レイナは、しばらくためらっていたが、大きく深呼吸してから小屋のドアを開けた。
 目の前には、懐かしい光景が広がる。
 テーブルの上には、タクマのノート。
 今までは手に取れなかったが、開いてみると、手書きの五線譜に音符が書いてあったり、歌詞が書いてある。タクマは、このノートで作詞や作曲をしていたのだろう。

『小さな勇気の唄』も楽譜が書いてあった。
 タイトルの横に、「~レイナにささぐ~」と書いてあるのを見て、レイナはしばらく息を止めた。

 ――私のためにつくってくれた曲だったんだ。

 レイナはそのノートを抱きしめる。
「必要なものは、持って帰りなよ」
 振り向くと、ジンが立っている。

「トムにはタクマの服をあげたよ。あいつは大切にしてくれると思う。ここにあるタクマのものは、レイナのものだ。オレらも気をつけて監視してるんだけど、誰かが持って行ってるんだよ、ここのものを。だから、必要なものは早く持って帰ったほうがいい」
 レイナはしばらく考え込んでいた。
「マサじいさんは、すべてを持っていけないって、人が抱えられる荷物には限界があるって言ってた」
「また、分かったような、分からんようなことを」
「でも、何となく分かる気がする。私はもうアルバムとピアノをもらったし、このノートと、お兄ちゃんが読んでた本をもらえればいいかも」
「そうか」

 ジンはレイナの目をじっと見つめる。
「じゃあ、ここに誰かが住むかもしれないけど、それでいいんだな?」
「うん」
 レイナは大きくうなずく。
「お兄ちゃんは、いつも私のそばにいてくれるもん」
「そうだな」
 ジンはつぶやいた。
「あいつがレイナのそばを離れるわけないからな」

 小屋の外に出ると、笑里と裕がアミの手を引きながら歩いている。
「ねえ、マサさんが、とっておきの紅茶を入れてくれるんですって。飲みに行きましょ」
「うん!」
 レイナはノートと本を抱えて、三人に向かって駆け出した。

 空はどこまでも晴れ渡り、夏のまぶしい光が建ち並ぶ小屋に降り注ぐ。
 街に建っている家々よりもずっとキレイだと、レイナは思った。

 ――いつか、きっと、何もかもうまくいきますように。みんなが幸せになれますように。

 レイナは、何度も何度も心の中で祈った。

             《第一部 完》