議事堂の周辺は警察の車両やマスコミの車でごった返し、野次馬も大勢詰めかけている。

 ――怜人は、まだ中にいるの? それとも、もう連れ出されちゃった?

 どこかから中の様子が見えないかとウロウロしていると、「美晴さん」と小声で肩を叩かれた。振り向くと、髪を振り乱して涙で顔がグチャグチャになっているゆずがいた。
「ゆずちゃん、無事だったの⁉」
「美晴さんも!」 
 二人は抱き合うが、ゆずはすぐに、「ここにいたら、危ないから」と美晴を群衆から離れたところに引っ張っていった。

「地下で突入したでしょ? 私、後から突入してきた人に突き飛ばされて、転んじゃったんだよね。それでモタモタしてたら、機動隊が走って行くのが見えて……怖くなって、しばらくトイレに隠れてたの。で、誰もいなくなってから、入り口に戻って、地上に出たの」

「そう……そうだったの」
「美晴さんは怜人さんと、どんどん先に行っちゃうし」
「ごめん、後ろを気にしてる余裕はなくて」
「ううん、それはいいの。美晴さんも捕まっちゃったのかと思った」
 ゆずは、グスンと鼻をすする。
「怜人さんは、捕まっちゃった。機動隊に捕まって、護送車に乗せられてた。それをマスコミが実況中継してた」
 美晴は天を仰いだ。

 ――何てこと。それじゃ、怜人が悪者のように報道されちゃうじゃない。

「その護送車、どこに向かったのか、分かる?」
「うん。警視庁の本部みたい。マスコミの車が護送車を追って、ずっと中継してる」
 ゆずはスマホの動画を見せてくれた。
 怜人は額や唇から血が出ている。服もビリビリに破けていた。機動隊に相当、乱暴に扱われたのだろう。後ろ手に縛られて、両端を機動隊員にがっちりとつかまれて、護送車に引っ張り込まれている。

 完全に悪人の扱いなので、美晴は悔しくて涙が出てきた。
 だが、怜人の瞳からはまだ光が消えていない。

 ――怜人は屈してなんてない。まだ、闘ってるんだ。

 国会議事堂から警視庁本庁までは目と鼻の先だが、護送車はわざと時間をかけて、国民に見せつけるようにゆっくり進んでいる。

「今、護送車が警視庁に入って行きました! 護送車が入って行きました!」
 動画からアナウンサーが絶叫する声が響き渡る。護送車が警視庁本庁の裏口に入る様子が映し出された。
 ドアが開き、怜人は引っ張られるように護送車から降りる。無数のフラッシュが焚かれて、望遠で怜人の姿をとらえた映像が流される。

「怜人を助けに行かないと。ゆずちゃんはどうする?」
「私も行く」
 二人は人込みを警視庁に向かって走り出した。


 警視庁の前は、議事堂以上の人だかりができていた。あちこちで、テレビの実況中継をしている。
 美晴はマスコミや野次馬に割って入ろうとしたが、ゆずに手を引っ張られる。
「美晴さんがマスコミに見つかったらヤバいでしょ」
 ゆずは通りの反対にある高等裁判所の前に美晴を引っ張っていった。
 怜人を助けると言っても、どう助ければいいのか分からない。
「怜人は留置所に入れられちゃうよね。どうしよう」
「さすがに中には入れないし」

 二人で建物を見ながら思案していると、集団から離れたところに、一台の黒塗りの車が止まった。そこから白石が出てきた。
「あっ、白石さん、無事だったんだ!」
 ゆずが駆け寄ろうとしたので、美晴はあわてて腕をつかむ。
「ちょっと待って」
「どうしたの?」
「おかしくない? あんな車に乗って現れるなんて。あれ、事務所の車じゃないでしょ」
「そういえば」
 二人で見ていると、白石は見張りをしている警官に何か声をかけている。そして、警視庁に堂々と入っていった。
「えっ、どういうこと?」
 二人は顔を見合わせる。

「怜人さんの秘書だって言ったんじゃない?」
「でも、そしたら、すんなりとは入れてもらえないでしょ。一緒に占拠しようとしてたんだから、普通は捕まるんじゃない?」
「そっか」

 美晴は、さっきからずっと引っかかっていたことがある。
「――ねえ、ゆずちゃん。この前、白石さんが家に来たって言ってたよね。その時、白石さんに何か話した?」
「何かって?」
「臓器移植のこととか」
「まさか。怜人さんが誰にも話すなって言ったから、ホントに誰にも話してないよ」
「そうだよね、ごめん。白石さんの行動でおかしなところはなかった?」
「おかしなところって……急にうちに来たことが、充分、おかしな……」

 ゆずは言葉を切った。やがて、思いつめたような表情で美晴を見る。
「気のせいかもしれないけど……白石さんがうちに来た時、珍しく泊まっていったんだよね」
「うん」
「朝起きたら、いなくなってたんだけど。その時、スマホの置き方が……」
「うん」
「私、スマホの画面を上にして置かないようにしてるの。誰かに見られたら嫌だから。それが上になってたから、あれって、その時思って」
「スマホに何を入れてたの?」
「美晴さんと一緒に病院を見張ってた時に撮った写真とか……」
 美晴は自分が青ざめていくのが分かった。

「え、白石さんが探りを入れてたってこと? そのためにうちに来たってこと?」
「たぶん、そうだと思う」
「でも、なんで? 怜人さんとは、ずっと一緒に活動してるんだよ?」
「理由は分からない。でも、この計画を事前に誰かが漏らしたから、機動隊がいたんだと思う」
「白石さんがバラしたってこと?」
「そうとしか考えられない。事務所に警察が入るってこと、現場に行かなくても知ってたし」
「ウソ、ウソ、そんな怜人さんを裏切るようなこと、白石さんがするわけ」

 その時、爆発音が響き、美晴とゆずはとっさにしゃがんだ。見ると、怜人が入っていった建物から黒煙が上がっている。

「何? 爆発?」

 もう一度爆発音とともに、窓が粉々になって飛び散り、ガラスが降り注ぐ。
 警視庁の前から、あっという間に人が逃げ出した。マスコミも野次馬も悲鳴を上げながら逃げ惑い、門の近くで警備にあたっていた警官も逃げた。
 美晴は逃げる人と逆行して、建物に走った。
 ゆずが「美晴さん、そっちに行ったら危ないって!」と止めるのも耳に入らない。
 ふと、警官の帽子が落ちている。それを拾い上げて美晴は深くかぶる。
 建物からは白い煙が噴き出し、せき込みながら制服姿の警官や職員たちが飛び出してくる。
 美晴は「すみません、救護に行きます!」と言いながら建物に入った。

 ――怜人、怜人! 無事でいて。