何にも感じないというものはすぐに時が流れるらしく、私にとっては何分かの感覚で昼放課になった。
そして、前と同じように朱莉と遥に断りを入れる。

快く送り出した二人に不安の色が浮かんでいたのを見て見ぬふりをして、私は校舎裏へと急ぐ。
校舎裏には、もう伊吹くんが待っていた。

「もう」というか、授業に出ていないのでずっといたのだろうが。そして、そもそも私を待っていない。

自分自身にそう返しながら歩いていると、何か気配を感じたのか、上半身を起こした伊吹くんが遠目に見えた。
私はそれに手を振るが無視される。
だが、最初に比べたら大きな進歩だろうと思いながら駆け寄った。

伊吹くんがいるという事実だけで、家からずっと冷たかった心が温かくなっていく。


「伊吹くん」
「またきたのか」


そう言いながらも、ちゃんと返事を返してくれる伊吹くんは、やっぱり優しい。



「…………お前、体は?」
「え?」
「昨日、倒れてただろ」


どうやら彼は、あのあと保健室まで私を運んでくれたらしい。
そして、保健室の先生は帰り道の途中だったからと言って私を家まで送ってくれたとか。
本当に二人には頭が上がらない。

そう思いながら桜の根に腰かけ、私は大きなお弁当を開く。
ふわりと漂う匂いに、伊吹くんが軽い身のこなしで桜から降りた。

「お、うまそう」


伊吹くんの口から出た言葉に、何故こうも安心するのだろう。
そう考え、導き出された答えに納得する。


「伊吹くんは、いつも真っ直ぐだね」
「は?」


お弁当箱をじっと見つめていた伊吹くんが首を傾げる。
その動作が猫みたいで、私は思わずクスリと笑った。

伊吹くんの前では笑えることに思った以上に安堵しながらも、私は言葉を続けた。


「伊吹くんはいつも真っ直ぐだから。私も、伊吹くんと一緒にいる時は素直になれる気がする。」


大丈夫。伊吹くんが真っすぐだから、私も素直になれるだけ。この感情に、名前などない。
…………でも、この時だけ笑えることに喜ぶくらいは、いいよね。

そう思いながら笑った私に、伊吹くんは一瞬目を見開き、ふんと鼻を鳴らす。


「………あっそ」
「可愛くないけど」


私が笑ってそう付け足すと、伊吹くんは無視してお弁当箱を指差す。


「これ、食っていいの?」
「うん。そのために作ってきたから。好きなのとっていいよ」


私がそういうと、私が持ってきた箸を手に取り、伊吹くんが唐揚げをつかみとる。
パクリと口に卵焼きを放り込む姿をいつの間にかじっと見つめていたらしく、伊吹くんが顔を顰めた。


「………なに」
「何も」


笑いながら私も卵焼きを口に入れると、甘い風味が口に広がった。
味は問題ないと頷くと、続いて卵焼きを食べた伊吹くんが口の動きをぴたりと止めた。


「甘い」
「え、卵焼きって甘いんじゃないの?」


私が首を傾げてそういうと、伊吹くんもまた首を傾げる。


「しらん。ばあちゃんのはしょっぱかった」
「そっか。じゃあ、今度はしょっぱいの作ってくるね」


いつの間にか毎日作ることになっていることに気づき、伊吹くんの顔色を伺う。
でも、伊吹くんは何も思わなかったのか、そのままコロッケを食べていた。

毎日作れるならそれでいいやと思い、私はポテトサラダを口に入れる。
緩む顔を、伊吹くんに見られないように隠すので精一杯だった。