器に目をやる。ここには幸せが沢山詰まっている。この輝きを見て、僕の幸せはすぐに頭に浮かんだはずだ……そうだ。僕の幸せはもう、決まっている。

「仲田さんを幸せにして下さい」

天に向かって決意と共に願いを告げた。何もうだうだ考える事など無かったのだ、すでに答えは決まっていたのだから。僕の幸せは仲田さん。幸せな笑顔の仲田さんだ。

仲田さんと出会えて、沢山の言葉を貰えて、仲田さんが僕を幸せにしてくれた。だから次は僕から仲田さんに幸せのお返しがしたい。今の避けられている僕には不可能な事でも、ここで願えば可能になる。

「それで良いんだね?」

念を推す天の声に、お願いしますと答えると、前も見えないくらいの眩い輝きが弾けると共に、僕は目を覚ました。机の上にはもうガラスの器は無くなっていて、これで全てが終わったのだと思うと、なんとなく肩の荷が降りた様な気持ちになった。

僕は、心からの言葉をくれる仲田さんが好きだ。もし僕の思う様に心を変えてしまったとして、その仲田さんがありがとうと言ってくれた時、それを本当に心からの言葉だと受け取る事が出来るのかと考えたら、そんな事をしたって虚しいだけだと気が付いた。仲田さんにはずっと、仲田さんのままでいて欲しい。

どうか仲田さんが幸せでありますように。

いつもよりまだ少し早い時間だったけれど、身支度を済ませて登校した。たまには良いだろう。今日は全てが終わった日なのだから、余韻に浸る余裕が欲しかった。

「……坂下君?」
「!」

昇降口に入ってすぐの場所。まだ早く、誰も登校していないような時間なのに、仲田さんはたった一人でそこに居た。

「仲田さん、どうしたの? 早いね」
「あ……うん。ちょっと用があって」

気まずそうにする仲田さんに、それじゃあと、僕は早々に立ち去る事に決めたけれど、待ってと静止の声が掛かる。ピタリと足を止めて彼女を見ると、僕の事を見据える瞳とバチっと目が合った。

「違うの。えっと、坂下君に用があるの」
「……僕?」

まさか僕だとは。一体何の用だろう……嬉しいけれど不安になる。もしかして夢の中で願ったせい? だとしたら仲田さんが幸せになるはずだから、気まずい僕に用があるなんて……まさか、今から絶縁宣言でもされるんじゃ……いやそうだ、絶対にそうだ。

自分の願いがこんな形で返ってくるなんて思いもしなかった。まさかそこまで嫌われていたなんて……仲田さんの幸せの為に僕は今から、仲田さんとさよならをしなければならないのか。

「あのさ、最近ごめんね。私、変な態度取っちゃってたよね」
「あ、いや、別に……大丈夫だよ」
「大丈夫なの? そっか……でも、私は大丈夫じゃなくて……」

え! 大丈夫じゃない? 思いもよらない答えとどこか落ち込む仲田さんに、もう何が何だか分からなくなる僕だったけど、彼女は切り替えた様に、「あのね、坂下君」と話を続ける。

「私ね、坂下君が優しい人だって知ってたの。だから坂下君がお手伝いを始めてから、話しかけるチャンスが来た!って嬉しくて、お礼を言えるのがすごく楽しみだったんだ」
「え? う、うん。ありがとう」
「でもね、仲良くなるうちに、本当に言いたい事はこれじゃ無いって気持ちがなんか、坂下君と会う度に溢れちゃって、ありがとうすら上手く言えなくなっちゃって……ごめんね、嫌な態度だったよね」
「……そう、だったんだ……」

ここでようやく、今が何の話で、今まで何が起こっていたのか、僕の中で辻褄が合った。仲田さんのありがとうで幸せの音が鳴らなくなったのは、他に伝えたい言葉が心に支えていたからだったのだ。それでは思いがこもらないはずだ。素直で誠実な仲田さんなのだから。

「うん。そしたら何でも言ってよ。あ、言い辛いんだっけ……僕はいつでも何でも仲田さんには言って欲しいと思ってるし、言えないで辛そうな方が悲しいけど……」
「……うん、ありがとう」

返って来たのは、ぎこちない笑顔だけだ。まだ言えない、という事だろうか。あー、僕って本当にここぞという時にちゃんとした言葉が出ない奴だ。もっと端的に、簡潔に伝えたい言葉がある。

「えっと、仲田さん。仲田さんの言葉は全部僕を幸せにしてくれてるよ。仲田さんが心からの言葉を全部僕にくれたら、それで仲田さんが幸せになるなら、それが僕の幸せなんだよ」

だから仲田さんは安心して言って下さいと、勢いのままに覚悟を決めた。これで僕達の関係も終わりかな。仲田さんが幸せならばと、諦めた僕の目の前で、仲田さんは目を一回り大きくさせて息をのむ。

「……じゃあ、幸せになる為に今、ずっと胸に引っかかってた言葉、言っても良い?」

深呼吸をした彼女の目は真剣で、僕は大きく頷いた。息を吸う音が聞こえる。

「好きです。坂下君が大好き」
「……へ?」

今、何て?

「い、言えたー、良かった! 本当はずっと心の中で言ってたんだ、ありがとうじゃなくて大好きって。ずっと口に出して言いたかったの。ただそれだけ!」
「え? あ、え?」
「あ、坂下君が私の事そういう風に思ってないの分かってるから。でももう言っちゃえ!って、なんとなくタイミングが来てさ。でも本当に良かった、偶然朝早く坂下君も来たし、なんか運命かなって……い、いやっ、それは気持ち悪いよね、ごめんね! えっと、だからその、そういう事なので!」

呆然と立ち尽くす僕に早口で捲し立てる様にいう仲田さんの顔は真っ赤で、じゃあねと急に走り出すので、ハッと我に返って慌てて追いかけた。

言い逃げなんてズルい。いや、混乱してぼんやりしてしまった僕も悪いけども、だけど! このまま逃がす訳にはいかない!

階段を駆け上がり、彼女を追いかける。陸上部の仲田さんだろうと関係ない。ここで追いつかなければ意味が無い。仲田さんを幸せにして下さい? ……違う。僕が仲田さんを幸せにしたい。それが僕の願いの答えだ!

「あのね! 仲田さん!」

僕の想いよ、君の心へ届け! そう、手を取り振り返った彼女の赤い顔を見て強く願う。

君へと届いたその時は、どこかで幸せの音が鳴っていますように。僕達の心にある幸せの器にはきっと、二つ分の綺麗な輝くガラス玉が貯まっているはずだから。

「僕も、仲田さんが大好きです!」