夏休みが近づいてきている。
進路希望調査票をもとに三者面談が始まったり、五時間目と六時間目が希望の進路別に分かれた進路別講座になったりと、三年になると午後の時間割が不規則だ。
受験する人、就職する人、専門学校希望でほぼ進路が確定してる人、何も決められてない人──目的もそこに向ける感情もぐちゃぐちゃの教室は、ここのところずっと微妙な空気だった。
揉めてもないし、気まずくもない。特有の空気としか言えない、変な感じ。
先生達は、「毎年こうで、夏を越えるとだんだん変わっていく」と言っている。
そうした居心地の悪さを抱えながら迎えた、夏休み前の終業式放課後。
親の都合により行われた三者面談の帰り道、私は教室で、一人椅子に座る義野を見つけた。
「何してるの」
あまりにも深刻な表情だったからか、私はつい義野に声をかけてしまった。
彼の机には何か白い紙が置かれている。
「居残り、だな。このプリントを埋めないと帰ってはいけないらしい……君は?」
「私は三者面談の帰り」
「親御さんは?」
義野は、扉の側に立つ私の後ろを気にする。
「ちょっと揉めて先に帰ってもらった」
「どうして」
「親は進学希望。私はお金のことが気掛かりだし、親に迷惑をかけたくない。進学は希望しない。一騎打ち中」
義野はすぐ訊いてくる。
隠し事をするのは面倒くさい。はぐらかさず淡々と答えた。
「そうか」
綺麗事が好きな義野は、親に心配かけるな、とかやりたいことをやれとか言うんだろう。
そんな想像をしていたからか、彼の反応に拍子抜けした。
「うん……」
私はなんとなく、義野の前の席に座った。「プリントって何? 頼まれごと?」と尋ねながら視線を向け、言葉を止めた。
そこには白紙の進路希望調査票がある。
「これ出し忘れてたの?」
義野が忘れ物をするところなんて見たことがない。
先生にあてられたところを間違えるところも見たことがない。
テストだっていつも満点だ。デリカシーや心の機微が絡むこと以外で、失敗はない。
思えば今日の義野は、いつもと雰囲気も違う。さっきも進路について、「そうか」の一言だけだったし。
「いや、書けない。決まってないと言ったらとりあえず埋めろと言われたんだが」
義野はややあって、「何が正解なのか、さっぱりわからない。将来したいことも」と、しおれた花のように言う。
──何かしたいことはないの?
そう聞く前に、私はハッとした。
思えば義野は部活に入ってない。特段興味があることはなく 、故に中途半端でいてはいけないと、帰宅部を選んでいた。
「……何を望んでるんだろう」
義野がじっとプリントを見つめる。
「何が?」
「僕の進路、みんな、親も先生も、好きでいいと言うけど、失敗したくない」
先生は、夏を越えると変わっていくという。
でも夏を越えられない人はどうするんだろう。