そして、翌日。
学校帰りにスマホの電源をつけると、遙華からメールがあった。
『今すぐ病院に来て。病室から見える桜の木の下で待ってる』
遙華、もしかして……。
俺はそれから全速力で走った。
嫌なことだけど、最悪な事態だけどなんとなく、それが想像がついてしまった。
連絡があったのは五分前。
全力で走ればおそらく、まだ間に合うだろう。
でも、流石にいつまでも休憩せずに本気で走っていると流石に疲れてしまう。
肺が苦しい、足が重い、でも今は関係ない。
俺はただ何も考えずに、死物狂いで足を動かした。
やっとの思いで病院について、遙華を探す。
「遙華!?」
「星夜、此処だよ」
そんな遙華のか弱い声が聞こえて、俺は遙華のように駆け寄った。
遙華の身体はもうかなり透けていた。
「季節消失病の最期はね、こんな感じなんだ。……それにしても星夜がすぐに来てくれて良かった。最期の別れはきちんと伝えておきたくて」
「両親には何も言わなくていいのか?」
「無理だよ、連絡はしたけど……。多分、間に合わない。それに事前に手紙に書いておいたからね」
「遙華」
「星夜……!!」
遙華の名前を呼ぶと、それよりも大きな声で遙華に名前を呼ばれる。
今は静かに遙華の言葉を聞くことにした。
「最後に星夜が来てくれて本当に良かった。星夜は私に生きたいということを教えてくれた。だからさ、残り……ほんのちょっとの間だったけどすごく楽しかった、ありがとう」
「別にお礼を言われるようなことは……」
「してるんだよ、私にとっては。それでね、最期に言いたいことがあるんだ」
満開の桜をバックに遙華が映る。
でも、その姿は今にも桜に、春に溶けてしまいそうで……。
遙華に焦点を当てた瞬間、遥華の姿はもう見えるか見えないかレベルで消えかかっていた。
「あぁ……、もう時間だね。じゃあ、手短に」
それだけ言うと、遙華は小さく息を深呼吸をする。
遙華はとびっきりの笑顔を作った。
そして、俺のことを優しく抱きしめる。
「私はずっと、星夜のことが好きだったんだ。――最後に恋をさせてくれて、ありがとう」
遙華がそう言うと、急に強風が吹き荒れて俺は思わず目を瞑る。
次、目を開けたときには遙華の姿はなかった。
最後に残っていたのは遙華が立っている位置に集まっている桜の花びら。
俺はその花びらを一枚拾って、胸に手を当てた。
目にはいつの間にか涙が溜まっていた。
もう、視界は涙でグチャグチャだ。
遥華との記憶を目を瞑って思い出してみる。
パッと思い浮かんだのは遥華が消える直前のあの笑顔だった。
ふと、自分の胸が悲しみに包まれているのと同時に、高鳴っていることを自覚する。
あぁ、俺はずっと遥華のことが好きだったんだ。
――遥華が生きている間に気付けなかった、伝えられなかった。
この心の空白が何かによって埋められる、その前に。
遥華との思い出で全て埋めてしまおう。
だからこれだけ今、伝えさせてくれ。
まだ遥華が俺のことを見ていると、そう信じて。
「……俺も大好きだよ、遙華」
溜まっていたものが全部、ぜんぶ溢れる。
小さく溢した独り言は春風とともに消えた。
様々な遙華との記憶がもう一度、フラッシュバックする。
俺は記憶を鮮明に思い出すために、そっと目を閉じた。
遙華が消えてしまった今でも俺の中に遙華は生きている。
だから前に進もう、苦手な学校も克服しよう。
嫌だと思ったときも大丈夫、遙華の笑顔を……言葉を思い出せば。
俺はまだ、どこまでだって歩いていける……そんな気がした。
春の空気をいっぱいに肺に吸い込む。
少しだけ息がしやすくなった気がした。