の巻き物を奪う事が狙いか!!
俺はまんまと牛魔王の作戦に乗っかってた事か!!
「爺さん達があぶねー!!!」
俺は急いで水簾洞を出ようとした。
ガシッ!!
混世が俺の足を掴んだ。
「邪魔すんな!!!」
俺は混世の顔を殴り付けた。
「グハッ!!」
混世の息の根を止めない限り爺さんの所に行けな
い。
俺は怒りに身を任せ混世を殴り続けた。
分身達も混世の体や顔をひたすら殴り付けた。
「はぁ…、はぁ…。」
拳にベットリと混世の血が付いた。
もう混世が起き上がって来る事はないだろう。
顔の原型がなくなっていた。
俺は急いで水簾洞を出た。
「美猿王!!」
爺さんと丁達が水簾洞の入り口に集まっていた。
「ご無事ですか!?」
「混世大魔王は!?」
長老と丁が俺に近寄って来た。
「殺した。もう大丈夫だ。」
そう言うと丁達は声を上げて喜んだ。
「俺はもう行く。」
「え、どこに行くのですか美猿王。」
「寺に戻るんだよ丁。」
「花果山に残って下さい美猿王!!私達、美猿王がいないと駄目です…。」
丁が頭を下げながら俺に縋り付いて来た。
「丁。やめなさい。」
止めたのは長老だった。
「長老様!!ですが、美猿王がいないと…。」
「美猿王。」
長老は俺の顔をジッと見つめてきた。
「もう美猿王ではないんですね?」
「あぁ…、俺の名前は孫悟空。名前を貰ったんだ…、あの人から。」
「須菩提祖師殿が美猿王…いや、悟空の名付け親なのですね。」
「その人が危ないんだ。俺は助けに行きたい。もうこの花果山に戻って来る事はない。」
俺がそう言うと長老は抱拳礼(ボウチェンリィ)をした。
「今まで花果山を守ってくださりありがとうございました。孫悟空殿、御武運を。」
長老がそう言うと丁も何かを悟ったらしく、猿達も抱拳礼をした。
「ありがとうな、長老。」
俺はそう言って口笛を吹いた。
現れた雲に飛び乗り、急いで爺さんの元に向かった。
降り頻る雨を避けながら最大速度で西牛貨州に向かった。
クッソ!!
牛魔王が俺を裏切るなんて思っていなかった!!
よりによって俺が爺さんと離れている時に不老不死の巻き物を取りに行くなんて…。
アイツの頭が良かった事を忘れていた。
牛魔王は…、はなから俺の事なんてなんとも思ってなかったんだ。
いつまで経っても俺が戻って来ないからか。
ゴロゴロゴロッ!!
雷の唸る音が空に響いた。
妙な胸騒ぎがする…。
早く爺さんの所に戻らないと…。
西牛貨州 霊台方寸山 斜月三星洞ー
牛魔王達は静かに須菩提祖師のいる寺に向かっていた。
引き連れて来た牛魔王の手下の妖達の数は60。
その中には六大魔王は含まれていない。
「牛魔王様…、ご覧下さい。」
お面を付けた妖が斜月三星洞の入り口を指差した。
斜月三星洞の中に入れないように結界が張られていた。
水色の薄い壁が入り口に立っていた。
牛魔王がソッと指で結界に触れた。
ビリビリビリッ!!
牛魔王の指に電流が走った。
「牛魔王様!?大丈夫ですか!?」
「あぁ。壊せない結界じゃない。」
そう言って、牛魔王は自分の影を槍の形にし結界の壁を破壊し始めた。
キンキンキンッ!!
少しずつ結界の壁に亀裂が入って行き、亀裂が広がり脆くなった結界の壁は音を立てて破壊された。
パリーンッ!!
粉々になった結界の破片が牛魔王の周りでキラキラと輝いていた。
「さぁ、行こうか。」
牛魔王達は斜月三星洞に足を踏み入れた。
蛍の光に照らされながら牛魔王達は足を進めていた。
「六大魔王の皆様もお連れしなくて良かったのですか?相手は須菩提祖師ですよ?」
牛魔王の後ろを歩いていた妖の1人が牛魔王に尋ねた。
「だからお前達にこの武器を持たせたろ?」
そう言って牛魔王が指を差した物は、連れて来た妖達の腰に下げてある剣や背中に背負っている盾だ。
妖達は頭を悩ませてから皆、ハッとした。
牛魔王が何故、宮殿に侵入してまでこの剣と盾を取って来たのかを妖達は理解したのだ。
あらゆる攻撃を弾く剣と盾の使い道は須菩提祖師から不老不死の巻き物を奪い取る為に必要な物だったからだ。
つまり、あらゆる攻撃を弾くと言う事は術師の技さえも弾いてしまうのだ。
牛魔王は美猿王に会う前からこの計画を立てていたのだ。
全ての出来事は牛魔王の計算だった。
須菩提祖師と美猿王が会った事も牛魔王の作ったシナリオだと言う事は牛魔王だけしか知らない事。
牛魔王達が斜月三星洞を出ると、須菩提祖師を先頭に30人程の坊さん達が錫杖を持って鳥居の周りを包囲していた。
鳥居全体に結界札が貼られ、須菩提祖師の弟子達も戦闘準備を済ませている状態だった。
「妖達がこんな所に何の用事か。」
須菩提祖師が牛魔王に尋ねた。
「1つしかありませんよ須菩提祖師。貴方の持っている不老不死の巻き物を俺に下さい。」
牛魔王はニッコリしながら須菩提祖師の問いに応えた。
「それは出来ない相談ですね。わしの弟子の友人である牛魔王が残念だ。」
須菩提祖師がそう言って手を軽く振るうと30人の坊さん達が一斉に指を素早く動かした。
すると、光の無数の刃が現れ牛魔王達の方向に刃が向いた。
「美猿王の事を高く買っているようだな須菩提祖師。」
「その名前は捨てたのじゃよ牛魔王。彼の名前は孫悟空。のちに、この世界を変える男の名じゃ。」
須菩提祖師がそう言うと柔らかい表情をしていた牛魔王の顔が歪んだ。
「この世界を変えるのが美猿王だと?お前はアイツに姓を与えたのか。」
人間が妖に姓を与えると言う事は今まで一度も無かった事。
名前を与えると言う事は血よりも深い絆の証。
「お前さんにはこの世界を変える事は出来ないよ。自分の事しか考えていない牛魔王じゃ悟空には勝てない。」
須菩提祖師がそう言うと牛魔王の影が恐ろしい表情をした龍の形に変わった。
「取り消せ。」
「え?」
牛魔王の小さな声で聞こえなかった須菩提祖師が聞き返すと、牛魔王が大きな声を上げた。
「取り消せって言ったんだよ!?俺があの猿に勝てない?ふざけるんじゃねぇぞジジィ。」
牛魔王の陰が須菩提祖師に向かって行った。
「放て!!」
須菩提祖師の掛け声と共に無数の光の刃が牛魔王達に向かって降り注いだ。
影と武器、光の刃の打つかる音が空気を震わせた。
才や建水、楚平は体の震えを止める事が出来ていなかった。
「美猿王さん…。早く帰って来てください。」
才が涙を流して小さく呟いた。
孫悟空 十八歳
ゾワゾワッ!!
身体中に鳥肌が立った。
この感じ…は。
「妖の気配が多い。爺さんの寺の鳥居が見えた!!」
俺は鳥居に向かおうとした時、体にビリビリッと痺れを感じた。
「な、なんだ?結界?」
周りを見て見ると、寺を包茎するように薄い水色の円型の結界が貼られいた。
「結界が貼られてる…って事はやっぱり、牛魔王達が攻めて来たのか。」
とにかく、早く爺さんと合流しねぇ…と。
俺は如意棒を取り出した。
そして長さを元の大きさに戻し結界に向かって如意棒を振り上げた。
バキバキバキッ!!!
結界が音を立てながら破壊された。
パリーンッ!!
結界の破片が落ちると共に俺も寺の中に侵入した
と同時に筋斗雲の術が解けてしまった。
「ゴォォォォォォォ!!」
落下している俺を狙って影の龍が大きな口を開けて向かって来た。
「ッチ!!おっらぁぁぁぁ!!」
俺は如意棒を大きくし、勢いよく振り上げ影の龍の頭を叩き付けた。
ゴンッ!!
硬い物を叩いたような感覚がした。
影の龍が大きく揺れ地面に勢いよく倒れ込んだ。
ガシャーンッ!!
俺は如意棒の長さを長くし地面に突き刺した。
突き刺さった事を確認してから慎重に地面に降りた。
ツン…。
鼻に嫌な匂いが届いた。
俺はこの匂いを何度も嗅いだ事があった。
周りを見ると、妖と坊さん達の血塗れの死体が転がっていた。
「嘘…だろ。間に合わなかったのか…?」
牛魔王と爺さんの姿が見えなかった。
「とにかく爺さんを探さないと…。」
ガシッ!!
誰かが俺の足を掴んだ。
視線を足元に向けると、血塗れの才だった。
「び…こおう…さん。」
「才!!」
俺は才を抱き起こした。
「よか…た。来て…くれて…ゴホゴホッ!!」
才は咳をしながら血を吐いた。
「しっかりしろよ才!!」
「ぎゅ…あおう…達はて、寺の中に…。わたしじゃ…と、止められなか…っ。」
才の瞳からは大粒の涙が流れた。
「もう喋るな!傷口が開くぞ。」
こんな事を言っても才が助からないのは分かってる。
俺は才を助けてやりたい。
だけど、どうしたら良い?
呼吸が小さくなって行く才をただ、抱き締める事しか出来ない。
「須菩提祖師殿を頼みます。」
才はそう言って俺に精一杯の笑顔を見せた。
「任せろ。お前の気持ちを無駄にはしねぇよ。」
俺の言葉を聞いた才は眠った。
降り頻る雨は俺の涙さえも流す。
血と雨が地面を染めた。
俺は才を優しく地面に置き、寺の中に向かった。
バンッ!!
扉を勢いよく開けると牛魔王の連れて来た数人の妖が振り返った。
「び、美猿王!?」
「美猿王が来たぞ!!!」
妖達が持っている武器に見に覚えがあった。
あの武器は…宮殿から取って来た物だ。
この時の為に取りに行った…って事か。
あらゆる攻撃を弾く剣と盾。
だったら…、分身術を使い如意棒で戦うしかねぇな。
「お前等に構ってる時間がねーんだよこっちは。」
シュシュシュシュッ!!
俺はそう言って素早く指を動かした。
ポポポポポッ!!
俺は妖達の人数と同じ数の分身を出した。
「な!?美猿王がいっぱい?!」
「どれが本物なのか分からないぞ!!」
妖達は俺の分身を見て困惑していた。
「さっさと道を開けろ!!!」
俺は大声を出して走り出した。
バキバキバキッ!!
「ギャァァァァァ!!」
「や、やめろぉぉぉ!!!」
骨の折れる音と悲鳴が交差する。
俺は無我夢中に如意棒を振るい続けた。
立派な武器を持っていながら、まったく使いこなせていない妖達は戦うに足りない相手だった。
動きが遅い分、攻撃がしやすい。
俺は遅い攻撃を避け、素早く如意棒を妖の後頭部に
叩き付けるの繰り返し。
「はぁ…、はぁ…。」
数人の妖を倒したの確認し、上がった息を整えた。
ポポポポポッ!!
術が解けたか…。
連続で分身術と筋斗雲を出したのは体力的にキツイ。
早く爺さんの所へ行かねーと。
俺は長い廊下を走り出した。
ダダダダダダダッ!!
どこにいんだよ爺さん!!
色んな部屋を見て回ったが、爺さんと牛魔王の姿が
どこにも見当たらない。
ドゴォォォーン!!!
前方から襖が勢いよく飛んで来た。
「建水、楚平!!逃げなさい!!」
爺さんの声が聞こえて来た。
建水と楚平が外に吹き飛ばされたのが見えた。
建水の手には巻き物が握られていた。
あれは…、不老不死の巻き物か!?
「巻き物を寄越せ!!!」
そう言って牛魔王が部屋から出て来た。
牛魔王!!
牛魔王が影を操り建水と楚平に攻撃しようとしていた。
間に合え俺の足!!!
俺は全速力で2人の元に向かった。
「「うわぁぁぁぁあ!!」」
建水と楚平は抱き合って叫び声を上げた。
ドゴォォォーン!!!
「ん…っ。」
「い、痛くない?」
建水と楚平は自分達の体に痛みがないのを不思議に思い閉じていた瞳を開けた。
目の前にはずっと帰りを待っていた人の背中が見えた。
黒い影を如意棒で受け止めているあの人の姿が。
「「美猿王さん!!!」」
「間に合っ…たな。牛魔王!!!」
意地悪な笑みを浮かべた孫悟空が牛魔王の攻撃を如意棒で受け止めていたのだ。
「帰って来たのか美猿王!!!」
「牛魔王。テメェのする事は俺が止める。俺の名前は美猿王じゃない。孫悟空だ!!!覚えとけ!!!」
そう言って孫悟空は如意棒を牛魔王に振り上げた。
「ハッ!!お前は俺に勝てないだよ!!!」
牛魔王も同時に影を操い、如意棒の動きを止めた。
キンキンキンッ!!
如意棒と影の刃ぶつかり合った。
孫悟空と牛魔王の動きは互角だった。
どちらも素早い動きで攻撃を止めては攻撃をするの繰り返し。
「悟空!!」
須菩提祖師が牛魔王が出て来た部屋から姿を出した。
「爺さん!!ソイツ等連れて逃げろ!!」
「お前さんはどうするんだ!!」
「俺は牛魔王の相手をするのに精一杯なんだよ!!」 後で合流すっから行け!!」
孫悟空が須菩提祖師にそう言うと、須菩提祖師は建水と楚平の元に向かった。
「いつからお優しくなったのかな美猿王!!」
「お前には関係ないだろ!!!」
キンキンキンッ!!!
牛魔王の影の刃が容赦なく孫悟空を襲う。
体力のない孫悟空は攻撃を止めるのが精一杯だった。
須菩提祖師達を守りながら戦う余力が残っていなかったのだ。
須菩提祖師達が外に出ようとしてのを牛魔王は見逃さなかった。
牛魔王は影の中に潜り須菩提祖師達の元に向かった。
「ッ!!待て!!!」
孫悟空は動く影を追った。
「す、須菩提祖師殿!!牛魔王が影に潜ってこちらに来ます!!!」
楚平が須菩提祖師を庇うように前に出た。
「下がりなさい楚平!!」
須菩提祖師がそう言うと影の中から牛魔王が現れた。
「お前等まとめて殺してやるよ。」
そう言って牛魔王は腰に下げていた剣を取り出し、剣を振り上げた。
「楚平!!!」
「やめろ!!!」
須菩提祖師の声と建水の声が重なる。
楚平は強く瞼を閉じた。
ブジャァァァァ!!
「な、何で…?」
最初に声を出したのは建水だった。
須菩提祖師は目の前の光景から目を離せなかった。
楚平は体の痛みがないのを不思議に思い瞳を開けた。
目の前にいたのは沢山の血を流している孫悟空の姿だった。
楚平を庇って斬られたのは孫悟空だった。
「悟空ー!!!」
須菩提祖師の大きな声が寺中に響いた。
身体中の血が流れているのが分かる。
視界がグラッと揺れる。
「悟空ー!!!」
爺さんの声が遠くで聞こえた。
「無様だな。人間なんかを庇ったせいでこうなったのだ。」
倒れ込んだ俺を牛魔王はゴミを見るような冷たい目で見ていた。
体が寒い…。
「美猿王さん!!しっかりして下さい!!!」
「死んだら駄目です!!!」
建水と楚平が泣きながら俺の体を揺する。
「いつまでも、こ、ここにいるんじゃねぇ…。俺を置いて山を降りろ。」
「何を言ってるんですか!!美猿王さんを置いて行けませんよ!!」
「建水。お前の役目は爺さんと巻き物を守る…事だろ。」
「だけど!!!私は…。須菩提祖師殿と美猿王さんを助けたいんです…。」
「建水…。だが、俺はもう助からねぇよ。だから行け。」
俺は最後の力を振り絞って如意棒を使って立ち上がった。
「まだ立つのか美猿王。」
「俺の…名前は孫悟空だ!!」
そう言って俺は如意棒を牛魔王の脇腹に叩き付けた。
ゴキゴキッ!!
牛魔王の脇腹の骨が折れる音を立てながら吹き飛んだ。
「ガハッ!!」
俺は素早く牛魔王の後を追い、如意棒を構え直し牛魔王に振り翳した。
キンッ!!
体制を整えていた牛魔王は素早く剣で如意棒を受け止めていた。
「お前、その怪我でまだ動けんのか。」
「お前より…、体力があるんでね。ガハッ!!」
胃から込み上げて来たモノを吐き出した。
吐き出したモノを見て見ると血の塊だった。
幸い、心臓は斬られていなかった事がラッキーだったな。
痛てぇ…。
大きく斬られた傷がめちゃくちゃ痛い。
爺さん達が山を降りるまで、俺が時間を稼がねえと。
俺はただガムシャラに如意棒を振るい続けた。
飛びそうになる意識を体の痛みで何とか繋ぎ止めていた。
牛魔王の剣を避ける気力のない俺は斬られるままだった。
「俺の攻撃も避ける事が出来ないのに。何故ここまで須菩提祖師達を庇う。出会った頃のお前とは別人だ。」
「前の俺と違う…か。そりゃあ…、そうだろ。」
あの頃の俺はきっと、爺さん達を庇う事はなかっただろうな。
爺さんと出会っていなかったらこんなに弱くなってなかったかな。
視界がもう…、まともに見えない。
「どう言う意味だよ。」
「前の俺はもういない。爺さんに孫悟空と言う名を貰った時から、美猿王は死んだ。だからお前の知っている俺はもう…いない。」
ドサッ!!
俺は地面に倒れ込んでしまった。
足に力が入らねぇ…。
体に力が入らない。
俺…死ぬんだな。
「つまらない死に方を選んだな美猿王。いや、悟空。」
牛魔王はそう言って俺に剣を振り下ろして来た。
もう避ける気力も立ち上がる気力もない。
剣の刃が俺の体に刺さろうとした時だった。
「「音爆螺旋。」」
カチャッ!!
光の鎖で牛魔王の体の動きを止めた。
無数の光の鎖が牛魔王の体を縛っていた。
この術を掛けたのた…誰だ?
「美猿王さん!!大丈夫ですか!!」
「須菩提祖師殿!!美猿王さんを!!」
この声は…、建水と楚平?
「悟空!!」
爺さんの声が聞こえる。
「な…んで、ここに。」
爺さんは俺の言葉を無視して俺を担ぎ上げた。
「すまんが、少しの間だけ耐えてくれ!!」
「「分かりました!!」」
爺さんが建水と楚平にそう言うと、どこかに走り出した。
「爺…さん。」
「黙っておれ。あの2人には術を掛けてある。」
「術だ?」
俺の質問にはあまり答えず、桃ノ木園の中に入って行った。
この場所は爺さんが俺に名前をくれた場所だった。
爺さんは大きな桃の木の下に俺を下ろした。
「何で、さっさと山を降りなかったんだ。俺を置いて行けば何とかなっただ、ろ。何で…?戻って来たんだよ。」
「わしがお前を置いて行く訳がないだろう?悟空。」
そう言って爺さんは自分の親指を噛んだ。
親指からは赤い血が流れて来た。
「な、にすんだ。」
「お前を死なせないよ悟空。」
シュルルルッ!!!
爺さんが親指を擦り付けながら巻き物を広げた。
何も書かれていない巻き物から赤い文字が沢山浮き出て来た。
爺さんは俺の額に梵字を書いた。
すると、赤い文字が俺の体の中に入って来た。
ドクンッ!!!
心臓が強く脈を打った。
体が熱い!!
身体中を熱い液体が駆け巡っていた。
息が出来ない。
体の中の血が熱い液体を拒んでいる。
俺の体がガタガタと震えるのを爺さんが強く押さえた。
「耐えるんじゃ悟空!!大丈夫、大丈夫じゃ!!!」
爺さんはそう言って俺の手を握った。
いつまでこの苦しい状態が続くんだ。
「大丈夫、大丈夫だから。」
「爺さ…。」
爺さんの後ろに大きな影が見えた。
あの影は…まさか!!
「須菩提祖師殿!!すみません!!牛魔王を逃しました!!」
建水の叫ぶ声が聞こえた。
牛魔王が大きな影から姿を現し剣を構えていた。
「お、い!!後ろ!!」
俺は体を起こそうとした。
ガシッ!!
爺さんが俺の体を強く抑えた。
「なっ!?」
「動くな悟空。」
爺さんはそう言って笑った。
牛魔王は剣を爺さんの背中に振り下ろした。
ブジャァァァァ!!!
爺さんの背中から赤い血が吹き出した。
「「須菩提祖師殿!!!」」
建水と楚平の声が重なった。
ブワァァァ!!!
「な、なんだ!?この風は!!!」
牛魔王が大きな声で叫んだ。
俺と爺さんを大きな風が包み込んだ。
「おい!!しっかりしろ!!」
倒れそうになった爺さんを抱き止めた。
「体は…楽になったか?」
「自分の心配をしろよ!?何であの時、俺の体を押さえつけたんだ。」
「ハッハッハ。わしの息子を守っただけじゃ。」
「息子…?俺と爺さんは血は繋がってねーだろ。」
俺がそう言うと爺さんが頭を撫でて来た。
優しい手付きでいつものように俺の頭を撫でた。
目頭が熱くなるのが分かる。
爺さんの顔色が徐々に青くなって来ていた。
「わしはな…。お前と出会えて良かったと思っている。」
「っ!?」
「ハッハッハ。最初は誰も寄せ付けない雰囲気の青年だと思ったよ。口も悪いし、目付きも悪い。」
「それ…悪口だろ。」
「だけどな…。お前と過ごした日々は…、とても幸せだったよ。」
俺と過ごしていて幸せだった?
こんな俺と一緒にいて幸せだったのかよ…。
「それにな…悟空。お前の事を本当の息子のように思ってたんじゃ。才達には内緒じゃぞ?ゴホッ!!」
ビチャッ!!
俺の服の上で爺さんが咳をしながら血を吐き出した。
「もう喋るなよ。」
「泣くな悟空。」
そう言って俺の頬を撫でた。
泣いてる?
俺が?
ポロポロと大粒の涙が瞳から零れ落ちる。
止めようとしてるのに止められない。
「わしは…。お前と過ごせて幸せだったよ。最後に…、お願いがあるんじゃ。」
「俺が叶えれる願いか?」
「あぁ。悟空にしか叶えられないよ。」
俺は頬に添えられた爺さんの手を握った。
「斉天大聖(せいてんたいせい)になれ。それがわしの願いじゃ。」
「…。俺が斉天大聖になれば爺さんは喜ぶのか。」
斉天大聖がなんなのかは分からない。
だけど、爺さんが喜ぶのなら俺は…。
「当たり前だろう?この目で…見たかった。」
爺さんはそう言って手を掲げた。
「光…輝く…お前の姿を…。」
爺さんの瞳がゆっくりと閉じた。
力の抜けた爺さんの体はとても軽かった。
「爺さん…、爺さん。」
いくら体を譲っても爺さんは声を出してくれない。
いつものように笑ってくれない。
いつものように俺の頭を撫でてくれない。
もう、爺さんは起きない。
もう、爺さんと言葉を交わす事も…。
桃ノ木園で一緒に桃を食べる事も出来ない。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
俺は声を出して泣いた。
俺の周りに赤い稲妻が走った。
赤い稲妻は俺の体に刻み込んでくる。
風の隙間から剣の刃が姿を現した。
「貰った!!」
牛魔王が俺に向かって剣を振り下ろして来た。
ピシッ!!!
剣の刃を俺は掴んで止めた。
ポタポタッ。
俺の手のひらから血が流れ落ちた。
俺達を取り囲んでいた風はなくなった。
黒い雲から太陽の光が差し込んだ。
太陽に照らされた孫悟空の全身に赤いトライバルが
入っていた。
孫悟空の手のひらの傷と斬られた傷が再生していた。
「お前…まさか!!不老不死の術を!?」
牛魔王が孫悟空の体を見て叫んだ。
須菩提祖師の血液が不老不死の術を掛ける方法だった。
不老不死の術は禁断の術。
天帝達が作り出した禁断の術。
あらゆる術を使いこなす須菩提祖師に天帝達が受け渡した。
須菩提祖師が不老不死になれば、沢山の須菩提祖師の弟子が生まれ、妖怪達を滅ぼす事が出来ると天帝は考えていたのだ。
だが、須菩提祖師はそんな天帝達の考えを理解出来なかった。
限りない命だから輝くのだ。
命は尊いからこそ、人は自分の生きる道を考えるのだと、須菩提祖師は思っていた。
死の淵を彷徨っていた孫悟空に不老不死の術を掛けたのは、孫悟空を助ける為だけだった。
牛魔王が建水達を斬ろうとした時、身を挺して建水達を庇った孫悟空が輝いて見えていた。
須菩提祖師だけが、光輝く孫悟空の姿を見ていた。
須菩提祖師の頭に1つの言葉が浮かんだ。
「世界のあらゆる物を手にする者。世界のあらゆる敵を滅ぼす者。その人物の名は"斉天大聖"。」
須菩提祖師だけはこの世界を変えれるのは孫悟空だけどと思ったのだ。
人と触れ合い、人の脆さを知り。
人の優しさに触れた孫悟空だからこそ、妖怪の気持ちも人間の気持ちも分かるのだと。
そんな思いで須菩提祖師は孫悟空に術を掛けたのだ。
孫悟空は須菩提祖師をゆっくり地面に寝かせた。
「殺す。お前だけは絶対に殺す!!!」
怒りに身を任せた孫悟空は牛魔王に飛び掛かった。
孫悟空 十八歳
建水と楚平が俺の事を呼び止めていた。
だけと、俺の体は止まる事はなかった。
牛魔王の事が憎くて仕方がなかった。
「うがぁぁぁぁぁぁあ!!」
叫び声を上げながら牛魔王の顔を長くなった爪です
掻き切ってやろうと思った時だった。
「美猿王!!確保!!!」
俺の背後から声が聞こえた。
「っ!?」
ガチャンッ!!!
いつの間にか俺の手足が手錠と鎖で拘束されていた。
手錠はかなり重たい物で、俺の体は重さに耐えきれず地面に倒れ込んだ。
「な、なんだコレ…。」
めちゃくちゃ重い…。
体が動かせねぇ…。
「遅かったですね…。毘沙門天殿?」
牛魔王が俺の背後に立っている人物に声を掛けていた。
毘沙門天?
誰だよ。
視線を上にあげると、綺麗な顔をした白い長い髪の男が立っていた。
「牛魔王。貴方の連絡を頂いたのが遅いんですよ。」
連絡?
「寺の中に生き残りがいないか探して下さい。それと、怪我人の手当を。」
「かしこまりました。」
毘沙門天って奴が連れて来た兵が寺の中に入って行った。
20人程の兵を連れて来たらしく、残りの兵達は建水と楚平の手当を始めた。
「お前は何者なんだよ。」
俺は毘沙門天と呼ばれた男を睨み付けた。
「私は天帝の者です。貴方は大罪を犯しました。」
「大罪…?俺が?」
俺がそう言うと毘沙門天は深い溜め息を吐いた。
「自分がした事を忘れたのですか?貴方は須菩提祖師や兄弟子達を殺し、不老不死の術を盗んだでしょう。」
俺が爺さんを殺した?
才達を殺した?
不老不死の巻き物を盗んだ?
何を言ってんだコイツ…。
俺は牛魔王に視線を向けると、牛魔王はニヤァァッと口角を上げた。
コイツ…。
まさか、自分のした事を俺に擦り付けようとしてる
のか?
「俺は爺さんを殺してねぇ!!才達を殺したのは牛魔王だ!!アイツが爺さんを殺したんだ!!!」
俺は毘沙門天に抗議した。
だが、毘沙門天は俺の言葉に耳を傾けなかった。
「何を言っているのですか?貴方の体に不老不死の紋章が刻まれている。それが何よりも証拠でしょう。それに、牛魔王が貴方の悪知恵を知り、我々に教えてくれたのです。少し到着が遅れましたがね。」
そう言って毘沙門天は牛魔王を見つめた。
「我々も美猿王の底意地の悪さには手を焼いてましたからね。こちらとしても須菩提祖師を救えなかったのが残念ですがね。」
この野郎…。
どの口が言ってんだ!!?
「何言ってんだよお前!!?全部、全部!!お前が仕組んだ事だろうが!!!!」
「美猿王さんは殺してませんよ!!!」
俺が叫んだ後に、建水が叫んでいた。
「建水…。」
「須菩提祖師殿を殺したのは牛魔王ですよ!!美猿王さんは私達を助けてくれ…。」
グチャッ。
ボトッ。
地面に落ちた物は建水の頭だった。
手当をしていたはずの兵が建水の頭を斬り落とした。
「け、建水!!?な、何をすんですか毘沙門天殿!!」
楚平はそう言って立ち上がり、毘沙門天の胸ぐらを掴んだ。
「何故、建水の首を斬ったのですか!!建水はただ、本当の事を言っただけじゃないですか!!なのに、なのにどうしてですか!!」
牛魔王が楚平の背中に向かってゆっくりと足を伸ばしていた。
牛魔王の手には剣が握らせていた。
「やめろ!!牛魔王!!楚平!!ソイツから離れ…。ガハッ!!」
俺が楚平を逃がそうと声を掛けてようとした時、後ろにいたのだろう兵の足が俺の脇腹を蹴り上げた。
脇腹を蹴られて息が出来ない…。
苦しい…。
楚平は牛魔王の気配には気付かず、毘沙門天にずっと抗議をしていた。
やめろ、やめろ。
やめてくれ…。
もう…、これ以上は…。
牛魔王は楚平の背中に剣を振り上げようとした。
「楚平!!逃げ、ろ!!!」
俺は声を搾り上げて叫んだ。
楚平は俺の声に違和感を感じて毘沙門天の胸ぐらから手を離し、逃げようとした。
だが、毘沙門天が楚平を手を掴み後ろに引いた。
後ろに引かれ体勢を崩した楚平は牛魔王の剣を避ける事が出来ず、牛魔王に斬られた。
「やめろー!!!!」
ブジャァァァァ!!!
楚平の体から血が溢れて出た。
ドサッ。
口から血を流した楚平は地面に倒れ込んだ。
俺の横に倒れた楚平はもう死んでいた。
「お前のした事を見た奴等は先に殺しておきなさいと言ったはずですよ。」
「いやー。殺そうとした時に毘沙門天殿が来たんじゃないですか。まぁ、これで美猿王が須菩提祖師を殺してない事を知ってる奴はもういないんですから。」
毘沙門天と牛魔王はクスクスッと笑いながら話していた。
コイツ等は口封じの為に建水と楚平を殺したのか?
何も悪い事をしていない2人をコイツ等は…!!
殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!
殺してやる!!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ。
明るくなっていた空は再び雨雲を呼び出した。
雷の唸る音が空に響いた。
「な、なんだ急に!?」
「あ、毘沙門天殿。俺の後ろにいた方が安全ですよ。」
「え?」
ドゴォォォーン!!!
雷が俺の体に落ちて来た。
体に痛みなんて感じなかった。
雷が落ちたのは手足に付いた鎖や手錠だった。
パリーンッ!!!
鎖と手錠が破壊され、俺の周りに雷の龍が回ってい
た。
「あ、あれは雷龍か!?何故、美猿王が雷龍を扱えるんだ!!」
毘沙門天が俺の周りを回っている雷龍を見て驚いていた。
俺と雷龍は初めて会ったはずなのに、会った事がある気がした。
「私は貴方を守る者。」
雷龍が口を開き俺を見つめて来た。
「俺を…守る?」
「早く美猿王を捕らえよ!!!」
毘沙門天が周りにいた数名の兵に指示をした。
「は、はい!!」
「分かりました!!」
数名の兵達が俺の体を取り押さえようとした。
だが、兵士達は俺の体に触れられなかった。
何故なら雷龍が雷を放ち、兵士達を近付けないようにしていたからだ。
雷龍は牛魔王や毘沙門天、兵士達に近付けさせないようにしていた。
「牛魔王!!なんとかしろ!!」
「はいはい。なんとかしますから美猿王を確保して下さいよー。俺の計画が水の泡になっちゃいますから。」
シュルルルッ。
牛魔王はそう言って兵士達の影を自分の影と合体させ、巨大な影の龍を作り上げた。
「ゴォォォォォォォ!!」
影の龍が叫び声を上げながら雷龍に噛みつこうとした。
だが、雷龍は雷を放ち影の龍の体に雷を浴びせた。
ビリビリッ!!
影の龍は雷を浴びて、震えていた。
感電したようで動けないでいた。
俺はその隙に牛魔王の所に走り出した。
「牛魔王ー!!!」
牛魔王に近付き、俺は思いっきり牛魔王の右頬を殴り付けた。
ガシッ!!!
「ッペ。」
殴られた牛魔王は口の中に溜まった血を吐き出した。
「痛ってぇな。口の中が切れちまったじゃねーか。」
「一発だけで済むと思ってんのか!!お前のした事はこれ以上のもんだ!!爺さんを殺し、才達も殺したお前を俺は許さねぇ!!!」
俺はもう一発殴ってやろうと思い、拳を走り上げた。
「はーい。大人しくしろよー?」
ガシッ!!
ガシャーンッ!!
誰かに頭を強く捕まれ地面に思いっきり叩き付けられた。
叩き付けられた地面は割れ、割れた破片が俺の顔に刺さった。
俺の意識がプツンッと音を立てて無くなった。
1人の青年が空から降って来た。
孫悟空の頭上に降りた青年は、孫悟空の頭を掴み地
面に思いっきり強く叩き付けた。
毘沙門天は青年の姿を見て驚いていた。
細くて長い綺麗な黒髪を靡(ナビ)かせ、色白の肌に切長の黒に薄いピンク色の唇が色っぽい。
高級な布を体に巻き付けていて、首や足首や二の腕に高級なアクセサリーが輝いていた。
見た目では男なのか女なのか分からない程の美しさをこの青年は持っていた。
牛魔王は青年を見ていたが、美猿王と同じぐらいの綺麗な顔をした青年に見えていた。
「か、観音菩薩(カンノンボサツ)様!?」
「っ!?」
毘沙門天の発した言葉に牛魔王は驚いた。
観音菩薩とは天界の中でも二番目に位が高いと言われている人物で、亡くなった釈迦如来(シャカニョライ)の意思を継ぎ天帝達の頂点に君臨した者。
観音菩薩の知恵は星の数よりも多いと言われている。
「美猿王の捕獲に随分と時間が掛かったようだな。早くコイツの体を拘束しろ。」
観音菩薩が毘沙門天に指示をした。
毘沙門天はそそくさに孫悟空の手足に手錠を付けた。
観音菩薩は牛魔王の持っていた剣に目を向けた。
剣には血がベットリ付いていた。
周りを見て見ると、建水の首無しの死体と、楚平の
死体が観音菩薩の目に止まった。
「この2人を斬ったのはお前か妖。」
観音菩薩がジッと牛魔王を見つめた。
牛魔王は平然を装い口を開いた。
「まさか。そこで寝ている美猿王がやったんですよ。この血は美猿王を止める為に美猿王を斬った時に付いた血ですよ。」
「此奴が?」
「はい。不老不死の紋章が体に刻まれているのが証拠です。」
そう言って牛魔王は孫悟空の体に浮き出ている赤いトライバルの彫り物を指差した。
観音菩薩は牛魔王の言葉に違和感を感じていた。
「観音菩薩様。美猿王の拘束が終わりました。」
美猿王を抱えた毘沙門天が観音菩薩に声を掛けた。
「あぁ。では、美猿王を連れて行け。」
「分かりました。」
毘沙門天は観音菩薩に頭を下げて寺を後にした。
「空から降って来るなんて驚きましたよ。流石は観音菩薩様と言った所ですか?」
牛魔王は軽い言葉で観音菩薩に話し掛けた。
「お前が毘沙門天と繋がっていたとはな。」
「美猿王の噂が天帝達にも伝わっていたでしょ?俺は毘沙門天殿に依頼を受けていましてね。」
「美猿王を捕獲しろと言う依頼か。」
観音菩薩がそう言うと牛魔王は「はい。」と答えた。
毘沙門天と牛魔王が繋がっていると言う噂は観音菩薩の耳にも届いていた。
だが、天界と地上を行き来している観音菩薩は美猿王の噂を耳にしていなかった。
観音菩薩からしたら、本当に須菩提祖師を殺し不老不死の術を自分で掛けたのか謎に思っていた。
「さ、観音菩薩様。お送り致します。」
牛魔王はそう言って手を差し出した。
観音菩薩は差し出された手を掴んだ。
牛魔王は観音菩薩の手を握り寺を後にし、牛魔王の率いて来た妖が用意した馬車に観音菩薩を乗せた。
そして、遠くなる寺を見ながら牛魔王は小さく笑った。
その笑いを観音菩薩は見逃さなかった。
美猿王が捕まった事は天界中に知れ渡った。
そして、毘沙門天から報告を受けた天帝は、神々達に霊霄殿(レイショウデン)に集まるようにと毘沙門天に文を送らせた。
美猿王は霊霄殿の地下牢獄に投獄されていた。
天界の近衛兵達が交代で鎖に繋がれて眠ったままの美猿王の監視をしていた。
「しっかし、須菩提祖師殿を殺し不老不死の術を奪ったとはな…。美猿王の悪い噂は本当だったか。」
「ただのガキにしか見えないけどな…。」
監視役の2人が眠っている美猿王を見て話していた。
カツカツカツ。
地下牢に繋がる階段から誰かが降りて来る足音が地下に響き渡った。
監視役の2人は現れた人物を見て驚いた。
鮮やかな長めの青髪は左サイドに流されていて、長めの前髪から見える綺麗な緑色の瞳は色白な肌をより一層白く見せていた。
左の目の下には魚の鱗が付いている。
監視役の2人は男を見て敬礼をした。
「「捲簾大将(ケンレンタイショウ)!!お疲れ様です!!」」
捲簾大将と呼ばれた男は天帝の御側役であり、天帝の守護を任せれている。
近衛兵の中でも最も上の位の人物である。
「ご苦労。」
そう言って捲簾は寝ている美猿王に視線を向けた。
「捲簾大将。ここには何か用事があって来られたのですか?」
「あぁ。天帝の命令で美猿王の顔を見に来たんだ。」
監視役の1人に投げ掛けられた質問に捲簾は答えた。
ここに来る少し前ー
天帝の前には、御簾(スダレ)が垂れていて捲簾は御簾の側でいつも待機している。
毘沙門天が天帝に美猿王を捕獲したと言う報告をしている姿を捲簾はジッと見ていた。
毘沙門天の服に返り血がかなり付いていた。
「毘沙門天の服に付いている血はどうした?」
天帝が毘沙門天の服の血について尋ねた。
毘沙門天は一瞬だけ眉をピクッと動かした。
「あぁ。これは美猿王の暴走を止めた時に付いた血ですね…。すみません、着替えてから天帝の前に出るべきでした。」
「いや、此方が早く呼んでしまったから謝る事はないよ。もう下がって構わないよ。」
「はい。失礼します。」
毘沙門天は捲簾に一瞬だけ視線を向けてから出て行った。
「捲簾。」
天帝が捲簾の名を呼ぶと、捲簾は御簾の前で跪いた。
「毘沙門天の行動を監視して下さい。それとお前の目で一度、美猿王の顔を見て来なさい。」
「分かりました。美猿王の顔を…ですか?」
「あぁ。お前の目に美猿王がどう見えるのか見て来なさい。」
「はい…。分かりました。」
捲簾が地下牢獄に来た経緯はこのような理由だった。
眠っている美猿王の目元は泣き腫らした痕があった。
捲簾は、須菩提祖師から不老不死の巻き物を奪い、弟子達を殺した後には思えなかった。
あんな酷い事をした後に泣くものなのか…と。
「捲簾大将?どうかなさいましたか?」
監視役の2人が捲簾の顔を覗いた。
「いや、用はもう済んだ。しっかり監視をしておけよ。」
「「はい!!」」
捲簾は監視役の2人を背にし地下牢を後にした。
そして、毘沙門天の文は各地の神々達に届き霊霄殿に集まって来ていた。
霊霄殿の警備をしている近衛兵だけでは足りず、海の宮殿を警備している近衛兵隊も霊霄殿に駆り出されてた。
霊霄殿の入り口の警備をしていた捲簾にある人物が声を掛けた。
「こんな所にいるなんて珍しいじゃん?捲簾。」
そう声を掛けて来たのは天蓬元帥だった。
天蓬と捲簾は古い友人であった。
「人手が足りねーんだよ。だからお前も呼ばれたんだろ。」
「そうそう。美猿王の裁判を見に文が届いてない奴等も見に来てんぞ。」
天蓬はそう言って門の外を指差した。
捲簾も門の外に視線を向けると、沢山の神々達がこちらを見ていた。
「牛魔王が兄弟である美猿王を売るとは思わなかったよな?」
捲簾にとってこの言葉は初耳だった。
「兄弟?どう言う事だ?」
「え?何、知らないの?牛魔王と美猿王は兄弟盃を交わした仲で六大魔王達とも行動を共にしてたんだよ。俺の宮殿から武器や盾を奪いに来た話をしたろ?アレは牛魔王と美猿王の2人の仕業なわけ。」
天蓬は牛魔王と美猿王の兄弟盃を交わした話と宮殿の話を捲簾に話した。
捲簾は話を聞いて驚いた。
牛魔王と共にあらゆる悪さをして来た美猿王なら、須菩提祖師を殺し不老不死の巻き物を奪い弟子達を殺すのは有り得る話に変わって来た。
やはり、美猿王は本当に殺したのだろうかと捲簾は思った。
同時に、兄弟である美猿王を売るのかとも疑問に思った。
「だとしら、牛魔王は美猿王を売る理由が分からん。」
「それは俺も同感。ほら、噂をすれば…だ。」
「?」
門の外から妖気を天蓬と捲簾は感じた。
牛魔王が混世以外の六大魔王を連れ、霊霄殿の敷地内に繋がる門を潜り抜けて来ていた。
「どうやら、美猿王を捕まえた牛魔王を毘沙門天様が呼んだみたいだぞ。あ、毘沙門天様が牛魔王を迎えに来た。」
そう言って天蓬は捲簾に小声で話した。
牛魔王と毘沙門天が話している姿を天蓬は捲簾は見ていた。
「俺、毘沙門天様が牛魔王と仲良かったなんて知らなかったんだけど。」
捲簾はそう言って天蓬に質問した。
「捲簾が思っている事はここにいる皆が思ってると思うぞ。それを口にしたら駄目な雰囲気をあの2人が作り出してんのに気付いてるか?」
天蓬の放った言葉の意味を理解していた。
毘沙門天と牛魔王が顔を合わせた瞬間から、誰も口を出させないような雰囲気を一瞬で作り出した。
天蓬と捲簾だけは口をあえて開いていたのだ。
牛魔王率いる六大魔王と毘沙門天が天蓬と捲簾がいる霊霄殿の扉の前まで歩いて来た。
「牛魔王。此方が天帝の御側役の捲簾大将です。そして、宮殿の近衛兵隊長の天蓬元帥です。」
毘沙門天が牛魔王に2人の名前を教えていた。
「あぁ、貴方が天帝の…。天蓬元帥とは一度手合わせした事がありますよ。」
牛魔王の丁寧な言葉に捲簾は驚いていた。
妖が人のように丁寧な言葉を使えるのか…と。
「そろそろ宮殿の武器や盾を返して欲しいんだけど?毘沙門天様も言って下さいよ。そうじゃないと俺が上から愚痴を言われるんですから。」
「それは貴方の責任でしょう?宮殿の警備をするのが天蓬元帥の仕事でしょう。」
「あー。そう言う事を言っちゃいます?」
「さ、牛魔王御一行。席に御案内します。」
毘沙門天は天蓬との会話を切り上げ霊霄殿の扉を開け中に入って行った。
中に入る際に牛魔王は捲簾に視線を向けた。
捲簾は牛魔王の冷たい視線を感じ、去り行く牛魔王一行の背中を見つめた。
「何だよあの言い方。牛魔王の言いなりかよ毘沙門天様は。」
天蓬はそう言って毘沙門天の背中を睨み付けた。
「この美猿王の裁判…。何か裏がありそうだな。」
「裏?」
「俺の考え過ぎかもしれんがな…。」
「捲簾の考えは当たるからな。普通の裁判ではないだろうな。」
捲簾は再び、天帝の言葉と美猿王の姿を思い出していた。
須菩提祖師は美猿王の事をかなり可愛がっていたと天帝から捲簾は聞いた事があった。
この、霊霄殿に法事で訪れた際に美猿王は門の外で須菩提祖師の帰りを待っている姿を一度だけ捲簾は見ていた。
その姿は本当に殺気など無く、須菩提祖師の帰りをただ黙って待っている子供のようだった。
須菩提祖師と美猿王が話している姿は本当に微笑ま
しかった。
だからこそ、今回の裁判はおかしいと捲簾は思っていた。
「捲簾大将!!招待客の確認が終わりました!!」
近衛兵の1人が捲簾に報告をしに来た。
どうやら捲簾が1人で考えている間に文を貰った
神々達が霊霄殿の中に入ったらしい。
「ご苦労さん。お前は下がって良いよ。」
「ハッ!!失礼します!!」
捲簾の代わりに天蓬が答えていた。
天蓬の言葉を聞いてた近衛兵は走り去って行った。
「さ、そろそろ始まるみたいだし行くか。」
「あ、あぁ…。」
捲簾は心にモヤモヤを残したまま天蓬と共に霊霄殿の中に入った。
孫悟空 十八歳
頭がガンガンする…。
バシャァァ!!!
頭から冷たい水を思いっきり掛けられた。
「起きろ!!この罪人が!!」
ヒリヒリする瞼を開けると、目の前に武装をした兵
士が筒を持っていた。
ここは…どこだ?
カチャッ。
鎖の音が耳に届いた。
俺は視線を下に向けると、両手足を手錠で拘束され首輪を巻かれていた。
「何だよ…コレ。」
「さっさと立て!!」
「ここはどこだよ。」
「ここは霊霄殿の地下牢だ。今からお前の裁判が始
まる。」
霊霄殿?
あぁ…、爺さんの法事に付いて来た事あったな。
俺は妖だったから中には入れなかったけど。
裁判って言ったかコイツ?
「は?裁判だと?」
「お前は須菩提祖師殺しと罪の無い人間を殺し不老不死の巻き物を奪った罪が重なっている。神々達がお前の処罰を決めるんだよ。」
グイッ!!
兵士はそう言って首輪に繋がっている鎖を引っ張った。
「ヴッ!?」
いきなり首を絞められ付けられ息が出来なくなった。
無理矢理立たされた俺は息を整える事に必死だった。
「ゴホッゴホッ!!俺は殺してねぇよ!!」
「お前の言う事を誰が信じるか。さっさと来い。」
兵士は俺の言葉に耳を傾ける事は無く、首輪に繋がっている鎖を引っ張り俺を地下牢から引っ張り出した。
俺は何度も兵士に爺さんを殺してない事を話したが、一言も言葉を発しずに階段を登り続けた。
何なんだよ!!
爺さんを殺したのは牛魔王だろ!?
何で誰も俺の話を聞いてくれないんだよ!!
そんな事を考えていると、兵士が1つの扉の前で足を止めた。
「お前は罪人で死ぬべき存在なんだよ。」
兵士は冷たい言葉を放ち扉を開けた。
開かれた扉の先は円形闘技場だった。
観客席に沢山の神々達が座っていた。
そして、前方には5人の顔を隠した神達が玉座に座っていた。
真ん中の玉座に座っているのが天界の中でも1番位が高い天帝が座っており、右隣には如来(ニョライ)、左隣には如観音菩が座っていた。
如来の隣に明王(ミョウオウ)、観音菩薩の隣には天部(テンブ)が座っていた。
座っている神々達は美猿王をジッと見つめていた。
「なんだこの人数の多さは。」
美猿王が観客席を見ながら呟くと、首輪の鎖を持った兵士が思いっきり鎖を引っ張った。
グラッ!!!
美猿王はバランスを崩し地面に倒れた。
バタンッ!!!
「アハハハ!!」
「彼奴め、何にも無い所で転びおったわ!!」
観客席に座っている神々達が一斉に笑い出した。
美猿王が転んだ姿を見て神々達は大笑いしている。
お祭り騒ぎで笑っている訳ではなく、美猿王を馬鹿にして笑っていたのだった。
そんな神々達を後ろから天蓬と捲簾は見ていた。
「何だよこの悪趣味な笑いは…。」
捲簾は怒りを露わにして呟いた。
「美猿王を寄って集って馬鹿にしてんな…。」
「中々酷いモンだな。」
天蓬と捲簾は笑い続けている神々達を見て引いていた。
牛魔王と毘沙門天は1番見えやすい席で美猿王を見ていた。
垂れ下がった長い赤色の布で牛魔王と毘沙門天の姿が見えないようになっていた。
「アハハハ!!これは傑作だなぁ…。」
牛魔王はそう言って爆笑していた。
毘沙門天と牛魔王が笑っている姿を見て黒風は引いていた。
黒風からしたら、仲の良かった牛魔王が美猿王を裏切り濡れ衣を着せている事が理解出来ていなかった。
「この人達は、どうしてこんなに笑えるんだ?」
と、黒風は心の中で思っていた。
「あ、牛魔王に紹介したい者がいるのですが…。宜しいでしょうか?」
毘沙門天はそう言って牛魔王に尋ねた。
「俺に?別に構いませんが?」
「ありがとうございます。」
牛魔王の返事を聞いた毘沙門天は視線を後ろに向けた。すると垂れ下がった長い赤色の布を避けながら
1人の女が現れた。
十六歳程の年齢の女の子で、黒いチャイナドレスを
着た哪吒太子が現れた。
「哪吒(ナタク)。牛魔王に挨拶なさい。」
「はい。」
そう言って哪吒太子は牛魔王の方に体を向け、牛魔王の前で膝を付いた。
「お会い出来て光栄です。」
そう言って哪吒太子は顔を上げて牛魔王の顔を見つめた。
「こちらこそ、会えて光栄ですよ。毘沙門天の娘か?」
「はい。哪吒は今までで1番出来が良いんですよ。哪吒を大将にした部隊がもうすぐ出来上がるんです。」
哪吒太子と毘沙門天の関係性は、表向きは親子に見せかけ、裏では戦闘道具として使われていた。
毘沙門天は強い戦闘部隊を作るべく、海の深海にある宮殿で研究が行われていた。
今、牛魔王の目の前で膝を付いている哪吒太子は研究が成功した事の証。
「へぇ…。どんな部隊なのか聞きたいな。」
「是非、貴方にも協力をお願いしたいと思っていたんですよ。」
牛魔王と毘沙門天が話している中、哪吒太子は視線を別の方に向けていた。
向けた視線の方角に美猿王の姿があった。
「あの人…。あの時の…。」
哪吒太子は美猿王と会った事を覚えていた。
美猿王の姿があの時から哪吒太子の頭から離れなかった。
その理由は分からないまま、哪吒太子は日々を過ご
していた。
ただ、美猿王の姿を黙って見つめていたのだった。
孫悟空 十八歳
コイツ等…。
俺の事を馬鹿にしてるのか?
俺が転んだら一斉に笑い出して…。
「お前が美猿王か。」
不意に声を掛けられ、視線を前に向けた。
顔が見えないが、声からして男だろう。
「だったら?」
俺がそう答えると、首輪に繋がった鎖を持った兵士が俺の背中を踏みつけた。
ドンッ!!
「ヴッ!?」
「無礼な答え方をするな。このお方は天帝様であるぞ。」
「天帝?」
天帝って確か…、天界の中で1番偉い人だったけ?
爺さんがそう言ってたような…。
「須菩提祖師が言っていた通りの男だな。」
爺さんの名前を聞いて耳がピクッと動いた。
「爺さんの知り合いなのか!?」
俺は兵士の足を勢いを付けて、背中から退かし立ち上がった。
「あぁ。須菩提祖師とは古くからの仲でな?」
「天帝。それ以上この下等生物と口を聞くのは辞めて下さい。」
天帝と呼ばれた男の右側に座っている男が太々しい声を出した。
「如来に怒られてやんのー。」
「観音菩薩!!」
観音菩薩と呼ばれた人物は足を組みながら如来と呼ばれた男を見てケラケラ笑っていた。
明王と観音菩薩が俺の前で軽い口喧嘩をしていた。
何なんだよ…、一体。
「2人共、いい加減にして下さい。そろそろ始めたいのですが?」
観音菩薩の右隣に座っている男が冷静に言葉を放った。
「天部の言う通りだな。では、罪人美猿王の裁判を始める。」
天部と言う男に怒られた如来がそう言うと、笑っていた神々達が一斉に口を閉じた。
裁判?
「罪人って…俺が?」
「お前しかいないだろう?お前は須菩提祖師と弟子達を殺し、不老不死の術を自分の体に掛けただろう?」
明王の言葉を聞いて俺は腹がたった。
何故なら、事実と違うからだ。
俺は爺さんを殺していないのに、俺が殺した事になっている。
牛魔王が殺したのに、どうして俺が殺した事になってんだよ…。
そう思った俺は大声を出した。
「俺が爺さんを殺した?ふざけんな!!爺さんを殺したのは牛魔王だ!!!」
「だ、そうだが牛魔王よ。」
明王がそう言うと、長い赤い布が垂れている所から牛魔王が現れた。
「牛魔王!!テメェふざけんなよ!?」
俺がそう言うと、牛魔王はフッと軽く笑った。
「何を可笑しな事を言ってるんだよ美猿王。お前のした事を俺のした事にするんじゃねぇよ。俺以外にも証人はいるんだぜ?」
そう言うと、牛魔王の隣から毘沙門天が現れた。
「牛魔王の言う通りですよ。我々はこの目で見たのですから。美猿王が須菩提祖師や弟子達を殺した姿を!!」
毘沙門天は俺の方の指を刺しながら叫んだ。
コイツ等!!!
俺に罪を擦り付けようとしてるのか!?
「ふなにざけんなよお前等!!お前等が爺さんと才達を…。俺の目の前で殺しただろうが!!何もしてない健水と楚平を殺しただろうが!!!」
俺がそう言うと、神々達がヒソヒソと小声で話し出した。
「美猿王の言っている事は本当なのか?」
「美猿王のあの慌てようは、一体…。」
会場が一気に騒ついた。
「騙されないで下さい!!!」
「っ!?」
毘沙門天が一際大きな声で叫んだ。
騒ついていた会議が静まった。
「皆さん騙されてはいけません。この男のして来た事を思い出して下さい。美猿王は自分の山を大きくする為に数々の山猿達を殺し、金金財宝や酒を盗み、私利私欲の為に殺しさえ躊躇しなかったこの男が!!」
毘沙門天は大きな声で演説を続けた。
「美猿王の体に刻まれた刻印こそが!!不老不死の術を自分の体に掛けた証拠ではありませんか!!美猿王の言葉に耳を傾けてはいけませんよ。此奴の放つ言葉は嘘しかありません!!!」
毘沙門天の隣にいる牛魔王が不敵な笑みを浮かべた。
コイツ等!!
俺の中の怒りがグツグツと音を立てながら湧き上がって来た。
「毘沙門天の言葉に一理ありますな。」
「そうでしょう!?明王様。」
明王と呼ばれた男が毘沙門天の言葉に賛同した。
「た、確かに…。」
「危うくあの男に騙される所だった…。」
「其奴を処刑すべきです!!」
会場にいる神々達が各々が発言しながら叫んだ。
毘沙門天の言葉で会議にいる奴等の意思を変えやがった!!
ここにいる奴等は俺自身がどうなっても良いんだ。
確かに、牛魔王が爺さんを殺した姿をこの目で見たのは俺しかいない。
毘沙門天が健水と楚平を殺した姿を見たのも俺しかいない。
爺さんは初めて会った時から、俺の言葉を疑いもしなかった。
爺さん…。
頭の中に爺さんが俺に不老不死の術を掛けた光景が蘇った。
「斉天大聖になりなさい。悟空…、この世界を変えてくれ。」
爺さんの言葉を思い出した。
爺さんは分かっていたんだな。
表向きは美しい神々達の裏の顔を…。
コイツ等の方が化け物だ。
爺さん。
俺はコイツ等を許せねぇよ。
「お前等の方が化け物だ!!神なら些細な言葉でも聞くべきだろうが!!真実さえ見えてないお前等は神じゃねぇ!!」
そう言って目の前に座っている天帝を睨み付けた。
その光景を天蓬と捲簾は睨みを効かせながら見つめていた。
天蓬と捲簾は美猿王の話している表情を見て本心を言っていると分かっていた。
「何で、誰も美猿王を信じてやらないんだよ。こんなのおかしいだろ!!」
捲簾はそう言って近くにあった柱を叩いた。
「毘沙門天がこの空気を作ったんだ。美猿王が何を言っても通じなくなってる。」
天蓬と捲簾がそんな話をしていると、美猿王の声が会場中に響いた。
「お前等の方が化け物だ!!神なら些細な言葉でも聞くべきだろうが!!真実さえ見えてないお前等は神じゃきにぇ!!」
美猿王の言葉が会場を再び静けさを戻した。
天蓬と捲簾は美猿王の言葉を聞いて体が震えて上がった。
「アハハハ!!アイツやるな!!天帝の目の前で正論を言いやがった!!」
そう言って天蓬は笑いながら、観客席に座っている神々達の前に立った。
捲簾と笑いを堪えながら天蓬の隣に立った。
「天蓬元帥と捲簾大将!?」
「な、なんで前に出たんだ!?」
突然現れた天蓬と捲簾の姿を見たの神々達は驚き再び騒ついた。
「もっと言ってやれ!!!お前の言葉を俺は信じる!!」
捲簾はそう言って美猿王を見つめた。
「俺も信じるぜ美猿王!!お前の言葉を聞いて俺達は震えたぜ!!」
捲簾と天蓬は大きな賭けに出たのだ。
何故なら、美猿王の言葉とあの男の存在があったからだ。
「な、なんだ?あの2人?」
美猿王はポカーンッとした顔で捲簾と天蓬を見つめた。
この時、美猿王は状況を飲み込めていなかった。
何故なら、美猿王の放った言葉はもう1人の人物の
心と行動を奮い立たせたのだ。
1人の男が円形闘技場に続く長い廊下を走っていた。
「お、お待ち下さい!!!」
「待たねーよ!!美猿王の事をほっとける訳ないだろ!!それより、どうして今日の事を黙ってた。」
追い掛けくる使用人に向かって男は足を止めて言葉を放った。
「そ、それは…。」
「どうせ、毘沙門天の仕業だろ。お前、金貨に眩んだんだろ。」
男が使用人にそう冷たく言い放つと使用人の顔色が見る見るうちに青く染まった。
男は使用人を無視して円形闘技場の入り口の扉を開けた。
孫悟空 十八歳
あの2人は何なんだ?
俺の…味方をしてくれたのか?
青髪の隣にいるピンク髪の男は…確か、宮殿の時の?!
「天蓬元帥!!捲簾大将!!」
毘沙門天が汗をかきながら2人の名前を呼んだ。
あの、毘沙門天が焦りを見せている?
2人は恐らくだが、この中でも権力がある人間だ。
バンッ!!
左側のドアが勢いよく開いた。
俺は開かれた扉に視線を向けた。
そこに立っていた男は、襟足の長い黒髪に少し長めの前髪から深海のような深い青い瞳を覗かせ、左耳には煌びやかな耳飾りが沢山付いていた。
ん?
アイツ、俺の方を見てるな…。
どこかで会った事があるような…。
「美猿王は本当の事を言ってるぞ毘沙門天。」
男がそう言うと、毘沙門天は苦虫を噛み締めた顔をした。
「金蝉童子(コンゼンドウシ)!!お待ち下さい!!」
金蝉と呼ばれた男の後ろから使用人が慌てて出て来た。
「このような場面でそのような発言は…。」
使用人はそう言って金蝉を円形闘技場から出そうとしていた時、使用人の行動を止めるような言葉をある人物が放った。
「遅かったかな金蝉。お前の救いたい男なのだろう?」
そう言ったのは観音菩薩だった。
孫悟空 十八歳
遅かった?
それはどう言う意味なんだ?
「毘沙門天が俺に今日の事を知らせないように裏で動いてたんだよ。」
観音菩薩の言葉に答えた金蝉は毘沙門天に視線を向けた。
ん?
金蝉に見られた毘沙門天が嫌な顔をしてる…。
もしかして、コイツがここに来たらまずいから毘沙門天は今日の事を言わなかったんじゃないか?
それ程、この男には何かしらの力があるから…か?
「それはどう言う事ですか?毘沙門天。」
黙っていた天帝が口を開き、毘沙門天に尋ねた。
この状況は…、もしかしたら逆転したのか!?
「そ、それは…。」
毘沙門天が口籠もった。
「金蝉は美猿王に命を救われたんですよ天帝。」
「なっ!?それはどう言う事ですか観音菩薩!!」
答えない毘沙門天の代わりに観音菩薩が答えると、
毘沙門天が驚きの声を上げた。
俺が金蝉って男を助けた?
いつだ?
全然覚えてねぇ…。
この男は…何者なんだ?
そんな事を考えていると、金蝉と目が合った。
捲簾と天蓬は到着した金蝉の姿を見てホッと胸を撫で下ろしていた。
「やっぱり、金蝉の到着が遅かったのは毘沙門天の差し金か。」
「あぁ、ちゃっかりしてるよ。金蝉の使用人を金で
買ったんだからなぁ。」
捲簾と天蓬はこの時に毘沙門天が黒だと言う事を確
信していた。
2人のこの発言を強く出来るのは金蝉だけだったのだ。
金蝉は美猿王と毘沙門天の顔を交互に見ながら口を
大きく開き、話し始めた。
「俺の屋敷に追い出され、彷徨った森の中で妖に殺されそうになった所を悟空に助けられたんだ。もう何年も前の出来事だが、俺は悟空に感謝している。須菩提祖師を父のように慕っていた悟空が殺す筈がない!!」
金蝉の言葉は円形闘技場に響き渡った。
「そして、この毘沙門天の言葉に惑わされるな!悟空の言葉を俺は信じる。あの日の事を悟空は覚えているかは分からない。だが、俺がここに来たのは私利私欲の為ではない。悟空の為にここに来たんだ!!」
金蝉の言葉に偽りは一つもなかった。
観音菩薩と金蝉の友人である捲簾と天蓬にはこの話をしていたのだった。
金蝉が現れ、孫悟空と言う名を出さなければ影響力がないと感じた捲簾と天蓬は孫悟空と言う名をあえて言わなかったのだった。
そして、神々達や天帝に孫悟空と言う名が天界中に広まる事なる。
美猿王を貶めようとしている毘沙門天の動きを止める為には金蝉がこの場に現れないといけなかった。
「そ、それじゃあ…。毘沙門天様のお言葉は全て嘘?」
「ど、どう言う事なんだ?」
「美猿王と言う名前ではないのか?孫悟空…と言うのが本当の名なのか?」
神々達が次々に口を開き毘沙門天への疑心感が湧き上がった。
「これも全ては君の思考の上と言う訳ですかな?観音菩薩。」
天帝は隣に座る観音菩薩に尋ねた。
観音菩薩は天帝を見つめて軽く笑った。
「人の心を動かすのも壊すのも人ですからね?相手が人々に恐れられた妖でもね。美猿王は須菩提祖師や金蝉の心を動かしたんですよ。」
「あの金蝉童子が声を荒げるなんて…。」
如来はそう言って金蝉を見つめた。
金蝉童子は釈迦の第二弟子であった。
彼はいつも書庫に閉じ籠り、ひたすら書物を読み漁る日々だった。
金蝉童子は人に全く興味がなく、それを見かねた釈
迦が金蝉童子を暫く旅に出ろと言い屋敷を追い出した。
のちに、美猿王との出会いに繋がる事になる。
金蝉童子 二十二歳
俺は人と関わる事がとにかく面倒だった。
孤児だった俺を引き取ったのが、釈迦如来だった。
釈迦如来は俺に仏教の知識を叩き込んで来た。
幸いな事に俺は要領が良かったらしく、凡ゆる難解と言われた試験も難なく受かった。
釈迦如来のお墨付きと言う噂は天界中に響き渡たり、釈迦如来の代わりに天帝達の集会に何度か出た事があった。
つまらない話ばかりをして、肝心な問題は見て見ぬ
フリをする神々達に俺は嫌気がしていた。
そんな中、1人の人物が俺に興味を持った。
その人物とは、観音菩薩だ。
観音菩薩は俺よりも遥かな知識があった。
頭脳戦では観音菩薩に勝てた事がなかった。
観音菩薩は何かと俺を気にかけ、話し掛けて来た相手だ。
集会が無い限りは書庫に閉じ籠っていた。
そんな俺に嫌気をさした釈迦如来はついに俺を屋敷から追い出した。
「お前は少し、人間に興味を向けなさい。暫く帰って来るな。」
「は?」
釈迦如来はそう言って俺と、少しの食料が入った袋を持たせると屋敷から追い出した。
「は!?ふざけんなよ!!」
閉ざされた屋敷の門を何度も力強く叩いた。
だが、誰も返事をしなかった。
静まり返った屋敷が現実を叩き付けた。
「俺を追い出して満足かよ。」
俺にどうしろと?
人に興味を持てって何だよ。
別に人と関わらなくたって生きていけるだろ。
釈迦如来の言葉が理解出来なかった。
俺は渋々、袋を肩にか掛け暗い森の中に足を踏み込んだ。
灯りがないだけで暗い森の中は恐怖心を掻き立てた。
「どうにかしないとな…。」
俺は火の付け方なんて分からなかった。
どうやって火を作れば良いんだ?
とりあえず、小枝を集めれば良いのか?
俺は手探りで小枝を集めた。
ガサガサッ!!!
「っ!?」
茂みの中から数人の人の形をした妖達が現れた。
「おいおい!!人がいるぞ!!!」
「ッチ。何だよ1人しかいないじゃないか。」
「先にこの人間を殺した奴の食料と言う事だな。」
妖達の会話は何とも下品な会話だった。
どうやら、食料を探していた妖達と小枝を拾い集め
ていた所にバッタリ会ってしまったのか…。
どうしよう…。
俺、武術は何にも出来ないのに…。
後退りする俺に合わせて妖達は俺に近付いて来た。
ドンッ!!
後ろに大きな木がある事に気付かなかった!!
俺は…、ここで死ぬのか?
「おいおい!!コイツ泣きそうな顔してんぞ!!」
「ギャハハハ!!男のくせに情けねぇな!!」
俺の顔を見た妖達が大声で笑い出した。
気持ち悪い光景だ。
こんな奴等に喰われて終わるのかよ…。
「それじゃあ…いただきま!!」
ゴキッ!!!
先頭にいた妖が俺に喋りながら近付いて来ようとした時だった。
骨の折れる鈍い音が森に響いた。
ボトッ。
俺の足元に何かが転がって来た。
暗くてよく見えない…。
そう思っているとパッとその場が急に明るくなった。
俺の足元には先頭にいた妖の頭が転がって来ていたのだった。
足元にもう一つ、人の形をした影があった。
目線を上に上げると、灯りを持った男がたっていた。
「っな!?お、お前は…!!」
妖達が男の顔を見て驚愕していた。
「な、何でここに!?」
「お前等には関係ねーだろ?それより死にたい奴は前に出ろ。」
男の冷たい言葉は妖怪の体を恐怖で縛り上げた。
この男のオーラは只者じゃない!!
「す、すすすいません!!美猿王様のお連れとはき、気がつきませんでした!!」
そう言って妖怪達は頭を下げた。
美、美猿王!?
噂で聞いた事があった。
火山島の美猿王…。
牛魔王と兄弟盃を交わし、金金財宝や酒を盗み、敵と見做(みな)した人物には容赦なく殺しを行う最低最悪の猿の王と…。
まさか、美猿王が現れるなんて思ってもいなかった。
「死にたくなかったらさっさとどっか行け。」
もしかして、俺の事を庇ってくれてるのか…?
美猿王がそう言うと、妖怪達は震える体を抑えなが
ら走って逃げて行った。
はぁ…、よ、良かった…。
いなくなって…。
ドサッ。
安心したら腰が抜けてしまい、その場に座り込んでしまった。
すると、美猿王が振り返り俺の目線に合わせ腰を下ろして来た。
灯りに照らされた赤茶色の髪はサラサラしていて、
雪のように白い肌に茶金の瞳はとてもよく映(ば)えていた。
「お前、怪我は?」
「へ?」
俺は思わず間抜けな声を出してしまった。
だ、だって、噂で聞いた美猿王とは違っていたからだ。
「だから、怪我してねぇ?って聞いてんだけど。」
「な、ない…。」
「そうか、なら良い。こんな夜遅くに1人で何してんの。ここら辺は妖が出るって聞いた事ねぇ?」
「えっと。屋敷を追い出されて途方にくれてた…。」
俺がそう言うと、美猿王は溜め息を吐いた。
「お前も災難だな。まぁ、灯りが有ればなんとかなるだろ。」
「灯り良いのか?」
「あぁ。俺の連れがあっちにいるから大丈夫だ。良かったら合流するか?」
「へ!?」
「まぁ…。連れがこの状況を見たら、連れて来いって言うだろうし。付いて来い。」
そう言って、美猿王は立ち上がって歩き始めた。
「ま、待って!!」
俺は慌てて立ち上がり、急いで美猿王の後に付いて行った。
後に付いて行くと、焚き火をしている須菩提祖師の姿があった。
向こうも俺の事に気付いたが、指を口に当てた。
内緒と言う事か…。
合流した後は暫くの間、俺と美猿王、須菩提祖師と話をした。
須菩提祖師と話している美猿王は親子のようだった。
美猿王が丸くなったのは、須菩提祖師のお陰なのだと直感した。
須菩提祖師も美猿王の事をとても可愛がっている事が分かった。
パチパチッ。
音を立てながら燃え盛る火を見つめていると、須菩
提祖師が俺に近付いて来た。
「まさか、金蝉童子と出会とは…。偶然と言うよりかは必然と言った方が宜しいかな?」
須菩提祖師はそう言いながら俺の隣に腰を下ろした。
「美猿王は?」
「ハハッ。彼奴はあっちの木の上で寝てしまいましたよ。」
そう言った須菩提祖師は父親の顔をしていた。
「噂で聞いた美猿王とは…、全然違いました。」
「ハハッ!!最初の頃は噂通りの男でしたよ。誰にも心を開かず、己の欲求だけで動いていた。だけど、悟空と過ごして行くうちに…、可愛く思えてしまってね。悟空はいずれこの世界を変える人物となりますよ。」
「悟空…?」
「あぁ、彼はもう美猿王じゃありませんよ。彼の名前は孫悟空。私が名を与えました。」
須菩提祖師が名前を…。
孫悟空ー 空を悟る者…か。
美猿王は己の殻を破り、新しい自分になったのか…。
「美猿王…いや、悟空の瞳には何か力があるのかもしれません。」
「金蝉童子に分かっていただけて光栄です。貴方と悟空がこの世界を変える架け橋となるかもしれませぬ。」
この時はまだ、須菩提祖師の言葉の意味が分かっていなかった。
孫悟空と出会い、俺の考え方は変わった。
須菩提祖師達と分かれた後、俺は何個か町を回った。
町には沢山の人々がいて、良い人もいれば悪い人もいる事を知った。
だけど、人は誰かと支え合って生きている。
釈迦如来はこの事を俺に教えたかったのかと分かった。
孫悟空と出会い、捲簾と天蓬達とも出会えた。
あの日、孫悟空に助けられていなかったら今の俺は
この世にいない。
そして、俺の目の前にはあの日、助けてくれた孫悟
空がいる。
今度は俺が、この人を助ける番だ。
孫悟空 十八歳
「毘沙門天。どう言う事か説明していただきたい。」
明王はそう言って毘沙門天を見つめた。
だが、毘沙門天は言葉を探しているせいなのか、
中々口を開こうとしない。
今、ここにいる神々達は毘沙門天に疑心感を持っている。
毘沙門天の策略が落ちる!!
そう思っていると、牛魔王がニヤリと笑い口を開けた。
「これも全て美猿王…いや、孫悟空の術中の上だと気付かれないのですか?」
「っな!!?」
牛魔王は想像していなかった言葉を放った。
「明王様。これも全て孫悟空の術中の上なのです。金蝉童子を助けたのもこの場で発言させる為だとしたら?須菩提祖師に気に入れられた方が不老不死の巻き物を手に入れやすくする為の罠だとしたら?」
牛魔王がそう言うと神々達はハッとした表情を浮か
べた。
コイツ!!
嘘の話を平気でペラペラ喋ってやがる!!
「テメェ!!ふざけんなよ!!」
ゴッ!!
額に痛みが走った。
俺の足元に転がって来たのは少し大きめの石だった。
額に血が流れた。
は?
「化け物の言葉を信じる所だったわ!!」
「さっさと死ね!!化け物!!」
神々達はそう言って俺に向かって石を投げて来た。
捲簾と天蓬は石を投げようとする神々達を止めようとしていた。
「やめろ!!」
捲簾が手を伸ばそうとすると、捲簾の首元に刃が光った。
「やめるのは貴方達ですよ。」
捲簾は視線を周りに向けると、近衛兵達が捲簾と天蓬に刃を向けていた。
およそ30人の近衛兵達が捲簾と天蓬を取り囲んでいた。
「ハッ、お前等はとっくに毘沙門天に買われた兵士って事かよ。」
天蓬はそう言って腰に下げていた剣を抜き、刃を向けている兵士の首元に刃を向けた。
「流石にこの人数を相手にするのは手こずるでしょう?捲簾大将、天蓬元帥殿?」
「ッチ。お前等の狙いは俺達の動きを止める為か。」
「毘沙門天様の御命令ですので。」
捲簾と天蓬が足止めを食らっている中、金蝉童子もまた同じような状態だった。
石を投げ付けられてる孫悟空を助ける為に、金蝉は
下に降りようとした時だった。
ガシッ!!
金蝉の腰に抱き付いて来たのは使用人だった。
「なっ!?離せ!!」
暴れる金蝉を次々に現れた使用人達が体を押さえつけた。
「離せ!!俺は悟空の所に行くんだ!!」
「行かせません!!このままだと貴方まで罪人扱いされますよ!!」
「うるさい!!離せ!!離せよ!!」
使用人達は金蝉童子の言葉に耳を傾けなかった。
金蝉はただ、石を投げつけられる孫悟空を見ているしかなかった。
神々達は「殺せ、殺せ!!」と声を合わせながらひたすら石を孫悟空に投げ付けていた。
金蝉が変えた空気を牛魔王の言葉で変えられてしまったのだ。
孫悟空の体に石がぶつかり血を流しても一瞬で傷が再生してしまう。
体の痛みだけが残ったまま、ひたすら石を投げられていた。
「黙りなさい!!!」
天帝の大きな声が円形闘技場に響き渡った。
孫悟空 十八歳
天帝の大きな声が円形闘技場に響き渡たり、神々達は動きを止めた。
玉座から立ち上がった天帝は再び口を開いた。
「これ以上、口論をしても仕方がありません。美猿王…いや、孫悟空。貴方には五行山(ゴギョウサン)に500年封印の刑に処す!!」
カンカンッ!!
そう言って天帝は持っていた杖を地面に強く叩き付けた。
500年…、封印?
目の前が真っ暗になった。
天帝達は牛魔王の言葉を信じてこんな事を言った…のか?
神は牛魔王の言葉を信じたのか…?
俺の中の何かが音を立てて壊れた。
結局こんなものか…。
ハッ。
馬鹿馬鹿しい。
この世界の神々達は何て汚いんだ。
「今すぐ孫悟空を五行山に連れて行きなさい!!」
天帝がそう言うと俺の周りに近衛兵達が集まった。
俺の体を押さえ付け、俺の目元に黒い布を巻いた。
「悟空!!!」
金蝉の声が聞こえて来た。
「絶対に悟空の事を助けるから!!だから!!待っててくれ!!」
どんな表情でこの言葉を言っているのか分からなかった。
この男の言っている事が本当なのかもから分からない。
俺は近衛兵達と共に円形闘技場を後にした。
孫悟空の裁判が終わり神々達は次々に円形闘技場を後にした。
ホッとした毘沙門天は椅子に座り込んだ。
「ハァ…、ハァ。助かりましたよ牛魔王…。」
「慌て過ぎなんですよ。これじゃあ怪しまれても仕方ありませんよ。」
「貴方の頭がよく回るんですよ…。」
「フッ。天帝の言葉のおかげで俺の計画は成功し
た。それじゃあ俺達はこれで失礼するよ。」
そう言って牛魔王と六大魔王は円形闘技場を後にした。
孫悟空がいなくなった事を確認した近衛兵達は捲簾と天蓬の首元に向けた刃を下げた。
「では、我々はこれで。」
そう言って30人の近衛兵達は円形闘技場から出て行った。
捲簾は手すりを思いっきり殴り付けた。
「何だよこの結果は!!」
「やられたな。牛魔王の言葉で神々達の意識を美猿王…いや、悟空の方に向けちまったんだたからな。」
「天帝も何を考えてこの結果にしたんだ。」
「さぁな…。俺達に神々の考え方は分からねぇ。ただ、分かった事は天界の連中が腐ってるって事だけだ。」
そう言った天蓬の顔はとても怖かった。
孫悟空 十八歳
そのまま馬車に乗せられた俺は五行山に向かっていた。
爺さん…。
俺は…、爺さんの夢を叶えられそうにねぇや。
この世界の神達は腐ってやがる。
こんな世界に何も希望が湧かない。
ガタッ!!
山道を走っていた馬車が止まり、俺は首に付いた首輪の鎖を引っ張られながら馬車を降りた。
降りると目隠しを外すされ、背中を強く押された。
ボヤけた視界で確認出来たのは岩の柱が何本が立っていた事。
「もう、出て来るなよ化け物が。」
「アハハ!!無様だな!!」
近衛兵達はそう言って笑いながら馬車に乗り込んで行き、山道を降りて行った。
周りを見ると、彼方此方に札が貼られていた。
何の札なのか分からなかったが、それもどうでも良い事だ。
カチャッ。
岩の牢獄の中に響くのは鎖の音だけ。
俺はもう、誰も信じねぇ。
絶対に殺してやる。
牛魔王…。
お前と出会わなければ爺さんや才達は殺される事なんてなかったんだ。
殺してやる、殺してやる!!
絶対にお前だけは許さねぇ!!!
こうして、孫悟空は500年間 五行山に封印された。
そして500年後の春、孫悟空はもう一度出会う事になる。
あの男とー。
第壱幕 落とされた猿 完