「今日の弁当の中身って何?」
持参してきている割り箸を開けながら何事もないように話しかけてくる伊吹くんにほっとする。
いつも通りを心がけながら、少しだけ震えている手をそっと抑えた。
「伊吹くんが好きな卵焼きはあるよ。今日はしょっぱいの」
「アレもうまいよな」
最近は淀みなく続いている会話に嬉しくなりながらも、思ったよりも普通に話せていることに安堵する。
大きめのお弁当のふたを開けながら、私は伊吹くんの口元をじっと見つめた。
成り行きで作ってしまっているだけど、食べてもらうならできるだけおいしいと思ってもらいたい。
特に嫌いなものなどはないと言っていたが、苦手なものなどすらないとは限らない。
できるだけ開けたときの反応を観察しているのだが、今日も彼の口元には変化はない。
目が見えたらなんかわかったのかなと思ったら、少しだけやるせない気持ちになった。
それを隠すこともせず彼にさらけ出しているけれど、彼は何も言わなかった。
逆に笑顔を作ろうとするととても怒られる。変わった人だなあとつくづく思っていた。
「教室では食べないの?」
「うるせえじゃん」
「………友達いないの?」
「いなくてもいいだろ」
「否定しようよ」
ぶっきらぼうに放たれた言葉に苦笑し、私は唐揚げを口に運ぶ。
今日は確か塩味だったよねと思いながら租借した瞬間、私は思わず噴き出した。
「が……、けっほ、げっほ、う、ちょっ………………、い、伊吹くっ、それ、」
「は?」
食べないで、という言葉を言おうとした瞬間、彼は唐揚げを無造作に口に頬張る。
まさか塩と砂糖を間違えるというべたなことをする日が来るなんて。仮にも家事をやってきて三年目なのに。しかも、間違えたタイミングが最悪すぎる。なぜよりによって伊吹くんが食べる日に。
例え寝ていなくても、考え事をしていても、この間違いはさすがに酷すぎる。
カリっと上げた衣に、溢れ出した肉汁。そこに砂糖という甘味が加わることで、なんとも言えないどころか、伊吹くんじゃなくても人様に食べさせられない劇物が出来上がっていた。
だが、そんな私の気持ちをつゆ知らず、彼は何事もなかったかのように、「どうした?」と唐揚げを咀嚼している。
私は劇物をティッシュに包みながらも、目の前にまだ何個かある唐揚げをじっと見つめた。
「それ、まずくないの?」
「………ん?別に」
そういって普通にもう一個口に運ぶ伊吹くんに、私は涙目になりながらも首を傾げた。
もしかして、砂糖の味がしたのは私が食べたものだけだったのだろうか。だとしたら嬉しいけれど。
二個目も間食した彼をみながら、私はごくりと息を呑む。
元々衣もとても綺麗に揚げられていたのだ、普通のできならば美味しいものに仕上がっているだろう。
「……………本当に、普通の味なんだよね?」
「ああ」
一瞬のためらいもなく頷く伊吹くんを視界の端にとらえながら、きつね色の唐揚げをつまんでじっと見つめた。
覚悟を決めて箸を口に近づけ、そのままの勢いで口に放り投げる。
「うっ…………ああああああ!?」
そして一回目よりも期待していたせいもあり、先ほどとは比にならないほどの不味さが私を襲った。
どうやら砂糖の量がさっきよりも多いらしく、本気で吐きかねないほど不味い。
「ちょっと、伊吹くん!」
「なんだ?」
そして本当に不思議そうな顔で私を振り返る伊吹くんを見て、ああ彼は味音痴なのだと悟った。