コポポポポッ…。

ウィーン、ウィーン。

水の音と機械の鳴る音が耳に入った。

周囲を見渡すと縦長い水藻が沢山設置されていて床から草が沢山生えていた。

「何だ?この部屋…。」

ズキンッ!!

肩に鋭い痛みが走った。

剣で斬られた事なんてなかったからなのか、肩がの傷が異常に痛い。

傷が焼けるのように熱い…。

何だコレ…。

体が怠い。

「はぁ…。」

それにしてもこの部屋は何なんだ?

デカイ水槽が沢山あるけど、中に何か入ってんのか?

重たい体に鞭を打って立ち上がった。

コポポポポッ…。

「ん?これは…女?」

水槽の中に金色のフワフワの髪の色白い裸の女が入っていた。

口には酸素を送っている機械が着けられていた。

「何で女が入ってるんだ?まさかここにある水槽の中にこの女が入ってるのか?」

俺は気になってここにある水槽の中を全員見て回った。

水槽の中にはやっぱり最初に見た女が入っていた。

「何なんだこの部屋…。気持ち悪っ。」

その中でも1番大きな水槽の中に入っている女だけ、左目の下にダイヤのマークが付いていた。

何故か俺は大きな水槽の前から動けなかった。

どうしてもこの水槽に入った女が気になった。

すると、女の瞼がピクッと動いた。

そして瞼がゆっくりと上がり黄色の瞳が俺を写した。

女はジッと俺の事を見てきた。

ー 美猿王は宮殿の宝が武器だと思い込んでいた。
だが、本当の宝はこの少女である事に気付ずいた。
天界では密かに、美猿王と牛魔王が兄弟盃を交わした事が神達の間で騒がれていた。
美猿王の今までして来た悪さや計り知れない強さに神々達は頭を悩ませていた。

どうしたら美猿王や牛魔王の動きが止められるのか…と。

そこで、神々達は妖怪と同等に戦える兵を作れば良いと判断した。
神々は人間と同じ姿の兵器を作り出す実験を行なっており、海深い宮殿の研究室にて四海竜王達と協力しながら兵器を作っていた。
美猿王はたまたま、研究室に入ってしまったのだったー

「あなた…。」

「っ!?」

コイツ喋れるのか!?

「ケガ…してる。」

「へ?」

「あそ…この薬。飲ん…だら治る。」

女はそう言って机に置いてある瓶を指差した。

「コレを飲めって事か?」

俺がそう言うと女が頷いた。

んー、怪しいけどいつまでも体が怠いのは嫌だし飲んでみるか…?

俺は机の上に置いてある瓶を手に取り蓋を開けた。

そして意を決して透明の液体を体に流し込んだ。

すると肩の傷が再生し始め体の怠さが無くなった。

「怪我が治った…だと?」

「よか…た。あな…たの傷、妖怪退治専用の剣…で斬られた傷。」

「だから傷口が焼けるように熱かったのか?」
そう言うと女が頷いた。

だから、牛魔王はこの宮殿にある武器が欲しかったのか。

やっと理解出来たな。

「ありがとな。お陰で助かったわ。」

「お礼を言われる事…して…ない。」

「いやいや、十分お礼を言われる事したよお前は。」

「変な…奴。」
「アハハハ!変な奴は初めて言われたわ。それより
お前は何でこんな水槽に閉じ込められてんの?」
俺がそう言うと女は黙った。

「わから…ない。」

「分からないのか?」

「うん。」

「そうか。」

「うん。」

ジッと女の体を見つめた。

よく見ると体にたくさんの器具が付いていた。

この女みたいに水槽に閉じ込められている奴とか、
人の姿をした物体、武器。

俺の知らない事がこの世界には山程あるって事に気付いた。

タタタタタタタッ!!

扉の向こうから再び足音が聞こえて来た。

「やっべ!!急いでここを出ないと!!」

「こっちの。」

「え!?」

「こっちの…扉から…出たら裏に…出るから。」

女のは左に側にある扉を指差した。

「俺を逃すのか?」

「うん。」

「何で?」

理由が分からなかった。

何でコイツは俺を逃したり傷を直させたりしたんだ?

「理由は…分からない。」

「分からない…って。」

「分からないけど…、にが、してあげ…たいから?」

そう言って女は首を傾げた。

感情が分からないのかこの女は…。

ずっとこんな水槽の中に閉じ込められていたのか。

「この部屋も確認するぞ!!」

「っ!!」

警備兵達がこの部屋に入ってこようとしていた。

「ありがとな!助かったぜ!!」

俺は女に礼を言って左側にある扉に向かって走った。

扉を開けると、真っ暗だった。

俺は無我夢中で暗闇の中を真っ直ぐ走った。

いつまで走れば外に出れるんだ…。

チカチカチカッ!!

前方から一筋の光が見えた。

「見えた!!」

俺は全速力で光の刺す方向に向かって走った。

暗闇を抜けると地上に出ていた。

あの部屋の構造からどうして地上に出られたのかは
分からないが、日の出までに間に合って良かったと思った。

「美猿王。遅かったじゃん?」

声のした方に視線を向けるとボロボロの牛魔王の姿が見えた。

「牛魔王!!無事だったか。」

「なんとかな…。美猿王も無事で良かったわ。」

「ハハハッ。今日は…疲れたわ。」

そう言って俺は浜辺に寝転がった。

「俺も。」

牛魔王も俺の横で寝転って来たので、俺達は顔を見合わせて笑った。

こんな日も悪くないと思えたんだ。
何回も見た朝日は今日は一段と綺麗に見えた。


美猿王はのちに、仲間になる猪八戒(チョハッカイ)
そして神々が作った人型兵器、哪吒太子(ナタクタイシ)と出会っていた事をこの時はまだ知らなかった。

この日以来、俺達は色んな宮殿や屋敷に潜入して武
器やら財宝やらを盗んでは宴を開いた。

六大魔王達と一緒になって1つの村を落とした事もあった。

混世以外の奴等と仲良くなった。

相変わらず混世は俺の事を毛嫌いしている。

牛魔王と一緒なら俺はどこまでも行ける気がしていた。

大切な兄弟…。

俺は心の中ではそう思っていたんだ。

あれから3年が経った冬の頃だった。

美猿王 十七歳 

牛魔王の屋敷で忘年会と言う名の宴を開いていた。

「アハハハ!!美猿王よ!!飲んでいるか!?」

「飲んでる飲んでる。」

「ホラホラ!!もっと飲め!!」

俺のグラスに真っ赤な顔をした鱗青が酒を注いできた。

黒風は俺の隣で黙々と酒を飲んでいた。

何故か俺に懐いてしまった黒風は必ず俺の隣に座ってくる。

あんまり話さないが俺が話している姿を見てクスクスと笑う黒風は可愛いので、いつも頭を撫でている。

「本当に黒風はよく美猿王に懐いとるのぉ。」

「あ、黄風。可愛いだろ?」

俺が黄風に言うと黒風はポッと顔を赤くした。

「人見知りの黒風をここまでにさせるとは、美猿王には何か妖を惹きつける魅力があるのかもしれんな。」

「俺に?考えた事なかったな。」

「それだけ兄弟が魅力的って事だろ?なぁ黒風。」

牛魔王が後ろから黒風の肩を掴んだ。

「美猿王は…こんな僕と仲良くしてくれるんだ。」

ボソッと黒風が呟いた。

「アハハ!!そうかそうか、それより美猿王。面白い話を聞いたんだが聞いてくれるか?」

そう言って牛魔王は庭を指差した。

コイツ等には聞かせられない話って事か。

俺と牛魔王は宴から抜け出し庭に向かった。

庭に着くと俺達は酒を飲みながらベンチに腰掛けた。

「それで?アイツ等に聞かせたくない話って何?」

「お前俺の事よく見てんな。」

「いやいや、普通に分かるだろ。」

「俺の兄弟は流石だな。」

牛魔王に兄弟と言われるとむず痒くなる。

俺はポリポリッと軽く頬を掻いた。

「美猿王はさ、不老不死に興味あるか?」

「不老不死…?」

「永遠の命が手に入るとしらたさ、お前はどうする?」

牛魔王はそう言って、俺の目を真っ直ぐ見てきた。
「命か…。そんな事を考えた事がなかったな。」

「俺は欲しいんだよ。永遠の命を。」

牛魔王はそう言ってギュッと拳を握った。

命…か。

俺もいつかは死ぬんだろうなぐらいにしか思っていなかったしな。

「永遠の命なんて手に入るのか?物じゃないんだからよ。」

「あるんだよソレが。」

「はぁ?マジかよ。」

「不老不死の術を開発した奴がいるんだ。ソイツの名前は須菩提祖師(スボダイソシ)。あらゆる体術や術の達人だそうだ。」

へぇ…、流石牛魔王。

既に調べがついてるって事か。

牛魔王が俺にこう言った話をする時は俺に頼み事がある時だ。

もう3年も一緒にいたらコイツの考えてる事ぐらい分かるようになった。

「それで?俺は何すれば良い訳?」

俺がそう言うと牛魔王はニヤッと笑った。

「流石だ兄弟。お前にこの須菩提祖師から巻き物取って来て欲しいんだ。」

「術を取ってくる?」

「あぁ。須菩提祖師が不老不死の術を巻き物に封じ込めて保管してるって鴉達が教えてくれたのさ。」

「鴉って…。あぁ。」

牛魔王が使いに使ってる鴉の事か。

「成る程。それで?その須菩提祖師って奴はどこにいるんだ?」

「西牛貨州 霊台方寸山 斜月三星洞。
(にしごかしゅう れいだいほうすいさん しゃがつさむさんどう)。」

「そこにいるのか。」
「あぁ、間違いないだろう。これが地図だ。」

そう言って牛魔王は地図を渡して来た。

俺は地図を受け取とりポケットに入れた。

「暫くお別れだな兄弟。」

トポポポポッ。

牛魔王が俺のグラスに酒を注ぎながら呟いた。

「毎日一緒にいたんだからたまには離れるのもいんじゃね?」

「アハハハ!!確かに。」

「そんじゃ今日はお前と飲む最後の酒って訳だ。」

「そうだな。」

俺達は静かにグラスを合わせた。

まさか、これが本当に牛魔王と飲む最後の酒になるとはこの時の俺は思っていなかった。

次の日、俺は水簾洞で西牛貨州に向かうべく丁と一緒に荷造りをしていた。

「美猿王。本当に西牛貨州に向かうんですか?」

「あぁ。牛魔王の頼みだからな。」

「ここから西牛貨州はめちゃくちゃ遠いんですよ?何日もかかりますよ?」

「分かってる。」

「美猿王がここから離れてしまうのは寂しいです。長老様が泣いてましたよ?」

俺は産まれてからこの土地を出た事がなかった。

ずっとこの花果山を他の奴等から守るのが俺の役目で、沢山の奴等を殺して来た。

もうこの土地の奴等で俺に勝負を挑んで来る奴はいないし、違う土地に行ってみるのは悪くない話だと思った。

「丁。用意した服はどこにあんだ?」

「はい!こちらに…。」

丁はそう言って俺に服を渡して来た。

服を広げて見ると黒のチャイナパオだった。

チャイナパオを着た後に黒いズボンを履いた。

「これでどこから見ても人ですね。」

「助かった丁。」

俺は荷物を肩に掛けた。

「じゃあ行って来る。留守は頼んだぞ丁。」

「分かりました。御武運を。」

水簾洞を出ると長老や花果山に住んでいる猿達が涙を流しながら俺を見送った。

山を降りて俺は地図を広げた。

「西牛貨州はこっからひたすら西に向かえばいいのか。とりあえず行きますか。」

俺は地図を閉じて西側に向かった。

小さな町を幾つか通ったり荷物を運ぶ馬車の後ろに乗せてもらいながら西側に向かった。

どの町の人間は妖とか戦を知らない奴等ばっかりで、名前の知らない俺にご飯や寝床を与えてくれた。

俺の事を知らないのに優しくしてくれた。

何か調子が狂う。

「兄ちゃん。どこに向か途中なんだ?」
馬車を走らせている爺さんが俺に尋ねて来た。

「あ?俺は須菩提祖師を探しに西牛貨州に向かってんの。」

「おおお!須菩提祖師殿を探して!!」

「爺さん知ってんのか?」

「兄ちゃん知らないの?須菩提祖師殿はあらゆる体術や術を使いこなすお方で天帝方にも好かれていて、我々にも優しくしてくださる。」

爺さんは興奮しながら須菩提祖師の話をしている。

つまり須菩提祖師って奴は良い奴って事ね。

天帝って確か…、牛魔王が前に教えてくれたんだよな。

この天界を仕切ってる奴等が天帝って言ってたな。

「へぇ、凄い奴なんだな。」

「そりゃそうさ!」

流れて行く雲を見ながら爺さんの話を黙って聞いた。

須菩提祖師って奴は人間にも神様にも好かれてて妖達には嫌われてるって事。

あらゆる技を使って妖怪を退治して来たとか。

でも俺って妖なのか?

人の姿はしてるけど人間なのか?

そもそも俺はどうやって産まれたのか…。

どうして俺はあそこで産まれたのか分からない。

そんな事も考えた事がなかった。

「そうかそうか。兄ちゃんが須菩提祖師殿を探してるなら西牛貨州の麓(フモト)まで送って行ってやるよ!!」

「え、良いのか爺さん。」

「良いとも良いとも!!兄ちゃんはオレの話に付き合ってくれてる礼だよ!!」

「…。あ、ありがと。」

「良いって事よ!さっ!少し飛ばすぞ!!」

爺さんはそう言って馬に鞭を打った。

馬は「ヒヒヒィーンッ!!」と声を上げて足を早めた。

ガタガタガタッ。

本当に調子が狂う。

俺が今まで出会って来た人間は損得関係なく俺に優しくしてくれる。

そんな優しさ触れて俺の心が息苦しさを感じた。
だって俺に優しくしてくれる奴らは、俺が戦いに勝った時だけだった。

丁と牛魔王だけが俺を慕ってくれていたな。

馬車が揺れて俺は荷物の芝生の上で少し寝てしまった。

「兄ちゃん!!兄ちゃん!!」

「ん…?」

「もうすぐ着くよ!!」

「あ…、俺、寝てたか?」

「大丈夫大丈夫!こんなに気持ちいい天気だと寝ちまうよな!」

俺はゆっくりと体を起こした。

「…。」

俺はポケットの中に入れていた小さくした如意棒を取り出した。

「爺さん止まってくれ。」

「え!?」

「良いから。」

「わ、分かった?」

そう言って爺さんは馬車を止めた。

「どうしたんだい?いきなり。」

「シッ。」

俺は爺さんの口を手で塞いだ。

囲まれてたな。

俺達の今いる場所は小さな山の山道の出口だ。
数は…10か20。

人間の足音じゃねぇな。

妖か?

爺さんを囮にして俺だけ西牛貨州に行く事だって出来る。

だけど、俺は自分でも信じがたい言葉を先走って口に出してしまっていた。

「爺さん。俺を置いて山道を出ろ。」

「え!?急にどうしたんだい?」

「俺達、妖に囲まれてる。多分20はいる。」

「何だって!?」

俺は馬車から降りて馬のケツを蹴り上げた。

「ヒヒヒィーンッ!!!」

驚いた馬は猛スピードで走り出した。

「お、おい兄ちゃん!!」

爺さんは俺の方を振り向いたまま馬車が走って行った。

「何してんだ俺は。」

ガシガシッ。

頭を掻きながら溜め息を吐いた。

俺は如意棒を扱いやすい長さにして大声を上げた。

「いるのは分かってんだ!!見てないでさっさと出てこいよ!!」

そう言うとゾロゾロと獣の姿をした妖が20体出て来た。

「テメェ。俺等の獲物を勝手に逃してんじゃねぇぞゴラァ!!!」

「ブチ殺すぞテメェ!!」

妖怪達が次から次へと声を上げる。

ギャアギャアとうるせぇ奴等だな。

「うるせぇ!!ギャアギャア騒ぐなうっとしい!!」

俺が大声を上げると妖怪達が黙った。

「御託は良い。さっさとかかって来いよ。」

そう言って指をクイクイッと動かした。

「俺達をなめやがってんな!?おい!!やっちまえ!!」

大将らしき妖が叫ぶと残りの妖達が一斉に俺に飛んで来た。

俺は1番初めに飛んで来た妖を如意棒で拭き飛ばした。

そして右から攻めて来た4体の妖を如意棒をさらに長くして振り飛ばした。

左から飛んで来た妖の頭を鷲掴みにし膝蹴りを入れた。

「ヴッ!!」

蹴りを入れられた妖の鼻と口から血が溢れた。

「おいおい…。大将ヤバイよ…。」

「何だよ。威張って来た割に全然大した事ねぇな。次は誰がかかって来るんだ?あ?」

そう言って鷲掴みにしていた妖を大将の妖の前に放り投げた。

「うるせぇー!!」

そう言って、大将の妖が飛んで来たその時だった。

「音爆螺旋(オンバクラセン)。」

謎の声と共に光の鎖が現れ妖怪達が鎖に縛られてた。

「何だ!?」

光の鎖がどこからで出て来たんだ!?

「ぐ!!な、何だコレ!?」

「ヴッ!!」

妖怪達が呻き声を上げながら鎖を解こうとしていた。

ジュュュウ…。

肉の焼けるの匂いが鼻に届いた。

妖怪達の体の肉が鎖の縛られてる部分から焼けていた。

「ギャアアアアア!」

「痛い!!痛い!!」

「痛くはないだろう?散々悪さをして来たんだからな。」

チャンチャンッ。

前から歩いて来たのは錫杖を持った網代笠(アジロガサ)を被り法衣を着た年寄りの男が現れた。

「アンタ…坊さんか?この鎖はアンタが出したのか?」

「この鎖か?あぁ…私が出した物だ。」

坊さんがそう言うと、坊さんの周りにお札が数枚浮いていた。

そして坊さんが指を素早く動かすと浮いていた札が妖の額に張り付いた。

「急急如律令(キュウキュウニョリツリョウ)。」

坊さんがそう呟くと妖の額が弾け飛んだ。

妖の体は粉状になり風と共に消えて行った。

目の前で起きている事が理解出来なかった。

当然だ。

だって俺が今まで生きて来た中で見た事がなかったんだからな。

「老人からお前さんが妖達と戦っておるって聞いてな?大丈夫だったかな?」

そう言って坊さんは俺に近付いた。

「ん?お前さん…人ではないな?」

「っ!?」

この坊さん…、俺が人じゃない事を見抜いた?

「だが…妖でもない……。不思議じゃな…。」

「マジマジと見られんのも困るんだけど。」

「お前さんの持っとる棒は如意棒か?宮殿の…。」

「あ?あぁそうだけど。」

そう言うと頭に激痛が走った。

「いってぇーな!!いきなり何すんだこのじじぃ!!」

坊さんが俺の頭にゲンコツを落として来た.

「悪さをしたら怒るのは当然だろう!?まったく何で盗みをしたんだ!!」

「じじぃには関係ねぇーだろ!?」

「関係大ありじゃ!!この馬鹿モン!!」

そう言って坊さんがもう一発俺の頭を叩いた。

「あ!!須菩提祖師殿!!」

坊さんの後ろから馬車に乗せてくれた爺さんが走って来た。

「おおお。先程のご老人。」

「あぁ…間に合って良かった!!大丈夫かね青年よ。」

「あ、あぁ。そ、それよりも爺さん。このじじぃの事、何て言った?」

俺が坊さんを指差しながらそう言うと爺さんが驚いた顔をした。

「な、何を言っているのやら…。それとじじぃと呼ぶでないぞ。このお方は青年が探しておった須菩提祖師殿だよ。」

すぼ、須菩提祖師…って。

「えぇぇぇぇ!!?こ、このじじぃが!?」

「誰が、じじぃじゃ!!」

坊さんはそう言って、俺の頭にゲンコツを落とした。

これが須菩提祖師と、のちに孫悟空の名前を貰う美猿王との出会いだった。
この野郎…。

いつか絶対泣かす!!
頭をそっと触ると何個かコブが出来ていた。

「それで?お前さんは何故、私を探しておる?」
坊さんが俺に問いて来た。

「アンタの持ってる不老不死の巻き物を寄越せ。」

俺はそう言って坊さんに如意棒を振り翳した。

ビュンッ!!

だが、如意棒が坊さんに当たる事がなかった。

同時に俺の体が拘束されているのに気が付いた。

俺は周囲を目だけで追った。

すると地方八方の木に札が貼られていて、札から光の鎖が出ていた。

光の鎖が俺の体を拘束していた。

「っな!?テメェ!!!何しやがる!!」

「それはお前さんだろ。いきなり殴りかかりおって。」

「さっきから俺の頭を叩いてたろ!?テメェが言うなじじぃ!!」

「誰がじじぃじゃ!!この馬鹿モン!!」

体を動かそうとしても微動だに動かない。

このじじぃ…、かなりやるな。

「どうして不老不死の巻き物が欲しいのじゃ?それとどこからその情報を?」

そう言って坊さんが近付いて来た。

「あ?んなもんどこからでも良いだろ。つうかテメェに関係ねーだろ。あ?」

そう言って俺は坊さんを睨んだ。

牛魔王から聞いた事なんかこんなじじぃに言う必要がねぇし、言うつもりもねぇ。

兄弟を売る事は絶対にしねぇよ。

坊さんは俺の目を見て何かを察したらしい。

「成る程な。友を裏切る事は出来ない…っと。」

「…。」

「お前さんか牛魔王と兄弟になったと言う美猿王は。」

「その事を誰から聞いたんだよ。」

俺は再び坊さんを睨み付けた。

「そんな睨むでないよ。天帝からお前さん達の噂を聞いていたから分かってただけだよ。」

「噂?何の噂だじじぃ。」

「誰がじ…って、もういいか。牛魔王と共に様々な悪事を行っていると。」

「その天帝とやらが何で俺達の噂をしてんだよ。」

俺は話をしつつ如意棒に念じていた。

すると如意棒が小さくなり光の鎖から外れた。

そして俺は如意棒を持っている右腕を大きく振り上げた。

パリーンッ!!

振り上げた衝撃で光の鎖が解かれ俺はジャンプをしながら再び坊さんに如意棒を振り翳した。

坊さんが如意棒を手で止めようとしていたので俺は

足で坊さんの手を弾き如意棒を振り落とした。

今度こそ落としたと思った時、俺の視界がグラッと
揺れた。

ドサッ!!

坊さんが俺を地面に叩き付けた。

頭を押さえ付けられ背中に坊さんの体重を感じた。

身動きが取れない状態だった。

どうして、この体制になったのか分からなかった。

一瞬の出来事だった。

「っ!!離せじじぃ!!」

「暴れるでないよ。光の鎖を解くとは…中々やるな小僧。」

坊さんの口調が変わった。

この圧倒的なオーラはなんだ。

何をやってもお前じゃ勝てないぞって言われている気がした。

ポンポンッ。

頭を優しく撫でられた。

何で急に頭を撫でたんだ?

「わしには勝てないよお前さんじゃ。」

「そんなの…やってみねぇと分からないだろ!!」

「勝てないよ。基礎がなっておらんからな。どうしてお前さんはそんなに不老不死の巻き物を欲しがる?」

「手に入れたいからに決まってんだろ。」

「わしからしたらお前さん自身は巻き物を欲しがっていないように見えるのだが?」

「っ!?」

不意に確信を突かれた。

俺は不老不死なんか興味はない。

「牛魔王の為にここまで来たのだろう?こんな遠くまで。」

そう言ってまた、頭をポンポンッと優しく撫でられ
た。

心臓が締め付けられる感覚がした。

それと同時に胸の苦しくさと目頭が熱くなった。

俺は…、牛魔王の喜ぶ姿が見たかったんだ。

牛魔王と兄弟になれた事が嬉しかった。

俺に気を使わずに気楽に接してくれた。

今まで俺がやってきた事は俺が、牛魔王に何かしてあげたくてやっていた事だった。

俺の意思は関係なかった。

「美猿王よ。相手を喜ばせる方法は他にも沢山あるんだ。殺しや窃盗をするんじゃなくてな?」

俺は声が出せなかった。

声を出そうとしても目から涙を出さないように必死だった。

どうしてこんなにじじぃの言葉が胸に刺さる。
情けない。

こんなじじぃに一歩も歯が立たない事。

こんなじじぃに確信を突かれた事。

どうやっても巻き物を奪える事は出来なさそうだな。

俺もここまでか。

「さっさと殺せよ。」

俺はそう言って瞼を閉じた。

すると背中の重さが無くなった。

「美猿王を殺す理由がない。それにお前さんを気に入ったんだよわしは。」

「は?」

驚いて瞼を開けると網代笠を取った坊さんの姿が目に入った。

長い白髪の髪は後ろで一本に結ばれていて、優しい目の下にはシワが数本入っていた。

「わしの弟子になれ美猿王。」

「は?自分が何を言ったか分かってんのかじじぃ。」

「お前さんに弟子になれと言った事か?」

「俺なんか側に置いたら色々マズイだろうが。」
俺はそう言って立ち上がった。

「気にしてくれてるのか?」

「は、はぁ!?ふざけんなよじじぃ!!」

「美猿王、お前さんが知らない事がこの世界には沢山ある。世界を知りなさい美猿王。」

俺の知らない世界だと?

「わしの弟子になれ美猿王。」

そう言って俺に手を差し出して来た。

ブワァッ!!

暖かい風が俺と坊さんを包み込んだ。

俺の知らない事がこの世界には沢山ある。

どうして人間は優しくするのか。

どうして人間は優しい言葉を使えるのか。

どうして…、俺はこの世に産まれたのか。

あぁ…、そうか。

俺は世界を知る必要があるのか。

「ッフ。後悔すんなよじじぃ。」

そう言って俺は差し出された手を掴んだ。

この時、俺は牛魔王の事が頭から消えていた。

「今からお前さんはわしの弟子になった訳だ。じじぃと呼ぶのはやめなさい。」

「は?じゃあ何て呼べば良いんだよ。」

「須菩提祖師殿じゃ。」

「長いから却下。爺さんで良いだろ。」

「爺さん!?ま、まぁ良いだろう。さっ行くぞ美猿王。」

そう言って爺さんは自分の荷物を俺に渡した。

「は?」

「は?じゃない。ほれ、荷物を持て。」

「何で。」

「わしの弟子だから。」

爺さんはニコッと笑って歩き出した。

俺は渋々、爺さんの後に付いて行った。

小さな街を2つ渡り3日掛かって霊台方寸山に到着した。

「さ、この山の中にわしの寺がある。予定より早く着いて良かった良かった!!」

そう言って爺さんはケラケラッと笑った。

「そりゃあ良かったな。」

「それにしてもお前さんは沢山の荷物を持って歩いているのに息切れ1つもしないのぉ。」

「あ?別に疲れてねーもん。」


「ほぉ…。凄まじい体力じゃなあ。」

そんな話をしていると「須菩提祖師殿!!」っと呼ぶ声がした。

霊台方寸山の入り口に目を向けると坊主頭の少年が3人立っていた。

「須菩提祖師殿ご無事で何よりです。」

「お帰りなさい須菩提祖師殿。」

3人の少年は爺さんに近付き目をキラキラさせていた。

へぇ、かなり慕われてるみたいだな。

3人のうち1人の少年が俺の存在に気が付いた。

「須菩提祖師殿。このお方は…?」

「あぁ、皆に紹介するよ。こちら美猿王。今日からわしの弟子になった。」

爺さんがそう言うと3人は驚いた顔をし「えぇぇ!?」と声を出した。

「び、美猿王って牛魔王と兄弟盃を交わした…あの!?」

「どう言う事ですか須菩提祖師殿!!」

「説明して下さい!!」

そう言って3人はギャアギャアと騒ぎ出した。

うるせーな…。

黙らしてやるか?

そう思って如意棒を手にしようとした時だった。

「3人共、落ち着きなさい。わしが美猿王を気に入って弟子にしたのじゃ。」

「で、ですが妖を弟子にするのは…。」

1人の少年が怪訝な視線を俺に向けた。

こんな視線を浴びるのは初めてだ。

こう言う視線も中々新鮮で面白いな。

そんな事を考えているとパシンッ!!と何かを叩いた音がした。

音のした方に視線を向けると、俺に怪訝な視線を向けてきた少年の頬を爺さんが平手打ちしていた。

「は?」
状況が理解出来ず、間抜けな声が出てしまった。

何で爺さんが少年に平手打ちしたんだ?

意味が分からん。

「そんな目を向けるのはいけません。差別のような視線をするのは心が悪に染まってしまうよ。何もされていないのに相手を差別するような事をするのはおやめなさい。」

爺さんがこんな事を言うとは思わなかったから驚いた。

俺を庇うなんて…。

何なんだよこの爺さん。

爺さんに怒られた少年が俺に頭を下げて来た。

「す、すみませんでした。」

少年の体がカタカタッと小刻みに震えていた。

おいおい…、ビビり過ぎだろ。

俺なんもしてねぇよな?

何か…可哀想だな。

「いや、気にしてねぇから。それに俺って怪訝な視線とか浴びた事ねぇから貴重な体験が出来たわ。」
俺がそう言うと爺さんは大声で笑った。

「アッハッハ!!美猿王の心の広さはお前達も見習わないといけないぞ?」

「「「はい!!」」」

3人の少年は声を揃えて返事をした。

「な、何だ?」

「美猿王さん!!荷物持ちますよ!!」

「私にも荷物を持たせて下さい!!」

そう言って3人の少年は俺の持っていた大量の荷物を持ち始めた。

「美猿王は悪い事をしなくても人を惹きつける魅力があるんだぞ?」

「は?」

「まぁ、そのうち分かる事じゃ。さぁ三星洞に向かうぞ。」

そう言って爺さんは山道を歩き出した。

爺さんの後を急いで3人の少年は付いて行った。

俺は爺さんの言葉が理解出来ないまま後を付いて言った。
俺と爺さんは歩くのが早ので、3人の少年の速度に
合わせて山道を歩いた。

「そう言えば、美猿王に3人の事を紹介するのを忘
れておったわ。」

爺さんはそう言って手を叩いた。

「名前?」

「これから共に行動する事が多くなるだろうから、名前を知らないと色々不便だろう?」

「名前ねぇ…。」

爺さんと軽い会話をしていると斜月三星洞の入り口が見えた。

「才(サイ)。灯りを。」

「は、はい!!」

青い僧服を着ているのが才か。

才が腰にぶら下げていたランプに火を灯した。

「美猿王。斜月三星洞の中に入る前に3人を紹介する。青い僧服を着ているのが才。黄色の僧服を着ているのが楚平(ソンヘイ)、茶色の僧服を着ているのが建水(ケンスイ)じゃ。」

「「「宜しくお願いします!!」」」

3人は声を合わせて俺に頭を下げて来た。

「お、おう?」

「さ、中に入ろうか。寺は斜月三星洞を抜けた先にある。」

そう言って爺さんは才からランプを受け取り斜月三星洞の中に入って行った。

俺達も爺さんに続いて中に入った。

中は暗くてとても涼しかった。

水の滴る音に小さな光の粒が俺達の周りで光っていた。

「この光は何だ?」

「これは蛍の光ですよ美猿王さん。」

俺の呟きに答えたのは楚平だった。

「蛍って虫の?」

「はい。ここは蛍の聖地なんですよ?」

「へー。」

「美猿王さんって体術の達人って聞いたのですが本当ですか!?」

興奮気味の建水と才が後ろから話し掛けてきた。

「体術だぁ?」

俺がそう言うと楚平が答えた。

「はい!美猿王さんの噂は本当なのかと気になって…。」

「噂ってどんな?」

楚平と話していると建水が入ってきた。

「花果山の猿王となりあらゆる敵を様々な体術を使いこなす猿王って。」

「そんな噂が流れてんのか。」

「牛魔王と兄弟になったとかも!!」

そう言ってたのは才だった。

「ハッハッハ!!美猿王よ人気者ですな。」

爺さんは俺達の様子を見て笑っていた。

「3人共。もうじき斜月三星洞を抜けるから話を終わりなさい。」

爺さんがそう言うと3人は「はい。」と返事をして口を閉じた。

「爺さんに忠実なんだな。」

「ハッハッハ。好かれるのは嬉しいモノだよ。さ、斜月三星洞を抜けるぞ。」

夕焼けの光が斜月三星洞の中を照らした。

光に照らされたまま斜月三星洞を抜けると、緑林に包まれた大きな赤い鳥居が現れた。

赤い鳥居を潜ると木造建築の大きな寺が見えた。

「これが爺さんの寺?」

「そうじゃよ。さ、中に入ってくれ。」

「あ?あぁ…。」

「私達は荷物を置いてから行きますね。」

建水はそう言って才と楚平を連れて反対方向に歩い
て行った。

俺と爺さんは先に寺の中に入った。

廊下を通るたびに爺さんに話し掛けている弟子達を
見ながら爺さんの部屋に向かった。

改めて見るとこの爺さんは弟子達に慕われている事が分かる。

爺さんは廊下の突き当たりにある部屋の戸を開けた。

どうやらこの部屋が爺さんの部屋らしい。

「どうぞ。」

「どーも。」

戸を開けた爺さんが俺を手招きしたので部屋の中に入った。

爺さんの部屋には棚に入りきれないほど巻き物が保管されていて机の上には赤と白の牡丹が飾らせていた。

「さ、座っておくれ。」

俺は言われるがままに腰を下ろした。

「今日から美猿王は、わしの弟子とこの寺に住んでもらうぞ?それとこれが美猿王の僧服じゃ。」
爺さんはそう言って俺に黒い僧服を渡してきた。

「俺はここで何すんの。」

「ここでの仕事は朝5時に起床し寺の外の掃除をして、7時には朝食が取れるように準備を、9時から昼時までは体術や忍術の鍛錬を。それから…。」

爺さんはここでの生活を1時間掛けて説明した。

「…って所だが理解出来たか?」

「ふわぁぁぁ。あ?あんまり聞いてなかった。」

俺がそう言うとゲンコツが降りて来た。

「いってぇー!!!」

俺の声が寺中に響き渡った。

それから俺の寺生活が始まった。

朝は爺さんに叩き起こされ、渋々寺の外の掃除をサボッていると爺さんが俺を怒鳴りつけた。

俺と爺さんが口喧嘩をしていると才達が止めに入った。

俺のやる事にいちいち爺さんが口を出して来た。

料理と掃除は怠かったが、体術と忍術の鍛錬の時間は嫌いじゃなかった。

まず、体を解す為に準備運動をする。

それから爺さんの動きを真似して体術の正しい姿勢と構え方を体に覚えさる。

深く息を吸い吐きながら爺さんの構えの真似する。

他の弟子達は手や足が震えていた。

俺は微動だもせずに姿勢を保つ。

爺さんは俺の側に来てマジマジと俺の姿勢と構えを見つめた。

「ほぉ…。やはり、こうして正しい姿勢を教えるとサマになるな。」

「普通にやってるだけだけど。」

「そうかそうか。」

爺さんはそう言って俺から離れて才達の方に向かって行った。

姿勢を正して色々な構えをしていると心が静まる。 

全身に血が流れているのが分かる。

ゴーン、ゴーン、ゴーン。

昼時を知らせる鐘が鳴った。

「はい、今日ここまで!!」

爺さんが大きな声で伝えると皆、構えをやめた。

「はぁー、美猿王さん汗一つかいてないですね。」

建水が汗を手拭いで拭きながら俺に話し掛けてきた。
「本当ですね流石ですね…。」

建水の後ろから才と楚平が現れて俺の周りに集まった。

その様子を見た他の弟子達も俺の周りに集まった。

確かに才達の額には沢山の汗が流れていた。

「美猿王さんって見た目は僕達と同じなのに凄いてますね!!」

才の言葉にチクッと胸が痛んだ。

「はいはい!!お前達、昼飯の用意をしなくて平気なのか?」

爺さんが手を叩きながら俺達に近付いてきた。
「あ!今日の当番は僕でした!!」


楚平がそう言うと才達は走って行った。

俺は別に食事を取らなくても平気なので、昼寝が出来る場所を探しに行こうとした。

「美猿王。ちょっと。」

爺さんが俺を引き止めて来た。

「あ?何だよ爺さん。」

「ちょっとこっちに。」

「は?」

「早く着いて来なさい。」

そう言って爺さんは寺とは反対方向に歩き出した。

「お、おい!!ちょっと待てよ!!」

俺は慌てて爺さんの後を追った。

しばらく歩いてると俺の好きな桃の匂いがした。

「この匂いは…桃!?」

「ハッハッハ!!当たりじゃ。」

そう言って爺さんは指をさした。

指の方向を目で追うと、辺り一面に桃の実がなっている木が沢山立っていた。

「こ、これは桃の木か!!」

「これはわしが育ててる桃の木達じゃ。」

爺さんが地面に落ちていた長い木の棒を手に取り近くにあった桃の木に近付いた。

木の棒で実っている桃を落とした。

「はい。どうぞ。」

爺さんは手に持っている桃を俺に渡してきた。

「俺に…くれんのか?」

「そうじゃよ。ほれ、受け取らんか。」

「あ、あぁ…。」

俺が桃を受け取った事を確認すると桃の木の下に爺さんが腰を降ろした。

俺も爺さんの隣に腰を降ろした。

そして手に持っている桃を齧(かじ)った。

久しぶりに食べた桃はすごく美味しかった。

口の中に甘い果汁が広がり甘い香りが鼻を通った。

「ここに来て一ヶ月経ったがどうだ?」

「どうて…別に。」

「変わった事とかないか?」

「ねぇよ。何だよ色々聞いてきて。」

「良いじゃないか聞いたって。それと、才の言った事を気にしているんじゃないか?」

俺の体がピクッと反応した。

爺さんに核心を突かれ体が反応してしまった。

「べ、別に気にしてねぇよ。」

「ハッハッハ!!隠してもバレバレじゃよ。才は褒めたつもりなんだよ。」

「そんな事は分かってんだ。分かってるけど…。」

「どうした?」

そう言って爺さんは俺の顔を見てきた。
爺さんの声が優しくて、だから俺は奥底でずっと思っていた事を口に出した。

「俺の見た目は人だけど、人でもない。妖でもない。俺は何者なんだろうなって…さ。」

爺さんは黙って俺の話を聞いていた。

「この地に産まれた者は自分がどうしてこの地に産まれたのかを生涯掛けて探すんだよ。」

「生涯を?」

「産まれた事に意味がある。だけど、その意味を知らずに死んで行く者も多いんじゃ。ある意味、この地に産まれた瞬間から修行なのかもしれぬな。」

「修行…。」

「美猿王や、わしとお前が出会った事にも意味があるんじゃ。」

「俺と爺さんが出会った意味…。」

俺がそう言うと爺さんが優しく俺の頭を撫でた。

「急がなくて良いんじゃよ、ゆっくりで良い。慌てずに産まれた意味を探せば良いんじゃよ。」

胸がギュウッと締め付けられた。

頭を撫でられた事なんて一度もなかった。

優しく言葉を投げかけてくれた事も。

悪い事をしたら叱ってくれた人も。
この爺さんといると調子が狂う。

「おや?照れてるとか美猿王?顔が赤いが?」

「っ!!うるせー!!照れてねぇわ!!」

そう言って俺は立ち上がりその場を去ろうとした。

俺は無意識に足を止めていた。

「ん?どうした?」

「桃…。ありがとう。」

どうしてこんな事を言ったのか分からなかった。

無意識に口が動いてた。

急に恥ずかしさが込み上げ来た。

俺は止めた足を動かし寺に向かった。

俺の言葉を聞いて爺さんが、微笑んだ事を俺は知らなかった。
爺さんの弟子になって1年が経った。
他の弟子達に秘密が出来た。
それは、深夜の道場で行われている。

深夜 一時

道場の中に何本かのロウソクの火がユラユラと揺れている。

俺は大量の汗をかきながら素早く指を動かしていた。

「変化術、分身の術!!」

そう言うと、煙を焚きながら同じポーズをした俺が何百人も現れた。

「で、出来た!!出来たぞ爺さん!!」
後ろに振り返り座って見ていた爺さんに叫んだ。

「流石じゃ美猿王。1年で七十二般の変化術を使いこなせるとは…。美猿王の成長力は計り知れないな。」

爺さんはそう言ってポンポンッと俺の肩を叩いた。

俺は1年前から爺さんに妙道を教えてもらっていた。

妙道とは、長寿の術と呼ばれているもので不老不死には程遠いが長寿出来ると言われているモノだ。

俺以外に妙道の存在は知らないし、爺さんから教わっている弟子もいない。

これが俺と爺さんが密かに行なっている秘密の修行なのだ。

「次は筋斗雲(キントウン)の法に移るとするかのう。」

「筋斗雲?」

「深夜での修行は終わりじゃ。明日からは朝に行うぞ?」

「朝?朝は才達が起きてくるじゃねぇか。」

俺がそう言うと爺さんは軽く笑った。

「その心配はないぞ?」

「は?」

「明日から半年、わしと法事周りに行くんだからの。」

「は、半年!?法事ってなんだよ!!」

「わしの仕事じゃよ。ほれ、今日はもう休みなさい。明日の朝に出発するからの。」

そう言って爺さんは道場を出て行った。

「いつも急なんだよ爺さんは…。」

俺は溜め息を吐き、道場を後にした。

牛魔王の城にてー

牛魔王は水晶に映る美猿王を見ていた。

コツコツコツ。

牛魔王に向かって来る足音が部屋に響いた。

「牛魔王様。混世様をお連れ致しました。」

混世大魔王を連れた牛魔王の世話をしている妖が牛魔王に頭を下げた。

「あぁ、ご苦労。下がれ。」

「失礼します。」

パタンッ。

扉が閉まった事を確認した牛魔王は混世大魔王を呼び、自分の近くに来させた。

「な、何だよ俺をよ、呼び出して…。」

混世大魔王はカタカタと体を震わせていた。

「そんなにビビる事ねぇだろ?混世。」

「お、俺に用があって呼び出したんだろ?」

「話が早いねー。お前に用がなきゃ呼ばねーよ。」

牛魔王と混世大魔王の間には格差があった。

妖怪の中でも1番力がある牛魔王は混世大魔王にとって恐れの存在。

混世大魔王は牛魔王の命令に絶対逆らえない契約を結んでいた。

「美猿王の山を落とせ。」

「は?び、美猿王の山を?な、何で…、牛魔王の兄弟だ、だろ?」

柔かな表情をして牛魔王はスッと顔色を変えた。

牛魔王は混世大魔王の首元に手を伸ばした。

ガシッ!!

「うぐっ!?」

「五月蝿い口を閉じろ。お前は黙って言われた事をやれば良いんたよ。」

「わ、分かった。分かったから!!!」

混世大魔王が大きな声で叫ぶと牛魔王はスッと首元を掴んでいた手を離した。

「ゴホッゴホッ。」

咳き込む混世大魔王に目を止めずに水晶を見つめた。

「美猿王と須菩提祖師が明日の朝に寺を離れるそうだ。俺がお前を呼び出したら美猿王の山を落とせ。」

「わ、分かったよ。」

「分かったんなら良いんだよ。」

「一つだけ聞かせてくれ。」

「何だよ。」

牛魔王の返事を聞いた混世大魔王は唾を音を立てながら飲み込んだ。

「ど、どうして美猿王と盃を交わしたんだよ。」

「その時は美猿王が必要だっただけさ。」

「必要だった…?」

「もう良いだろ。質問は一つだけだ。もう帰って良い。」

牛魔王が扉に視線を向けると扉が開いた。

「混世大魔王様。お送りします。」

牛魔王の世話役の妖が扉を開けた先に立っていた。

混世大魔王は覇気のない顔をして部屋を出て行った。

牛魔王は座っていた椅子に座り直しテーブルに置いてあった酒に口を付けた。

「美猿王。今のお前はつまらない。」

水晶に映る美猿王に向かって牛魔王は冷たい言葉を吐いた。


美猿王 十八歳

朝食を食べ終えた俺達に才達は寺の外まで付いて来た。

「美猿王さん気をつけて下さいね!!」

才は同じ言葉を昨日から俺に投げかけている。

「分かってるよ。」

「建水、才、楚平。留守を頼みますよ。」

爺さんがそう言うと3人は元気よく返事をした。

俺と爺さんは3人に見送られながら寺を後にした。

こうして俺と爺さんの半年だけの2人旅が始まった。

各地の寺を周り爺さんがお経を唱える。

俺は法事が終わるまでは筋斗雲の術を使って空中散歩を楽しんでいた。

筋斗雲とは雲を操り、雲に乗り、自由自在に扱う術。

空に浮いている雲を使うのではなく、術を使って雲を出すのだ。

そんな奇想天外の術を俺が使える訳がないと思っていたのだが、すんなり法事周りの旅から3日で出来てしまった。

分身の術より簡単だった。

雲に乗っている俺を見て爺さんは凄く褒めてくれた。

俺は術が出来た事よりも爺さんに褒められる方が嬉しかった。

才達に教えるじゃなくて俺だけに教えてくれた事が嬉しかった。

各地を転々としていると、街の人達は俺と爺さんを見て「御家族ですか?」とよく尋ねた。

爺さんは笑ってこう答えた。

「そうですよ。自慢の息子です。」

そう言って俺の頭を優しく撫でる。

家族…?

俺は家族と言うのがどんなモノか知らなかった。

こう言うのが家族なのか?

俺と爺さんは家族なのか?

俺の為に怒ったり、褒めたりするのが家族…なのだろうか。

そんな思いを胸に秘め夏が過ぎ、季節は秋に移り変わった。

俺と爺さんは2人旅の最後の夜を宿舎で過ごしていた。

最後の夜だからと言って俺の好物の桃を買ってくれた。

部屋で桃を食べている俺に爺さんが尋ねてきた。

「お前さんの名前は誰が名付けたんじゃ?」

「俺の名前?長老の爺さんが名付けたって言ってたな。」

「あー、花果山の長老さんが。長老さんが美猿王の父と言う訳か。」

「さーね。」

そう言って俺は桃を齧った。

「俺はどうやって産まれたか分かんねーし。いつの間にか花果山に居て、長老の爺さんに山を守って欲しいって言われて言われるがままに戦ってた。」

爺さんは俺の話を黙って聞いていた。

丁や山の猿達は俺の家族と呼べるモノじゃない。

俺の手下。

俺の家来。

俺の下僕。

「なら、わしがお前に新しい名前を付けよう。」

「へ?な、名前?」

「わしはお前さんの雲に乗っている姿を見てずっと思っていた事があったんじゃ。」
爺さんの言葉に驚いてしまった。

「空を悟る者と。」

「空を?」

「姓は孫、名前は悟空(ゴクウ)。今日からお前さんは孫悟空じゃ。わしの一番弟子なのだから姓がないと不憫じゃろ?」

爺さんの言葉を聞いて体が熱くなった。

俺の心臓が震え上がった。

一番弟子…?

「俺が爺さんの一番弟子…?」

「ん?当たり前じゃ。他の弟子達には秘密じゃぞ?」

「ふ、ふん!!し、仕方ねぇな。な、名前を貰ったしな。」

「ありがとう悟空。」

俺は返事をせずに布団に潜り込んだ。

涙が出そうになったから返事が出来なかった。

空を悟る者か…。

爺さんから見てそう見えたのか。

孫悟空…。

今日から俺の名前なんだ。

このまま爺さんの寺にいるのも悪くないのかもな。

俺はすっかり牛魔王の存在を忘れていた。

牛魔王よりも爺さんの方が俺の中で大切になっていた。
この時の俺は牛魔王の企みを知らずにいた。


半年ぶりに寺にに戻ると体が大きくなった才達が俺と爺さんを出迎えた。

「お帰りなさい!!須菩提祖師殿、美猿王さん!!」

「ただいま。才や、もう美猿王と言う名じゃないよ。」

「え?そ、それって…。」

才が爺さんの言葉に首を傾げた時だった。

「び、美猿王!!」

声の主に聞き覚えがあった。

振り返るとそこにいたのはボロボロの丁の姿があっ
た。

「丁!?どうしてお前がここにいるんだ!?」

「助けて下さい美猿王!!」

尋常じゃない慌てようだった。

こんな丁を俺は初めて見た。

「何があった。」

「こ、混世大魔王が妖を引き連れて山を攻めて来ました!!」

「は?何で混世が攻めて来た。」

「わ、分かりません!!私達だけじゃ混世大魔王を
止めれません!どうか、どうかお助け下さい!!」

丁はそう言って頭を下げてきた。

混世が俺の山を攻めて来た?

俺がいないのを知って山を攻めて来たのだろう。

俺の事を嫌っていたし。

そんな事を考えていると爺さんが俺の背中を叩いた。

「悟空。行っておやりない。」

「爺さん…。」

「ここまで育ててくれた長老さんや山の猿達を助けてやりなさい。わしはここで悟空の帰りを待っているから。」

そう言って爺さんは俺に微笑みかけた。

「分かった。片付けたらすぐに戻る。」

「行っておいで。」

「行くぞ丁。さっさと片付けるぞ。」

俺は丁の服の首元を掴み立ち上がらせた。

「あ、ありがとうございます!!」

俺達は全速力で寺を後にした。

この時から俺は、牛魔王の手のひらで転がされていた事を知らなかった。

俺の日常の歯車が音立てて壊れ始めていた。
俺は急いで山を降りながら口笛を吹いた。

「ピュー!!」

ボボボボッ!!!

煙を焚きながら雲が現れたので、俺は雲に飛び乗った。

「び、美猿王!?なんですかその術は?!」

「さっさと乗れ!!」

「は、はい!!」

丁が雲に乗った事を確認し、雲を上空させた。

筋斗雲を使いこなせるようになってから召喚した雲を自由自在に操れるようになった。

俺は最大限の速さで花果山の方向に向かった。

「す、すごいです!空を飛んでます!!」

「振り落とされねーようにしとけよ。」

「はい!!それに美猿王の雰囲気が変わったような気がするのですが…。」

「俺の名前は…美猿王じゃなくなったんだよ。」

俺がそう言うと丁は目を丸くした。

「どう言う事…ですか?」

「混世を片付けてから話す。速度上げるぞ!!」

「え、わ、あ、はい!!」

俺は再び速度を上げ急いで向かった。



一方その頃、須菩提祖師達は

孫悟空となった美猿王を見送った須菩提祖師は違和感を察知していた。

「須菩提祖師殿。どうかしましたか?」

才が心配そうな顔をして須菩提祖師に近付いた。

「才、建水、楚平、寺周辺に結界札を貼りなさい。」

「え!?」

「な、何かあったんですか?」

建水と楚平が慌てた声を出して須菩提祖師に尋ねた。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ。

恐ろしい音を鳴らしながら白色の雲が灰色のに染まり、肌寒い風が吹いた。

空気が一瞬で冷たくなり大粒の雨が降り出した。

「寺にいる者達と協力し結界札を貼りなさい!!それと術を支える様に準備を!!」

須菩提祖師が大きな声で指示をすると、才達は走って結界札を貼りに行った。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!

雷の落ちる音が空に響いた。

「嫌な天気じゃ…。それに妖の気配がする。」

須菩提祖師には弟子達を守る義務があった。

ここにいる者達だけで対処出来るかどうかを考えていた。

「悟空の方は無事か…。」

雨の降る空を見上げながら須菩提祖師は呟いた。



火山島 花果山にてー

孫悟空 十八歳

空から状況を見ようとしたが、雨が降っているせいでまったく見えなかった。

降りてみないと、混世が引き連れて来た仲間の数も分からない。

「降りるぞ丁。」

「はい。」

雲に乗ったまま俺達は花果山に降りた。

沢山の猿達の死体が転がっていた。

「ゔっ。」

丁が口を押さえながら木の影に隠れた。

普通の猿じゃ妖を相手に勝てないだろうな。

「おい!!こっちに誰かいるぞ!」

俺達を見つけた妖がこっちに向かって来た。

「丁。動けるか。」

「は、はい…。なんとか。」

「敵が来るぞ。」

俺は短くなった如意棒を長くし、いつでも戦えるように体勢を整えた。

丁も腰に下げていた短剣を構えた。

ダダダダダダダッ!!

足音からして15人ぐらい…か?

木の影から現れたのはやはり、混世の手下である妖達だった。

「おい!美猿王がいたぞ!!」

「奴の首を狙え!!」

混世が率いている妖達はどうやら俺の首を狙っているようだった。

妖達が俺と丁に向かって一斉に飛びかかって来た。

俺は素早く指を動かし「分身術!!」と大きな声で叫んだ。

ポポポポポッ!!

煙を焚きながら50人程の数を出した。

「な、!?」

「美猿王が沢山いるぞ!?」

「どれが本物なのか分からないぞ?!!」

妖達は困惑していた。

分身術は俺の動きをそのまま真似出来て、戦闘力も
同じだ。

つまり、俺自身が50人いると言う事だ。

俺が動き出すと分身術で出した50人の俺も動き出した。

俺は素早く15人の妖を倒した。

「大した事ねぇな。丁、ちゃんと猿達を教育しろよ。」

「いやいや!美猿王がさらに強くなったんですよ!!」

「そうか?まぁ爺さんに色々教わってるからな。それのおかげかもしんねぇな。それより、混世はどこにいんだ。」

「水簾洞に向かって行きました…。」

水簾洞に?

俺の住処を狙う理由が分からない。

そもそも、俺の事を嫌うだけで花果山を襲う者なのか?

何かがおかしい。

「長老達も水簾洞にいるんです!!」

丁が俺の服の袖を掴んで大きな声を出した。

黎明の連中が戦力にならない爺さんや猿達を水簾洞に匿ったのだろう。

「つまり、爺さん達を人質に取ったって事か。」

「は、はい。私だけは混世大魔王に見つからずに花
果山を出て来れました…。だけど、私以外の黎明の仲間はもう…。」

丁の反応を見てすぐに察知が出来た。

"死んだ"と言う事だろう。

確かに、この花果山の中で混世達とまともにやり合
える奴はいない。

「つまり、戦力になるのは俺と丁だけって事か。」

「は、はい…。」

「さっさと片付けるぞ。俺が来た事は相手も分かってる筈だ。」

「だけど、どうして混世大魔王は花果山を攻めて来たのかわからないんですよね。」

「アイツ本人に聞いてみねーと分かんない話だ。急ぐぞ。」

「はい!!」

俺達は急いで水簾洞に向かった。


水簾洞ー

水簾洞には長老を含め数十匹の猿達が混世大魔王に捕まっていた。

混世大魔王は美猿王の寝床に堂々と座っていた。

「混世様。奴が花果山に到着したようです。」

手下の妖が混世大魔王の耳元で囁くと、混世大魔王は立ち上がった。

「奴を殺せば…、俺は、俺は…。牛魔王に認められる!!」

混世大魔王は大声で叫んだ。

長老は混世大魔王の言葉を聞いて驚いた。

混世大魔王が花果山を攻めて来たのは牛魔王に認められる為と言う事を。

混世大魔王は牛魔王の意のままに動かされていると。

「美猿王よ…。来てはなりませぬ。」

長老は誰にも聞こえない声で呟いた。


孫悟空 十八歳

水簾洞の入り口に着くと、見張り役であろう妖が何人かいた。

「やはり、混世大魔王は水簾洞を拠点にしたようですね。」

俺は素早く指を動かした。

見張り役の妖の人数に合わせて自分の分身を出した。

俺が手を軽く振り下ろすと、俺の分身達が素早く妖
達の背後を取り首を絞めた。

「ゔっ。」

「グハッ!!」

分身術は便利なモノで本人が出て行かなくても自分の分身達が動いてくれる。

意識がない妖達を木の影や茂みに隠した。

ボボボボボッ!!

煙を焚きながら分身が消えた。

コソコソしてもしょうがないので、俺達は水簾洞の中に入った。

「ギャアアアアア!!」

「や、やめて!!」

水簾洞の中が悲鳴や奇声が響き渡った。

声だけで良くない事が起きているのが分かる。

「美猿王!!急ぎましょう!!」

「おい!!勝手に動くな!!!」

俺の言葉を聞かずに丁は走り出した。

「はぁぁ…。これだから誰かと行動すんのは苦手なんだよ。」

俺は頭を掻きながら奥に進んだ。

奥に進むと、俺が住処にしていた場所に堂々と混世が座っていた。

「やっと来たか美猿王。」

混世の周りには殴り殺された猿達の死体があった。

「長老様!!」

長老を見つけた丁が長老の所に駆け寄った。

「丁!!美猿王を連れて来てしまったのか?!」

爺さんは丁を怒鳴り付けた。

俺もまさか長老が丁を怒鳴り付けるとは思わなかった。

「え、え?」

「お前は何をしてるんだ!!」

「え、ちょ、長老様?何を言っているのですか?どうして美猿王を連れて来ては駄目だったのですか!?」

長老と丁が口論になっている中、俺と混世の間には冷たい空気が流れていた。

「お前…。雰囲気が変わったな。」

「それは良い意味で受け取っていいんだよな。」

「弱くなったって意味だ!!」

混世はそう言って拳を振り上げた。

ドゴォォォーンッ!!

混世の拳が地面に当たり物凄い勢いで割れた。

割れた衝撃で暴風が吹き、長老や丁達を吹き飛ばした。

俺と混世だけが水簾洞に残された状態になった。

「これで誰にも邪魔をされずに済むな美猿王よ。」

「お前じゃ俺に勝てねーよ混世。」

そう言って俺は如意棒を構えた。

「ハッ!!そんな棒で俺様に勝てっ。」

ゴキッ!!

俺のこっそり作っておいた分身が混世の頬に回し蹴りを入れた。

混世の大きな体が揺れ、吹き飛ばされていた。

ドゴォォォーン!!

「ペラペラ喋る奴は弱い奴のする事だぜ?混世。」

「美猿王が2人!?ど、どう言う事だ!!」

混世は状況が掴めていない様子だった。

きっと混世は術を使える者と会った事がないのだろう。

「ッフ。2人だけじゃねーぞ。」

俺がそう言うと物陰に隠れていた分身達が現れた。

「さ、お前の目的を聞こうか。」

「う、うるせぇー!!俺様はお前より強いんだ!!」

混世はそう言って拳を振り上げた。

だが、混世の動きは遅く俺の分身達の方が速かった。

分身達は混世の攻撃を避け、殴って蹴るの繰り返し。
混世は弱い。

体だけが一丁前に大きいだけだった。

俺は如意棒を長くに混世の頭上まで高く飛んだ。

「お前じゃ俺に勝てねーよ。」

そう言って力強く如意棒を混世の頭に振り落とした。

「グハッ!!」

ビチャアッ。

混世の口から大量の血が吐き出された。

ドゴォォォーン!!

混世は顔から地面に倒れ込んだ。

「ゔっゔ…。」

混世はもう声を出すのがやっとの状態だった。

「言え混世。何で花果山を襲った。俺が気に入らねーからか。」

「お、俺…さまは牛魔王にめ、命令されたから…。」

「は?」

牛魔王に命令された?

「牛魔王は…、花果山を襲えば美猿王が須菩提祖師から離れざるおえなくな…ゴホッ!!」

牛魔王の目的は花果山を落とす事じゃなく、須菩提祖師が狙いだったのか!!?

じゃあ…、爺さんが持っている不老不死の巻き物を奪う事が狙いか!!

俺はまんまと牛魔王の作戦に乗っかってた事か!!

「爺さん達があぶねー!!!」

俺は急いで水簾洞を出ようとした。

ガシッ!!

混世が俺の足を掴んだ。

「邪魔すんな!!!」

俺は混世の顔を殴り付けた。

「グハッ!!」

混世の息の根を止めない限り爺さんの所に行けな
い。

俺は怒りに身を任せ混世を殴り続けた。

分身達も混世の体や顔をひたすら殴り付けた。

「はぁ…、はぁ…。」

拳にベットリと混世の血が付いた。

もう混世が起き上がって来る事はないだろう。

顔の原型がなくなっていた。

俺は急いで水簾洞を出た。

「美猿王!!」

爺さんと丁達が水簾洞の入り口に集まっていた。

「ご無事ですか!?」

「混世大魔王は!?」

長老と丁が俺に近寄って来た。

「殺した。もう大丈夫だ。」

そう言うと丁達は声を上げて喜んだ。

「俺はもう行く。」

「え、どこに行くのですか美猿王。」

「寺に戻るんだよ丁。」

「花果山に残って下さい美猿王!!私達、美猿王がいないと駄目です…。」

丁が頭を下げながら俺に縋り付いて来た。

「丁。やめなさい。」

止めたのは長老だった。

「長老様!!ですが、美猿王がいないと…。」

「美猿王。」

長老は俺の顔をジッと見つめてきた。

「もう美猿王ではないんですね?」

「あぁ…、俺の名前は孫悟空。名前を貰ったんだ…、あの人から。」

「須菩提祖師殿が美猿王…いや、悟空の名付け親なのですね。」

「その人が危ないんだ。俺は助けに行きたい。もうこの花果山に戻って来る事はない。」

俺がそう言うと長老は抱拳礼(ボウチェンリィ)をした。

「今まで花果山を守ってくださりありがとうございました。孫悟空殿、御武運を。」

長老がそう言うと丁も何かを悟ったらしく、猿達も抱拳礼をした。

「ありがとうな、長老。」

俺はそう言って口笛を吹いた。

現れた雲に飛び乗り、急いで爺さんの元に向かった。
降り頻る雨を避けながら最大速度で西牛貨州に向かった。

クッソ!!

牛魔王が俺を裏切るなんて思っていなかった!!

よりによって俺が爺さんと離れている時に不老不死の巻き物を取りに行くなんて…。

アイツの頭が良かった事を忘れていた。

牛魔王は…、はなから俺の事なんてなんとも思ってなかったんだ。

いつまで経っても俺が戻って来ないからか。

ゴロゴロゴロッ!!

雷の唸る音が空に響いた。

妙な胸騒ぎがする…。

早く爺さんの所に戻らないと…。


西牛貨州 霊台方寸山 斜月三星洞ー

牛魔王達は静かに須菩提祖師のいる寺に向かっていた。

引き連れて来た牛魔王の手下の妖達の数は60。

その中には六大魔王は含まれていない。

「牛魔王様…、ご覧下さい。」

お面を付けた妖が斜月三星洞の入り口を指差した。

斜月三星洞の中に入れないように結界が張られていた。

水色の薄い壁が入り口に立っていた。

牛魔王がソッと指で結界に触れた。

ビリビリビリッ!!

牛魔王の指に電流が走った。

「牛魔王様!?大丈夫ですか!?」

「あぁ。壊せない結界じゃない。」

そう言って、牛魔王は自分の影を槍の形にし結界の壁を破壊し始めた。

キンキンキンッ!!

少しずつ結界の壁に亀裂が入って行き、亀裂が広がり脆くなった結界の壁は音を立てて破壊された。

パリーンッ!!

粉々になった結界の破片が牛魔王の周りでキラキラと輝いていた。

「さぁ、行こうか。」

牛魔王達は斜月三星洞に足を踏み入れた。

蛍の光に照らされながら牛魔王達は足を進めていた。

「六大魔王の皆様もお連れしなくて良かったのですか?相手は須菩提祖師ですよ?」

牛魔王の後ろを歩いていた妖の1人が牛魔王に尋ねた。

「だからお前達にこの武器を持たせたろ?」

そう言って牛魔王が指を差した物は、連れて来た妖達の腰に下げてある剣や背中に背負っている盾だ。

妖達は頭を悩ませてから皆、ハッとした。

牛魔王が何故、宮殿に侵入してまでこの剣と盾を取って来たのかを妖達は理解したのだ。

あらゆる攻撃を弾く剣と盾の使い道は須菩提祖師から不老不死の巻き物を奪い取る為に必要な物だったからだ。

つまり、あらゆる攻撃を弾くと言う事は術師の技さえも弾いてしまうのだ。

牛魔王は美猿王に会う前からこの計画を立てていたのだ。

全ての出来事は牛魔王の計算だった。

須菩提祖師と美猿王が会った事も牛魔王の作ったシナリオだと言う事は牛魔王だけしか知らない事。

牛魔王達が斜月三星洞を出ると、須菩提祖師を先頭に30人程の坊さん達が錫杖を持って鳥居の周りを包囲していた。

鳥居全体に結界札が貼られ、須菩提祖師の弟子達も戦闘準備を済ませている状態だった。

「妖達がこんな所に何の用事か。」

須菩提祖師が牛魔王に尋ねた。

「1つしかありませんよ須菩提祖師。貴方の持っている不老不死の巻き物を俺に下さい。」

牛魔王はニッコリしながら須菩提祖師の問いに応えた。

「それは出来ない相談ですね。わしの弟子の友人である牛魔王が残念だ。」

須菩提祖師がそう言って手を軽く振るうと30人の坊さん達が一斉に指を素早く動かした。

すると、光の無数の刃が現れ牛魔王達の方向に刃が向いた。

「美猿王の事を高く買っているようだな須菩提祖師。」

「その名前は捨てたのじゃよ牛魔王。彼の名前は孫悟空。のちに、この世界を変える男の名じゃ。」

須菩提祖師がそう言うと柔らかい表情をしていた牛魔王の顔が歪んだ。

「この世界を変えるのが美猿王だと?お前はアイツに姓を与えたのか。」

人間が妖に姓を与えると言う事は今まで一度も無かった事。

名前を与えると言う事は血よりも深い絆の証。

「お前さんにはこの世界を変える事は出来ないよ。自分の事しか考えていない牛魔王じゃ悟空には勝てない。」

須菩提祖師がそう言うと牛魔王の影が恐ろしい表情をした龍の形に変わった。

「取り消せ。」

「え?」

牛魔王の小さな声で聞こえなかった須菩提祖師が聞き返すと、牛魔王が大きな声を上げた。

「取り消せって言ったんだよ!?俺があの猿に勝てない?ふざけるんじゃねぇぞジジィ。」

牛魔王の陰が須菩提祖師に向かって行った。
「放て!!」

須菩提祖師の掛け声と共に無数の光の刃が牛魔王達に向かって降り注いだ。

影と武器、光の刃の打つかる音が空気を震わせた。

才や建水、楚平は体の震えを止める事が出来ていなかった。

「美猿王さん…。早く帰って来てください。」

才が涙を流して小さく呟いた。



孫悟空 十八歳

ゾワゾワッ!!

身体中に鳥肌が立った。

この感じ…は。

「妖の気配が多い。爺さんの寺の鳥居が見えた!!」

俺は鳥居に向かおうとした時、体にビリビリッと痺れを感じた。

「な、なんだ?結界?」

周りを見て見ると、寺を包茎するように薄い水色の円型の結界が貼られいた。

「結界が貼られてる…って事はやっぱり、牛魔王達が攻めて来たのか。」

とにかく、早く爺さんと合流しねぇ…と。

俺は如意棒を取り出した。

そして長さを元の大きさに戻し結界に向かって如意棒を振り上げた。

バキバキバキッ!!!

結界が音を立てながら破壊された。

パリーンッ!!

結界の破片が落ちると共に俺も寺の中に侵入した
と同時に筋斗雲の術が解けてしまった。

「ゴォォォォォォォ!!」

落下している俺を狙って影の龍が大きな口を開けて向かって来た。

「ッチ!!おっらぁぁぁぁ!!」

俺は如意棒を大きくし、勢いよく振り上げ影の龍の頭を叩き付けた。

ゴンッ!!

硬い物を叩いたような感覚がした。

影の龍が大きく揺れ地面に勢いよく倒れ込んだ。

ガシャーンッ!!

俺は如意棒の長さを長くし地面に突き刺した。

突き刺さった事を確認してから慎重に地面に降りた。

ツン…。

鼻に嫌な匂いが届いた。

俺はこの匂いを何度も嗅いだ事があった。

周りを見ると、妖と坊さん達の血塗れの死体が転がっていた。

「嘘…だろ。間に合わなかったのか…?」

牛魔王と爺さんの姿が見えなかった。

「とにかく爺さんを探さないと…。」

ガシッ!!

誰かが俺の足を掴んだ。

視線を足元に向けると、血塗れの才だった。

「び…こおう…さん。」

「才!!」

俺は才を抱き起こした。

「よか…た。来て…くれて…ゴホゴホッ!!」

才は咳をしながら血を吐いた。

「しっかりしろよ才!!」

「ぎゅ…あおう…達はて、寺の中に…。わたしじゃ…と、止められなか…っ。」

才の瞳からは大粒の涙が流れた。

「もう喋るな!傷口が開くぞ。」

こんな事を言っても才が助からないのは分かってる。

俺は才を助けてやりたい。

だけど、どうしたら良い?

呼吸が小さくなって行く才をただ、抱き締める事しか出来ない。

「須菩提祖師殿を頼みます。」

才はそう言って俺に精一杯の笑顔を見せた。

「任せろ。お前の気持ちを無駄にはしねぇよ。」

俺の言葉を聞いた才は眠った。

降り頻る雨は俺の涙さえも流す。

血と雨が地面を染めた。

俺は才を優しく地面に置き、寺の中に向かった。

バンッ!!

扉を勢いよく開けると牛魔王の連れて来た数人の妖が振り返った。

「び、美猿王!?」

「美猿王が来たぞ!!!」

妖達が持っている武器に見に覚えがあった。

あの武器は…宮殿から取って来た物だ。

この時の為に取りに行った…って事か。

あらゆる攻撃を弾く剣と盾。

だったら…、分身術を使い如意棒で戦うしかねぇな。

「お前等に構ってる時間がねーんだよこっちは。」

シュシュシュシュッ!!

俺はそう言って素早く指を動かした。

ポポポポポッ!!

俺は妖達の人数と同じ数の分身を出した。

「な!?美猿王がいっぱい?!」

「どれが本物なのか分からないぞ!!」

妖達は俺の分身を見て困惑していた。

「さっさと道を開けろ!!!」

俺は大声を出して走り出した。

バキバキバキッ!!

「ギャァァァァァ!!」

「や、やめろぉぉぉ!!!」

骨の折れる音と悲鳴が交差する。

俺は無我夢中に如意棒を振るい続けた。

立派な武器を持っていながら、まったく使いこなせていない妖達は戦うに足りない相手だった。

動きが遅い分、攻撃がしやすい。

俺は遅い攻撃を避け、素早く如意棒を妖の後頭部に
叩き付けるの繰り返し。

「はぁ…、はぁ…。」

数人の妖を倒したの確認し、上がった息を整えた。

ポポポポポッ!!

術が解けたか…。

連続で分身術と筋斗雲を出したのは体力的にキツイ。

早く爺さんの所へ行かねーと。

俺は長い廊下を走り出した。

ダダダダダダダッ!!

どこにいんだよ爺さん!!

色んな部屋を見て回ったが、爺さんと牛魔王の姿が

どこにも見当たらない。

ドゴォォォーン!!!

前方から襖が勢いよく飛んで来た。

「建水、楚平!!逃げなさい!!」

爺さんの声が聞こえて来た。

建水と楚平が外に吹き飛ばされたのが見えた。

建水の手には巻き物が握られていた。

あれは…、不老不死の巻き物か!?

「巻き物を寄越せ!!!」

そう言って牛魔王が部屋から出て来た。

牛魔王!!

牛魔王が影を操り建水と楚平に攻撃しようとしていた。

間に合え俺の足!!!

俺は全速力で2人の元に向かった。

「「うわぁぁぁぁあ!!」」

建水と楚平は抱き合って叫び声を上げた。


ドゴォォォーン!!!

「ん…っ。」

「い、痛くない?」

建水と楚平は自分達の体に痛みがないのを不思議に思い閉じていた瞳を開けた。

目の前にはずっと帰りを待っていた人の背中が見えた。

黒い影を如意棒で受け止めているあの人の姿が。

「「美猿王さん!!!」」

「間に合っ…たな。牛魔王!!!」

意地悪な笑みを浮かべた孫悟空が牛魔王の攻撃を如意棒で受け止めていたのだ。

「帰って来たのか美猿王!!!」

「牛魔王。テメェのする事は俺が止める。俺の名前は美猿王じゃない。孫悟空だ!!!覚えとけ!!!」

そう言って孫悟空は如意棒を牛魔王に振り上げた。

「ハッ!!お前は俺に勝てないだよ!!!」

牛魔王も同時に影を操い、如意棒の動きを止めた。

キンキンキンッ!!

如意棒と影の刃ぶつかり合った。

孫悟空と牛魔王の動きは互角だった。

どちらも素早い動きで攻撃を止めては攻撃をするの繰り返し。

「悟空!!」

須菩提祖師が牛魔王が出て来た部屋から姿を出した。

「爺さん!!ソイツ等連れて逃げろ!!」

「お前さんはどうするんだ!!」

「俺は牛魔王の相手をするのに精一杯なんだよ!!」 後で合流すっから行け!!」

孫悟空が須菩提祖師にそう言うと、須菩提祖師は建水と楚平の元に向かった。

「いつからお優しくなったのかな美猿王!!」

「お前には関係ないだろ!!!」

キンキンキンッ!!!

牛魔王の影の刃が容赦なく孫悟空を襲う。

体力のない孫悟空は攻撃を止めるのが精一杯だった。

須菩提祖師達を守りながら戦う余力が残っていなかったのだ。

須菩提祖師達が外に出ようとしてのを牛魔王は見逃さなかった。

牛魔王は影の中に潜り須菩提祖師達の元に向かった。

「ッ!!待て!!!」

孫悟空は動く影を追った。

「す、須菩提祖師殿!!牛魔王が影に潜ってこちらに来ます!!!」

楚平が須菩提祖師を庇うように前に出た。

「下がりなさい楚平!!」

須菩提祖師がそう言うと影の中から牛魔王が現れた。

「お前等まとめて殺してやるよ。」

そう言って牛魔王は腰に下げていた剣を取り出し、剣を振り上げた。

「楚平!!!」

「やめろ!!!」

須菩提祖師の声と建水の声が重なる。

楚平は強く瞼を閉じた。

ブジャァァァァ!!

「な、何で…?」

最初に声を出したのは建水だった。

須菩提祖師は目の前の光景から目を離せなかった。

楚平は体の痛みがないのを不思議に思い瞳を開けた。

目の前にいたのは沢山の血を流している孫悟空の姿だった。

楚平を庇って斬られたのは孫悟空だった。

「悟空ー!!!」

須菩提祖師の大きな声が寺中に響いた。
身体中の血が流れているのが分かる。

視界がグラッと揺れる。

「悟空ー!!!」

爺さんの声が遠くで聞こえた。

「無様だな。人間なんかを庇ったせいでこうなったのだ。」

倒れ込んだ俺を牛魔王はゴミを見るような冷たい目で見ていた。

体が寒い…。

「美猿王さん!!しっかりして下さい!!!」

「死んだら駄目です!!!」

建水と楚平が泣きながら俺の体を揺する。

「いつまでも、こ、ここにいるんじゃねぇ…。俺を置いて山を降りろ。」

「何を言ってるんですか!!美猿王さんを置いて行けませんよ!!」

「建水。お前の役目は爺さんと巻き物を守る…事だろ。」

「だけど!!!私は…。須菩提祖師殿と美猿王さんを助けたいんです…。」

「建水…。だが、俺はもう助からねぇよ。だから行け。」

俺は最後の力を振り絞って如意棒を使って立ち上がった。

「まだ立つのか美猿王。」

「俺の…名前は孫悟空だ!!」

そう言って俺は如意棒を牛魔王の脇腹に叩き付けた。
ゴキゴキッ!!

牛魔王の脇腹の骨が折れる音を立てながら吹き飛んだ。
「ガハッ!!」

俺は素早く牛魔王の後を追い、如意棒を構え直し牛魔王に振り翳した。

キンッ!!

体制を整えていた牛魔王は素早く剣で如意棒を受け止めていた。

「お前、その怪我でまだ動けんのか。」

「お前より…、体力があるんでね。ガハッ!!」

胃から込み上げて来たモノを吐き出した。

吐き出したモノを見て見ると血の塊だった。

幸い、心臓は斬られていなかった事がラッキーだったな。

痛てぇ…。

大きく斬られた傷がめちゃくちゃ痛い。

爺さん達が山を降りるまで、俺が時間を稼がねえと。

俺はただガムシャラに如意棒を振るい続けた。

飛びそうになる意識を体の痛みで何とか繋ぎ止めていた。

牛魔王の剣を避ける気力のない俺は斬られるままだった。

「俺の攻撃も避ける事が出来ないのに。何故ここまで須菩提祖師達を庇う。出会った頃のお前とは別人だ。」

「前の俺と違う…か。そりゃあ…、そうだろ。」

あの頃の俺はきっと、爺さん達を庇う事はなかっただろうな。

爺さんと出会っていなかったらこんなに弱くなってなかったかな。

視界がもう…、まともに見えない。

「どう言う意味だよ。」

「前の俺はもういない。爺さんに孫悟空と言う名を貰った時から、美猿王は死んだ。だからお前の知っている俺はもう…いない。」

ドサッ!!

俺は地面に倒れ込んでしまった。

足に力が入らねぇ…。

体に力が入らない。

俺…死ぬんだな。

「つまらない死に方を選んだな美猿王。いや、悟空。」

牛魔王はそう言って俺に剣を振り下ろして来た。

もう避ける気力も立ち上がる気力もない。

剣の刃が俺の体に刺さろうとした時だった。

「「音爆螺旋。」」

カチャッ!!

光の鎖で牛魔王の体の動きを止めた。

無数の光の鎖が牛魔王の体を縛っていた。

この術を掛けたのた…誰だ?

「美猿王さん!!大丈夫ですか!!」

「須菩提祖師殿!!美猿王さんを!!」

この声は…、建水と楚平?

「悟空!!」

爺さんの声が聞こえる。

「な…んで、ここに。」

爺さんは俺の言葉を無視して俺を担ぎ上げた。

「すまんが、少しの間だけ耐えてくれ!!」

「「分かりました!!」」

爺さんが建水と楚平にそう言うと、どこかに走り出した。

「爺…さん。」

「黙っておれ。あの2人には術を掛けてある。」

「術だ?」

俺の質問にはあまり答えず、桃ノ木園の中に入って行った。

この場所は爺さんが俺に名前をくれた場所だった。

爺さんは大きな桃の木の下に俺を下ろした。

「何で、さっさと山を降りなかったんだ。俺を置いて行けば何とかなっただ、ろ。何で…?戻って来たんだよ。」

「わしがお前を置いて行く訳がないだろう?悟空。」

そう言って爺さんは自分の親指を噛んだ。

親指からは赤い血が流れて来た。

「な、にすんだ。」

「お前を死なせないよ悟空。」

シュルルルッ!!!

爺さんが親指を擦り付けながら巻き物を広げた。

何も書かれていない巻き物から赤い文字が沢山浮き出て来た。

爺さんは俺の額に梵字を書いた。

すると、赤い文字が俺の体の中に入って来た。

ドクンッ!!!

心臓が強く脈を打った。

体が熱い!!

身体中を熱い液体が駆け巡っていた。

息が出来ない。

体の中の血が熱い液体を拒んでいる。

俺の体がガタガタと震えるのを爺さんが強く押さえた。

「耐えるんじゃ悟空!!大丈夫、大丈夫じゃ!!!」

爺さんはそう言って俺の手を握った。

いつまでこの苦しい状態が続くんだ。

「大丈夫、大丈夫だから。」

「爺さ…。」

爺さんの後ろに大きな影が見えた。

あの影は…まさか!!

「須菩提祖師殿!!すみません!!牛魔王を逃しました!!」

建水の叫ぶ声が聞こえた。

牛魔王が大きな影から姿を現し剣を構えていた。

「お、い!!後ろ!!」

俺は体を起こそうとした。

ガシッ!!

爺さんが俺の体を強く抑えた。

「なっ!?」

「動くな悟空。」

爺さんはそう言って笑った。

牛魔王は剣を爺さんの背中に振り下ろした。

ブジャァァァァ!!!

爺さんの背中から赤い血が吹き出した。

「「須菩提祖師殿!!!」」

建水と楚平の声が重なった。

ブワァァァ!!!

「な、なんだ!?この風は!!!」

牛魔王が大きな声で叫んだ。

俺と爺さんを大きな風が包み込んだ。

「おい!!しっかりしろ!!」

倒れそうになった爺さんを抱き止めた。

「体は…楽になったか?」

「自分の心配をしろよ!?何であの時、俺の体を押さえつけたんだ。」

「ハッハッハ。わしの息子を守っただけじゃ。」

「息子…?俺と爺さんは血は繋がってねーだろ。」

俺がそう言うと爺さんが頭を撫でて来た。

優しい手付きでいつものように俺の頭を撫でた。

目頭が熱くなるのが分かる。

爺さんの顔色が徐々に青くなって来ていた。

「わしはな…。お前と出会えて良かったと思っている。」

「っ!?」

「ハッハッハ。最初は誰も寄せ付けない雰囲気の青年だと思ったよ。口も悪いし、目付きも悪い。」

「それ…悪口だろ。」

「だけどな…。お前と過ごした日々は…、とても幸せだったよ。」

俺と過ごしていて幸せだった?

こんな俺と一緒にいて幸せだったのかよ…。

「それにな…悟空。お前の事を本当の息子のように思ってたんじゃ。才達には内緒じゃぞ?ゴホッ!!」

ビチャッ!!

俺の服の上で爺さんが咳をしながら血を吐き出した。

「もう喋るなよ。」

「泣くな悟空。」

そう言って俺の頬を撫でた。

泣いてる?

俺が?

ポロポロと大粒の涙が瞳から零れ落ちる。

止めようとしてるのに止められない。

「わしは…。お前と過ごせて幸せだったよ。最後に…、お願いがあるんじゃ。」

「俺が叶えれる願いか?」

「あぁ。悟空にしか叶えられないよ。」
俺は頬に添えられた爺さんの手を握った。

「斉天大聖(せいてんたいせい)になれ。それがわしの願いじゃ。」

「…。俺が斉天大聖になれば爺さんは喜ぶのか。」

斉天大聖がなんなのかは分からない。

だけど、爺さんが喜ぶのなら俺は…。

「当たり前だろう?この目で…見たかった。」

爺さんはそう言って手を掲げた。

「光…輝く…お前の姿を…。」

爺さんの瞳がゆっくりと閉じた。

力の抜けた爺さんの体はとても軽かった。

「爺さん…、爺さん。」

いくら体を譲っても爺さんは声を出してくれない。

いつものように笑ってくれない。

いつものように俺の頭を撫でてくれない。

もう、爺さんは起きない。

もう、爺さんと言葉を交わす事も…。

桃ノ木園で一緒に桃を食べる事も出来ない。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

俺は声を出して泣いた。

俺の周りに赤い稲妻が走った。

赤い稲妻は俺の体に刻み込んでくる。

風の隙間から剣の刃が姿を現した。

「貰った!!」

牛魔王が俺に向かって剣を振り下ろして来た。

ピシッ!!!

剣の刃を俺は掴んで止めた。

ポタポタッ。

俺の手のひらから血が流れ落ちた。

俺達を取り囲んでいた風はなくなった。


黒い雲から太陽の光が差し込んだ。

太陽に照らされた孫悟空の全身に赤いトライバルが
入っていた。

孫悟空の手のひらの傷と斬られた傷が再生していた。

「お前…まさか!!不老不死の術を!?」

牛魔王が孫悟空の体を見て叫んだ。

須菩提祖師の血液が不老不死の術を掛ける方法だった。

不老不死の術は禁断の術。

天帝達が作り出した禁断の術。

あらゆる術を使いこなす須菩提祖師に天帝達が受け渡した。

須菩提祖師が不老不死になれば、沢山の須菩提祖師の弟子が生まれ、妖怪達を滅ぼす事が出来ると天帝は考えていたのだ。

だが、須菩提祖師はそんな天帝達の考えを理解出来なかった。

限りない命だから輝くのだ。

命は尊いからこそ、人は自分の生きる道を考えるのだと、須菩提祖師は思っていた。

死の淵を彷徨っていた孫悟空に不老不死の術を掛けたのは、孫悟空を助ける為だけだった。

牛魔王が建水達を斬ろうとした時、身を挺して建水達を庇った孫悟空が輝いて見えていた。

須菩提祖師だけが、光輝く孫悟空の姿を見ていた。

須菩提祖師の頭に1つの言葉が浮かんだ。

「世界のあらゆる物を手にする者。世界のあらゆる敵を滅ぼす者。その人物の名は"斉天大聖"。」

須菩提祖師だけはこの世界を変えれるのは孫悟空だけどと思ったのだ。

人と触れ合い、人の脆さを知り。

人の優しさに触れた孫悟空だからこそ、妖怪の気持ちも人間の気持ちも分かるのだと。

そんな思いで須菩提祖師は孫悟空に術を掛けたのだ。


孫悟空は須菩提祖師をゆっくり地面に寝かせた。

「殺す。お前だけは絶対に殺す!!!」

怒りに身を任せた孫悟空は牛魔王に飛び掛かった。
孫悟空 十八歳


建水と楚平が俺の事を呼び止めていた。

だけと、俺の体は止まる事はなかった。

牛魔王の事が憎くて仕方がなかった。


「うがぁぁぁぁぁぁあ!!」

叫び声を上げながら牛魔王の顔を長くなった爪です
掻き切ってやろうと思った時だった。

「美猿王!!確保!!!」

俺の背後から声が聞こえた。

「っ!?」

ガチャンッ!!!

いつの間にか俺の手足が手錠と鎖で拘束されていた。

手錠はかなり重たい物で、俺の体は重さに耐えきれず地面に倒れ込んだ。

「な、なんだコレ…。」

めちゃくちゃ重い…。

体が動かせねぇ…。

「遅かったですね…。毘沙門天殿?」

牛魔王が俺の背後に立っている人物に声を掛けていた。

毘沙門天?

誰だよ。

視線を上にあげると、綺麗な顔をした白い長い髪の男が立っていた。

「牛魔王。貴方の連絡を頂いたのが遅いんですよ。」

連絡?

「寺の中に生き残りがいないか探して下さい。それと、怪我人の手当を。」

「かしこまりました。」

毘沙門天って奴が連れて来た兵が寺の中に入って行った。

20人程の兵を連れて来たらしく、残りの兵達は建水と楚平の手当を始めた。

「お前は何者なんだよ。」

俺は毘沙門天と呼ばれた男を睨み付けた。

「私は天帝の者です。貴方は大罪を犯しました。」

「大罪…?俺が?」

俺がそう言うと毘沙門天は深い溜め息を吐いた。

「自分がした事を忘れたのですか?貴方は須菩提祖師や兄弟子達を殺し、不老不死の術を盗んだでしょう。」

俺が爺さんを殺した?

才達を殺した?

不老不死の巻き物を盗んだ?

何を言ってんだコイツ…。

俺は牛魔王に視線を向けると、牛魔王はニヤァァッと口角を上げた。

コイツ…。

まさか、自分のした事を俺に擦り付けようとしてる
のか?

「俺は爺さんを殺してねぇ!!才達を殺したのは牛魔王だ!!アイツが爺さんを殺したんだ!!!」

俺は毘沙門天に抗議した。

だが、毘沙門天は俺の言葉に耳を傾けなかった。

「何を言っているのですか?貴方の体に不老不死の紋章が刻まれている。それが何よりも証拠でしょう。それに、牛魔王が貴方の悪知恵を知り、我々に教えてくれたのです。少し到着が遅れましたがね。」

そう言って毘沙門天は牛魔王を見つめた。

「我々も美猿王の底意地の悪さには手を焼いてましたからね。こちらとしても須菩提祖師を救えなかったのが残念ですがね。」

この野郎…。

どの口が言ってんだ!!?

「何言ってんだよお前!!?全部、全部!!お前が仕組んだ事だろうが!!!!」

「美猿王さんは殺してませんよ!!!」

俺が叫んだ後に、建水が叫んでいた。

「建水…。」

「須菩提祖師殿を殺したのは牛魔王ですよ!!美猿王さんは私達を助けてくれ…。」

グチャッ。

ボトッ。

地面に落ちた物は建水の頭だった。

手当をしていたはずの兵が建水の頭を斬り落とした。

「け、建水!!?な、何をすんですか毘沙門天殿!!」

楚平はそう言って立ち上がり、毘沙門天の胸ぐらを掴んだ。

「何故、建水の首を斬ったのですか!!建水はただ、本当の事を言っただけじゃないですか!!なのに、なのにどうしてですか!!」

牛魔王が楚平の背中に向かってゆっくりと足を伸ばしていた。

牛魔王の手には剣が握らせていた。

「やめろ!!牛魔王!!楚平!!ソイツから離れ…。ガハッ!!」

俺が楚平を逃がそうと声を掛けてようとした時、後ろにいたのだろう兵の足が俺の脇腹を蹴り上げた。

脇腹を蹴られて息が出来ない…。

苦しい…。

楚平は牛魔王の気配には気付かず、毘沙門天にずっと抗議をしていた。

やめろ、やめろ。

やめてくれ…。

もう…、これ以上は…。

牛魔王は楚平の背中に剣を振り上げようとした。

「楚平!!逃げ、ろ!!!」

俺は声を搾り上げて叫んだ。

楚平は俺の声に違和感を感じて毘沙門天の胸ぐらから手を離し、逃げようとした。

だが、毘沙門天が楚平を手を掴み後ろに引いた。

後ろに引かれ体勢を崩した楚平は牛魔王の剣を避ける事が出来ず、牛魔王に斬られた。

「やめろー!!!!」

ブジャァァァァ!!!

楚平の体から血が溢れて出た。

ドサッ。
口から血を流した楚平は地面に倒れ込んだ。

俺の横に倒れた楚平はもう死んでいた。


「お前のした事を見た奴等は先に殺しておきなさいと言ったはずですよ。」

「いやー。殺そうとした時に毘沙門天殿が来たんじゃないですか。まぁ、これで美猿王が須菩提祖師を殺してない事を知ってる奴はもういないんですから。」

毘沙門天と牛魔王はクスクスッと笑いながら話していた。

コイツ等は口封じの為に建水と楚平を殺したのか?

何も悪い事をしていない2人をコイツ等は…!!

殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!

殺してやる!!!

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ。

明るくなっていた空は再び雨雲を呼び出した。

雷の唸る音が空に響いた。

「な、なんだ急に!?」

「あ、毘沙門天殿。俺の後ろにいた方が安全ですよ。」

「え?」

ドゴォォォーン!!!

雷が俺の体に落ちて来た。

体に痛みなんて感じなかった。

雷が落ちたのは手足に付いた鎖や手錠だった。

パリーンッ!!!

鎖と手錠が破壊され、俺の周りに雷の龍が回ってい
た。

「あ、あれは雷龍か!?何故、美猿王が雷龍を扱えるんだ!!」

毘沙門天が俺の周りを回っている雷龍を見て驚いていた。

俺と雷龍は初めて会ったはずなのに、会った事がある気がした。

「私は貴方を守る者。」

雷龍が口を開き俺を見つめて来た。

「俺を…守る?」

「早く美猿王を捕らえよ!!!」

毘沙門天が周りにいた数名の兵に指示をした。

「は、はい!!」

「分かりました!!」

数名の兵達が俺の体を取り押さえようとした。

だが、兵士達は俺の体に触れられなかった。

何故なら雷龍が雷を放ち、兵士達を近付けないようにしていたからだ。

雷龍は牛魔王や毘沙門天、兵士達に近付けさせないようにしていた。

「牛魔王!!なんとかしろ!!」

「はいはい。なんとかしますから美猿王を確保して下さいよー。俺の計画が水の泡になっちゃいますから。」

シュルルルッ。

牛魔王はそう言って兵士達の影を自分の影と合体させ、巨大な影の龍を作り上げた。

「ゴォォォォォォォ!!」

影の龍が叫び声を上げながら雷龍に噛みつこうとした。

だが、雷龍は雷を放ち影の龍の体に雷を浴びせた。

ビリビリッ!!

影の龍は雷を浴びて、震えていた。

感電したようで動けないでいた。

俺はその隙に牛魔王の所に走り出した。

「牛魔王ー!!!」

牛魔王に近付き、俺は思いっきり牛魔王の右頬を殴り付けた。

ガシッ!!!

「ッペ。」

殴られた牛魔王は口の中に溜まった血を吐き出した。

「痛ってぇな。口の中が切れちまったじゃねーか。」

「一発だけで済むと思ってんのか!!お前のした事はこれ以上のもんだ!!爺さんを殺し、才達も殺したお前を俺は許さねぇ!!!」

俺はもう一発殴ってやろうと思い、拳を走り上げた。

「はーい。大人しくしろよー?」

ガシッ!!

ガシャーンッ!!

誰かに頭を強く捕まれ地面に思いっきり叩き付けられた。

叩き付けられた地面は割れ、割れた破片が俺の顔に刺さった。

俺の意識がプツンッと音を立てて無くなった。


1人の青年が空から降って来た。

孫悟空の頭上に降りた青年は、孫悟空の頭を掴み地
面に思いっきり強く叩き付けた。

毘沙門天は青年の姿を見て驚いていた。

細くて長い綺麗な黒髪を靡(ナビ)かせ、色白の肌に切長の黒に薄いピンク色の唇が色っぽい。

高級な布を体に巻き付けていて、首や足首や二の腕に高級なアクセサリーが輝いていた。

見た目では男なのか女なのか分からない程の美しさをこの青年は持っていた。

牛魔王は青年を見ていたが、美猿王と同じぐらいの綺麗な顔をした青年に見えていた。

「か、観音菩薩(カンノンボサツ)様!?」

「っ!?」

毘沙門天の発した言葉に牛魔王は驚いた。

観音菩薩とは天界の中でも二番目に位が高いと言われている人物で、亡くなった釈迦如来(シャカニョライ)の意思を継ぎ天帝達の頂点に君臨した者。

観音菩薩の知恵は星の数よりも多いと言われている。

「美猿王の捕獲に随分と時間が掛かったようだな。早くコイツの体を拘束しろ。」

観音菩薩が毘沙門天に指示をした。

毘沙門天はそそくさに孫悟空の手足に手錠を付けた。

観音菩薩は牛魔王の持っていた剣に目を向けた。

剣には血がベットリ付いていた。

周りを見て見ると、建水の首無しの死体と、楚平の

死体が観音菩薩の目に止まった。

「この2人を斬ったのはお前か妖。」

観音菩薩がジッと牛魔王を見つめた。

牛魔王は平然を装い口を開いた。

「まさか。そこで寝ている美猿王がやったんですよ。この血は美猿王を止める為に美猿王を斬った時に付いた血ですよ。」

「此奴が?」

「はい。不老不死の紋章が体に刻まれているのが証拠です。」

そう言って牛魔王は孫悟空の体に浮き出ている赤いトライバルの彫り物を指差した。

観音菩薩は牛魔王の言葉に違和感を感じていた。

「観音菩薩様。美猿王の拘束が終わりました。」
美猿王を抱えた毘沙門天が観音菩薩に声を掛けた。

「あぁ。では、美猿王を連れて行け。」

「分かりました。」

毘沙門天は観音菩薩に頭を下げて寺を後にした。

「空から降って来るなんて驚きましたよ。流石は観音菩薩様と言った所ですか?」

牛魔王は軽い言葉で観音菩薩に話し掛けた。

「お前が毘沙門天と繋がっていたとはな。」

「美猿王の噂が天帝達にも伝わっていたでしょ?俺は毘沙門天殿に依頼を受けていましてね。」

「美猿王を捕獲しろと言う依頼か。」

観音菩薩がそう言うと牛魔王は「はい。」と答えた。

毘沙門天と牛魔王が繋がっていると言う噂は観音菩薩の耳にも届いていた。

だが、天界と地上を行き来している観音菩薩は美猿王の噂を耳にしていなかった。

観音菩薩からしたら、本当に須菩提祖師を殺し不老不死の術を自分で掛けたのか謎に思っていた。

「さ、観音菩薩様。お送り致します。」

牛魔王はそう言って手を差し出した。

観音菩薩は差し出された手を掴んだ。

牛魔王は観音菩薩の手を握り寺を後にし、牛魔王の率いて来た妖が用意した馬車に観音菩薩を乗せた。

そして、遠くなる寺を見ながら牛魔王は小さく笑った。

その笑いを観音菩薩は見逃さなかった。