合宿の夜といえば大宴会だ。千尋はカルーアミルクをなめる程度に飲んでいた。がやがやとうるさい中で、千尋が僕にささやいた。
「ちょっと、外の風に当たらない?」
突然の誘いに、心臓が壊れそうになった。心なしか猫なで声に聞こえた。好きな女の子から飲み会を2人きりで抜け出す誘いを受けて、断る男がいるだろうか。僕たちはこっそりと星空の下へと向かった。
「私と今夜だけ恋人になって」
夜風に髪をなびかせながら、千尋が言った。官能的な言葉の響きに、眩暈がした。僕の青い目も黒い目もチカチカした。
「女の子が、そういうこと言うものじゃないよ」
ドギマギとする僕を見て、千尋はくすりと笑った。
「変な意味じゃないよ。亜漣も男の子なんだねぇ」
僕をからかう千尋は魔性のペルシャ猫に見えた。酔っている僕に、千尋から与えられる熱は劇薬のようなものだ。千尋が僕の手をひいて歩き出す。滝のような手汗は夏の暑さのせいにしようとしたけれど、言い訳の言葉ひとつ出てこなかった。
「恋人同士っぽいことその1。手をつないでみました」
いたずらっぽく笑う千尋と対照的に、僕は柔らかい手の感触に脳の領域のすべてを支配されていた。昼間に僕を釘づけにしたあの細い指を絡めてくる。周りの景色なんて見る余裕がなかった僕は、浜辺まで来てようやく、宿からだいぶ歩いてきたことに気づいた。
「僕のこと、からかってる?」
「冗談でこんなことしないよ」
ふいに、千尋が僕の頬にキスをした。
「亜漣はキス、初めて?」
「まさか……こんなの挨拶だよ……」
女の子に主導権を握られるのが悔しくて、僕は虚勢を張った。少なくとも千尋とするキスは絶対に挨拶なんかじゃないのに。誘惑するように目を閉じる千尋と唇を重ねた。
「恋人同士っぽいことその2。キスしちゃったね」
秘めた想いを千尋に伝える千載一遇のチャンスだというのに、「好きだ」の一言も言えない。代わりに何度もキスをした。「今夜だけ」の意味なんて知りたくなくて、彼女の唇をふさいだ。
彼女の吐息は、まるで泣いているようだった。見つめ合うたびに、彼女は何かを言おうとしてはやめた。僕を魅了した強い目力を持つ瞳が、悲しみを訴えているように見えた。話す間も与えずに彼女の唇を奪っておいて都合のいい話だけれど、このまま曖昧にすることは僕の良心がとがめた。
「やっぱり、恋人同士だったら、本音で話さないと」
どうして、2人で抜け出そうなんて言ったのか。どうして、一夜だけなのか。よせばいいのに、彼女に問うてしまう。千尋の柔らかい唇が言葉をつむいだ。
「少女でいられる最後の日に恋をしたかったから」
「ちょっと、外の風に当たらない?」
突然の誘いに、心臓が壊れそうになった。心なしか猫なで声に聞こえた。好きな女の子から飲み会を2人きりで抜け出す誘いを受けて、断る男がいるだろうか。僕たちはこっそりと星空の下へと向かった。
「私と今夜だけ恋人になって」
夜風に髪をなびかせながら、千尋が言った。官能的な言葉の響きに、眩暈がした。僕の青い目も黒い目もチカチカした。
「女の子が、そういうこと言うものじゃないよ」
ドギマギとする僕を見て、千尋はくすりと笑った。
「変な意味じゃないよ。亜漣も男の子なんだねぇ」
僕をからかう千尋は魔性のペルシャ猫に見えた。酔っている僕に、千尋から与えられる熱は劇薬のようなものだ。千尋が僕の手をひいて歩き出す。滝のような手汗は夏の暑さのせいにしようとしたけれど、言い訳の言葉ひとつ出てこなかった。
「恋人同士っぽいことその1。手をつないでみました」
いたずらっぽく笑う千尋と対照的に、僕は柔らかい手の感触に脳の領域のすべてを支配されていた。昼間に僕を釘づけにしたあの細い指を絡めてくる。周りの景色なんて見る余裕がなかった僕は、浜辺まで来てようやく、宿からだいぶ歩いてきたことに気づいた。
「僕のこと、からかってる?」
「冗談でこんなことしないよ」
ふいに、千尋が僕の頬にキスをした。
「亜漣はキス、初めて?」
「まさか……こんなの挨拶だよ……」
女の子に主導権を握られるのが悔しくて、僕は虚勢を張った。少なくとも千尋とするキスは絶対に挨拶なんかじゃないのに。誘惑するように目を閉じる千尋と唇を重ねた。
「恋人同士っぽいことその2。キスしちゃったね」
秘めた想いを千尋に伝える千載一遇のチャンスだというのに、「好きだ」の一言も言えない。代わりに何度もキスをした。「今夜だけ」の意味なんて知りたくなくて、彼女の唇をふさいだ。
彼女の吐息は、まるで泣いているようだった。見つめ合うたびに、彼女は何かを言おうとしてはやめた。僕を魅了した強い目力を持つ瞳が、悲しみを訴えているように見えた。話す間も与えずに彼女の唇を奪っておいて都合のいい話だけれど、このまま曖昧にすることは僕の良心がとがめた。
「やっぱり、恋人同士だったら、本音で話さないと」
どうして、2人で抜け出そうなんて言ったのか。どうして、一夜だけなのか。よせばいいのに、彼女に問うてしまう。千尋の柔らかい唇が言葉をつむいだ。
「少女でいられる最後の日に恋をしたかったから」