私の生活は基本、オープンチャットで愚痴を吐き出せるから成り立っていると言っても過言ではない。

 例えば、グループワークの時。

 元々うちのクラスに存在するグループの子達は、あっという間に班を作ってしまう。だけど、やっぱり人数の関係上で、余りが生まれる。

 どこに入る、とか、私ここがいいんだけど、と声が飛び交う教室で、私は率先して声をかける。

「私、こっちの班入るからいいよ」
「私たちと組もう。そしたら丁度だし」

 そして、時間内にグループを作り終える。私の仲裁により上手く分かれられた班の人たちは、口々に言う。

「さっすが葉真華。頼りになる〜」
「葉真華って優しいよね」
「ありがとう、葉真華」

 飛び交う感謝の言葉に、私は笑った。

「そんなことないよ。たださ、これで時間が無くなっちゃうのは無駄かなって思って」

 それを聞いたクラスメートは、一瞬目を見開き、それからまた褒めちぎってくる。

「ほんと、葉真華は優等生の模範だよー」

 あはは、ありがとう、と私は口にする。そして、授業が終わった瞬間にトイレに籠る。

『みんな嫌なことを他人に押し付けてばっか』
『私だけ人一倍苦労してるの分かんないのかな?』

 すると、すぐに返信がある。

『分かる。周りの奴らって自分のことしか考えてないよね』
『自分たちで決めろっつーの』

 賛同のコメントが来て、思わず頰を緩めた。






 例えば、掃除の時。

 分担区にやってきた同じ班のメンバーは、掃除道具を手にしたものの、中々動かない。

 めんどくせー。
 なんでやんなきゃならないんだろう。
 やったフリでよくない?

 男子女子が愚痴をこぼす中で、私だけがせっせと床をはく。室内の全域を、一人で。
 
 お前らも話してないでさっさとやってよ。心の中ではものすごく腹が立っていた。だけど、それを口にしても意味がないことを、私はよく知っている。

「おーい、ちゃんとやってっかー?」

 突然先生がやってきて、お喋りに夢中だった彼らはびくりと震える。1箇所に固まっている彼らと、箒を動かす私を交互に見て、先生は目を吊り上げた。

「おいお前ら、峰春(みねはる)に任せっきりにしてんじゃなくて自分でもやれよ」
「えー……」
「はい、まぁ……」

 彼らは気まずそうに先生から視線を逸らす。

「先生、違いますよ」

 私は即座に声をかけた。先生が首を傾げて私を見る。私は笑顔を浮かべて先生を見つめ返した。

「みんな、もう自分の分は終わってるんです。あとは私がゴミを集めるぐらいで……だから、大丈夫ですよ」

 一瞬だけ、息を呑む音が聞こえた。どこから、なんて考えなくても分かる。

 先生は目を見開いた後、「あー」と頭を掻いた。

「そうか。俺の勘違いだったのか。いや、済まないな、お前ら」

 恥ずかしそうに、先生はそくさくと扉を閉めて離れていく。

「あっぶねー」
「マジでサボりがバレるところだった」
「葉真華、マジで感謝する。ありがとー!」

 喜びを露わにする彼らに、私は隠そうとしても隠しきれない恥ずかしさを見せながら微笑む。

「ほんと危なかったね。今度から気をつけな」

 そして、ほとんど私一人で掃除を終わらせた後、個室に駆け込む。勢いよく鍵を閉めてから、スマホを取り出して指をスライドさせていく。

『マジでなんなの?自分たちは何にもやらないでいい顔ばっかしてさ』
『なんで私だけやるのにみんな同じ評価なの?おかしい』

 書いている間に、既読がついて、返信が来る。

『はっ、何それ理不尽すぎっ!』
『クソな奴らしかいないな、そこ』
『そんな中でちゃんと掃除している貴方はすごい!』
 
 自分の意見が肯定されて、少しだけ嬉しくなった。





 例えば、提出物がある授業の前。

 ちゃんと持ってきたことを確認して、安心して席に着いていると、「葉真華〜」と呼ばれる。

「ねぇどうしよう!課題、すっかり忘れてたぁ〜」

 振り向く前に緋良李が私の背中に抱きついてきて、ちょっと痛かった。

「どうしようどうしよう。ねぇ、私どうすればいい?」

 本気で困っているというよりは、困った感情を精一杯表そうとしているのが見え見えだ。またかよ。心の中で舌打ちをして、代わりに表面では笑顔を浮かべる。

「それなら、私の見せよっか?」
「ほんと!?ぜひお願いしたい!」

 緋良李は目を輝かせて、胸の前で指を組む。うざ。ぶりっ子かよ。内部で渦巻く感情を必死に押し殺して、私は昨日やった課題のプリントを取り出す。

「はい、これ。今度からはちゃんとやってくるんだよ」
「うん、もちろん!分かってるよ。ありがとう、葉真華」

 満面の笑みで、緋良李はプリントを手に自身の机へと去っていた。

 彼女の口から、分かってるって言葉を、一体何度聞いたんだろう?不意にそう疑問に思った。どうせ反省なんてしてない。困ったら私を頼ればいいという考えしかないんだろうな。

 スカートの裾をギュッと握って、ひたすらに、吐き出したいものを我慢した。よくないものが体内でぐるぐる回ったまま、授業を受けた。

 私の課題を写した緋良李は、当然先生に叱られることはなかった。

 授業終了のチャイムが鳴った瞬間に、私は小走りで教室を出た。なるべく誰にも見られないようにして、個室に入る。そして、日課のようにスマホを開く。

『宿題ぐらいやってこいよ』
『謝っといたどーせまた人に頼むんでしょ』
『反省しないかなぁ、あいつマジでうざい』

 ここまで書いて、ふーっと息を吐き出す。そしてもう一度スマホに目を落とした時、タイミングを見計らったように通知が来る。

『何その人たち!酷すぎ!』
『そういう人間が悪い未来を招くんだよ』
『君もさ、もうちょっと断ったりしたら?』

 私の考えは間違ってないんだって、私の感じていることは正しいんだって認められるから、気が楽になる。最後のコメントは、少しばかり腹立つけど。

 一体、私はこれまでどれほどオープンチャットに救われてきたんだろう?これなしで生きる未来が想像できない。これがないと、多分、私は私でいられなくなる。

 だから私は、今日も知らない人に心の声を溢す。