問題はすべて、些細なことだって、昔、おじさんに言われた。おじさんはその3年後にマイコプラズマ肺炎をこじせて死んだ。無理をしすぎたらしい。だから、おじさんが言っていたことはおじさんの身をもって、嘘であるという証明がなされたと私はそのとき、思った。

 菜七子よ。強く生きれ。と、高校生になってから余計に思うようになった。だけど、それは自分自身にかせて自爆する呪いでもあり、時限爆弾なのかもしれない。
 そして、今日もこうして、制服姿で平日の午前中から、スタバの中で一人、コーヒーを飲んでいる。私は得体の知れない人生にいつも絶望する。

 5月病が悪化したのは今月に入ってからだった。理由は簡単で、人生最後のクラス替えに失敗して、ほとんどの仲間を失った上に、私のクラスは3年猿の惑星組だった。だから、私はできるだけ、目立たないようにしていた。罰ゲームで口のなかいっぱいにマシュマロを突っ込んで、鼻で呼吸しながら、マシュマロが口中の水分を吸い取りきるのを待つようにしていた。
 だけど、私の精神を殺しにかかる悪魔の一軍女子のクラスメイトに集団で精神汚染をしてくるようになった。

 笑われるくらいなら、退学がいいとか、そんな自分のプライドを守る考えや、笑われるくらいなら、ずっとヒステリックな世界の中で卒業まで息を殺そうとか、そういうのを考えるのがすごく嫌になり、とりあえず余計に死にたくなる前に、こうして問題を濁すことにした。

 コーヒーを飲むと、酸味と苦味が口いっぱいに広がった。店員のお姉さんは私が制服姿なのも気にもとめず、笑顔で今日はなんちゃらの豆のなんちゃらです。と優しくしてくれた。
 学校に行くのをやめて、もう2週間目が始まった。まるまる1週間休んでも、親にはバレなかった。というか、私自身が、学校におじさんの法事なので1週間休みますと言ったから、なにも言われていないんだと思う。今日も朝、まだ、精神的につらい状況だから、もう1週間休ませてもらいますって言ったら、それ以上、担任はなにも言ってこなかった。

 新卒で2年目の24歳で人生で初めてクラス担任になった若造お姉さんは私の嘘を100%信じてくれたし、親にも確認とらなかった。
 

 スタバに行ったあと、図書館へ行き、帰ろうと駅まで向かっていたら、反対方向から歩いてきた芦沢マコトとばったり会ってしまった。私の絶望的な嘘が一瞬でバレた。

「何してるの?」
 私達は細い歩道を塞ぐように立ち止まり、向き合いながら、話始めることになった。芦沢は一軍男子の中心中の中心、身長は180センチくらいあってすらっとしていて、筋肉質なのに、なぜかどの部活にも入らず、マックでバイトしながら、バカなことをして遊んでいるって有名だった。

「ごめん、急いでるから」と私はそう言い残して、すぐに立ち去るつもりだった。だけど、芦沢が、長い右足を出して、道を塞いだ。

「忌引だろ。てか、なんで制服着てるんだよ」
 芦沢のセンターパートの前髪が風で揺れた。色白のデコが印象的で、鼻筋が通ったこぶりな鼻。だけど、一重だから、少しだけ目つきが悪い、そのアンバランスな容姿。別にかっこいいとは思えない。だけど、本人は頑張ってファッションを極めようとしている背伸び感が鼻につく。

「別に関係ないでしょ。どいてよ」
「まあ、いいじゃん。菜七子ちゃん」
 なにこいつ。なんでいきなり名前呼びするんだよ。と私はその気持ちを込めて、睨みつけた。だけど、芦沢は微笑んだあと、私の右手を繋ぎはじめて、余計、動揺した。

「やめてよ」
 私は右手を振り払おうとしたけど、強く握られた芦沢の左手を振り払うことができず、仲良く遊んでいるみたいに繋いだ手が前後に揺れるだけだった。

「まあ、いいじゃん。菜七子。別にホテルなんて連れて行かねーよ」
 芦沢はそう言って、繋いでいた手を離した。そのあとすぐに、私は左肩を掴まれた。いきなり肩を触れて、思わず、びくっとした。芦沢は私の身体を反対方向に向けさせようとしたから、私は大人しく歩いてきた道の方を向いた。そして、芦沢はもう一度、私の左手を繋いできた。