デモは連日続いた。
 官邸前に集まる人は、日ごとに増えていった。
「国民全員がここに集まったら」という美晴の言葉を実現させるべく、デモに参加した人は、知り合いを熱心に口説いて連れて来るのだ。一週間も経つと、20万もの人がデモに参加するようになった。
 20万人が一斉に「選挙法、改正反対!」「矢田部辞めろ!」と叫ぶ光景は圧巻だ。
 その掛け声を先導するのは怜人だ。海外のメディアも怜人に注目し、怜人が演説している姿を積極的に報道している。
「日本の次のリーダーは、若き革命家か?」
「次世代のリーダー、巨大権力に立ち向かう」
 そんな見出しが、海外メディアのネットニュースでは踊っている。

 美晴も国を変えようとしている若者の一人として取り上げられることが増えた。
「二人はつきあってるんですか?」と支援者から聞かれることも多い。
 美晴は苦笑しながら、「いいえ、怜人さんには婚約者がいますよ」と答える。答えながら、胸はチクチクと痛むのだ。
 真実の党の支持率は急上昇し、とうとう民自党を抜いた。怜人が総理大臣で、美晴は官房長官か、とネットでは話題沸騰だ。


 その日、矢田部総理大臣が記者会見をすると報道された。

 ――とうとう辞職か?
 ――解散総選挙かも。
 ――でも、解散したら選挙で負けるんじゃ?

 ネットではいろんな憶測が飛んでいる。
 事務所は浮足立っていたが、怜人は「こういう時は注意しないと。何をしでかすか分からないし」と冷静だった。
 記者会見の中継が始まる。

「えー、昨今の景気の悪化、雇用の悪化を踏まえ、国としては国民の皆さんがよりよき生活を送れるように考慮すべきだと考えるに至りました。そこで、40代、50代、60代の雇用に力を入れることにしようと、こういう結論に至ったわけです。
 
 この世代は社会人としての経験や知識の蓄積があり、それは国にとっての財産でもあります。それを活かさない手はない。そこで、官公庁や大企業を中心に、40代、50代、60代を積極的に雇用することを決めました。手始めに、来週から官公庁で募集を開始します。次に、日本経済の中核を担う大企業でも……」

「やられた」
 怜人は力なくソファにもたれ込んだ。
「え? え? 何これ、どういうこと?」
 ゆずがテレビと怜人を交互に見ている。
「オレらの分断を図ったってことだよ。40代以上の人は、自分の仕事を確保できたら、デモに参加しなくなるだろうし、選挙法の改正にも賛成するかもしれないってこと」
 白石が怜人の代わりに説明する。

「えー、でも、あんなにデモで矢田部辞めろって叫んでた人たちが、それぐらいのことで手の平返すかなあ」
「返すよ、たぶん」
「それはちょっと、考えすぎじゃないかな? だって、毎日、事務所に政権を倒してくれって熱心に電話をかけてくるのは、年配の人ばっかだよ」  
「そういうヤツのほうが、あっさりと手の平を返したりするもんなんだよ。自分の生活さえ守れれば、それでいいって感じでさ。それどころか、若者を攻撃する側に回るかもしれない」
「そんなあ」

 美晴は怜人の顔を見ていた。がっくりと首を垂れ、悔しそうに唇を噛んでいる。こんな表情の怜人を見るのは初めてだ。
「ねえ、怜人さん、大丈夫でしょ?」
 ゆずは怜人に救いを求めるように聞いたが、怜人は軽く首を振った。
「いや、たぶん、白石の言う通りになる」


 本当にその通りになった。
 その日の夜のデモは、昨日までの熱気がウソのように人数が減った。3分の1ぐらいの人数になったと、白石は投げやりな感じで言う。
 そして、矢田部政権に批判的な意見を言っている若者に対しての攻撃が始まった。

「何も分からない若者のくせに、煽動されて乗せられているだけだ」
「毎日デモに行ってる暇があったら、仕事をしろ」
「親は何をしてるんだ。子供をデモに行かせるなよ」

 若者はどんどん委縮し、SNSでアカウントを消す人が続出した。
 それでも、怜人も美晴も懸命にネットやデモを通して訴えかけた。
 だが、たちまち怜人は若者を煽動している悪者のようにメディアで取り上げられるようになった。
「潮目って、簡単に変わるものなんだな」
 怜人はポツリとつぶやいた。
「これからどうするんですか?」
 美晴の問いに、「今までと、何も変わらない。自分の考えをみんなに伝えて回るだけだから」と怜人はきっぱりと言った。 

「美晴さんを、こんなことに巻き込んでしまって、申し訳ない。いつもこんなことで謝ってばかりいるけど。ホントに政権交代できるかどうかも分からないし、嫌気がさしたら辞めてくれても構わないから」
 美晴は首を横に振った。
「まだ、どうなるか分からないじゃないですか。私はまだ、あきらめてないし。ここでやめちゃったら、片田さんたちの思う壺だし、それは悔しすぎる」
 怜人はフッと笑顔になった。
「そうだね、確かに。やっぱり、美晴さんは強い。僕が見込んだとおりだ」  

 ――強いのは、あなたのほうなのに。

 美晴は怜人の横顔を見つめた。

 ――どんな困難が起きても、くじけず、なびかず、あなたは前を向いて世の中を変えようとしている。希望を捨てないでいる。だから、私もあなたについていこうって思うんだ。あなたが、闘う勇気をくれたんだ。