あれから1年、僕は「普通」の社会人をしている。ハーフというステータスは女性受けが良いらしく、時々好意を向けられる。「普通」の男性ならば、デートの1つでもするのだろう。けれども、千尋以外の女性と恋人になる気はさらさらなかった。あれほど「普通」を望んでいた僕が、「特別」な彼女だけの「特別」になりたかったなんて、とんだ矛盾だけれども。

 今日の帰り道、塀の上で白い野良猫があくびをしていた。僕に気づいてちらりと一瞥した後は、自由気ままにどこかへと軽やかに走り去っていった。

 千尋は今、どこにいるのだろう。僕の母の生まれ故郷のロンドンだろうか。千夜一夜物語の舞台である中東だろうか。いずれにせよ、千尋とはもう逢えないのだと思う。
 それでも、千尋と過ごしたあの夜の色の右目と、愛した千尋の魂の色をした左目とともに、僕は何千夜も何万夜も生きていく。大嫌いだった僕の瞳の青を好きだと言ってくれた千尋。黒を平凡な色から僕だけの特別な色に変えてくれた千尋。僕の瞳に物語をくれたシェヘラザード。

 彼女は来世、猫に生まれ変わるのだと思う。それならば僕は、君の鈴に生まれ変わりたいと願った。