「……でよ」
「えーっと、もう一回言ってくれるかな?」
「わたしの苦しみを、同じにしないでよ!!」
気付いたらそう叫んでいた、汐崎さんは何も悪くないのに。
自分の中でまた一つ、何かが音を立てて崩れた。
「もう疲れたの!! 誰の前でも完璧でいなくちゃ、完璧じゃないわたしは誰も求めてないって毎日、毎日自分に言い聞かせて。消えてしまいたいっていう自分を塞ぎ込んで、仮面をつけて、何事もないように振る舞って。それで私の裏の顔を見たからって助けたい? 救いたい? ふざけないでよ! もう手遅れなの! もう、わたしは救われないの!!」
初めて他の人に溢したわたしの毒。
それは一方的で、言ってる自分も少し申し訳なく感じてしまう。
でも、初めてこぼれたその痛みは止まることを知らない。
はじめましてから数時間しか経っていない人間に対してまでこんな強い口調で言ってしまう。
……突き放してしまう。
「だからもう、放って置いてよ……!!」
わたしはそれだけ言って、屋上を立ち去ろうとする。
でも、その行く手は汐崎さんが私の腕を掴んだことにより阻まれた。
「完璧で無くてもいいんだよ」
「……!!」
汐崎さんのその言葉にわたしはハッとさせられる。
私から完璧が無くなったらどうなるの?
わたしは何も無くなっちゃうよ?
「完璧な人間なんて存在しない、誰にでも欠点がある」
そう、誰にでも欠点がある。
その欠点が異常に少ない人を人間は勝手に『完璧』と名付けている。
「完璧じゃない神園さんを求める人が必要なら、俺が求める。どうか、一人で抱え込まないで」
汐崎さんの言葉がゆっくりと私の錆びついた鎖を解いていく。
汐崎さんの言葉がわたしの心を軽くする。
汐崎さんの言葉が……わたしが必要な存在だということ教えてくれた。
例え、それが完璧でない……不完全なものだとしても。
「……少しずつでいい、まずはその仮面から別れを告げよう。ありのままの自分で生きてみよう。難しかったら、最初は俺の前だけでいいから……俺の前だけでは偽らないでほしい」
「うん」
「そしたら一緒に光を見つけよう。自分が進むべき道標を、一緒に探そう」
「うん。そう……だね」
視界が滲む。
こんなのいつぶりだろうか。
私は泣くのを必死で堪えた。
まだ泣いちゃダメって偽っている私が囁いているように感じて。
そんな私を汐崎くんはふわりと優しく抱きしめる。
「……泣いてもいいんだよ」
その優しい一言でわたしの目に溜まっていたものが徐々に溢れ出す。
久しぶりの涙は中々、止まってくれない。
だからわたしは久しぶりに思いっきり泣くことにした。
声に出して大声で泣いた。
汐崎さんは何も言わずにトントンと規則的にわたしの背中を優しく叩くだけだった。
五分後、わたしはようやく泣き止み、自分のハンカチで涙を拭く。
「落ち着いた?」
「うん、だいぶ」
あぁ、涙なんてとっくのとうに枯れたと思っていたのに。
久しぶりに泣いちゃった。
でも、泣いた罪悪感はどこにも感じない。
むしろ今まで溜まっていた毒が吐けて、スッキリした気がする。
「さっきよりいい顔になったね」
「汐崎さんのお陰だよ。ありがとう」
「どういたしまして」
二人で笑い合うと、びゅうと強い風が吹く。
汐崎さんの前髪が風に波枯れて、一瞬だけ汐崎さんの素顔が確認できた。
彼がコンプレックスと言っていた見た目は整っていた。
しかし、彼の右目は緑色で左目が焦げ茶のオッドアイなのがはっきりとわかった。
これが彼がいじめられていた原因。
彼が……消えたいって思った原因だ。
わたしは一瞬、なんて声をかければわからず息が詰まった。
でももう、わたしは迷わない――。
「……わたしは好きだよ、汐崎さんの目」
「そう言われると嬉しいな。俺も自分を見つけてからはこの目、すごく大好きになった。……そう言えば、わたしの言い方が変わったね」
「多分、仮面をつけていないほうがわたし……かな」
「そっか、それじゃあ今は本当なんだね。俺、嬉しいよ」
「これも汐崎さんのお陰だけどね。……本当にありがとう」
わたしは汐崎さんにお礼を言うと、また二人で笑い合う。
……今日は久しぶりに心の底から笑えた気がする。
わたしの中で自分が大きく変わった一日だったと思う。
これからわたしは、光を見つけよう。
明日のわたしを作るために。
どんな道であってもわたしの意思があれば、それはわたしだけの道。
例え、最短距離じゃなくていい。
自分の信じた道を突き進めばいいのだから。
次は道を踏み外さないように、汐崎さんと一緒に。
わたしは今までの私に別れを告げるために息を吸う。
少しだけ息がしやすくなった気がした。