翌日、俺は昨日仕込んだスープを持って、集合時間より少し早めに病院に到着した。
 そして俺は勘で病室に遙華は居ないと思い、直接屋上に向かった。


「やっぱり、此処に居たんだね」
「星夜こそ、早かったじゃん」


 ドアを開けて遙華を見た瞬間、目を疑った。
 遙華がいつも以上に透けて見えたのだ。
 固まっている俺に遙華がゆっくりと近づく。


「最近、ちょっと体調が悪かったんだよね。でさ、今日起きたら病気が進行してた。もう、あんまり時間が残されてないと思う。だから、最後にもう一度この場所で星夜に会いたくて」
「なんで、調子が悪いこと……言ってくれなかったんだよ?」
「病気はもう、どうにもならないから。例え、私が生きたいっていう気持ちに気付いたとしても。それに明日は何の日か知ってる?」
「はぁ? いや、わからないけど」


 俺がそう言うと遙華は小さくため息をついた。


「……桜が満開になると言われている日。元々、此処は開花が遅いし、最近は少し肌寒かったから開花してから満開になるまでが遅かったけど、明日は快晴で気温も高い。つまり……消える可能性が高いっていうこと」
「そ、そんな事言うなよ……」
「もうね、わかっちゃうの。なんとなく病気のことが。それにもう永くないって何回も言ってるでしょ?」
「で、でも」
「最後ぐらい笑顔で居させて? 生きたいって気づかせてくれた星夜の隣で最期を過ごしたいって思って今日、星夜を誘ったんだからさ」


 俺は遙華の言葉に目を見開いた。
 本当はもっと生きたいから、死ぬことはとても悲しいことだと思う。
 でも、それでも……変えられない未来があったとしても、笑顔でいる彼女がこの星空よりも眩しく見えた。


「うん、わかった」


 俺はそれだけ言って、遙華と同時に空を見上げた。
 そして、遙華は夜空を指さした。


「今日はね、こと座流星群なんだって。一時間に数個ぐらいの小規模な流星群なんだけど運が良ければ流れ星が見れるかもって」
「でもこの前は、あんまり星が見えなかっただろ? 大丈夫なのか?」
「まぁまぁ、そこも運だよ。流石に病院の外に出るわけには行かないじゃん?」
「それもそうだな」


 遙華は多分今、前を向いている。
 前回、一緒に夜空を見た時とは違って。


 ……俺もそろそろ、ちゃんと自分と向き合わないと。
 いつまでも後ろを向いていてたらダメだ、何も進めない。
 例え消えたくなっても、どうしようもない絶望に陥っても過去は変えられない。


 でも……未来は変えられる。
 今まで躓いていたら今度は躓かないように足元を注意すればいい。
 どんなに不格好でも歩いて行くために最初の一歩を踏み出さないとな。


「あっ、流れ星!」
「えっ?」


 突然、遙華が大きな声を出したことで俺は我に返る。
 反射的に空を見上げたがそこには流れ星らしきものは何もなかった。


「ちょっと今、見た!? 流れ星だよ、流れ星!」
「ゴメン、見えてなかった」
「えっ〜。めちゃくちゃ、もったいないよ〜。流れ星を見る機会なんて中々無いのに」


 丁度その瞬間、キラリと空の矢が夜空に瞬く。
 俺は一瞬、流れ星が見えたことに驚いたが消えないうちに呟いた。


「あっ、流れ星」
「えっ、どこどこ?」
「いや、もう消えたな」
「残念、見たかったなぁ」
「でもこれで二人共見れたな、流れ星」
「うん、良かった!」


 そう遙華は花が咲いたかのように笑った。
 その笑顔で俺は思い出したかのようにスープジャーを取り出す。


「なにそれ?」


 遙華がまじまじとそれを見つめる。
 それはそんな遙華のためにスープジャーの蓋を開けた。
 水蒸気とともに顔を出したのは宝石のように輝く真っ赤なスープ。
 白い湯気が消えると、そこにはスープと同じように目を輝かせている遥華の姿があった。


「今日のためにミネストローネを作ってきた。食べるか?」
「うん、食べたい食べたい! 星夜の料理を食べるの久しぶりだなぁ。でもそれ、一つしか無いんじゃ……」
「俺が一つしか持ってこないと思うか?」


 遙華の予想通りの質問が来て、俺はニヤッと笑う。
 そして、遙華の目の前にもう一つスープジャーを見せた。


「遙華の分もちゃんとあるぞ」
「やったー! ありがとう、星夜!」


 それから俺と遙華は仲良くミネストローネを口にした。
 幼馴染と食べるミネストローネはいつもより美味しく感じた。