「なぁなぁ知ってる?今日転入生来るらしいよ」
「えっ、マジで!どんな子なんだろう?」
そんな話を耳にしたのは、登校して教室に入った瞬間だった。
「転入生……?」
「あっ、葉真華、おっはよ〜」
相変わらずのハイテンションで、緋良李が駆け寄ってきた。いつも通り腕に抱きついてくる彼女を、拒絶せずに受け止める。
「なんかね、今日転入生くるらしいんだって〜」
「みたいだね。みんな話してる」
「どんな子だろう?男の子かな?女の子かな?」
「ふふっ、楽しみだね」
彼女の言葉をなるべく肯定する言い方で、自然と会話を終わらせる。正直、転入生なんてどうでもいい。
私は今の私のイメージを崩されなければ、なんでもいい。他の人のことになんて、興味ない。
「ホームルーム始まるぞ、席につけー」
ほぼ棒読みの台詞で、先生が入ってきた。その後ろには、見知らぬ男子。
「ええー、みんなはもう噂でもしてると思うが、転入生だ。自己紹介を頼む」
教卓の隣に立つ男子は、返事を返さずに口を開いた。
「羽場崎 彰夜です。よろしく」
静かなトーンで、男子ーー彰夜ーーは言った。たった一言。それきり、彼は黙り込む。
気まずい沈黙が、教室中を包み込んだ。もうちょっと何か喋ってくれてもいいのに。
だが、切れ長の瞳に長めの前髪を垂らす男子は無言を貫く。転入生のくせによくこんな雰囲気を耐えられるな。
そこで、張り詰めた空気に耐えきれなくなったのか、先生は自ら口を開いて、この場を切り抜けようとする。
「まぁ、なんだ。知らない学校だし、分からないこともあると思うが、みんな仲良くやってくれ」
それから、彰夜に目を向けた。
「とりあえず、羽場崎の席は席に着こうか。お前の場所は……峰春の隣だな」
とうとうに私の名前が出てきて、びくりと体が反応する。でも、私の隣が空席だから、彰夜がここに来るのは当たり前か。
彰夜はただ首を縦に振っただけで、何も言わずに私の隣に座った。盗み見た横顔は、瞳と同じくシュッと細い。
言葉を発さない彼に、私は迷った挙句、一応声をかけた。いつもの笑顔を貼り付けて。
「よろしくね、彰夜君」
「……」
「分からないところとかあったら、遠慮なく訊いていいから」
「……」
精一杯笑ったつもりだったのに、相手からの返事は一切なし。それどころか、チラリと一瞥されただけで、彰夜は目も合わせてくれなかった。
頭にきた私は、前を向く。なんだよ、人がせっかく勇気出して声かけたのに。無視とか酷すぎじゃん。
声にも顔にも出さない心の内は、隣の席の男子でいっぱいになった。もう今すぐにでも吐き出したい、この思いを。
それで、ホームルームが終わるのをソワソワと待っていたのに。学級委員とは面倒くさいものだ。
「おーい、峰春、ちょっといいか」
号令が終わった後に先生に呼び止められて、心の中で舌打ちをしながらも駆け寄る。
「はーい、なんですか?」
「羽場崎に、校内を案内してあげて欲しいんだが、頼めるか?」
「えっ、私ですか?」
「お前しか頼める奴がいなくてさー」
先生は頭を掻きながら答える。
「だから、いいか?」
「……分かりました、大丈夫ですよ」
できるだけ、自然に。歪にならないように。私はにっこりと口角をあげる。
「本当に助かるよ。このクラスはお前に助けてもらってばかりだな」
「いえいえ、このクラスだから私も役に立とうと思えるんですよ」
相手が欲しそうな言葉を並べて、自分を謙遜する。これが、表面上の良い関係を築くコツ。
「じゃあ、羽場崎には俺から伝えておくから、そうだな、放課後でいいか?」
「ええ」
「そうか。すまない、よろしく頼んだぞ」
「任せてください」
そう言って、先生を笑顔で帰らせた後、私はトイレに駆け込んだ。そして、急いでスマホを手に取る。
『学級委員って雑用係じゃないんだけどな』
『上手いこと言ってどうせ面倒ごとを押し付けているだけでしょ』
『どうせ私なんか使い捨ての駒だとか思ってくせに』
『担任まじうざい』
頭に浮かんだ言葉を、とにかく殴り書いた。そうしなきゃ、この胸の違和感は収まらない。
目にも止まらぬ速さで、指をスライドしていく。すると、すぐに既読がついた。誰か読んでくれた。そう思うと、何処か安心する。
ピロンと着信音が鳴った瞬間に、目の前に新たな文が加わった。
『なにそいつクソじゃん』
『学級委員とか可哀想。私だったら絶対にやらない』
『人のために働いているとか偉すぎでしょ』
先生を刺す言葉から、私への労いの文章。共感してくれる人がいるって、本当に心強い。
愚痴を吐き出してようやく平常心が戻ってきた私は、また笑顔の仮面をつけて教室に帰るのだった。