クラスメイトや野次馬からの絶叫に、さすがの先生もまずいと思ったのか先生が私たちだけを生徒指導室へと連れて行った。

パタンとドアを閉じる直前に、この学校のほぼ全員の先生が集まっているのが見えた。
微妙な顔をした私に気づかず、先生は目の前の椅子に座る。

「……で。なんで伊吹は今日授業に出てるの?」
「今、俺達以外自習だし、そもそも今授業出てないけど。これは出席してるっていうの?」
「……うっ」

伊吹くんが冗談のつもり(だと思いたい)で返すと、宮野先生が目元を袖でごしごしとこする。
私たちがぎょっとしてのぞき込むと、目の端に光るものが見えて、私たちは余計に焦る。

とりあえず何のすることができずに動作を停止すると、宮野先生がふうといって大きな息をつく。

「まさか、伊吹がこんな軽口まで叩けるようになるとはなあ」
「……なに?」

いやそうな顔を伊吹くんがすると、「感情も出せるようになったんだなあ」と、再び宮野先生が泣き出した。
うっう、といって泣き続ける先生に、私は伊吹くんにこっそり聞く。

「えーと。どういう関係?」
「オレは、1年の時も伊吹の担任だったんだよ。……あとはまあ、少しだけ伊吹の小さい頃を知ってるってだけかな」

伊吹くんが答える前に、先生が私にこたえる。
いつのまにか感情の渦から脱出していたらしく、目元が赤いだけだった。
めんどくさそうに伊吹くんが先生に向かって指をさす。

「この人、去年も昔もめちゃくちゃうるさかったんだよ。なんなら現在進行形」
「伊吹が不登校になるんじゃないかって心配だったんだよ」
「別に、あんたには関係ないだろ」
「そんなことないぞ。オレは君たちの担任だ」
「あっそ」

伊吹くんの返事に、それはないんじゃないかと苦笑する。
すると、宮野先生が再び泣き始めた。

「「……!?」」

今度こそ理由がわからなくて驚く私たちに、宮野先生は泣きながら話しかける。

「青山もな、伊吹の前では、ちゃんと笑えてるな。」
「……え」

その言葉に私は絶句する。
教室では、きちんと笑えていたと思っていたのに。
そんな私を横目でちらりと見てから、伊吹くんは宮野先生に視線を移す。
その視線にうなずくと、先生は思ったよりも優しい声音で言った。

「……青山。お前が思っているよりも、人はお前のことをちゃんと見てるぞ。お前は気づかれていないと思ってるかもしれないが、星崎だって矢野だって、お前の様子がおかしいことに気づいてる。もちろん、オレも。」

その言葉に、なによりも先に疑問の念が出てきた自分に嫌気がさす。
思わずうつむいた私にも、宮野先生は続ける。

「それで、今の言葉に何を思っても、自分を責めないでほしい。そういう気持ちは簡単に芽生えてもこないし、だからこそ簡単に消えてくれるようなものじゃない。ゆっくり、自分のペースで頑張ってくれないか。それでも、諦めることだけはやめてほしい。……いつか、きっとお前を助けてくれるやつがいるから。」

その言葉に、私はぎゅっとこぶしを握りこんだ。
ふと隣を見ると、伊吹くんがどこか考え込んだような顔で宮野先生を見つめる。
……その顔が、私よりもとてもつらそうに見えて。

思わず伊吹くんのほうへ手を伸ばしかけ、その手を力なく下す。

(…………私なんかには、なにもやれることがない)

動いた気配に気づいた伊吹くんが、私の下ろされた手をじっと見つめた。
その視線がなんだか気まずくて、私はそっと手を引っ込める。
そんな私たちを、先生はどこか優しい視線で見ていた。

それからいくつかの質問がされたが、特に問題はなくスムーズに進む。
頭上でチャイムが鳴り、私たちは席を立った。
授業が終わった開放感からか、廊下が一気に騒がしくなる。

「じゃあ、もう帰るか。………伊吹、明日も授業来るか?」

宮野先生が伊吹くんを見つめてそう聞くと、なぜか伊吹くんは私のほうを見た。
視線の意図がわからなくて目を瞬かせると、その視線はすぐに宮野先生へと戻る。

「……しょうがないから、行ってやるよ」

その言葉に、宮野先生はどこかほっとしたように笑う。
先生がドアを開けると、一気に外の空気が入ってきた。
伊吹くんが一歩踏み出し、廊下に出ない私のほうをちらりと振り返る。

「………お前、今日は来ないの?」
「へ?」

まさか聞かれると思ったなかった私はその場に棒立ちになった後、宮野先生をちらりと振り返る。

「ごめん。ちょっと、聞きたいことがあって」

そう返すと、「あっそ」と短く言って、伊吹くんはすぐに部屋を出て行った。
きっと、すぐに桜のところへ向かったのだろう。

その背中を少し寂しく思いながら見送り、完全に見えなくなったのを確認した。
そして、ゆっくりと宮野先生を振り返る。

前も、今回も、先生が私を通して誰かを見ているように見えたから。
だから、私は。

スカートが、風に吹かれてふわりと揺れた。

「宮野先生」

じっと先生を見つめると、先生は窓へと歩を進める。

「少し、昔話をしようか」

そう言いながら振り返って笑った先生は、少し悲しげに見えた。