その絶叫に耳を塞いだ伊吹くんが、立ち上がって砂を払いながら、私の腕を引いた。
「早く行くぞ」
「あ、はい」
言われるがまま返事をし、腕を捕まえれたまま教室に向かおうとしたのはいいのだが。
────どうしてこうなっているのだろう。
私は視線が突き刺さる廊下を歩きながらそう思う。
俺も行くと言われ、はじめて授業に出てくれるという驚きと喜びが混じったその感情は、校舎に入った瞬間すぐに吹き飛ばされた。
最近当たり前のように毎日伊吹くんといたから、私の感覚は麻痺していたのだ。
視線を集める髪や瞳の色は置いといたとしても、形の整った薄い唇に、スラリとした高身長に長い足。極め付きには顔が小さいと来ている。
時々アイドルやモデルにもスカウトされているというその人は、普段教室には来ない。
いつも、あの桜の木の場所にいるからだ。
それがどうしていきなり行くと言い出したのか。
やはり考えても出てこない無意味な問いに答えを出すのを諦め、私はチラリと繋がれた手を見る。
最初に腕を掴まれたそれは、なぜか手のほうまで下がってきていた。
昼休み終了の予鈴が鳴ったというのに、いまだに人が減る気配はない。
むしろどんどん増えている気さえしている。
原因は考えなくてもわかる。伊吹くんだ。
いや、伊吹くんだけではない。きっと、その原因の一つには私という存在もあるだろう。
いつも教室に来ない、だけど、いやだからこそ知名度に拍車をかけているイケメンの男の子と、手を繋いだ女子生徒。
視線を集めるには十分すぎる理由だ。
視線をできるだけ意識しないように俯きながら、私は教室へと早足で向かう。
「なあ。なんでこんなに人がいんの?いつもこんな感じ?」
伊吹くんが不思議そうな(見物人にとっては無表情に見えるだろう)顔をして、私に聞いた。
普段は3分ほどで着くはずなのに、永遠と思える時間を感じながら伊吹くんの質問に答える。
「そんなわけないじゃん。普段伊吹くんは、教室に来ないでしょ。それに、顔も整ってるし目立つから。」
「は?俺の顔が整ってる?新しい冗談か、つまんねえぞ」
「伊吹くんはまず眼科に行ってこようか」
「お、委員長が堂々とさぼりを勧めてる。いい度胸じゃん、嫌いじゃないぞ」
「いやそういう意味で言ったんじゃないし。早く教室いかないと、気まずいし」
自分の言葉で今の状況を思い出し、口を素早くつぐむ。
このように軽口を叩けるくらいにはなった最近の関係を嬉しく思っていたのだが、今はその効果がマイナスに働いているような気がする。
そして悪い予感とは当たるもので、今の会話で先ほどとは比にならないほどの人数が集まってきていた。
そんな状況の中、伊吹くんが何も気にしていないように口を開く。
「気まずいって、なんで。」
「さっきも言ったけど、伊吹くんの顔が整ってて、学校内では有名人だから。それと、まあ…………私がいるからっていうのもあるだろうけど。伊吹くんは気まずくならないの?」
「俺が有名人ねえ。そんな感じはしないけど。それに、いつも登校するときもこんな感じだし。慣れた。」
その言葉に、気にしていないようじゃないくて本当に気にしていなかったんだと納得する。
そうじゃないければ、相当な胆力を持っている。
周りのギャラリーどころか私まで気にもせず、なおも伊吹くんは質問する。
「つか、それよりもなんでお前俯くの?」
「伊吹くんには一生わからない理由かな」
どんどん近くなった教室に、さっきよりも早いペースで近づき、ガラリとドアを開けながらそう返す。
普通に入れる日が来たと一瞬思ったが、いやいや求めている状況が違うと首を振った。
(でも、これも伊吹くんがいてくれるおかげかも)
そんなことを思いながら、後ろ手でスッとドアを閉める。
これで外の人たちからの視線と聞き耳から逃げられると、そっと肩をおろした。
そう考えながら教室を見渡すと、呆然とした顔のクラスメイトと宮野先生が目に入る。
十秒カウントをしようぜと伊吹くんがこそっといったので、お望み通りカウントした。
だが、一向にみんなの様子が戻る気配はない。
朱莉と遥まで呆然としている。
説明したい気持ちをぐっとこらえ、とりあえず担任の元へと向かう。
いまだに口を開いたまま固まっている先生に向かい、私は声をかけた。
「先生。宮野先生」
「あ、ああ」
口を開けたまま返事ともつかないものを返し、宮野先生は私たちを見つめる。
「あの。伊吹くんが、授業に出てくれそうなんですけど」
「出てくれそうじゃなくて出るって言ってんの」
「途中で逃げ出すかもしれないでしょ」
「願い通り逃げてやろうか」
「願いじゃないしお願いだからやめて」
そんな軽口に、さっきよりもあんぐりと口を開けている担任とクラスメイト達に、二人は全く気付かない。
伊吹くんの言葉を軽くかわしながら、教卓の上の、出席簿を見ながらもう一度声をかける。
先生の気の抜けたような返事を聞きながら、私は『伊吹桜河』の列を見、そのあとに続く×だらけの欄を見てため息をついた。
やはり、今まで全然授業に出席していなかったようだ。
知らん顔をしている伊吹くんと、それをつつく私を見ながら、宮野先生は神妙な顔で一瞬黙り込み、そして────爆弾を落とした。
「お前ら、いつから付き合ってたの?」
その瞬間、中からも外からも大絶叫が響く。
その声で、私は廊下の窓が開いてることに気づいた。
廊下からの生ぬるい空気を感じながら、さて、どう説明しようかと頭をフル回転させる。
隣では、伊吹くんがペン回しをしていた。
「早く行くぞ」
「あ、はい」
言われるがまま返事をし、腕を捕まえれたまま教室に向かおうとしたのはいいのだが。
────どうしてこうなっているのだろう。
私は視線が突き刺さる廊下を歩きながらそう思う。
俺も行くと言われ、はじめて授業に出てくれるという驚きと喜びが混じったその感情は、校舎に入った瞬間すぐに吹き飛ばされた。
最近当たり前のように毎日伊吹くんといたから、私の感覚は麻痺していたのだ。
視線を集める髪や瞳の色は置いといたとしても、形の整った薄い唇に、スラリとした高身長に長い足。極め付きには顔が小さいと来ている。
時々アイドルやモデルにもスカウトされているというその人は、普段教室には来ない。
いつも、あの桜の木の場所にいるからだ。
それがどうしていきなり行くと言い出したのか。
やはり考えても出てこない無意味な問いに答えを出すのを諦め、私はチラリと繋がれた手を見る。
最初に腕を掴まれたそれは、なぜか手のほうまで下がってきていた。
昼休み終了の予鈴が鳴ったというのに、いまだに人が減る気配はない。
むしろどんどん増えている気さえしている。
原因は考えなくてもわかる。伊吹くんだ。
いや、伊吹くんだけではない。きっと、その原因の一つには私という存在もあるだろう。
いつも教室に来ない、だけど、いやだからこそ知名度に拍車をかけているイケメンの男の子と、手を繋いだ女子生徒。
視線を集めるには十分すぎる理由だ。
視線をできるだけ意識しないように俯きながら、私は教室へと早足で向かう。
「なあ。なんでこんなに人がいんの?いつもこんな感じ?」
伊吹くんが不思議そうな(見物人にとっては無表情に見えるだろう)顔をして、私に聞いた。
普段は3分ほどで着くはずなのに、永遠と思える時間を感じながら伊吹くんの質問に答える。
「そんなわけないじゃん。普段伊吹くんは、教室に来ないでしょ。それに、顔も整ってるし目立つから。」
「は?俺の顔が整ってる?新しい冗談か、つまんねえぞ」
「伊吹くんはまず眼科に行ってこようか」
「お、委員長が堂々とさぼりを勧めてる。いい度胸じゃん、嫌いじゃないぞ」
「いやそういう意味で言ったんじゃないし。早く教室いかないと、気まずいし」
自分の言葉で今の状況を思い出し、口を素早くつぐむ。
このように軽口を叩けるくらいにはなった最近の関係を嬉しく思っていたのだが、今はその効果がマイナスに働いているような気がする。
そして悪い予感とは当たるもので、今の会話で先ほどとは比にならないほどの人数が集まってきていた。
そんな状況の中、伊吹くんが何も気にしていないように口を開く。
「気まずいって、なんで。」
「さっきも言ったけど、伊吹くんの顔が整ってて、学校内では有名人だから。それと、まあ…………私がいるからっていうのもあるだろうけど。伊吹くんは気まずくならないの?」
「俺が有名人ねえ。そんな感じはしないけど。それに、いつも登校するときもこんな感じだし。慣れた。」
その言葉に、気にしていないようじゃないくて本当に気にしていなかったんだと納得する。
そうじゃないければ、相当な胆力を持っている。
周りのギャラリーどころか私まで気にもせず、なおも伊吹くんは質問する。
「つか、それよりもなんでお前俯くの?」
「伊吹くんには一生わからない理由かな」
どんどん近くなった教室に、さっきよりも早いペースで近づき、ガラリとドアを開けながらそう返す。
普通に入れる日が来たと一瞬思ったが、いやいや求めている状況が違うと首を振った。
(でも、これも伊吹くんがいてくれるおかげかも)
そんなことを思いながら、後ろ手でスッとドアを閉める。
これで外の人たちからの視線と聞き耳から逃げられると、そっと肩をおろした。
そう考えながら教室を見渡すと、呆然とした顔のクラスメイトと宮野先生が目に入る。
十秒カウントをしようぜと伊吹くんがこそっといったので、お望み通りカウントした。
だが、一向にみんなの様子が戻る気配はない。
朱莉と遥まで呆然としている。
説明したい気持ちをぐっとこらえ、とりあえず担任の元へと向かう。
いまだに口を開いたまま固まっている先生に向かい、私は声をかけた。
「先生。宮野先生」
「あ、ああ」
口を開けたまま返事ともつかないものを返し、宮野先生は私たちを見つめる。
「あの。伊吹くんが、授業に出てくれそうなんですけど」
「出てくれそうじゃなくて出るって言ってんの」
「途中で逃げ出すかもしれないでしょ」
「願い通り逃げてやろうか」
「願いじゃないしお願いだからやめて」
そんな軽口に、さっきよりもあんぐりと口を開けている担任とクラスメイト達に、二人は全く気付かない。
伊吹くんの言葉を軽くかわしながら、教卓の上の、出席簿を見ながらもう一度声をかける。
先生の気の抜けたような返事を聞きながら、私は『伊吹桜河』の列を見、そのあとに続く×だらけの欄を見てため息をついた。
やはり、今まで全然授業に出席していなかったようだ。
知らん顔をしている伊吹くんと、それをつつく私を見ながら、宮野先生は神妙な顔で一瞬黙り込み、そして────爆弾を落とした。
「お前ら、いつから付き合ってたの?」
その瞬間、中からも外からも大絶叫が響く。
その声で、私は廊下の窓が開いてることに気づいた。
廊下からの生ぬるい空気を感じながら、さて、どう説明しようかと頭をフル回転させる。
隣では、伊吹くんがペン回しをしていた。