「木刀もこんなにいろいろ……あ! この木刀、使ってますよね?」

壁に掛けてある木刀見本の一番下にあるのは見るからに重量級の一本。持ったとき、俺でも指が届かないほど太く、重さは一、五キロを超える物もある。

(おもて)木刀ですね。うちは天然理心流から分かれているので表木刀も使いますね。桜さんもそのうちに」
「はい」

すごく嬉しそうだ。なんだかまぶしいくらいに。

できれば桜さんが初めて表木刀を持つところには居合わせたい。その重さで最初は構えるだけでも大変な表木刀にいったいどんな反応を見せるのか。なんとなくだけど、彼女は何をやっても弱音を吐かないような気がする。

「あ、居合刀。入門者用っていうのがあるんですね」

木刀の奥に居合刀見本が三本。入門者用は全体的に黒い(こしら)えで三万円~四万円と手書きの札がついている。

「うちではお古の貸し出し用があるので、購入は本人次第ってことにしています。居合刀って刀身や拵えがカスタマイズできるんです。ある程度上達してから自分の好みで買う方が選ぶ楽しみがありますし、せっかく買っても入門したてのときは鞘削りますから」
「あ! わたし削ってる気がます。抜刀と納刀のとき」
「でしょ?」

抜き差しが上手くできないと鞘の内側に切っ先が当たって少しずつ削り取ってしまう。それが続くと鞘が割れてしまうこともあるのだ。

「清都くんたちはまだ貸し出し用を使っているし、翔子さんが買ったのは三年目くらいだったかなあ。翔子さんのは沖田総司モデルですよ」
「そんなデザインもあるんですか?!」
「ええ。新選組とか坂本龍馬のは人気があるみたいです。僕は中学で始めて、大学に入ってからバイト代で買ったので、五年くらいは古いものを使っていました」
「そうなんですか……。それなら遠慮なく、もうしばらくお借りすることにします」
「どうぞどうぞ」

貸し出し用といってもいい加減なものではなく、歴代の宗家や門人たちが使っていたものだ。鯉口が緩いのも刀の扱いを学ぶ役には立っていると思う。

「あ、帯はこれですね?」
「そうです。やっぱり黒ですか?」

帯の棚にもいろいろ並んでいる。袴を着ける前に巻く帯は袴の脇から見えるので、黒い帯以外にも角帯という色柄のあるものを選ぶ人もいるけれど――。

「はい、黒で」
「ですよね」

一本手に取った桜さんが「あれ? 硬い?」とつぶやく。貸し出し用は年季が入っていてよれよれなのだ。

「これが柔らかくなるまで続けたいです」

意外なところで決意表明が出た。

「頑張ってください」
「はい」

この大真面目なところが今日は面白い。でも、長く続けたいという決意は大歓迎。

「あったー?」というおばさんの声に「ありましたー」と答える俺たちの声が重なった。ちらりと視線を合わせて照れ笑い。

カウンターに戻るとおばさんが袴の見本を手に、桜さんに当ててみるように言った。「ネームはどうする? 無料で入るけど?」と尋ねられた桜さんは、一瞬も迷わずに断った。

「入れないんですか?」

なんとなく桜さんらしいと思いつつ、一応訊いてみる。

ネームは袴の右腰に入れてくれるのだが、これもうちでは自由だ。翔子さんは入れていないし、莉眞さんは紫色で名前と花のマークが入っている。主流は流派名とフルネーム。

たまに、体験の初回にネーム入りで新品一式そろえてくる人がいる。そんなに気合が入っているのに、どういうわけか、その人たちはみんな長くは続かなかった。

……という背景のある俺の質問に、桜さんは信じられないというような顔をした。

「まだ全然ダメなのに、名前を主張するなんて恐れ多いです!」

ほぼ想像どおりの答え。持ち主が分かるようにするというネーム本来の目的には気付いていないようだ。まあ、うちの人数では道具が行方不明になることもない。

足袋を追加し、取り扱いの説明が始まったところで自分の下緒を見に行く。今までは紺にしていたけれど、今回は黒もいいかも。