『ずっと前から気になってました。
       私と付き合ってくれませんか?』

周囲に人がいないことを確認してからそーっと彼の下駄箱の扉を音が出ないようにゆっくりとしめる。もし誰かに見られていたらと思うと恥ずかしくて死にそうになってしまう。高校生になるまでも何度か人を好きになったことはあったが、今みたいに自分の気持ちを手紙で伝えるなんてことはしたことがなかったので今も心臓の鼓動が鳴り止まないでいる。
無事手紙を彼の下駄箱に入れることができ、一安心しているとこちらに向かってくる同級生たちの声が聞こえてくるのでその場から逃げるかのように一目散に教室へと向かう。
教室にはまだ誰も来ていない。むしろ私よりも先に来ている人がいたらびっくりするが。今日だけは彼の下駄箱に手紙を入れるために早起きをして学校に急いできたのだ。それとすっかり忘れていた英語の宿題を学校でするために...
窓側の一番後ろの自分の席に荷物を下ろし、リュックの中身を机の中にしまう。毎日重たい教科書をリュックに詰めて登下校しているけれど、二年も高校生をしていたらこの重さには慣れてしまった。席に腰を下ろし英和辞書を開く。今日提出する宿題を辞書で調べながら一つ一つ丁寧に解いていく。わかる問題はペンがすらすらと意識せずに動いていくが、わからない問題はピタリと手が止まってしまう。正直英語だけはどうしても苦手すぎるので、できるなら授業からも無くなってほしいと常に望んでいるがもちろんその望みが叶うことはない。
十五分くらい英語と戦っていると静かに教室の前の扉が開く。入ってきた人を見て瞳孔が大きく開いていくのが自分の顔を見なくても感じ取れる。彼...大橋彗(おおはしけい)は私が今手紙を下駄箱に入れてしまうくらい好きな相手。

滝川(たきかわ)さん、おはよう。今日はずいぶん早いんだね」
「あぁ、そうなの」
話しかけられて少しテンパってしまう。それもそのはず、彼はきっと私がさっき入れた手紙を上靴を取るのと一緒に手にしているはず。そのことを考えると無性に恥ずかしくなってくる。
(しずく)さん、おはようございます」
彼の後ろからひょっこりと顔を出してくる弱々しい様子の男子。早坂惠(はやさかめぐみ)。彗君と早坂くんはどうやら小さい頃からの幼馴染らしく常に二人でいることが多い。どちらも顔は整っているのだが、性格がまるで違う。彗くんは社交的で誰とでもすぐに打ち解けることができて友達も多く、先生たちからも好かれていると客観的に見ていてもわかる。それに比べ早坂くんは極度の人見知りで友達も少なく彗くん以外の人と一緒にいるのを見たことがないほど。誰が見ても見惚れるほど目を惹く容姿を持つ二人が常に一緒にいるものだから彼らにはこんなあだ名がついている。
『光と影』
本人たちはどう思っているのかわからないが私からしたら少し複雑な気持ちになるだろう。大好きな幼馴染と比較されてしまうのだから...
そんな私も彗くんとは右隣、早坂くんの後ろというとても強い席に座っているので、他の女友達からはよく『代わってくれー!』と頼まれるが、もちろん嫌に決まっている。

私が彼を好きになったのは本当に些細なことがきっかけ。二年生に進級し初めて隣の席になり、会話するように。彼とは話していくうちにすぐ打ち解けることができた。初めは"かっこいい"程度にしか思っていなかったが話していくうちに彼に興味を持ち始め気づけば目で追う存在になっていた。こんな簡単に恋に落ちるのかと最初は思っていたけれど、友達に相談したところ『恋なんてそんなもんでしょ!』とさらっと言われてしまった。確かに彼のどこが好き?と聞かれたら"全部!"と答えるほど何で好きになったかはわからない。
「滝川さん、もうすぐで授業始まるけど大丈夫そ?」
「え、本当だ!一時間目なんだっけ?」
手紙のことを意識しつつ普通を装い彼と接する。内心は心臓がバクバクすぎて何が何だかわからない。
「滝川さんが苦手な英語だよ」
「うわー、最悪だ・・・」
「大丈夫だよ、わからなかったら惠に聞きな。学年五位が近くにいるなら頼らないと!」
「ぼ、僕でよかったらいつでも聞いてください」
「うん!ありがとう」
なぜか、私にだけは人見知りをしない早坂くん。ちょっとだけ優越感を感じる。
何やら彼は一生懸命紙に何かを書いているようだ。もしかして彼も宿題をやり忘れたのだろうか。

無事に苦手な英語の授業を乗り越えぐったりしているところに更なる追い討ちが襲い掛かる。
「よっしゃー、体育だー!」
クラスの男子たちが教室内で騒ぎ立てているが女子は誰一人として喜んでいるものはいない。それもそのはず、今日の体育はサッカーなのだ。男子と別とは言っても流石に季節は夏で外を歩いただけでも汗が出るのにサッカーなんてしたら...もう気分は最悪。
男女それぞれ別教室に移動して体育ジャージに着替える。着替え終わったところでジャージの涼しさに感動するが外には行きたくない。
「雫ー!早く校庭に行こうよー」
友達に呼ばれ昇降口に向かう。自分の下駄箱から靴を取り出そうとすると、一枚のルーズリーフの切れ端が入っていることに気が付く。隣にいる友達にバレないようにそっとその紙を開く。

『僕もあなたのことが気になっています。
    よかったら今日一緒に帰りませんか?
        みんなが帰った後ここで待っています』

まさかこんなにも早く返事が来るとは...それに一緒に帰ろうなんて嬉しすぎる。友達にバレないように急いでジャージのポケットに手紙をしまう。体育のことなんて忘れられるほど気持ちは昂ぶって興奮が収まらなかった。その後の授業も手紙のことで頭がいっぱいになり全く授業内容が頭に入ってこなかった。時より隣の彼の様子をチラチラと伺ってみたが、当の本人は机に突っ伏して寝ているだけで目が合うことはもちろんなく浮かれている自分がなんだか恥ずかしくなる。
気付けば時刻は十六時になっており、クラスメイトたちはぞろぞろと下校を始めていた。ふと隣を見てみるが彼も既にそこにはいない。きっと先に待っているのだと勝手に思い込み期待を膨らませる。同級生たちがいなくなったので慎重な足取りで昇降口へ向かうと、壁の影に人がいるのが見える。

「あ、あの・・・」
話しかけようとしたところで違和感を感じる。私が好きな彼は少し茶色がかった髪色のはず。しかし今目の前にいる彼は髪が真っ黒で多分彼ではない。それに彗くんは自分のことを"俺"と呼んでいたはず。しかし手紙には確かに"僕"と書かれていた。一人で混乱しているとその男子がこちらに気が付き振り返る。
「し、雫さん。待たせてしまい申し訳ないです」
「え・・・どうして」
そこで待っていたのは私の好きな人の親友・早坂くん。
「どうしてって雫さんですよね?僕の下駄箱に手紙入れたの・・・」
「嘘、私間違えたの・・・」
その言葉を聞き彼の表情が少しずつ変わっていく。まるで最初からわかっていたかのように、今にも泣きそうな悲しげな様子へと。
「そうですよね。僕よりも彗の方がいいですよね。知ってました、雫さんが間違えて入れたんだろうなって。でもほんの少しだけ期待しちゃった自分がいたんです。もしかしたらって・・・辛いな〜好きだから尚更・・・」
「本当にごめんなさい。謝って済む問題じゃないけれど」
"あれ、でも私恥ずかしいから手紙にあえて名前を書かなかったはずなのにどうして早坂くんは私だって気付いたのだろう"
「どうして私の手紙ってわかったの?って顔してますね」
「う、うん。どうして?」
「筆跡でわかりました。雫さん字が綺麗だから、一瞬で。それに好きな人だったから・・・」
そんなことでバレるとは思っていなかった。確かに字が綺麗とは昔から言われていたが、それだけで気付かれるなんて...不覚にもそこまで見てくれる彼にドキッとしてしまう。それに今私のこと好きって...
「それじゃ、僕は帰りますね。これからも今まで通り友達でいてくれると嬉しいです」
笑っているけれど心は泣いているような見ていてこっちまでその感情が伝わるほど、痛いくらい無理した笑顔の彼。
「も、もちろんだよ。また明日ね」
去っていく彼の後ろ姿は雨に濡れた猫のように寂しげな独りよがりのオーラが出ていた。そんな彼の背中を見ながら私はただその場に立ち尽くすことしかできなかった。静まり返った校舎は私の心を落ち着かせるというよりも不安を募らせていく。
外は甘雨(かんう)が降っていて校舎を囲む木々たちも喜んでいるかのように感じられた。その中を彼はどんな気持ちで歩いているのだろうか。

家に帰り今日のことを思い返す。間違っていたとはいえ、最低なことをしてしまった。彼のあの顔を思い出すたびに胸が締め付けられるような思いに囚われる。早坂くんの立場になると本当に心が痛い。好きな相手から手紙で告白されたのにそれは間違いで本当に好きだった人は自分の親友だったなんて...私が彼の立場だったらあの場で泣いていたに違いない。悲しさ、悔しさ、そして虚しさを心に秘めて。結局一晩中彼のことを考えたまま一睡もできずに朝を迎えてしまった。
眠たい目を擦りながら教室へ足を踏み入れる。平常心...平常心と心の中で呟きながら自分の席へと向かうが、後少しというところで早坂くんの顔が目の右端に映り込んでくる。流石に無視するわけにもいかないので、挨拶をしようと目線を彼に移す。
「あ、おはようございます雫さん」
不意をつかれてその場で足を止めてしまう。彼から話しかけてくるなんて想像していなかった。
「どうしました?僕何か変ですか?」
変ですよ!と言いたくなるほど、彼はいつも通りの笑顔を私に見せてくれる。周りの人からしたら普通の笑顔だが、私からしたら胸に突き刺さるほど辛く切ない笑顔。どうして彼はこんなにも強いのだろうか...
「滝川さん、どうかしたの?惠がなんかした?」
「い、いやなんでもないよ!」
「なら、いいんだけど。それより今日の宿題見せてくれない?お願いします!」
両手を顔の前で合わせて頭まで下げている彼。そこまでしなくてもいいのに宿題くらいで。
「いいけど・・・」
「だめだよ、彗。ちゃんと自分でやらないと意味がないでしょ」
宿題を彗くんに渡そうとしたところで早坂くんが私の手を掴んで阻止する。
「わかったよ。惠は本当真面目だな。それがお前のいいところでもあるけどな」
「はいはい、褒めても見せないからね」
笑い合っている二人を横目に私は自分の手を見つめていた。初めて男の人に手を握られた。彼の手は私の手なんかよりも大きくてゴツゴツしていた。何より優しい温かさがその手には込められていた。

隣に好きなはずの彼がいるのになぜだか今までよりも気にならない。前は事あるごとに無意識にチラチラと彼を見ていたが、今日はそれが全くない。それよりも前に座っている彼が今どんな顔をしているのかがとても気になる。下を向きながら泣きそうになっているのか、いつも通りのクールな顔でいるのか。私にはそれを確かめることができない。
昨日は手紙のことで頭がいっぱいになっていたが、今日は前に座っている彼のことで頭がいっぱいいっぱいだった。
もしかしたら、私は彼のことが気になり初めているのかもしれない。その証拠に彗くんが今何をしているかなんてまるで興味がなくなってしまった。あんなに目で追っていた存在だったはずなのに。

帰りのホームルームで保護者に渡すプリントが前から順に渡される。当然私は早坂くんの後ろなので彼からプリントをもらう。彼は後ろを見ずに手だけ後ろに回して私にプリントを渡してくる。プリントを受け取るとそこには一枚のルーズリーフが折られてセロハンテープで貼り付けられていた。ゆっくりと紙を破かないようにセロハンテープを剥がし紙を開く。

『もしよかったら今日こそ一緒に帰りませんか
        OKなら僕の肩を叩いてください』 

迷わず彼の左肩を彗くんに見られないように優しく叩く。ビクッと体を震わした彼を見て少し笑いそうになってしまう。一体彼は今どんな顔をしているのだろうか。
「惠〜!帰ろうぜ!」
「ごめん、彗。今日は一緒には帰れないや」
「珍しいな。わかったけど、俺に隠し事はなしだからな!」
「うん、いずれ話すからさ待っててほしい」
「おう!じゃ、また明日な。滝川さんもまた明日」
右手を振りながら笑顔で帰っていく彼。でも、目だけはなぜか一度も合うことがなかった。
「それじゃ、帰りますか」
自信なさげに話しかけてくる彼を見るとなんだか笑えてくる。手紙では自信ありそうに誘ってきたのにいざ帰るとなるとおどおどし出す彼。なんだか急に彼がチワワに見えてきたのは幻覚だろうか。
「うん、帰ろっか!」
学校を出て既に五分は経過したが、未だ一言も会話をしていない。話そうと思っても何を話したらいいのかわからなくなり時間だけが過ぎていく。それに二人の間には人一人分以上の間が空いている。会話はないがどこか心地がいい気がする。気まずいという感情は一切なくただこの時間が続けばいいなとさえ思えてくる。
「あ、あの!雫さんはぼ、僕のことどう思っていますか!」
突然の大声に肩が反射的に上がってしまう。
「び、びっくりした」
「ご、ごめんなさい。何かを話さないといけないと思って」
彼も彼なりにこの五分間色々と考えていたのだろう。
「そうだなー、ちょっと気になる存在かな」
「え、それは恋愛の意味でですかね?」
「う、うん。恥ずかしいこと言わせないでよ」
「まだ僕にもチャンスがあるってことですね!」
「うん」
本当はチャンスも何ももう既に彼に気持ちがいっているがあえてそこは秘密にしておいた。今ここで彼に話すのは恥ずかしすぎるので。それからは少しずつ会話が増えていき互いの進路や家族、そして今までのことを話し合った。
彼も私と同じ大学を希望していると聞いたときは驚いた。学年でトップの成績の彼が私なんかと同じ大学を志望しているなんて予想外すぎたけれど、その後の志望学部を聞いたところで私の考えは甘かったと痛感させられる。医学部...レベルが違いすぎる。
「それじゃ、僕はこっちなのでまた明日。帰りも気をつけてくださいね」
「早坂くんこそよそ見しないでちゃんと帰るんだよ〜」
「大丈夫です。僕は真面目なので。おっと、危ない」
どうやら歩道の縁石につまづいて転びそうになっている彼。時々抜けているところがあるのでそれだけが心配。
「また明日学校でね」
「はい、また明日」
彼に別れを告げ一人帰路につく。夕日が私の心までを照らしているかのようにオレンジ色に街全体が染まっていく。きっと私は彼に恋をしている。そう確信しながら夕日に向かって歩いていく。
「夕日が綺麗だなぁ、明日も晴れるといいな」
一人呟くがこの声が誰かに届くことはない。それでも私の心にはこの瞬間は深く刻まれたはず。

家に帰り急いで夕食とお風呂を済ませ、自分の部屋で手紙を書く。これは明日彼に渡すための手紙。机の引き出しからちゃんとしたレターセットを取り出し、ペンで丁寧に文字を綴っていく。いきなり書くのは不安だったのでルーズリーフに書いては消しを一時間繰り返したところでようやく完成した。出来はそこまで良くはないがちゃんと気持ちは伝わるはず...書いて疲れてしまったのかベッドに飛び込むとすぐに瞼が落ちてくるのが感じられた。そのまま深い眠りへと落ちていく。
"ピピピッ、ピピピッ"目覚まし時計の音が部屋に響き渡る。何度も毎朝聴いているせいかこの音が不快に感じてしまう。眠りを妨げる音と認識しているせいで。遅刻はしたくないので、ゆっくりとベッドから立ち上がりカーテンを勢いよく両手で持って同時に開く。これが何よりも気持ちがいい。カーテンを開いた先に見えた景色は目が眩しいと感じるほどの晴天だった。昨日の願いが通じたのかと思うくらい気持ちのいい日差しが私に降りかかる。さっさと支度を済ませ玄関の扉を開ける。
じわじわと日差しが降り注いでくる。今にも汗が出そうなくらいの暑さで急に学校に行くのが嫌になる。学校に着く頃にはせっかくセットしたはずの前髪も汗でべったりしているのかと思うと不快すぎてたまらない。
夏の風物詩、蝉の鳴き声が耳にいや街全体に轟いている。この音を人生で何回聴けるのかと考えると人生は長いようで短いものだとつくづく実感する。それこそ蝉は数年土の中で過ごすのに地上に出て鳴くことができるのが一週間だけと考えるとなんとも儚い生き物だと思ってしまう。でも、こうして私たちに夏の始まりを伝えてくれる蝉たちは本当に立派。きっと自分の人生に満足して散っていくのだと思うと少し羨ましくも感じる。

「おはようございます」
誰かから声をかけられ後ろを振り向くとそこには汗をタオルで拭きながら笑う彼の姿。
「おはよう、早坂くん。あれ彗くんは?」
「実は僕が寝坊をしてしまいまして、彗には先に行ってもらいました」
「やっぱり早坂くんってどこか抜けてるよね。ちょっとだけ心配」
恥ずかしそうに笑う彼を見ると、なぜだか胸がグッと締め付けられる想いに駆られる。自然と私の左手は彼の手を掴んでいた。彼は戸惑いながらも大きな手で私の手を包み込むかのように握ってくれる。安心できる大きな手。夏ということもあり互いの手は汗ばんでいたけれど今はこの幸せな時間を共有していたかった。
もうすぐ学校が見えてくるというところで何も言わずに自然と繋いでいた手をそっと離す。もっと繋いでいたかったけれど生憎私たちはまだ正式には付き合ってはいない。誰かに見られて何かを言われるのは面倒なので仕方がない。彼もそのことを理解して離してくれたに違いない。
学校に着くと下駄箱が新しいものになっていることに気がつく。確かに今まで使っていたのは少しボロボロだったので新しくなったことは嬉しいが、自分の下駄箱が前とは違う位置になっていたので少し困惑してしまう。最初のうちは誰かのを間違って開けてしまうだろうと思いつつ、新しい下駄箱に靴を入れて上靴を取る。上靴は多分先生たちが昨日全生徒の分移動させたのだろう。
大変だったに違いないので心の中で感謝しておく。
二人で並んで教室に向かうのは初めてのことだったので少し緊張してしまう。もしかしたら誰かに何か言われるかもと思い教室の扉を開ける。しかし、みんないつも通り挨拶をしてくるだけで普段と何も変わらなかった。相変わらず早坂くんは人見知りを発揮してまともな挨拶を返せていないけれど。

自分の席に着き、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。座った途端に背中から汗が出てくるのがわかり、なんとも気持ちがわるい。前を見ると早坂くんも背中から汗をかいているようで少しワイシャツが透けていた。帰宅部なのに引き締まった筋肉...
「二人で登校してきたの?いつの間に仲良くなったんだよ!」
彗くんの声にハッとする。早坂くんを見ていたのがバレていないといいが...
「んー、わからないけど気が付いたら仲良くなってたんだ」
「そーなのか!そうなら早く恵も言ってくれよ!」
「ご、ごめん。仲良くなりました」
「今かよ!!!」
やっぱり二人は気の合う幼馴染なんだなと見ているだけでわかる気がする。あの極度の人見知りの早坂くんがこんなにも感情を豊かに表現できるのはやはり彗くんだからこそなのだろう。
「あ、そうだった!」
すっかり忘れていたが、今日私はやることがあったのだ。急いで鞄から例のものを取り出す。
「ど、どうしたんです?」
慌てて立ち上がる早坂くんを制して、一人昇降口へと走る。本当は今すぐにでも私の口から『好きです!付き合ってください』と言いたいけれど、やはり私と彼の恋の始まりはこの手紙からスタートしたので手紙で呼び出してから彼に想いを伝えたいと思い、昨日の夜何度も書き直したのだ。
下駄箱に着き、手紙を入れようとするが新しくなってしまったためどれがどれだかわからない。手紙のことを覚えていればしっかり朝彼の下駄箱を確認したのにと後悔する。確かこのあたりだったようなと思い、そっと丁寧に手紙を靴の上に添える。
"よし、あとは彼に告白するだけだ!"その気持ちを胸に教室へと踏み出す。昇降口の扉の隙間から入り込んでくる風が私の背中を優しく押しているような気がした。

急いで教室に戻るとギリギリ授業が始まる一分前だった。また今日も苦手な英語から授業が始まり気分が沈んでいく。
それからの授業も話は聞いているけど心ここに在らずという感じで、ひたすらノートに告白するときのセリフを書きまくっていた。
『あなたの真面目なところが好きです』『あなたの少し抜けているところが好きです』『あなたの・・・』どれもしっくりこなくて書いては消すの繰り返し。勢いに任せて手紙を書いてしまったが、果たしてこのままで大丈夫なんだろうかと不安な衝動に駆られる。そんなことを考えているうちに放課後になり私は一足先に手紙に書いた待ち合わせの場所に向かうことにする。
「お、今日はやけに早いですね」
「ま、まあね。このあと用事があるんだ」
"そうだよ!今から君に告白するんだよ!"と思いながら、平静を装って彼に返事をする。
「それじゃ!」
彗くんは何か言いたげに私を見ていたが、今はそんなのを気にしていられる余裕がないほど心臓がバクバクしていた。
手紙で書いておいた中庭へと足を進める。"どうかうまくいきますように..."

廊下は同級生たちの声で溢れかえっている。静けさとは無縁すぎるくらい賑やかな笑い声が聞こえてくる。昇降口まで続く長い廊下を一人携帯を眺めながら歩く。常に比較され続けてきた自分たち。最近では『光と影』なんていうおかしなあだ名までつけられている。自分はなんと言われようと構わないが、大好きな親友が自分と比較対象にされるのが許せない。彼には彼なりの良さ自分には自分にしかない良さってものがあるのに、誰も気づいてくれる人はいない。一人を除いては...
彼女はクラスのみんなの前で、『誰にだって得意不得意はあるんだよ、どうして比較するの。その人のいいところをしっかり見てあげなよ。私も人間だし、弱い部分もある。それはみんなも同じでしょ?だから自分に自信を持って生きなよ!』その言葉を聞いてどれほど救われたか。一年前のことなので、彼女は忘れているかもしれない。この頃より彼女を目で追うようになっていた。もちろん彼女には秘密だが...
下駄箱で自分の靴を取り出そうとすると靴の上に何やら手紙が置いてある。まさかと思い開くとそこには...

『あなたに伝えたいことがあります。
     今日の放課後中庭で待っています。
               滝川雫   』 

「・・・・・」
一年以上片思いだった相手からの手紙に心が躍る。達筆過ぎる文字がそこには並んでいた。自分を待っているんだと思い、手紙を握りしめ中庭へと息が切れるくらい全力で走っていく。

「遅いなぁ〜、何してるんだろう早坂くん・・・」
誰かが地面に落ちている葉っぱを踏みしめながら歩いてくる音が聞こえる。
「あ、あの手紙ありがとう・・・」
「ううん、こちらこそ・・・」
返事をしながら振り向くがそこにいたのは黒髪の彼ではなく、茶色がかった髪色の彼。
「ど、どうしてここに?」
恐る恐る彼に質問をする。想像している回答が返ってきませんようにと願いながら。
「滝川さんが手紙をくれたんでしょ?」
やっぱり私はまた間違えてしまったらしい。本当に手紙を渡したかった相手に今さら間違えて送ってしまった。最初から間違えていなかったら私は今頃どうなっていたのだろうかとつい考えてしまう。
「俺さ、一年前から君のことが好きだったんだ。もしよければ俺と付き合ってほしい」
笑顔で告白してくる彼の顔を夏の眩しい光が上から照らす。あまりにも眩しくてその笑顔に引き込まれそうになるほど。
「私は・・・・・」
私の返事をかけ消すかのように蝉が慌ただしくあの青い空に鳴きながら飛び立っていくのだった。