「ねぇねぇ、お父さん、お母さん。わたし、また満点取ったよ!」
「おぉ! 繭はすごいな」
「流石、繭だわ。なんて言ったって私達のお姫様だものね」
「……! わたし、もっと頑張るね!」

 幼い頃のわたしは親に褒められるのが嬉しくて、テストでいい点が取れるとよく親に見せていた。
 褒められて嬉しくなって、次のテストも頑張って……。
 そんな日々が永遠に続けば良かった。
 しかし、人の感覚はいつか麻痺する。

「この前のテスト、何点だったの?」
「全教科満点だったよ、初めてこんないい点数取れたから嬉しかったな」
「そう、お母さんのお人形はそうでなくっちゃ。いつでも、完璧。次もその調子でやりなさい」
「そうだな。大学入試の勉強は順調か?」
「うん、順調だよ。お母さんに買ってもらった参考書も全部解いたよ」
「そうなのね。それじゃあお母さんがまた、新しい参考書を買ってあげるわね。……いい大学に行けるように。そしてなりたいものになれるように、きちんと勉強しなさいね?」
「うん、わたし……頑張るね」

 テストの点数を聞かれてわたしは笑顔で答える。
 その完璧は親の中では当たり前と化していた。
 お姫様……そんな言葉はいつしかお人形に変わってしまった。
 わたしはお人形、だからいつでも完璧でなくちゃいけない。
 お人形は自分の意思では動かない、その従順さも含めてすべて完璧。
 わたしが親に意見を言うなど、到底許される行為ではなかった。
 でももし、わたしがいい子で頑張ったらいつかいい大学に行けて、いい就職先につけるから。
 いい未来が待っているはずだから。
 だからわたしは……。

「あれ……?」

 自室に戻ったわたしは違和感を覚えた。
 いや、性格には親に『なりたいものになれるように』と聞かれたときに、自分の心がろうみたいに冷え固まっていくのを感じた。
 目の前にあるのは参考書に教科書、塾の課題に問題集……。
 勉強ばかりのわたしの辞書に趣味と言う文字は存在しない。
 でも、それがいけなかった。
 ある時、自分の中で形成していた何かが壊れる音がした。

「わたし……何が趣味だったっけ? 何に……なりたかったっけ?」

 勉強しかやってこなかった私はいつしかその先にあるもの……将来なりたいものに疑問が浮かんだ。
 でももう、手遅れだと直感的に感じる。
 脳内の思考が止まる。
 わたしの脳内はもう使い物にならなくなる。

「あれ、おかしいな……」

 わたしはお人形、わたしはお人形、わたしはお人形……。
 苦しいときはそう唱えていればいつもどおりに生活出来ていた。
 でも、今回に限っては心が苦しくなっていくばかりだ。

わたし(ワタシ)って……神園繭って何者?」

 わたしは完璧を追い求めすぎたが故に、自分の存在がわからなくなってしまったのだ。
 世界が一気にモノクロに見えた。
 いつもしているはずの息の仕方がわからなかった。
 お腹のあたりがグルグルして気持ち悪い。
 ふと、鏡の方を見てみる。
 鏡はいつもどおり自分の姿を映していた。
 わたしの目には……ハイライトがなかった。

 わたしはあれ以来、親やクラスメイト、先生、初対面の人まで一人の時以外はこんな自分を隠すために仮面をつけるようになった、自分を偽るようになった。
 今までの『いい子で完璧な私』を演じるようになった。
 裏の自分……とでも呼べばいいのだろうか。
 あんな自分を晒すわけには行かない。
 晒したら今までわたしが作ってきた完璧な『私』を自分の手で崩すこととなる。
 そうしたらまた、わたしがわたしじゃ無くなる気がして――。