怜人はひとしきり話すと、水を飲みながら一息をつく。
「それじゃあ、僕に質問したいことがある方や、ステージでみんなに聞いてもらいたいことがある方、ぜひ、ここに出て来てください」
 怜人が促すと、一人の男性がまっすぐに手を挙げる。
 ステージに上がった男性は20代後半ぐらいで、薄汚れた作業着を着ている。

「僕はゴミを回収する仕事をしてます。5年前にすべてのゴミ捨てが有料になってから、あちこちで不法投棄が進んでますよね。日本は清潔できれいな国だったのに、今こうして話しているこのまわりにも、ゴミがあふれてる。

 1枚100円もするゴミ袋を買って月に何回もゴミを出せるのは、今はお金持ちだけだって言われてます。みんな、ゴミを出したくても出せなくて、でも家にもためておけなくて、公園とか道端にどんどん捨てるようになってしまった。

 自治体に依頼されて、それを回収するのが僕の仕事です。だけど、回収したごみを捨てる場所がない。自治体の焼却炉を使おうと思ったら、ものすごい高い料金を払わなきゃいけないんです。自治体に回収の料金をもらっても、焼却炉の料金を払ったら、儲けは半分以下になる。これって、おかしくないですか?」

「おかしい~」と観衆が声を上げる。

「僕がこの仕事を始めた時は、焼却炉の料金なんて話はなかった。だから、何とかやっていけたんです。それが、始めて1年ぐらいで、突然お金を払えって言われるようになった。詐欺みたいなもんですよ。 

 それに、この仕事をするには、毎年自治体に登録料を払わなきゃいけない。それが10万円もするんです。だから、焼却炉ではない場所にゴミを捨てる業者が増えました。僕はそれをしたくなくて頑張ってるけど限界で……」
 男性の声が震える。目には涙が溜まっている。

「僕、大学を出たのに、こんな仕事をしてるんです。他に仕事がなくて、家族のためにやるしかないって思って……。だけど、結局、家族を養えないから、みんな働いてます。両親は工場で朝から晩まで働いて、妹も介護の現場で働いていて……でも、生活できないんです。給料が安すぎて。家賃を払えなくて、アパートを追い出されそうにっ」

 男性はそこまで語り、こらえきれなくなったのか、下を向いて肩を震わしている。押し殺した泣き声が、マイクを通して聞こえる。

「それはおつらいでしょう。苦しい胸の内を語っていただき、ありがとうございます」
 怜人は男性の肩にそっと手を置いた。 

「ご家族のために大変な仕事を選ばれたのに、いいように搾取されている。働いても働いても、稼げない。そんな現状を何とかしたいと考えていらっしゃるんですよね?」
 男性は涙を拭いながら、何度もうなずく。

「ゴミ捨てを完全に有料化した制度は大失敗だと思ってます。これは実質、増税ですからね。
 今ご指摘されたように、美しいと言われていた日本が、あっという間にゴミだらけの国になってしまった。日本をあらゆる面で破滅に導く制度だって思うんだけど、国会でどんなに追及しても、変えようとしない。利権がからんでるんでしょうね。

 それに加えて、今や最低賃金は300円台ですよ? でも、物価は変わらない。そりゃあ、働けば働くほど苦しくなるのは当たり前です。
 これは、まさしく政治で解決しなきゃいけない問題です。だけど、この社会のシステムを変えるのは、僕一人の力じゃできない。皆さんの力を貸していただきたいんです。政治を変えたいのなら、皆さんが信頼できる政治家を国会に送りこむしかない。あるいは、皆さん自身が政治家になって変えるしかない。

 そんなのキレイゴトだって思うかもしれないけれど、そこから始めるしかないんです。それを諦めるってことは、何も変わらない現実を選ぶってことなんですから」

「そうだー!」と客席から声援が飛ぶ。

「身を切りながらゴミを回収してくださるあなたに、どれだけの人が救われているのか。僕は、あなたには絶対生き抜いてほしいって思う。家賃を払えないなら、生活に困っている人をサポートしてくれる団体をご紹介します。 

 今すぐに、この現状は変えられないけど、僕が政権を取ったら、必ず変えます。それまで、何とか生き抜いてほしい。あなたのような人が街を守ってくれてるんです。僕がお礼を言います。ありがとう。本当にありがとう」

 怜人は男性に向かって、深々と頭を下げる。
「ありがと~」「頑張れ~」とあちこちから声援が飛び、男性は顔を真っ赤にしてむせび泣いた。
 怜人と固い握手を交わし、男性はステージから降りて、去って行った。その顔は、決意に満ちたような、晴れやかな表情になっていた。
 その後も、何人もの観客がステージに上がる。みな自分の窮状を訴え、聞いている人達は真剣に耳を傾けている。

 ――なんだろう、この高揚感は。連帯感は。

 美晴は演説を聞いている人達の様子を観察していた。
 瞬きをするのも惜しいという感じで見入っている人、涙ぐんでいる人、懸命に掛け声や拍手を送っている人。まるでライブ会場のような雰囲気だ。

 ――ここに集まってるのは、高木さんのような人達だ。みんな、苦しんでもがいて、必死に生きようとしてる。
 美晴はハンカチを握りしめた。
 ――私、今まで、何をしてきたんだろう。何を見て来たんだろう。

「そろそろ時間が押してきたので、最後にステージで話したい方」
 怜人の呼びかけに、美晴はまっすぐ手を挙げていた。怜人と目が合い、「そこの女性、どうぞ」と手招きされる。

 一瞬、迷った。自分は何をやろうとしてるのだろう。だが、何かが今、美晴を突き動かしている。
 美晴は人垣をかき分けながらステージに進む。
 ステージに上がると、圧倒的な数の観衆の目が自分に向けられているのに気付き、思わずひるんでしまう。
 美晴は大きく深呼吸した。
 マイクを怜人から受け取り、話すことを何も考えてないのに気付いた。 
 それでも、今、ここで何かを話したい。伝えたい。