「続けようと思ってくれてよかったです」
気を取り直して話題を変えることにした。
「体験はときどき来るんですけど、皆さん、なかなか続かなくて」
桜さんが「そうなんですか?」と不思議そうな顔をした。彼女にとっては不思議なのだろうけれど、今までの入門希望者を思い出すと苦笑いが出てしまう。
「秋に神社で演武をするので、それを見てやってみたいと思うひともいるんです。あと一応、公式サイトを作ってあるので……。でも、一、二回で終わりのことが多いです」
「どうしてでしょう?」
「はっきりとは聞いていませんが」
まあ、想像はつく。
「地味なんだと思います。時代劇の殺陣とは違って形を覚える稽古なので」
「でも、殺陣だって形があっての殺陣ですよね?」
「ええ。でも、殺陣を想像して来たら、うちだとだいぶ違いますよね。最初は抜刀納刀からですし」
形と言っても、必ず仮想の敵を相手にしておこなう。また、木刀を使って打ち合うものもある。どちらも真剣におこなうと息をのむような緊迫感が生まれる。
ただし、凄みや美しさは技と心を磨いていく中で生まれる――と、俺は理解している――ものなので、そこに至るまでの道のりは長い。体験に来た人が初めての居合刀の扱いに苦労しながらそのことに気付いてやめてしまうのも仕方ないのだろう。
「わたしには抜刀と納刀だけでも難しいです。素振りも足捌きもちゃんとできないし、殺陣なんて……人に見せられるようになんて、永遠にならない気がします」
桜さんがため息をついた。
「桜さんはまだ一か月じゃないですか。続けていけば必ず上達しますから大丈夫ですよ。そうそう、先週はだいぶ抜刀できるようになっていましたよね? そろそろ抜刀術も始まると思いますよ」
抜刀術は立っている状態で攻撃を仕掛けてきた相手を斬り伏せることを想定して動きが組まれている技で、全部で七本ある。演武で披露することも多い。
「わたしがですか?! もう?! ……大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ。もちろん最初は簡単ではないですけど、抜刀術も刀と体の使い方の基本練習になっているんです。それに僕だってまだ宗家に直されることがありますよ」
「風音さんでも完璧じゃないってことですか? あんなに綺麗なのに? 奥が深いんですねぇ。しっかりやらないと……」
桜さんのこういうところが良いところだと思う。おとなしいひとだけれど、今のところ「無理です」という言葉を聞いていない。地道で前向きな性格は武道に向いているような気がする。……まあ、向いているかどうかよりも、やりたいかどうか、なのかな。
そう言えば。
「母が桜さんを誘ったときのことを雪香から聞きましたよ。人違いから突然勧誘したって。いきなりでびっくりしたでしょう? うちの母、思い込むと一直線に進んでいく性格なので、家族でも思考が追い付かないことがあるんです」
「そうですね……」
視線を下げる桜さん。その日のことを思い出しているのだろうか。……と、にっこり笑ってこちらを見上げた。
「わたし、探していたんです」
何をですか?――という言葉が舌の上で止まってしまった。桜さんの笑顔が何かを隠しているようで――、同時に何かを伝えているようで。
探していた? 何を?
「習い事を……しようかと思って」
すっと視線を伏せ、つぶやくように彼女は言った。次に向けられた微笑みは静かで穏やかで……。
「あの日わたし、掲示板の前にいたんです。スポーツセンターの。どれなら自分にできるんだろうって思っていたら、ちょうど水萌さんと雪香さんが出ていらして」
気を取り直して話題を変えることにした。
「体験はときどき来るんですけど、皆さん、なかなか続かなくて」
桜さんが「そうなんですか?」と不思議そうな顔をした。彼女にとっては不思議なのだろうけれど、今までの入門希望者を思い出すと苦笑いが出てしまう。
「秋に神社で演武をするので、それを見てやってみたいと思うひともいるんです。あと一応、公式サイトを作ってあるので……。でも、一、二回で終わりのことが多いです」
「どうしてでしょう?」
「はっきりとは聞いていませんが」
まあ、想像はつく。
「地味なんだと思います。時代劇の殺陣とは違って形を覚える稽古なので」
「でも、殺陣だって形があっての殺陣ですよね?」
「ええ。でも、殺陣を想像して来たら、うちだとだいぶ違いますよね。最初は抜刀納刀からですし」
形と言っても、必ず仮想の敵を相手にしておこなう。また、木刀を使って打ち合うものもある。どちらも真剣におこなうと息をのむような緊迫感が生まれる。
ただし、凄みや美しさは技と心を磨いていく中で生まれる――と、俺は理解している――ものなので、そこに至るまでの道のりは長い。体験に来た人が初めての居合刀の扱いに苦労しながらそのことに気付いてやめてしまうのも仕方ないのだろう。
「わたしには抜刀と納刀だけでも難しいです。素振りも足捌きもちゃんとできないし、殺陣なんて……人に見せられるようになんて、永遠にならない気がします」
桜さんがため息をついた。
「桜さんはまだ一か月じゃないですか。続けていけば必ず上達しますから大丈夫ですよ。そうそう、先週はだいぶ抜刀できるようになっていましたよね? そろそろ抜刀術も始まると思いますよ」
抜刀術は立っている状態で攻撃を仕掛けてきた相手を斬り伏せることを想定して動きが組まれている技で、全部で七本ある。演武で披露することも多い。
「わたしがですか?! もう?! ……大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ。もちろん最初は簡単ではないですけど、抜刀術も刀と体の使い方の基本練習になっているんです。それに僕だってまだ宗家に直されることがありますよ」
「風音さんでも完璧じゃないってことですか? あんなに綺麗なのに? 奥が深いんですねぇ。しっかりやらないと……」
桜さんのこういうところが良いところだと思う。おとなしいひとだけれど、今のところ「無理です」という言葉を聞いていない。地道で前向きな性格は武道に向いているような気がする。……まあ、向いているかどうかよりも、やりたいかどうか、なのかな。
そう言えば。
「母が桜さんを誘ったときのことを雪香から聞きましたよ。人違いから突然勧誘したって。いきなりでびっくりしたでしょう? うちの母、思い込むと一直線に進んでいく性格なので、家族でも思考が追い付かないことがあるんです」
「そうですね……」
視線を下げる桜さん。その日のことを思い出しているのだろうか。……と、にっこり笑ってこちらを見上げた。
「わたし、探していたんです」
何をですか?――という言葉が舌の上で止まってしまった。桜さんの笑顔が何かを隠しているようで――、同時に何かを伝えているようで。
探していた? 何を?
「習い事を……しようかと思って」
すっと視線を伏せ、つぶやくように彼女は言った。次に向けられた微笑みは静かで穏やかで……。
「あの日わたし、掲示板の前にいたんです。スポーツセンターの。どれなら自分にできるんだろうって思っていたら、ちょうど水萌さんと雪香さんが出ていらして」