幼い子供の世界に比べて、大学という空間は異端者に寛容だ。全国各地から集まった生徒が方言を話す。留学生やだいぶ年上の生徒も少なくない。たとえ髪を緑色や紫色に染めたって迫害されない。僕のサークルは特に、世間では変わり者扱いされる人間の集まりだった。共感覚者であることは打ち明けなかったが、気を張らずに生活できた。
 離島出身で今まで出会った中で一番のアニメ好きの吉川と、元々先輩だったけれど一年留年して同学年になったヤマさんと特に仲良くしていた。
「留年したら親に仕送り止められたんだけど。最悪」
「うわっ、それキツイな。ドンマイ」
「同情するなら食い物をくれよ」
「今カロリーメイトくらいしか持ってないけど、いる?」
「いるいる。アレンやっぱり神だわ、サンキュー。そうだ、一年生のフリして他所のサークルの新歓飲み会でタダ飯食いに行けばよくね?俺天才だ」
「推し活あるからパス」
「吉川薄情すぎる。アレンは来てくれるよな?」
「さすがにバレると思うけどな……」
 髪をこだわりの緑色に染めるお金が無くなって抹茶プリンみたいな髪になっていたヤマさん。普段は口数が少ないくせにアニメを語るときだけ信じられないくらい饒舌になっていた吉川。吉川も推しキャラと同じ色にしたいという理由で紫色に髪を染めていた。まるで蝶みたいにカラフルな髪をした友人と、温室のようなサークルで自由気ままに過ごす日々はとても居心地がよかった。
 でも、いつまでも桃源郷にはいられない。色とりどりの蝶たちも、やがて黒いスーツをまとって働き蟻へと擬態する。髪を黒く染め戻して、就活に翻弄される日々が続いた。
「やってらんねえ」
 リクルートスーツのネクタイを緩めて、部室で吉川がぼやいた。
「本当それな。千尋が羨ましい。外資の内定とって就活終わりだってさ。流石だよな」
 ヤマさんを含め、皆千尋には一目置いていた。千尋は同期で1番優秀だった。三年生のうちにいち早く、超一流企業の内定をとり、4年生の前期で卒業単位を取り揃えた。僕たちが企業の説明資料を真っ黒な鞄に詰め込んで疲弊している傍ら、就活戦線を一抜けした千尋はカラフルな私服でキャンパスを軽やかに歩いていた。彼女がお気に入りのバッグにつけていた大願成就のお守りについた小さな鈴の音が再び聞こえるようになった。
「海外転勤って楽しそうだよね。ワクワクする」
 二年生の頃からそう言っていた千尋が入ったのは若いうちから海外出張がたくさんあるようなグローバル企業。見事に有言実行した。千尋は社会人になったら世界を飛び回るのだろう。
 千尋に少し遅れて僕たちも無事内定を取った。
「内定おめでとう。お疲れ様」
 小さな鈴の音と共に部室に来た千尋が、パウンドケーキをくれた。行きつけの洋菓子店の新商品らしい。ドライフルーツがたっぷり入ったそれは、シナモンに少し似ているけれど名前の分からない香辛料が効いていた。
 就活期間の様々な抑圧から解放された同期の面々は、反動で連日連夜飲み会を楽しんだ。僕たちは、ネバーランドの夢の世界からさめる前の最後の夏を謳歌していた。