それから、みんなでどうやったら占拠を成功させられるか、議事堂の見取り図を見ながら綿密な計画を練った。
「参議院の議場は2階にあるから、地下通路からそこまで一気になだれこむか」
「いや、入り口さえ封鎖しちゃえばいいんじゃない? 2階に行くまでの間に取り押さえられちゃうかもしれないし」
「衛視(国会議事堂の警備担当)が駆けつけるとしたら、中央玄関と、1階の参院と衆院の玄関と、後はどこだ?」
 動線を確認しながら、何度もシミュレーションしてみる。
 12時を回り、その日はいったん解散となった。

「美晴ちゃんって、もしかして、怜人とつきあってるの?」
 白石がこっそり聞いてきた。
「ええ、まあ」
「なんだよ、あいつ、そんな話を何もしないで」
 軽く舌打ちをする。
「それで、いつからつきあってんの?」
「そんなの、今はどうでもよくないですか?」 
 美晴はため息交じりに答えた。

 ――これから生きるか死ぬかの決戦が始まるのに、この人は何を気にしてるんだろう。

「美晴、行こう」
 怜人に呼ばれて、「それじゃ」と白石に頭を軽く下げる。白石は苦々しい表情で二人の後姿を見送っていた。

 
「臓器移植の話、占拠に成功したらネットで公開しようと思う」
 怜人の腕の中で美晴が顔を上げると、怜人は硬い表情をしている。

「議事堂を占拠するだけじゃ、たぶん、まだ弱い。オレらを排除したら、何事もなかったかのように矢田部が居座ってるかもしれないし。それどころか、オレらが完全に悪者ってことになって、ヒーロー扱いされるかもしれないし。だから、やっぱり今、あの情報を使うしかないと思う。片田さんが関係してるって分かったら、さすがに総理と官房長官は失脚するでしょ。そのあとに民自党のほかの人が総理になるにしても、好き勝手はできなくなるだろうし」

「じゃあ、議事堂の中で動画を配信するとか?」
「うん。それがいいんじゃないかなって。マスコミにリークしようにも、どこが信頼できるか分からないし、どこかから情報が洩れて官邸に伝わるかもしれないし。やっぱり、自分で直接動画を配信したほうがいいんじゃないかって考えてて」
「他の野党の人に協力してもらうとか?」
「それも、うまくいくかどうか微妙なんだよね。選挙法案だって、ほかの野党は死に物狂いで反対してるわけじゃないでしょ? 労働組合が支持母体の政党は、支持層が40代以上だから、法案が通っても通らなくても、あんまり関係ないんだよね。だから真剣度が足りないっていうか」
「そっか……」
「もし失敗したら、この情報を持ってるだけで危ないかもしれないから、美晴もスマホのデータは消しといたほうがいいと思う。USBに落として隠し持っておいたほうがいい」
「分かった」

 怜人は美晴を抱きしめる腕に力を入れる。
「ホントは、占拠のときは、美晴にはいてほしくないんだ。警察に襲われて、ケガするかもしれないし」
「でも、私は怜人と一緒にいたい」
 怜人はフッと微笑むと、美晴の頬にキスをする。
「それはオレも同じだよ」
 二人は強く抱きあう。

「でも、逮捕されたオレに会いに来て、ガラス越しに愛を語るほうがロマンチックじゃない?」
「それもいいかもね」
 二人の笑い声が部屋に響く。
「この騒動が終わったらさ、ずっと一緒にいよう。一緒に暮らそう」
「うん」
 怜人は美晴を抱きしめる。
「ずっと、ずっと一緒だよ」


「ねえ、美晴さんと怜人さんって、結婚するの?」
 その日も、事務所で占拠の計画を練っていた。
 ゆずとランチを買いに外に出た時に、急に聞かれた。
「うん、そういう話は出てるけど、どうして分かったの?」
「だって美晴さん、急にキレイになったもん」
「えっ、そう?」
「うん。だから、幸せなんだなって思って。私は、全然ダメなんだよねえ」

 ゆずはため息をつく。
「白石さんが一週間ぐらい前に、突然部屋に来た」
 ポツリと言う。
「えっ、そうなの?」
「うん。なんかね、優梨愛さんにフラれたみたいで。私、拒みきれなくて、部屋にあげちゃったんだよね。それで、そういうことになっちゃって。でも、次の日からそっけなくて。それの繰り返し。分かってるのに、ダメなんだよねえ」
 ゆずの眼にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「私、ゆずちゃんには幸せになってほしい。ゆずちゃんには、もっといい人がいるって思う」
「私もそう思う。でも、ダメなの。白石さんが目の前にいると、どうしても、突っぱねられなくて。バカみたいだよね」
 ゆずは耐えきれなくなって、ポロポロと涙を流す。美晴が肩を抱きかかえると、美晴の肩に顔をうずめてワンワン泣き出した。
「大丈夫、大丈夫。ゆずちゃんを大切にしてくれる人と、いつか出会えるからね。絶対に」
 美晴は背中を優しくさする。