日没後、俺は外に出た。
 親は共働きで帰ってくるのが遅いので、問題なく外出することが出来た。
 昼間は日差しが出ていて暖かいが、日が落ちてからはまだ肌寒い。
 少し厚めのシンプルな黒のパーカーだけで外に出たのを後悔している自分が居た。


「なんで、遙華は夜空を見たいとか言い出したんだ?」


 そんなことを一人、考えていた。
 でも、どんなに頭を捻って考えてみたところで答えは出てこない。
 直接、聞いてみるしかないか……。


 そんなこんなで遙華のことを考えていると、いつの間にか病院についていた。
 俺は静かに遙華のいる病室に向かう。
 しかし、遙華は病室には居なかった。


「遙華の奴、どこにいるんだよ……」


 その後、俺は色んなところを下の階からくまなく探した。
 それでも遙華はどこにも見当たらず、最後についたのは屋上だった。


 ガチャ


「ようやく来てくれた」


 そう言って微笑みかける遙華の姿があった。
 でも、すぐに遙華は俺に背を向けて夜空を見た。


「やっぱり綺麗だよねぇ、星空。まぁ、肝心の星はあんまり見えないけど」
「でも、どうして急に?」
「……二人きりで話がしたかったから。星夜が居なくなったら、もう誰も来ないかもしれないから」
「えっ……?」
「私の両親は医療費を稼ぐために一生懸命働いて、こっちには全然来てくれないからさ……」


 俺は遙華の隣に来る。
 遙華は空を見上げたままだった。
 でも、その表情はどこか寂しそうに見えた。
 俺は遙華のすぐ隣で同じ景色を見る。


「……わからないの」
「なにが?」
「なんでこんなに息苦しいか、わからないの」
「……!」


 これが、遙華の本心……長年の付き合いから直感的に感じた。
 やっぱり、遙華は俺なんかよりもずっと重いものを抱えている。
 でも、両親は必死に働いているし遙華には兄弟が居ないから頼れる相手が居ない。
 かといって、両親に迷惑をかける訳にはいかない。
 そんな中で遙華は一人で我慢をしていたんだとこの瞬間、理解した。


「その話、詳しく聞かせて」
「もうすぐ死んじゃうってわかっているのに、もう死ぬことを受け入れたはずなのに、このままずっと学校に通うことが出来ないのかな、とか私の将来はどうなるんだろうって考えちゃうの。死ぬはずなのにさ、そんな事考えたって無駄なのにね……」


 そう言って、遙華は目から暖かい物を流す。
 いつも整っている遥華の顔は珍しく少しだけ歪んでいる。
 俺はどうしようもない感情に追い込まれた。


「遙華……」


 言葉が、息が詰まった。
 なんて言ってあげるのが正解か、わからなくて。
 ただただ、泣いている遙華を見ていることしか出来なかった。
 俺は何もしてやることが出来ないかもしれない、そんな焦燥感に駆られた。
 情報過多でパンクしそうな頭を無理矢理回す。
 その時、俺の中で一つの答えが出た気がした。


「……きっとそれは、遙華がまだ『生きたい』って思ってるからじゃないか?」
「えっ?」


 遙華がキョトンとした顔でこちらを見る。
 でも、俺は構わず続けた。


「遙華は絶望したことってあるか? 自分が嫌になって、何をやっても楽しくなくて、消えてしまいたいって思ったこと」
「……前に一度、あるかな。おばあちゃんが死んじゃった時」
「その時、遙華は何を思った?」
「そりゃ、誰も何も無いところに姿を消したいとかいっそ、おばあちゃんのところに行きたいとか…………あっ」


 何かに気付いたかのように遙華は俺の方を見る。
 その目はいつか見た満天の星のようにキラキラと輝いて見えた。


「そうなんだよ、本当に絶望しているときって未来のことなんて考えるだけで嫌になっちゃうんだよ。俺だってそう、学校を見るだけであのことがフラッシュバックする」
「まぁ、そうだよね。絶望しているときは何も考えられなかったな」
「……遙華」


 静かに笑う遙華を俺は名前を呼んでこっちを向かせる。


「『生きたい』って思うなら最後まで精一杯、生きよう。やりたいこと、全部やろう。そのための手伝いなら、いくらだってやるから。だから……、最後ぐらい側に居させて」
「あはは、星夜はすごいな。自分でもわからなかったことを見破っちゃうなんてさ……。私はもう、消えても構わないって思った。でも、それは生きたいっていう私の想いだって星夜は教えてくれた。ありがとう」
「……うん」


 今更ながら自分の言ったことに恥ずかしさを覚えて、まっすぐ俺を見る遙華から逃げるためにそっぽを向く。
 でも、遙華は俺の顎を触ってクイッと強制的に動かした。


「だから一つお願い」
「は、はい」
「生きたいって思わせたその責任、ちゃんと取ってよね?」
「うん、勿論」


 俺はそう言って微笑んだ。


 心の底から笑ったのはいつぶりだろうか――。