伊吹くんの味音痴が衝撃的過ぎて、どうやって教室へ帰ったのかわからないほど呆然としていた私は、ポニーテールの女子にチョップをされたことによりハッと我に返る。
顔をしかめながら朱莉を見上げると、奇妙なにやにやとした笑いで迎えられた。


「ちょっとちょっとー」
「な、なに?」


未だにその笑いを引っ込めようとしない朱莉と、それを止めてくれない遥の顔を交互に見る。
戸惑いながら耳を澄ませると、まさに寝耳に水の言葉が聞こえた。


「やっぱり伊吹くんと付き合ってたんじゃん!」
「…………は?」


きゃーーー!と頬を抑えてはしゃぐ朱莉と、うんうんとにっこりと頷く遥。
たっぷり間を開けて聞き返すと、二人は同じような顔で私を見た。つまり、満面の笑みである。


「ちょ、ちょっと待って。何の話?」
「だって、二人でご飯食べてたんでしょ?『こないの?』の一言ですべてを悟るって、もう熟年夫婦じゃん!」
「そうそう。私、咲良ちゃんにいい人ができてうれしいなあ」


そう言ってにこにこと笑う朱莉と遥はかわいいけれど。でもちょっと、いやかなり何を言っているかわからない。
他人からみたらかなり間抜け顔になっているだろう私を見て、二人はさらに笑みを深める。


「お弁当を二人で食べるって、憧れだよねぇ」
「うん。…………実をいうとね。私たちちょっと、咲良のこと心配だったんだ」


少しだけね、といって照れくさそうに言う朱莉に、遥は「咲良ちゃん、最近…………変だなって、思ってて」と付け足す。
それを聞いて、私は最近聞いたばかりの担任の言葉を思い出した。


『お前が思っているよりも、人はお前のことをちゃんと見てるぞ。お前は気づかれていないと思ってるかもしれないが、星崎だって矢野だって、お前の様子がおかしいことに気づいてる。』


鮮明に思い出してしまった声が、空気が、私の胸を重くさせる。
だって私は、こんなにも優しくて、大切な二人にすら何も話していない。
私の病気、準モザイク症候群のことも、ーーーーー伊吹くんとの少しだけ変わった関係性のことも。


「そんなことないよー」


私はそれを誤魔化すように、あははとわざと声をあげて笑う。
そんな私を見て、二人はほっとしたように笑った。

少しだけの胸の痛みと重みを感じながら、やはり前ほど感じないことに安堵を覚える。
何も、感じなくていい。その方が、何かを感じていた時よりも、ずっとずっと息がしやすいから。


「ちょっと体調悪かったのかな。心配かけてごめんね」


嘘の中に少しの本音を混ぜて、笑顔ですべて包み込む。
そんな歪な形をした昼休みが終わるまで、あと三分。