ガラガラッ
俺は昨日に引き続き、遙華の病室を訪れる。
遙華は俺の姿を見ると、少し驚いたかのような表情を見せた。
「あっ、今日も来たんだね」
「うん、また来てねって言ったのは遙華じゃん」
「それもそうだったね。あっ、そこに置いてある封筒、私の代わりに先生に渡してくれる?」
「あぁ、そう言えば提出しなきゃいけないものがあったな。わかった、渡しておく。……そう言えば昨日の検査、どうだった?」
「……あんまり良くなかった」
「そっか」
遙華の悄気げた反応にこれ以上、何も言えなかった。
こんなに死に直面している遙華に軽々しい言葉は掛けたくなかったから。
この何も言えない空白を埋めるために俺は自分の頭の後頭部を掻く。
そんな俺に遙華は可笑しそうに笑う。
「そんなに深刻な顔、しなくていいってば。もう残り少ないし、その間にたくさん楽しいことをやりたいなって。あっ、夜空を見に行きたいなぁ」
「急すぎないか?」
そう笑顔で言う遙華はどこか暗く見えた。
んっ、待てよ?
さっき遙華の発言には一つ疑問が……。
「それに、遙華。外出して大丈夫なのか? 仮にも遙華は病人だよな?」
「……病院の敷地内だったら大丈夫だと思う。無理でもさ、二人で抜け出そうよ」
「何ていうことを言ってるんだよ」
「別にいいでしょ、ねっ?」
そう遙華は上目遣いで言う。
遙華は何かあったらいつも上目遣いで頼み込んでくる、昔からそうだ。
少し考えた末、俺はため息をついた。
これは諦めのため息だ。
「……わかったよ」
「ふふっ、チョロい」
「なんか言ったか?」
「ううん、なんでも無い!」
遙華がクスクスと可笑しそうに笑うと、ふわりと透過した髪が揺れる。
この時初めて遙華が本当に笑ってくれたと感じた。
「それじゃあ、今日の夜に病院で集合ね!」
「えっ?」
「だって私、いつ消えちゃうかわからないから。もしかしたら、明日かもしれないじゃん? やっておきたいことは早くやりたいの」
「わかったよ、じゃあまた夜に」
俺は遙華に持たされた封筒を持って、病室を出る。
俺はふと、疑問に思っていた。
なんで、遙華が今まで心の底から笑っていないと感じていたのか。
長年の付き合いだからなんとなくわかる遙華の表情。
でも、その奥にあるものが見えない。
ただ、一つわかること。
……俺はもしかしたら、重要なことを見落としているのかもしれない。