「それじゃあ、これにて始業式を終わりにする。あっ、影山は終わったら用があるからすぐに来てくれ」


 そう新たな担任の先生が指示すると、すぐにわいわいとした雰囲気が漂う。
 男子は大勢で固まっており、女子は女子ですでに少人数グループが出来上がっている。
 中学三年生にもなれば同じクラスになってことがなくても、ほとんどの人が顔ぐらいは見たことがある。
 勿論、去年や一昨年に同じクラスだった人たちもいるので、最初から固っ苦しい雰囲気は少しもなかった。
 だからこそ今更、輪の中に入るのが億劫なのだ。


「じゃあな、影山。また明日」


 一人のクラスメイトの男子が俺に手を振ってくる。
 刹那、俺にトラウマを植え付けた奴らとそのクラスメイトの男子の姿が重なって見えた。


 違う、きっとこれは思い違いだ。
 俺をそんな風には思っていない、見ていない。
 そうであると、願いたい。
 でも――。


「……じゃあ」


 結局、こんなような返事しか出来なかった。
 もう少し気の利いた返事ができればちょっとした話題に繋がったかもしれないのに。
 学校で誰かに話しかけられるといつもこの光景が映し出される。
 ちょっとした出来事でまた、あの悪夢が再来してしまうのならば……。


 俺は一匹狼でいたほうが良い――。


「それで、話ってなんですか?」
「これ。もし良ければ夜桜に届けてほしいんだ。場所は緑丘(みどりがおか)記念病院。この近くだから知ってるだろ?」
「あぁ、緑丘記念病院ですね。わかりました、俺が届けてきます」
「おぉ、助かる。じゃあ、宜しくな。それじゃあ」


 そう言って先生は忙しそうにその場を後にする。
 心の中でため息をつく、教室にはもう誰も居なかった。
 教室に残された俺とさっき手渡された封筒。
 その封筒の中身をそっと見ると、そこには今日配られた大量の配布物が入っていた。


「はぁ……行ってみるか」


 久しぶりに遙華の顔が見られるかもしれないからな。
 そして俺は一瞬だけ小さい頃の遥華の笑顔を思い出してみる。
 パッと花が咲いたかのような、でもどこか儚く壊れてしまいそうな笑顔が何よりも印象的だった。
 そんな小さな期待を胸に、俺は遙華がいるらしい病院へと足を運んだ。