どこにいても、何をしても、いつもどこか息苦しい―こんな自分のことが大嫌いだ。

学校にいても、家にいても、友達といるときもどんな時でも自分じゃない自分でいなければいけない。学校では優等生、家ではおとなしいまじめ、友達といるときはお調子者。どれも本当の自分じゃない。周りに合わせて本心を隠し続けている。そのせいなのかいつも息苦しさを感じる。

6限終了のチャイムとともにクラスメイト達は一斉に動き始める。クラスメイトの動きは様々で、一目散に帰る人や、友達としゃべる人、部活の服に着替えをする人などがいる。

そんな中僕は家に帰るために鞄に荷物をつめた。教科書を鞄に詰めているとクラスメイトの咲玖がこっちに来て話しかけてきた。咲玖はクラスの中心的な人物で生徒から先生まで幅広い人たちから慕われている。きっと彼は素であの性格なんだろう。彼はいつも笑顔を周囲に振りまいていて彼の周りはいつも笑顔が絶えない。

「今日、拓海とかとゲーセンに行くけど海渡も一緒に行かない?」

咲玖はニコニコしながら僕の返事を待っている。この誘いに対する答えは初めから決まっていたが僕は少し悩んだふりをして笑顔でこたえた。

「今日は遠慮しておくよ」

そう僕が言葉を返すと、彼は笑顔を崩さずいった。

「そっかあ、また暇な時があったら言ってよ。その時遊びに行こ」

そういって咲玖はほかのクラスメイトのほうへと向かっていった。
せっかく誘ってもらったのに断ったことの罪悪感があったがお調子者という仮面をかぶり続けるのを僕は疲れてしまった。最初の1か月は楽しかった。でもある日お調子者という仮面にひびが入ってしまった。僕は疲れてしまったのだ周りに合わせて無理にテンションを上げることに……。

荷物をまとめ終わった僕は教室を後にした。僕の教室は4階にありまあ階段がきつい。僕は1階にも教室があるのだからわざわざ4階にする意味がないだろと心の中で不満をこぼしながら階段をおりた。

階段を下りていると英語教師の谷川先生に声をかけられた。

「おーい四宮。ちょっとノートを運ぶのを手伝ってくないか?」

「えーどこまで運ぶんですか?」

僕は1度立ち止まり階段の壁にもたれかかりながらだるそうに聞いた。

「2年5組までだ」

「わかりましたよ。その代わり成績アップさせといてくださいよ」

僕は冗談交じりに微笑を浮かべながら言った。

「いや、それをしたら俺の教師としての立場がなくなるからジュース1本でどうだ?」

「それで先生の持ってるノートを半分持てばいいんですよね」

「ああ、助かるよありがとう」

僕は階段の壁から離れて谷川先生の持っているノートの半分くらいを持った。2年生の教室は別の棟3階にあり少し遠い。無言でノートを運んでいると谷川先生が口を開いた。

「あのさ、俺の勘違いだったら気にしなくていいし、四宮の事だから嫌だったら深く追求しないけどクラスでキャラ作って本心を隠してるだろ」

「なんでそんなこと思うんですか?」

僕は何この人エスパーか何かかよと心の中で突っ込みながら聞き返した。

「学生時代の俺に似てるのと長年の教師の勘だ」

谷川先生は笑いながら言った。

「いやいや、先生まだ教師3年目でしょ。とにもかくにも僕は僕ですから」

僕も笑いながら言った。

「まあ、人間は相手によって態度を変えたりキャラを変えたりしないとやっていけないからな。まあでも、自分の本当の感情を吐き出すところは作っておかないと……キャラを作って疲れをためるだけじゃいつか人間は壊れてしまうからな……」

谷川先生はまじめな顔で遠くを見ながら言った。

話しながら歩いていると気が付けば2年5組の教室の前まで来ていた。

「ごめんな暗い空気にしちゃって。まあ、四宮には咲玖と道長たちがいるし何かあっても咲玖と道長たちは受け入れてくれるから大丈夫か」

「いえ、気にしないでください。それに咲玖は僕の不満も聞いてくれるんで心が壊れる前に咲玖に相談しますよ。それでこれはどこに置いたらいいですか?」

「ああ、教卓の上に置いておいてくれ」

僕は教科書を教卓にそっと置きふと教室の時計を見ると時計の針が4時を指していた。特に予定はないが咲玖からの誘いを断っているのに学校に長居するのは気が引けるので早く帰りたい。

「それじゃあ僕はもう帰りますね」

「手伝ってくれてありがとう。気を付けて帰れよー」

「了解ですー」

そういって僕は教室を出た。来た道を戻り昇降口を目指す。

昇降口に着き靴に履き替えると下駄箱の反対側から男子生徒の話し声と笑い声が聞こえてきた。彼らは偽りの仮面のかぶって話しているようには思わなかった。そう、男子生徒の笑い方は心から笑っている笑い方だった。それは昇降口中に響いていたためよくわかった。なぜ本当の自分を人に見せれるのか僕には理解ができなかった。僕はそんなことを考えながら昇降口を出た。

自転車置き場に着き自転車の鍵を開ける。そして僕は自転車をこぎ始めた。僕は家から学校までは自転車で行ける距離にあり自転車で40分走ると学校に着く。だけど時間がないときや遅刻しそうなときは電車のほうが早いので電車で学校まで行っている。

いつも通りの景色、いつも通りの行動。このままいつも通りを繰り返し僕は変わることなく自分を取り繕って高校生活を終わるんだと思うと憂鬱になる。ため息を吐きながら自転車をこぐ。自転車をこいでいるとふと先生の言っていた言葉が脳裏に浮かぶ。本当の自分でいられる場所なんてあるのだろうか?僕は答えが出ず考えを紛らわせるために自転車のスピードをあげた。しばらく自転車をこいでいたら僕の家が見えてきた。

僕の家は一軒家で父、母、僕、弟、祖父、祖母の6人で暮らしている。正直家は6人で住むのにはすこし狭いがまだ許容範囲だ。

自転車を車庫に止めて家のドアの前で座り鞄の中を漁り鍵を探す。家の鍵をみつけ、家の鍵をあけ家の中に入る。家の中に入った瞬間体にたまっていた疲れが一気に押し寄せてきた。自然とため息が出る。

僕は家に帰っても特にすることはない。何かをしても大した結果は出せないし、自分には努力する才能がなくただ時間を浪費するだけだと感じてからは何もしなくなった。毎日家に帰ってからはベッドに倒れ込みそのまま寝てしまう日々が続いている。

僕はだるそうにどすどすと音を立てながら階段を上った。階段を上ると正面、右、左にそれぞれ部屋があり、僕は右の部屋のドアを開け部屋に入る。ドアの近くにベッドがありそのベッドに倒れ込む。ベッドで横になると疲れのせいなのか急に睡魔に襲われた。そのまま僕は深い眠りについてしまった。

「海渡ごはんできたよー」

祖母の声で目が覚めた。スマホで時間を確認すると夜の7時だった。どうやらベットに倒れ込んですぐに寝てしまったらしい。僕はベッドから起き上がり1階へと向かった。

1階に降りてご飯の準備をする。机に茶碗と箸をを並べ、父、祖母、祖父、弟が座っている。テレビの音と父と弟の話し声が部屋中に響く。

「翔也、ちょっと塩とってくれない?」
僕が弟にそう伝えると「めんどくさ」と不満をこぼしつつもとってくれた。

一見良好な家族関係に見えるかもしれないがぜんぜんそんなことない。少ししたら母が2階から降りてきた。母は台所に行きご飯の準備をしている。
「うわ、下りてきた」
母が2階から降りてきた瞬間祖父が文句を言う。良好ではない理由はこれだ。

母は学生時代いじめられており、その影響でとてもネガティブな性格になってしまったということを小学生の時に母に教えてもらった。祖父と祖母は母のことをよく思っておらず母が何か失敗をするたびに母を馬鹿にする。そして母がそれを聞き母のストレスがたまる。昔はもっとひどくて母は「私なんか死んだほうがいい」が口癖になっていた。またある時には母が包丁を持ち出したりもした。子供の僕にはとても怖い出来事だった。

おそらく祖母と祖父は母が昔にいじめられており心が弱いことを知らない。でも、どうして人を思いやることができないのかと心底あきれる。祖父も祖母も別に悪い人じゃない。僕は昔から祖父と祖母には優しくしてもらってるし、弟も祖父と祖母を慕っている。

僕はただ家族仲良くしたいだけなのに……。僕がどうにかしたらいいのかもしれない……。でも、この暗い空気は覆せる気がしなかった。

長い間放置されてきたこの最悪の空気は重く暗いものであり簡単には消えることはないだろう。僕はいつの日かみんなで笑いながら食卓を囲めることを願っている。

僕はご飯を食べ終わり食器を洗ってからすぐに自分の部屋に戻った。僕は基本的にはこの部屋に引きこもっている。

何もする気が起らず再びベットにごろんと寝っ転がる。

かすかに下の階から父と弟の笑い声が聞こえる。弟は家族のだれとでも仲が良く父だろうが母だろうが同じように接することができる。その点僕は日常生活の支障がない程度しか家族と話していない。僕は嫌気がさしてしまったのだ。この仲の悪い家族に……。

1時間くらいベッドで横になってボーとしていると父の呼ぶ声が聞こえた。

「海渡ー。お風呂空いたから入ってー」

僕は最低限の返事だけをした。

「わかった」

そして僕はだるそうにゆっくりとベッドから起き、タンスを漁ってバスタオルとパジャマを探した。バスタオルとパジャマを見つけ僕はお風呂に入るべく下の階へと降りた。
 
僕はお風呂場につき服を脱ぎ地面に放り投げる。
家の風呂は大きすぎず小さすぎずといった人ひとりが入れるくらいの大きさだ。シャワーの水をだし体と頭を洗う。体と頭が洗い終わったら湯船につかる。温かい湯船につかり心が落ち着く。

10分ほど湯船につかって僕はお風呂を出た。僕はバスタオルをお風呂場の棚から取り出し髪と体を拭いていった。体を拭き終わり次は棚からドライヤーを取り出し、ドライヤーを10分ほどかけて完全に髪の毛が乾くのを確認してくしを使って髪の毛を整えていく。髪を整え終わったら鏡をみて自分の姿を確認してからお風呂場から出た。

お風呂場から出た僕はリビングに行った。僕は父にお風呂からあがったこと伝え食器棚からコップを取り出し、お茶をコップに入れて自分の部屋に戻った。

自分の部屋に戻って時計を見ると時間が9時になっていた。僕はベッドの前に行き何も考えずにベッドにとびとんだ。そして僕はそのまま寝てしまった。

うるさい電話の着信音で目が覚める。僕はまだ寝ぼけて霞んでいる目をこすりながらスマホの画面を確認して誰からの電話かを確認する。スマホの画面には谷川という名前が表示されていた。僕はなんでこんな朝から電話がかかってくるんだと疑問に思いながら名前の下にある応答のボタンを押した。

「お!やっと起きたか」

「こんな朝っぱらから電話してきてなんなんですか……僕寝起きなんですけど……」

「四宮、そろそろ目を覚ませよ。一回自分の部屋の時計をみてみろよ」

電話越しでも谷川先生のあきれている感じが伝わってきた。そして僕は谷川先生に言われた通り時計をみて目を見張った。時計を見ると11時を指していた。

「四宮、今が何時かわかったか?」

「11時……ですね……」

「どうする?今日は学校休むか?休むなら俺から担任に連絡しておくけど」

「行きます」

「そうか。じゃあ、ゆっくりでいいから気を付けて来いよ」

そういって谷川先生は電話を切った。そしてスマホの通知画面を見ると担任からの電話とクラスメイトからのLINEが来ていた。僕はベッドから出て大きな伸びをしてから洗面所に向かった。

水道の蛇口をひねり水を出して水を手ですくい顔にばしゃっと水をかけた。正面にある鏡を見ると少し寝癖がついていたので櫛で直し、これで良しと心の中でいい、僕はリビングへと向かった。

リビングの机の上にはお弁当が1つぽつんと置かれていた。どうせ学校に行っても5限からなのでご飯は家で食べていくことにした。テレビをつけたがニュースや通販番組しかやってなかったのでテレビを消した。静かな部屋で寂しくご飯を食べるのは嫌なので僕はスマホで動画配信アプリを開き適当に動画を流した。

ご飯を食べ終わったので弁当を洗って学校に行く用意をした。すべての準備が終わったのは12時30分くらいだった。今日はなるべく早く学校に行きたいから電車で行くことにした。ギリギリ乗る予定だった電車に乗れそうで安心する。家を出る前に鏡で自分の容姿を確認して問題がなかったので誰もいない家に「行ってきます」とだけ呟いて家を出た。

乗る電車が時間ギリギリなので全速力で自転車をこぐ。

そして駅に着いたのは電車到着の1分前だった。全速力で来たせいなのか朝に直した髪の毛が寝癖よりひどくなっていた。僕はスマホでカメラを起動しそれをかがみ替わりにして髪を直した。髪を直し終わるのとほぼ同時くらいに電車が来た。僕は電車に乗りドアから1番近い席に座った。

何も考えずにぼーと窓を眺めていると10分ちょっとで学校の最寄り駅に着いた。電車を降り改札へと向かう。

駅の時計を見ると12時45分だった。この駅から学校までは5分くらい着くので5限の授業までには間に合うだろう。僕は5限の授業を思い出しながら学校へと歩を進めた。

がっこうに着き昇降口で靴からスリッパに履き替える。スリッパに履き替え自分の教室を目指した。

教室に着き、朝からいたかのように自然に教室に入った。教室に入り自分の席で授業の準備をしていると咲玖が声をかけてきた。

「今日遅かったけど寝坊か?」

「うん。気づいたら11時やったわ」

僕は笑いながら返した。

「なんか今日ぜんぜん声が笑ってないぞ」

「ほんとに?いつもと変わらない気がするんだけど」

「疲れてるんじゃない?何かあったら助けになるから言ってよな」

咲玖は笑顔で言った。もしかするとこうやって本当の自分を隠して偽りの仮面をかぶり続けてるにストレスが溜まっているのかもしれない。やっぱり咲玖たちとは本心で話すべきなのだろうか……。でも、もしそれで咲玖たちに嫌われたらどうしようと思ってしまう。

「……ーい、おーい海渡大丈夫か急にそんな思いつめた顔して。何かあるんだったらほんとに些細なことでもいいから相談してくれよな」

咲玖は心配そうな顔で僕を見つめていた。僕は咲玖を安心させるためにさっきよりも笑顔な感じで笑いながら言った。

「頼りにしてるよ。ところで、5限の授業って何か知ってる?」

「ああ、5限は時間割変更があって英語になったよ」

「マジか……。絶対に谷川先生になんか言われる」

「なんでだ?」

咲玖は不思議そうに聞いてきた。

「今日、実は昼に谷川先生から電話が来てそれで起きたんだよね」

「それは絶対なんか言われるな」

そんなこんな咲玖と談笑をしていると5限開始のチャイムが鳴った。少し遅れて谷川先生が慌ただしく教室に入ってきた。

「……はあ、マジで……この学校階段きつくない」

谷川先生は息を切らしながら言った。それにクラスメイトが反応する。

「マジでそれな。先生校長に言ってやってくださいよ」

「立場上逆らえんよ。目上の人には逆らわずいい子にするのが大人の基本的な生き方だぞ。社会人って大変だよな。ところで挨拶ってやったっけ」

「まだですよ。けど、もう無しでよくないですかめんどくさいし」

僕は微笑を浮かべながら言った。

「確かにめんどいしやらなくてもいいか。じゃあ、結構しゃべったしいつも通り単語の暗記からやってくか」

そういって始業のチャイムがなってから5分後に授業が進み始めた。

授業の終了のチャイムが鳴った瞬間クラスのあちらこちらでクラスメイトが声を上げる。その声をかき消すくらい大きな声で谷川先生は言った。

「それじゃあ、今日の授業はここまで。ノートかけた人から挨拶なしで終わっていいよ。あ!四宮は俺についてきて」

「え?何でですか……まさか説教すか?」

「そうだよ」

僕は冗談で聞いたはずなのに谷川先生は真顔でそんなことを言った。あ……終わったと思いその場で立ち尽くしていると咲玖が僕の肩に手をのせてグッドサインをしている。たぶん咲玖は頑張れって意味でグッドサインをしているつもりなのだろう。けど、僕からするとただの煽りにしか見えない。僕は咲玖にペシっとデコピンをして谷川先生を追いかけた。

僕は谷川先生に追いつき谷川先生の横を歩く。

「四宮、説教ってのは嘘だから」

「先生……1発だけ殴っていいですか?」

「ごめんて。今度パンおごるから許して」

「まじすか?」

「うん。そういえば四宮って本読むのすきか?」

「漫画はまあまあ読んで小説もまあ嫌いってわけではないです」

「じゃあ、おすすめの本があるから読んでみてほしいんやけど。マジで面白いから。ぜったい読んだほうがいいし。絶対いつかは映画化されるから。マジの名作。がちで作者天才。マジ泣ける。思い出すだけでも涙が出そう」

谷川先生が本について語っている時の顔はとてもキラキラしていた。僕は思った。この先生は自分の好きなことを話し始めたら止まらないタイプの人間だと。

「その本ってどこに売ってました?今度買ってみます」

「今、職員室にあるからあとで教室にもっていくわ」

「貸してくれるんですか!ありがとうございます」

僕たちがしゃべりながら歩いていると自動販売機が見えてきた。そして僕たちはその自動販売機の前に立った。

「どの飲み物がいい?」

谷川先生はスーツのポケットから財布を取り出しながら言った。

「じゃあ、コーラで」

「りょーかい」

谷川先生は財布を開け小銭を探し始めた。小銭を見つけたのか谷川先生は小銭を自動販売機に入れていく。谷川先生はお金を入れ終わりコーラのボタンを押した。ガタンと音を立ててコーラが落ちてきた。谷川先生はコーラを取り、僕に手渡した。

「はい、コーラ」

「ありがとうございます。そろそろ時間がやばい気がするけど今何時すか?」

「今58分やな。そろそろ教室戻らないとやばいな」

「じゃあ、教室に戻ります。コーラありがとうございます」

そういって僕は教室に戻った。

ギリギリの授業開始の30秒前に教室に着いた。そして6限は数学でワークを適当に解いて時間をつぶした。

6限の数学が終わり今は咲玖の机の周りに集まってクラスメイトと話している。

「やっと家に帰れるぞおおおおお」

隣で咲玖が大きく伸びをしながら言う。

「それなあ」

「いや、海渡は昼間まで寝てたからあんまり疲れてないやろ」

クラスメイトの一人が笑いながら言った。

「そうだ、今日暇な奴らでボーリング行かね?」

クラスメイトがクラス中に響くくらい大きな声で言った。

「いいなそれ」

「行こうぜ」

「じゃあ行く人ー?」

クラスメイトの一人がそう言うと周りのクラスメイトが一斉に声を上げた。言い方は人それぞれで「うぇーい」だったあり「はーい」という人もいた。

「じゃあ、ボウリング行く人は駅に集合で」

僕たちは帰る用意をするために一度解散した。行こうか迷っているとクラスメイトの道長が声をかけてきた。

「海渡はボーリング行く?」

「正直、迷ってる」

「海渡って遊びに誘ったら結構高確率でOKしてくれるよな」

「うん」

「もしかして暇人?」

「まあ家で一人でいてもやることないし。みんなで遊ぶの楽しいし」

僕はいつも通り笑顔を作って言った。

「でも、自分の時間も大事にしたほうがいいと思うよ。最近、家で何してんの」

道長は不思議そうな顔で聞いてきた。僕は少し回答に悩んで答えた。

「寝てるかなずっと」

「いいやん」

道長はニッと笑っていった。

「遊ぶの今日はやめとこかな」

「いいやん。家でゆっくりするのもいいからな」

僕たちが話していると教室の外から谷川先生の声が聞こえきた。僕は道長に「ちょっと行ってくる」と伝えて谷川先生のほうに行った。

「四宮、はいこれがさっき言ってた本」

「ありがとうございます。早めに読んで返しますね」

「俺はもう読んだし、ゆっくりいいで」

「了解です」

「それじゃあ、今から会議あるから。気を付けて帰れよ」

そういって先生は早歩きで職員室のほうへ歩いて行った。僕は教卓に鞄を置き、先生に借りた本を教科書と教科書の間に挟んで丁寧に鞄に入れた。そして僕は鞄を背負い後ろの席で集まっている仲の良いクラスメイトに「帰るわ、バイバイ」と挨拶をして帰った。

家に着き自分の部屋で寝っ転がっていると谷川先生に本を借りたことを思い出した。僕はベッドから起き上がり鞄を漁り始める。本を見つけ、本を持ってベッドに座る。そして本のページをめくっていく。

この本のあらすじは、自分の本心を隠し周りに合わせて生きる主人公が病気を患っているヒロインの女の子と出会い主人公が成長していくという物語だった。僕はこの小説を読んでいるうちにどんどんその世界観に引き込まれて時間を忘れて本を読んでいた。

僕がこの本を読み終わると僕の目からぽろぽろと涙が零れ落ちていた。初めて物語に心を奪われた瞬間だった。主人公の学校での立ち位置や立ち振る舞いは今の僕とすごく似ていた。僕もこの小説の主人公のように本心で友達と語れるようになりたいと思った。僕はこの小説のみんなの評価が気になり夢中でスマホを取り出しこの小説について調べた。小説の評価が書かれたサイトを開けてみると『感動した』や『主人公と自分の性格や立ち振る舞いが似ていて自分も頑張って人と関わっていきたい』などの賞賛の感想があった。

凄いと思った。かっこいいと思った。僕も誰かに感動や笑いなどの感情を与えたいと思った。

――僕もこの人のように人の心を動かす小説を書きたい。

僕はそう思った。

そして僕はインターネットで小説の書き方の勉強を始めた。三点リーダーやダッシュなどの技法からプロットの書き方や文章構成の勉強をした。ざっくり見終わり試しにプロットを書いてみることにした。プロットが書き終わるとちょうど親の呼ぶ声がした。僕はご飯を食べるために下の階へ行った。

ご飯を食べ、お風呂に入った後自分の部屋に戻り次に何をするか考えてみた。少し考えた結果、少しでも書いて経験を積むのがベストだと考え僕はスマホのメモアプリに小説の冒頭部分を書き始めた。小説を書くというのは難しく何を書いたらいいかわからなかったがとりあえず頑張って書いた。

頑張って冒頭部分を書き終え、インターネットで小説について調べていると小説が書けるサイトを見つけそのサイトにとんでみた。このサイトは、小説を書いて投稿したり、コンテストに出したりできるらしい。そのサイトを少し見ているとコンテストのエントリー作品の募集をしていた。これはチャンスだと思った。このコンテストで入賞すれば書籍化ができるらしい今回のコンテストのお題は青春だった。早速僕はそのサイトを使って小説を書き始めた。

あれから1時間くらい物語の構成を考えていたが全く思い浮かばない。そこで僕は小説で大切なことを箇条書きでメモアプリで纏めていった。個人的に小説で一番大切なことは読者に何を伝えるかだと思った。その次に大切なのはキャラクターの人物像や心情を読者にわかりやすく伝えることだと思った。そこから僕が考えて出した結論は主人公を僕にすることだった。きっと僕と同じように周りに合わせて苦労している人がいるはずだからそういう人に響くものにしたいし、それなら僕が感じていることを書くから1から考えるよりも書きやすいと思った。

一生懸命考えてたから時間を見ていなかったがふと時間を見ると夜中の1時を超えていた。さすがにそろそろ寝ないとやばいのでこの続きは明日家に帰ってから書くことにした。

朝、重たい瞼を開けて目が覚める。近くにあるスマホを手に取り時間を確認する。時間は7時で今日は遅刻していないとわかり少し安心する。体を起こしベッドから出る。部屋から出て階段を下り洗面所へと向かった。

いつもより睡眠時間が少ないはずだが鏡に映る僕の顔はいつもより少しだけ明るい気がした。昨日、小説を読んで決めたことがある。もう、キャラを作って過ごすのはやめる。谷川先生の言葉が頭の中で響く『何かあっても咲玖たちは受け入れてくれるから大丈夫』何回も、何回も、咲玖と道長たちならどんな僕でも受け入れてくれるから大丈夫と思い込む。本当の自分を見せるのは怖い。本当の自分を見せて嫌われたらもう僕の居場所はもうない。それでも変わらなきゃいけないと思った。これ以上咲玖に心配はかけられない。僕は気合を入れるために鏡の自分をみて自分の頬をバチンと叩いた。

学校に着き教室の前で1度立ち止まる。そして僕は大きく深呼吸をし教室に入った。教室にはもう既に結構多くのクラスメイトが登校してきていた。僕はいつも通り鞄を机に置きいつものメンバーのいるところに行く。

「海渡、おはよう!」

道長に続くようにみんなが挨拶をしていく

「おはよう!」

クラスメイトのうちの一人が僕の異変に気付いたのか聞いてきた。

「今日の海渡ちょっと静かだな。いつもはもっとうぇーいみたいな感じだったけど。もしかしてキャラ変えた?」

「うん。ちょっと疲れちゃったから」

「今だから言うけど、今までの海渡って結構無理して盛り上げようとしてたように見えてたからね」

「えっ、マジ?」

僕が驚いたように言うとそこにいた全員が首を縦に振った。そしてクラスメイトの一人が口を開いた。

「等身大でいいんだよ。無理して盛り上げなくても。どんな海渡でも海渡は海渡だから」

そしたらそれに続くようにほかのクラスメイトが「そうだぞ」「なにかあったら何でも言えよ」「等身大でいいんだよ。俺なんて素でこの変態やぞ」と言ってくれた。

「いや、お前はちょっと押さえろよ」

道長がクラスメイトにツッコむ。そのツッコミでみんなが笑う。僕も自然と笑顔がこぼれた。

「海渡、今までの笑顔の中で一番いい笑顔じゃん」

道長が笑顔で言ってくれた。

「やっと言えたあー」

自分を苦しめていたお調子者キャラの仮面を外すことができ言葉がこぼれる。今思えばいらない心配だったのかもしれない。咲玖と道長たちはこういうやつだったってわかっていた。大切なのは信じて話してみることだと思った。僕たちが笑って話していると後から声が聞こえた。

「よお!みんなおはよう!」

「咲玖、おはよう!今日も遅刻ぎりぎりだな」

僕が笑って言うと咲玖が微笑を浮かべて言った。

「いつもよりいい笑顔だな。悩みが晴れたのか?」

「うん!」

「それならよかった。力になれなくてごめんな」

咲玖は申し訳なさそうに言った。

「そんなことないよ。咲玖が僕を助けてくれたんだよ」

咲玖は訳が分からずぽかんとしていた。そうこうしていたらホームルームの始まりのチャイムが鳴った。僕たちは各自の席へ戻った。

3限終了のチャイムが鳴って、谷川先生の声が響き渡る。

「じゃあ、今日の授業はここまで。来週は小テストがあるからちょっとは勉強しとけよー。それじゃあもう、礼なしで休憩入っていいよ」

クラスメイトが一斉に動き始め各々のやるべきことを始める。谷川先生は僕のほうを見て手招きをしている。僕は席から立ちあがり先生のほうへ向かった。

「今日は何ですか?」

僕は微笑を浮かべながら言った。

「はい、これ約束のパン」

「あざす」

「今日の四宮は何か吹っ切れた感じがするな。そうそう、本読んだ?」

「読みました。めっちゃ面白かったです。今度自分で買おうか迷ってます」

「まじ?それはよかった。あと、そのまま本持っててもいいよ」

「ほんとですか!ありがとうございます!」

僕は満面の笑みで感謝した。

「じゃあ、俺はそろそろ行くわ」

「了解です」

そういって谷川先生は速足で行ってしまった。

6限終了のチャイムが鳴り、いつも通り「やっと終わったー」や「部活だるいなー」や「彼女欲しいー」などの声が聞こえてくる。僕は小説を書くために早めに帰った。

家に帰り自分の部屋に入った瞬間、小説のサイトを開く。書きたいことはもうまとまった今までの迷いの答えは咲玖や道長やクラスメイトが教えてくれた。一人でも多くの人の心に刺さるように、一人でも多くの人の心を動かす小説を書きたい。このチャンスは逃せない……。僕は参考程度に他の人のエントリー作品を読んでみた。はっきり言って勝てるわけがないと思った。クオリティーが高いのだ。自分の未熟さ、自分の覚悟の甘さを思い知った。正直、僕の心は折れてしまった……。

ついに3週間かけて人生初の小説を書き上げた。タイトルは『等身大でいい』にした。下手でもいい、勝てなくてもいいそう思った。誰か一人でも僕の作品で救われるのなら……

今日は小説の中間発表の日だ。ここでタイトルがなければゲームオーバーだ。恐る恐るコンテストと書かれた画面をタップした。結果はなかった。僕には実力が足りなかったのだ。悔し涙がこみあげてくる。やっぱり自分には何もできないんだと、何をしても無駄なんだと思った。1回自分の作品を読んでみようと思い書いた小説を開ける。そこにはコメントが1つだけあった。

コメントには「私も主人公と性格が似ていて周りに合わせていました。ですが、この主人公に勇気をもらい本心で友達とぶつかってみました。その時は軽く揉めてしまいましたが仲直りしてからは今まで以上の絆が生まれました。あなたのおかげです。これからも頑張ってください」と書かれていた。誰かのためになったとわかり悔し涙はうれし涙に変わっていった。

僕は今まで本心を隠して生きていかなければならないと思っていた。でも、友達や家族くらいは本心を隠さなくていいと思う。それは咲玖や道長やクラスメイトが教えてくれた。ありのままを認めてくれる友達を作ることが大切だと思った。そして僕はこれからも小説を書き続けるだろう。へたくそでもいい。誰かのためになるものを書いていく。

少しだけ息がしやすくなった気がした。