「今日は転校生を紹介します。汐崎、入ってくれ」

 先生の言葉でようやく、私は現実に引き戻される。

 ガラガラッ

 教室のドアが音を立てると、一人の男子が教室に入ってきた。

「……汐崎圭吾(しおざきけいご)です。宜しくお願いします」

 必要最低限の自己紹介を終えて、拍手が起こる。
 その後、教室の真ん中の方から何やら話し声が聞こえた。

「転校生の子、目が前髪に隠れてるよ」
「アレで前、見えるのかな?」
「いや、絶対に見えないだろ」

 そう、転校生の汐崎さんは目が前髪に隠れて見えなかった。
 別に校則に違反している訳じゃないから、わたしからしたら特にどうとも思わない。
 でもその見た目はある意味、注目を浴びるだろう。

「宜しくな、汐崎。それじゃあ席は……神園の隣に座ってくれ」

 先生がそう指示するが、汐崎さんは動かない。
 私はその様子を見て、手をあげて自分の場所を汐崎さんに伝えた。
 すると、汐崎さんはようやく私の隣へとやってくる。

「よろしくね、神園繭(かみぞのまゆ)って言います。何かあったら遠慮なく聞いてね」
「うん……」

 私がそう笑顔で言うと、汐崎さんは小さく頷いた。
 担任の先生が教卓の前で次々と連絡事項を言っていく。
 私はメモ帳を取り出し、メモを取った。

 私はいつも完璧で居なきゃいけないから。
 完璧じゃないわたしなんて誰も望んじゃいないから。

「わたしは完璧で……いなくちゃ」

 そんな小さな小さな声は曇り空へと消えていった。

「それじゃあ、ホームルームを終わります」

 担任の先生がそれだけ言うと、教室を去る。
 そして、クラスメイトは各々の友達の元へと行った。
 中には転校生というワードに惹かれて、汐崎さんのもとに行く者も少々。

 私はこのままだと邪魔になると思って、ベランダに出た。
 この学校は教室の外に小さなベランダがあって、お昼時になると此処で昼食を取る人も少なくは無い。
 私はベランダにあるお洒落な椅子に座って、灰色の空を見上げた。

「わたしの心と……同じ」

 そう呟いた声は相変わらず、親やクラスメイト、先生と接しているときの私とは打って変わって、別人みたいな低い声。
 本当は全部、言葉にならない毒を吐き出してしまいたい。
 でも、そんなことをしたらみんなの迷惑になる。
 わたしのこの顔を知って、私しか知らない人間は失望する。
 私は完璧じゃなくなる。
 そんな私は誰からも必要とされない。
 だから、この毒は死ぬまで心の中にしまっておくの。

「いっそのこと、消えられたらな」

 そんな願っても叶わない独り言。
 生きたって苦しい、消えたら迷惑が掛かる。
 じゃあ、わたしはどうするのが正解なの?

「……わかんないな」

 そう、答えはわからない。
 わたしはわからない中、生きている。
 わたしの中に光は無い。
 上も下も右も左もわからないような状況でわたしはずっと立ち止まっている。
 藻掻こうとすると、足掻こうとすると……もっと深い闇に堕ちていってしまいそうだから。

「あーあ」

 わたしはそう嘆く。
 嘆いたって何も変わらないのに。

「わたしだけ消えるか、私以外みんな消えちゃったら……ちょっとは楽になれるのかな?」

 さっきから何一つ変わらない灰色の曇り空を見つめながらわたしは少しだけ毒を吐く。

 そんなこと……ある訳ないのにね。

 有り得ない想像をわたしは脳内から削除する。
 ふと、いつも身につけている腕時計で時刻を確認する。

 ……そろそろ一限目が始まる。
 着席しておかないと。

 そう思ってわたしは教室の中に戻る。
 それと同時にわたしは見えない仮面を再度つけた。