少しだけ腫れた目で学校へ向かう。
いつもよりも少し早い時間帯だと思いながらも、私は自身の腕時計にちらりと視線を落とした。
以前と同じく一時間ほど前に教室に到着する。
そこには案の定昨日酷い別れ方をした伊吹くんがいて、私はこぶしを握りこんだ。
「伊吹くん。ごーーーー」
「ごめん」
私が言おうとしていた言葉を彼に言われ、私は目を見開いく。
どうして謝るんだろう。君が悪いことなんて、何一つないのに。
どうして、そんなにも泣きそうな顔をしているの。どうして、そんなにも苦しそうな顔をしているの。どうして、
「そんなに、悲しそうな顔をしているの、伊吹くん。」
口元しか見えない私でも。………………違う。
口元しか見えない私だからこそ、ずっと彼のそばにいた私だからこそわかる彼の表情に、変化に、私は気づくことができる。
ねえ、伊吹くん。私は、知ってるよ。
余裕で一番の成績をとってるように見えて、実はとても努力しているところとか。ほら、今だって勉強をしている。
クラスのイベントに興味がないように見えて、本当はちょっと興味を持っているところか。ほら、今だって机の上に文化祭のパンフレットが置いてある。
無表情でぶっきらぼうに見えて、とても優しいところとか。…………ほら、今だって私のために何かを言うのを我慢してくれている。
この三か月間ずっと君といて、君の優しさに触れてきた。
「だからさ。………………私を傷つけないために何かを隠していることなんて、私はわかるんだよ」
その言葉に、伊吹くんは身をこわばらせる。
宮野先生の言葉が、私の耳の奥でこだました。
「『つらい人』って、伊吹くんのことだよね。」
私がそういうと、伊吹くんは息を一瞬吐き出した後に私の言葉に反論する。
「何いってんの。俺が辛そうな人間に見えるのか?」
「見えるよ。辛くて、苦しくて、もがいてて、誰かに助けてほしいって、そう思ってるように見える。」
終わりのない悲しみ。永久的に続く苦しさ。
全て、全てわかる。だって、私が持っているものと同じだから。
だけど私と違うところは、優しすぎて他人のために、他の人の辛さまで自分一人で抱えようとするところ。
「でも、伊吹くんが何に苦しんでいるのなんてわからないから。それでも助けを求めて手を伸ばしてくれたら、私は絶対に助けに行く。だから、伊吹くんが手を伸ばしてくれるまで、私は待っとくね」
今の私が、伊吹くんに頼られるような人間じゃないことはわかっている。
宮野先生みたいに、頼もしさもない。凪みたいに、明るく天真爛漫でもない。伊吹くんみたいに、人を惹きつけてやまない魅力もない。
「だけど、伊吹くんが頼れるぐらい、私が頼もしい人間になったら。その時は、伊吹くんのことを少しだけ教えてね」
そういって笑うと、伊吹くんは少しの間のあとに「……………ああ」と呟く。
私は自分の席に着くと、伊吹くんに手を差し出した。
「許してくれって、強制するわけじゃないけど、これだけは謝らせて。昨日、酷いこと言ってごめんなさい。きっと、たくさん傷つけたと思うから。」
その手をじっと見つめると、伊吹くんはふっと肩の力を抜いた。
────ああそうだ。もう一つ、伝えたいことがある。
君の優しさは、自分自身を苦しめるものではあるけれど。
「…………全く気にしてないっていったら、嘘になるけど。別に、いい」
その優しさが、絶対に誰かを救ってくれているっていうことは、知っておいてほしい。