「此処に本当に遙華が……」
病室のドアの前、俺は現実を受け入れることが出来ずに病室のドアに手を掛けられずにいた。
でも、遙華に渡さなきゃいけない配布物があるから思い切って、入らないとな。
俺は茶色い封筒を少しだけ強く握る。
俺は意を決して軽くノックすると、ゆっくりと病室の中に入った。
「遙華、いるか?」
「この声は……星夜?」
聞き慣れた声がする。
その声に俺は安堵した、どうやら噂は本当だったらしい。
でも、姿を見ると俺は凍りついたかのようにその場からピタリと動けなくなってしまった。
容姿もあんまり変わってないし、服は病院の服だから何も思わない。
だけど……。
遙華が服ごと透けて見えたからだ――。
「ごめんね。驚かせちゃったよね」
「遙華。それ……」
「これね、病気なの。ティーン症候群……知ってるでしょ?」
その名前を聞いて俺は目を見開いた。
ティーン症候群はその名の通り十三歳から十九歳の間に発症すると言われている病気だ。
その病気の中にも月光病、モノクロ病、シンクロ病など様々な病気があるが、ティーン症候群にはある共通点がある。
それは――二十歳を迎える前に死んでしまうこと。
「私ね、ティーン症候群の一種である季節消失病なんだ。季節消失病には春夏秋冬の四種類があるんだけどね。私は春型で、春が来たって感じられる度にどんどん身体が透けていって、いつかは消えちゃうの。例えば……桜。桜がどんどん咲いていくと、それに連れて私の病気は進行していくの」
遙華の言ってることが全く頭に入らなかった。
様々な思いがグルグルと体中を駆け巡って、学校にいるときみたいに息がしづらい。
下手したら過呼吸になってしまいそうな程に。
「それでさ、私もう結構重症で……もうあとどのぐらい持つかわからないんだよね」
ガタガタと手が震える。
遙華は今にも消えてしまいそうな笑顔で俺の方を見る。
いつもしているはずの呼吸の仕方がわからなかった。
「遙華……」
「また来てくれる……? 誰も来ないからちょっと寂しかったんだよね」
「うん、わかった。約束する」
「ありがとう」
遙華のどこか落ち着いた笑顔に俺は何か気付かされた。
俺に出来ることはもう殆ど無いのかもしれない。
でも、最後ぐらいやりたいことをやらせてあげよう。
俺は心の中でそう決意した。
「星夜って桜、好きだったよね? 此処の桜も綺麗でしょ。まだ全然咲いてないけどね」
そう言って遙華はカーテンを開ける。
病室の窓からはまだ満開前の桜が見えた。
その桜は綺麗に咲き誇ろうと着々と準備を進めていた。
「でも遙華、消えちゃうんじゃ……」
「ちょっとぐらいなら大丈夫」
「そっか」
俺はそれ以上、止めなかった……いや止められなかった。
ティーン症候群の苦しみは俺にはわからないから。
遙華の意思を俺は尊重したかった。
「私も春は好きだったんだけどなぁ。病気になっちゃってからはあんまり見られなくなっちゃって」
そうだ、俺も遙華も桜が好きだった。
遙華は桜は私達みたいだねってよく口にしていた。
そう思うと季節消失病になってしまったことは遙華にとってもすごく悲しいことなんだろう、苦しいことなんだろう。
……俺のこの痛みなんかよりも、ずっと。
コンコンッ
「失礼します、夜桜様。そろそろ検査のお時間です」
「あぁ、はい。わかりました。ごめんね、今日はここまでみたい」
ドアが開く音がしたかと思うと、看護師が病室の中に入って来る。
その看護師は慣れた手付きでベッドを動かした。
すぐに遙華の姿は見えなくなる。
ふと手の中にまだ感覚があって、俺はハッとした。
「……封筒、渡しておくの忘れてた」
久しぶりに遙華に会ったからか、話し込んでしまった。
そのおかげで今日の目的をすっかり忘れてたな。
俺は一人苦笑いをすると、病室の物置にそっと封筒を置いた。