「陸がね、最近、美晴ちゃんがうちに来ないから、寂しがってるみたい」
 千鶴に言われて、美晴はとっさに何て答えたらいいのか分からなかった。ゆずがニヤリと笑う姿が、千鶴の肩越しに見える。
 美晴たちは国会前に集まっていた。
 今日は法案の採決の日だ。若者が数千人集まって、「法案改正反対」「若者を排除するな!」などと書かれたプラカードを掲げている。
 太鼓を叩きながら、シュプレヒコールを上げる者もいる。国会議員が到着するたびに、「法案改正、反対」「民意を聞け!」と投げかける。
 与党の議員は無表情で警備員に囲まれながら素通りし、野党の議員はにこやかに手を振って応じている。
 さすがにメディアも無視できないのか、テレビ局の中継車が何台も止まっている。メディアの取材に応じているのは、野党の議員だ。

「ごめんね、なんか、デモに参加した後は、いつも疲れちゃって」
「そうよね。私もそう言ってるんだけど。事務所では会ってるでしょって言ってるんだけど、本を読んでほしいみたいで」
「そうね、『モモ』は途中になってるし。じゃあ、今晩は泊まりに行こうかな」
 陸は顔をぱあっと輝かせる。
「なあに、もしかして、陸の初恋の相手って、美晴さん~?」
 ゆずが陸をからかう。陸は顔を赤らめた。
「そうねえ、我が息子ながら、面食いなのね、きっと」
 千鶴がなぜか嬉しそうに言う。

 ――今晩は、法案が否決されたらデモはないだろうし。怜人もあちこちの調整で忙しくなるだろうし。大丈夫だよね。

 そのとき、怜人と白石が車から降りてきた。歓声が上がる。
「怜人さーん、頑張ってー!」
「法案、通さないでくださーい!」
 若者たちが呼びかける。怜人は笑顔で片手をあげて、「ありがとう」と答える。握手を求められて応じていた。
 テレビのレポーターからマイクを向けられて、怜人は立ち止まる。

「選挙法改正法案を阻止するために、僕はずっと動いてきました。これが通ったら日本は本当に終わります。与党の議員さんの中でも、良心的な人はいるって分かってます。その方たちが反対票に投じることを、僕は信じています。国民の皆さんも、最後まで彼らにエールを送り続けてください。皆さんの声が彼らの支えになりますから」

 背筋を伸ばして、堂々と答える。
 その場にいた人たちから拍手が起きる。美晴も力いっぱい拍手した。
 美晴の前を横切る時、一瞬目が合い、微笑みながらうなずいた――大丈夫だ、と瞳は語っている。美晴もうなずき返す。心から怜人が誇らしい。
「えっ、もしかして」
 千鶴が驚いた顔で美晴を見る。
「二人って、そういう関係だったの?」

 ――なんで分かるんだろ。女性って、ホント、こういうのに鋭いよね。

 美晴はイエスともノーとも言わずに、微笑んだ。
「まあ、そうなの。そうだったの。二人がそうなったらいいなって思ってたけど。え~、いつから? いつからそういう関係になってたの?」
 千鶴が興奮気味に尋ねて、足元で陸がきょとんとしている。
「ゆずちゃんは? 知ってたの?」
「まあねえ」
「え~、ずるい、ずるい! 私だけ知らないなんて。美晴さん、水臭いじゃない」
「美晴さんに聞いたんじゃないよ。私が気づいたの」
「ゆずちゃんも教えてくれないなんて、ひどい!」

 千鶴もゆずもやけにハイテンションだ。ここの熱気がそうさせているのだろう。
 法案はきっと否決される。そうなれば、政権交代への流れが一気にできるかもしれない。
 もしそうなったら、怜人は立役者となり、総理大臣になるのも夢ではないかもしれないと、ここにいるスタッフはみんな信じている。

 ――神様を信じてないけど。今日は祈るしかない。神様、どうか法案は否決されますように。

 美晴はそっと両手を握って、心から祈る。